表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第二章 13歳編 ローブを纏った航海士
56/110

ソバートン

 4日後、ソバートン港に到着した。

 マローナからほぼ真西に近い位置にあるこの港は、しかし国柄の違いだろうか、あの港とは違ったように見えた。

 一目でわかるが、軍艦の割合が多い。それに、港の風景も商業港というよりは軍港で、砦のようにやぐらが組まれ、大型の大砲が設置されているのが見えた。

 損傷して帰ってくる船も多いのだろう、大型のドックがいくつもあって、中では忙しく人が働いているのが見える。ダイアレン号、ラウカト号もすぐにその仲間入りをするはずだった。

 アリビオ号としては元々ここに下見に来る予定だった。本来の予定から半月ほど遅れて、ようやく到着したということになる。

 港はほとんどセンピウスの船だったが、アンティロスで見覚えのある船が2隻ほど見つかった。彼らもアリビオ号と同じくソバートンとの交易を考えているのだろう。


 初めての港、初めての国であることもあって、俺達に上陸の許可は下りなかった。

 これはしょうがない。

 規則や風習を知らないがために、トラブルを起こしてしまえば以後の寄港が難しくなる。少なくとも安全な宿や当局への顔つなぎなどをしてからでないと、問題が起こることになる。

 セベシア以来一ヶ月も船から出ていない船員達は不満そうだったが、それをなだめる役は俺たち士官クラスの人間だ。

 自分も出来れば上陸して色々買いたいものもある。

 皆には秘密だが、かなりの金持ちになった俺としては、船で生活するのに必要なあれこれをセベシアに残してあるので、当座のものが必要だったのだ。


 結局上陸したのは、船長、主計士、リック、トレリー卿、マテリエさんの5人だ。

 ふと、トレリー卿はこのまま船を下りるのかもしれない、という考えが頭をよぎった。

 仕方なしとはいえ、ストランディラを裏切ることになってしまった彼は、母国には屋敷を持っているだけだと聞いた。


「いやいやいや、所詮貴族といっても、都市国家だからね。商売重視の我がソバイトーは貴族といっても大商人と大して変わらないんだよ」


 と、前に言っていたことを思い出す。

 普通は子爵といえば領地を持っている。土地のないトランドは例外だが、ストランディラもそうだとは知らなかった。


「全部がそうじゃないよ。湖畔派はかなり収穫のある領地があるからね。ま、ほぼ砂漠の河川派が例外ということになるね」


 彼は資産の大半を銀行に預けているらしい。それもタロッテ銀行連盟の所属ということだから、国家といえどもやすやすと手出しは出来ない。

 そういうわけで、トレリー卿はその気になればどこにでも亡命できる状態にあるそうだ。


「まあ、その気は無いけどね。向こうに人脈も残してあるし、新たな土地で一からやり直すには色々問題があるから、今のところは本国に手紙を送って、ほとぼりが冷めたころに帰ろうと考えている」


 とのことだった。

 今回の件、トランダイア伯爵は色々と噂を流してくるだろう。トレリー卿が裏切ってトランドと組んで俺を陥れたのだ、とか、あるいはトレリー卿は元々トランドのスパイだったのだ、とか主張するかもしれない。

 こっちの方の命綱はサイラスさんだ。彼はいまだに個室に軟禁されているが、妹の手前おかしな真似をしないだろうし、また捕虜申請をして裏切らないという宣誓を立てているので、身体は拘束されていない。

 もちろん監視はついているが、必要以上に部屋から出てこないので今のところトラブルにはなっていない。


 昼過ぎに入港し、船長達が帰ってきたのは夕食も終わって午後8時の当直交代後のことだった。

 明るい表情を見る限りはうまくいったようだった。

 その場で航海士が集められ、船長から説明があった。


「まず、貿易の件だが、これは快く受け入れられた。特に食料が必要とのことで、南大陸からアンティロス経由で小麦や肉を運ぶことが決まった。帰りの荷は香辛料や茶が主体だ」


 ということは、帰りの利益が大きいということだ。

 茶や香辛料は熱帯の作物だ。人類の版図で言えば、北のラクア大陸の東側、エルフ領のミスチケイア、西のミナス大陸のミニュジアが大きな産地となっている。

 だが、ミニュジアのものは交易都市タロッテを経由して流通するので、仲介料が乗って割高になる。そういうわけでミスチケイア産のものが重要視されるわけだが、こちらはこちらで位置的に東西との海路の中間点ということになっていて、競争が激しくてやはり安くは仕入れられない。

