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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第二章 13歳編 ローブを纏った航海士
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乱戦の果て

「マテリエさん!」


 俺は思わず叫んだが、その声は乱戦の中に埋もれていった。

 あの時追い返していれば、と後悔が胸をよぎるものの、後の祭りだ。

 あの高さから落ちたということは衝撃も大きい。仮にそれが大丈夫だったとしても、怪我をしていれば出血で体力を奪われる。もし、何とか生き延びていても波のある海で着衣のまま長く浮かんでいることはできない。

 俺は罪悪感にさいなまれながら、左手に杖、右手にカットラスを構える。

 乱戦には参加できない。

 仮に俺が殺されては、負傷したものが助からないこともある。

 俺としては後ろに離れた位置から、けが人を見つけ出して治療することが最優先の任務だった。


 正直、俺は自分の無力にいらいらしていた。

 マテリエさんを助けることも出来なかった、今切り込んできている敵を切り伏せることも出来ない。俺に出来ることは、俺がしなければいけないことは、俺がしたいことではなかった。

 本当ならすぐに飛び込んでマテリエさんを助けたい、乱戦に切り込んで冷却魔法で敵を倒したい。

 確かに後の方のは、地球にいたころに比べればずいぶん殺伐とした考えだと自分でも思うが、目の前で仲間が斬られ、血を流しているのをみるとそんな考えを抱くこと自体が罪のようにも思えてくる。


「危ない」


 近くに居たマルコが体勢を崩した。

 元々、体格に恵まれていないこともあって、あまり前には出ていなかったが、漏れてきた敵と打ち合って、体が流れた。

 そこに、敵の一撃が入る。

 と、すんでのところで割って入った影がある。

 カルロスだった。

 カルロスはカットラスで敵の斬撃を受け……きれずに、肩に切りつけられた。

 仰向けに倒れたカルロスに、俺は慌てて駆け寄る。

 カルロスに一撃入れた敵は、背後からアリビオ号の船員に切り伏せられていた。


 傷は深く、血が流れ出して上着を染めていく……時間が無い。

 流した血は戻らないが、傷をふさぐことなら俺に出来る。

 俺は血まみれになりながら、傷口を押さえ、カルロスのぐったりした体を後方に引きずる。

 甲板に撒いた砂の上に血がぼたぼたとこぼれ、しみをつくっていく。

 俺は安全だと思えるところで、カルロスに治癒魔法を使う。

 イメージどおり、傷口がみるみるふさがっていく。

 大丈夫、まだ息はある。


「カルロスさん……すいません。俺のせいで」


 一緒についてきていたマルコが泣きそうな様子で声をかける。

 カルロスは、出血で朦朧としているらしい様子で、マルコに返す。


「なに……お前に死なれちゃ、当直がたいへんだからな」


 というかカルロスよ、お前が代わりに死んでも同じじゃないか。と思ったが、彼なりの強がりだったのだろう。すぐに気を失った。

 俺は、マルコにカルロスを安全な場所に下げるように言いつけると、次の負傷者に向かった。


 どれくらい経ったろうか?

 気がつくと、剣戟は止んでいた。

 見上げると敵が両手を挙げている。

 ようやくダイアレン号が接舷したのだ。

 敵船を見上げると、ストランディラの旗が降ろされていく。

 勝利だ。


 こちらの損害は、人的にいえば最初のマストから落ちたパヴェル、乱戦で首を切り裂かれて即死だったフォアマスト担当のカイス、そして海に落ちたマテリエさん。

 あとは、俺が治療に専念していたこともあって負傷はしていたが助けることが出来た。だが……

 治療に一生懸命になっているときには頭から消えていたが、マテリエさんが死んだのはショックだった。

 あの人には色々お世話になっていた。

 時に強引なこともあったし、いろいろ困らせられることもあったが、それでも本気で俺のことを心配して、助けてくれたのだ……

 まだ一つも恩返しできていない。

 こんな形で別れることになってしまうとは……

 俺は再び、なぜあの時、最下層甲板に彼女を追い返さなかったのかと後悔していた。


 マテリエさん……


 あれ? 幻覚が見えているのだろうか?

