ウラッカ号
出発は7日後と決定した。
いくら整備されているとはいえ、船員を船になじませるのには2・3日ではどうしようもない。
すでにある程度の手配は済んでいたようで、定員の24名は満たされているようだ。ここに、乗客として俺とジャックさんを除く5人が加わり、合計31名で出港することになる。
船に乗り込む前に、俺は2人の人物と話す機会があった。場所はディオンさんの家の1階、事務所になっている部分だ。
「船長のケインです。よろしく」
「若いですだな……いや、見くびったつもりは無いんですだよ、噂はいろいろ聞いてますで。操舵手のガッフィ・ドラッテですだ。ガフと呼んでくだせえ」
「よろしく、ガフ……つかぬ事を聞くけど、獣人種族……じゃないよね?」
「おいらあ、フリクルって種族になるだよ。まあ、仲間がすくねえからあんまり知られてねえが、この大陸の山の方で暮らしているだよ」
遠目に見たら子供かと思えるぐらい背が低く、ドワーフのジャックさんより頭半分ぐらい低いのでは無いだろうか。痩せ型で耳と目が大きく、一見するとかわいいが、これでもガフはマテリエさんよりも年上なのだそうだ。
「まあ、この体だから船に乗るって言っても、ヤードに登って帆をたたむなんてのは出来ねえんですだ。そんで、ずっと装舵手でやってきたんですだよ。もう30年以上になりやすかねえ……」
「ということは凄いベテランですね」
「いやあ、まあ出来ねえこともいろいろあるんで、拾ってもらったのはありがてえです。けど、操船なら任してくだせえ」
その見た目としゃべり方に若干違和感があるものの、頼りになる仲間を得られたことはありがたい。小さな船では航海士を雇うことは無理なので、海に出たら俺とこのガフで交代して当直にあたることになる。
話しているときにたびたび耳がぴくぴくと動くのが特徴だったが、髪もまた特徴的で、茶髪が横にまだらになって濃淡がついている。これも種族の特徴だろうか? 少なくともこっちに来てから3年で他にフリクルを見たことが無いので、その辺は確かめようが無かった。
「で、こちらの方は?」
「私、今回の旅に同行させていただくディオン様の執事でメイカ・サイザンと申します。アンティロス出身です」
こちらの方は、動きやすく髪を固めて、燕尾服姿だったが、女性だった。
女性だからメイドというわけでは無いらしい。
「なにぶん女の身で力がありませんので船の事はお手伝いできませんが、身の回りの雑用など、皆様のお役にも立とうと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
なるほど、考えてみればこの長旅に貴族が一人で行くことなどありえない。魔王という賓客をもてなす意味でも必要な人材といえよう。船員以外のメンバーの5人目はこのメイカさんということになる。
簡単に2人と打ち合わせをした後、俺はディオンさんに呼ばれて1人で上階に上がった。ガフはそのまま船の方に向かうらしく、メイカさんは用事で外出とのことだった。
応接室で2人きりになったディオンさんは、このように切り出した。
「すまん、ケイン君」
「いったい何ですか?……いきなり」
「本当は私もあの子は連れて行きたくないんだ」
「それは危険だから……ということですよね?」
「そう、危険なんだ。“船が”」
「えっ?」
「いや、あの子はやる気はあるし頭脳は明晰なんだが、とにかくその……身のこなしが、雑なんだ」
「はあ……」
「皿を割る、物を持ったまま躓いてこけるなんてのは日常茶飯事で、ひどいときには……」
「ちょっと待ってくださいよ。そんな人をどうしてこんな危険な旅に……」
船の上は危険が一杯だ。海に落ちられでもしたら大変なことになる。
「確かにそうなんだが、なぜかドラコさんが彼女の事を気に入っていてね。ぜひに、と頼まれて私としては断りきれなかったんだ」
「それは……困ったものですね」
「だから、彼女には甲板に出ないで船室に留まるように言いつけてある。向こうに上陸しても宿に留まってもらう予定で、大丈夫、邪魔にはならないようにしておくから」
「そもそもどうしてそんな人を?」
「いや、彼女は本当に頭脳が優秀なんだよ。それに、知り合いの娘なので頼まれてしまって……」
縁故採用、地獄に落ちろ。
「わかりました。じゃあ彼女の事はお任せします。なるべく後尾船室から出ないように、お願いしますね」
「もちろんだとも。彼女自身の安全のためにも、絶対に航海中は甲板に出さないことを誓おう」
貴族に誓われてしまった。
ともかく、このようにして出港前の準備であわただしく時間が過ぎ去っていった。
「ウラッカ号!」
船上からの誰何に答えて、ジャックさんが声を張り上げる。
乗船時の船からの問いかけに船名で答える、というのは船長のみだ。舷側が低いため、はしごではなく板が渡された乗船口から、俺は甲板に足を踏み入れる。
ドン、ドン、ドンと太鼓の音が響き、皆が一列に並んで整列しているのが見えた。
甲板上はすでに索具が整理され、生きた船としての形が出来上がっているようだった。
俺は被っている帽子に手をやって、返礼した。
「この船を預かるケイン・サハラだ。前はアリビオ号に乗っていた。このすばらしい船でぜひとも安全な航海を実現しよう」
俺は一人ひとりの顔を見、目を合わせながらそのように言った。
船員は皆、日焼けして経験豊富そうだった。
確かに俺はこの中では一番の若輩者と言ってもいいかもしれないが、それでも船長として威厳を保っておかなければ、船という社会は維持できないし、その事は全員の危険につながる。
「前もって聞いていると思うが、今回はタロッテに賓客を送り届けることが任務だ。道中特に戦闘に巻き込まれる予定は無いが、いざというときのために戦闘訓練も適宜行うものとする」
これに対しては、すこし不満げな空気が漂った。普通の商船ではこういう面倒なことは省く傾向にあるということを、俺は事前に知っていたが、同時にそれは規律の面でよくないことも理解していた。特にウラッカ号は操帆が簡単な分、乗員を忙しくさせておく何かが無ければ、たちまちだらけた空気になってしまう恐れがあった。
幸い、不満げにしていた者も、そばに控えていたジャックさんが一にらみしたことで態度を改めた。やはり彼を連れてきてよかった。俺がにらんでもこうはいかない。
「ここには熟練の船乗りが集まっていると聞いている。我々は必ずうまくやれるはずだと信じている。よろしく頼む」
「一同作業に戻れ」
ガフの号令で一同解散となる。ちょっと甲高い声で威厳に欠ける感じはしたが、それは種族の特性なので仕方が無い。すでに船に泊り込んで共に作業をしていた彼の命令に、船員は素直に従っていた。
「では艦尾で準備状況を……」
俺がガフに声をかけて、出港準備について確認しようとしたとき、背後の渡し板を渡ってくる控えめな足音が耳に入った。
そこには……
「……来ちゃった」
「どうして……ここに?」
そこにいたのはリーデ号で魔法士をしているはずのパットだった。
今回の豆知識:
ウラッカ(Urraca)は「かささぎ」という意味のスペイン語です。