 そこで第三の産地として、このケーリック島が注目され始めている。しかし一方で、海運に弱いセンピウス領であること、すぐ北のガニエ島では戦争中であること、まだ開発が始まったばかりであることなどで、産地としては難しいのではないかという声もあがっていた。

 だが、今後開発が進み、アンティロス経由で東や南の方へ出荷できるというのであれば、展開次第では大産地になるかもしれない。


 そこまでの事情を説明した船長は、今回はとりあえず試しということでコショウを積んでアンティロスに帰るという方針を一同に伝えた。

 その事よりも皆が喜んだのは、積荷の上げ下ろしが済んだ後で、交代で1日の上陸許可を出すということだった。

 久しぶりの上陸休暇ということで、この知らせは交代で休んでいるものにも伝えられた。ハンモックで寝ているところを起こされて不機嫌だった者も、内容を聞いて納得し、喜んでいたようだった。


 2日後、当番が回ってきて町に出た。

 雰囲気としては船から見ていたとおりで、船乗りが多いのはともかく武器を持ち歩いている軍人や冒険者のような者の姿が多かった。

 確かに殺伐としてはいたが、その一方で天敵のストランディラの勢力が入っていないだけでも安心できる。

 出来るだけ品行方正にしてトラブルを起こさないように気をつけていれば大丈夫だろう。


 宿はともかく、まずは買い物を済ませてしまおう。俺は、商業地区に足を運んだ。

 それほど店舗は多くないようだったが、着替えなどまずまずの品を買うことが出来て店を出たとき、ふと広場のあたりの何かが気になった。

 何だろう?

 ちょっと異様な雰囲気だ。

 行ってみると、一人の老人がなにやら熱弁をふるっていて、皆はそれを遠巻きに眺めている状態だった。


「何ですか?」


 手近な人に聞いてみた。軍人風の、オールバックでちょっと目の鋭い、長衣を着たがっしりした男だった。


「ああ、あの爺さんが、神がどうとか救いがどうとか、もうすぐ審判が下されるとか何とか……まあ、おかしな奴なんで暴れ出したら押さえ込んでやろうと思って眺めているんだ」

「はあ、そうですか……それは、大変ですね」


 どこにでもこういう輩はいるものだ。どうせならアンティロスの教会のように、奉仕活動をして信者を増やすとかすればいいのに、自分の言葉だけで人がついて来ると思い込んでいる。

 俺もまあ、人生経験豊富とはいえないが、人を動かすにはまず行動だと、アリビオ号で教わったし実感した。

 思えば、俺はこっちの世界に来てアリビオ号の仲間と出会って幸せだったのかもしれない。元より帰る手段なんてないから、未練はあっても考えないようにしていたが、今もし選択肢があるといわれても迷ってしまうかもしれない。

 それにしても神か……俺が出会ったあの神様と、この爺さんが言う神というのは同じ存在なのだろうか?

 あの時の神様は親切にしてくれた、という感想しかないし、救いや審判という積極的な行動を起こすようなそぶりはなかったけどなあ。

 となると、別の存在ということになるのか。いままで船で生活して、読む本といえば航海関係か魔法関係の本ばかりだったから、宗教については無知だった。

 アリビオ号にはあまり敬虔な者はいなかったので、そちらに触れる機会も無かったのだが、今後広い世界に出て行く上では、宗教の理解もコミュニケーション上必要になることがあるだろう。

 爺さんの演説はまだ続いている。


「……何百年もかけた神の救いが、もうすぐ成就されようとしている。皆のもの、悔い改めよ。ほどなく北に聖者が現れ、魔族を討ち、あるいは従え、この世に浄化と救いを……」


 うん、なんとなく魔族を目の仇にしている感じはわかった。近寄らない方が良さそうだ。俺みたいなのは魔族と近いらしいから、宗教団体を敵に回して戦う羽目になっては大変だ。

 これはいよいよ宗教について本格的に下調べておかなくてはいけないな。

 そんな気持ちを新たにして、俺は荷物を抱えて宿に向かった。

今回の豆知識:


胡椒のような香辛料や茶は、まさに船向きの荷物だと思います。どちらも消費されるもので、需要は尽きることが無い。そして軽くて、生もののように変質しにくく、単価が高いと一攫千金を狙える要素が揃っています。

「大航海時代Online」でもよく運びました……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