 なぜか目の前にずぶぬれのマテリエさんが居る。

 服装は落ちたときのまま、剣は持たずになぜか一抱えぐらいの大きさの樽を小脇に抱えている。


「マテリエ……さん?」

「ああ、ケイン、無事だったようだね」

「……どうして? 落ちたんじゃ?」

「いやー、大変だったよ。いきなり至近距離から銃撃だったからね。何とかよけたけどバランスを崩して海に落ちちゃったんだよ」


 至近距離からの銃撃を避けたのか、いや、きっと狙いが外れていただけだ。だが、マテリエさんならやりそうな気もちょっとする。


「で、海に落ちておぼれそうになったんだけど、運よく浮かんでいるこの樽を見つけて、それに捕まって浮かんでたんだよ」

「……マテリエさん……よかった」


 俺は、緊張から解き放たれたのと彼女が生きていたのがうれしくて、思わず抱きついてしまった。目から水が……自然とあふれてきたのだからしょうがない。


「おいおい、そんなにしなくても、いなくなったりしないよ。なんせあたしはケインより長生きする予定なんだから。それともなに? ケインもあたしで初めてしちゃいたいの?」


 確かに、豊満な胸は魅力的だったが、この場で、とか言われるとご遠慮したい。

 おれは慌てて飛びのいた。ちぎれた索具に引っかかってしりもちをついてしまう。


「あははは、まあ、それは置いといて、ともかく無事でよかったよ。お互いにね」


 そして、その言葉でようやく戦闘が終わったという実感を、俺は味わった。


 アリビオ号の後始末は大変だったが、他の船に比べればましといえよう。

 なにせダイアレン号も、敵艦――ラウカト号というらしい――も、2隻ともがマストを消失しているのだ。

 こういう場合、予備のマスト材があれば、それを使って修復するのだが、ダイアレン号は根元から倒れているのでそれも難しい。

 実は船のマストというのは1本の柱ではなく複数の柱をつないで作られている。

 上のほうで折れたラウカト号は、何とか継ぐことが出来そうだったが、こちらは索具のダメージが大きく、そちらの手間もかかる。

 結局、2隻の応急修理を終えたのは2日後のことだった。


 だが、その間、アリビオ号も暇だったわけでは無い。

 破れた帆をつくろったり、甲板の掃除をしたりの仕事は、ダイアレン号に比べて人員の少ないアリビオ号には大仕事だった。

 さらに、ラウカト号の作業にこちらからも20人ほど出さないといけなかったこともそれに輪をかけた。

 そういえば、ラウカト号はアリビオ号の後部上甲板への砲撃で、艦長が死亡していたそうだ。後を副長が引き継いで、あそこまで戦ったということになる。

 やはり、今回のような場合以外では商船が本物の軍艦に相対するのは無謀ということになるのだろう。

 地球の18~19世紀の海戦に比べれば、魔法士を乗せたこちらの海戦での死者の数は著しく少ないとはいえ、皆無というわけでは無い。

 怪我の化膿や出血による死者を抑えられるとはいえ、即死や海に飛ばされておぼれたものは助けようが無いのだ。

 そういう意味でも、マテリエさんが生きていたのは幸運だったというしかない。


 戦いの後始末が終わったころ、俺はマテリエさんに呼び出された。

 なんだろう?

 初体験のお誘い……では無いと思う……さすがに。

今回の豆知識:


予備のマスト材ですが、船倉に転がしてあるようです。今の感覚からすれば、マストの交換とかは港でクレーンを使わないと出来ないよと思いがちですが、どうも海の上で人力でやることもあるようで、当時の船乗りの能力は凄いものだなと感心したことがあります。

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