事情聴取
船は順調に追い風を受けて西へと走る。
少なくともこの速さについてこられる船は、マーリエ海、いや世界中探してもそうは無いはずだ。
背後からの朝日が、風をはらんで膨らんだ帆を裏から照らしている。
いろいろあった1日だったが、とりあえず危機は脱したようだ。
みんなも緊張感から解放され、時折笑顔が見える。
船長も先ほど全員直を終了し、通常の交代直へと切り替える命令を出した。
俺は当直外だったが、魔法士は一人なので後部甲板に残っていたのだ。
正直昨日あれほど動き、張り詰めていたのですぐにでも吊り寝台に倒れ込みたい気分だったが、その前にやらないといけないことがある。
俺は士官室に下りると、とある個室に向かった。
そこは俺が居るときには空き部屋となって、中には何もないはずだったが、今は臨時の魔法士が使っている。サイラスさんだ。
「よろしいですか?」
サイラスさんは、寝台から体を起こすと力無い笑顔を見せた。
「はい、大丈夫です」
俺は、中央の大テーブルを示し、自分でも椅子を引き出して座る。
サイラスさんは、よろよろとやってきて、その隣に座る。
あらかじめ声をかけておいた船長も、階段を下りて来て、大テーブルの向かい側に座った。
「ではお願いします」
俺は船長に聞き役を任せることにした。
「まずは……時系列順でかまわんだろう。リーデ号はいつ下りた?」
「ちょうど1年ほど前です。アリビオ号と最初の接触があってから、いくつか戦果を挙げてマローナに戻ったときに熱病で……」
なんと、偶然にもこの人もそうだったのか。そういえば出身地はマース湖畔ということだから、この地域の気候になれていないという点では共通点はある。
「それで、マローナで療養していたんですが、いつまで経ってもリーデ号が戻らない。実際にはリーデ号は海軍の船なので、私も海軍の所属だったわけですが、他の船に回されて乗り込もうとしていたときに、リーデ号拿捕の知らせが届いたんです」
「参考までに、あの一件はどのように伝えられたのか、聞いてもいいだろうか?」
「普通に、リーデ号がアリビオ号とトランド海軍のフリゲートの2隻と戦い、負けたと」
「なるほど」
つまり、ストランディラに本当のところ、セベリーノ号の寝返りや戦闘の状況については伝わっていないということだ。それも当然だろう。トランド海軍としてはセベリーノ号が裏切ったことは隠しておきたい汚点なのだ。当事者である俺たちにかん口令が敷かれている以上、他からの情報でそうそう敵国に詳細が伝わるわけがなかった。
「では、次に聞きたいのはセベシアでの件だ。どこまでが計画的だったのかね?」
「全部です。私が船の魔法士の代わりに採用されて内から手引きをする。ちょうどアリビオ号の魔法士が引退したという話が伝わってきたので、これが好機と見て、ならず者に金を渡してケイン君を襲わせました」
そうなると、あの時は尾行中だったということだろう。あるいはわざとぶつかることで対象を仲間に知らせるという意味もあったのかもしれない。
あの時は不幸にも俺の体調が悪かったせいで不覚を取ったが、それが結果としてサイラスさん達にとっては予定通りということになったわけだ。
「で、肝心なことだが、どうやってアリビオ号の位置を敵に知らせることが出来た?」
脱出してから皆に聞いたところ、突然夜間に明かりをつけない状態で2隻のフリゲートに挟み撃ちにされたということだった。
片舷で15門もの火力を持つフリゲートが、闇夜の中、左右からいきなり現れて、しかも大砲の発射準備が完了しているとなると、どう抵抗しても無駄だ。
そんなわけで、アリビオ号はあっけなく降参し、そのままマローナに回航されてきたというのが今回のいきさつだったらしい。
「それは通信魔法を使ったのです」
「通信魔法で? それは……でも……距離が……」
俺は自分の専門分野になったので、身を乗り出して話に加わった。通信魔法では俺の場合せいぜいが50mかそこらでなければ使えない。
俺の魔力が低い……はずは無いだろうし、なにか特別な技術でもあるのだろうか?
「ああ、一般的なものはそれほど長距離では使えませんが、お互いに魔法士で、いくつか小細工をすれば水平線の向こう側とでも通信できるんですよ」
「そんな方法が……」
そうか、情報系魔法は独学で勉強していたから、そのあたりは一人で試せないので後回しにしていたんだっけ。
「もちろん、常に通信できたわけではありませんでしたが、行き先の情報を送っていたのでそれを元に大体の位置を割り出していたのだと思います」
「そういうことか」
船長が安堵の混じった声を漏らす。
きっと、自分の航路設定が悪かったのか、指揮がまずかったのかなど、いろいろ思うことがあったのだろう。
こうしたおきて破りともいえる手段を使ってようやくアリビオ号を捕らえることが出来たということは、逆に言えば普段どおりであれば手出しが出来ないということでもある。
船長自身に落ち度は無かった。
その事が証明されたわけだ。
「サイラスからはそれぐらいだな。では次にケインの方の顛末を聞かせてくれ」
「了解」
俺は、セベシアからのこと、マローナでの公爵や伯爵との会談、襲撃とその後の動きについて船長に説明した。
ただ、トレリー卿の客船での話、河川派として海岸派を捨ててトランドと組むという話は、ストランディラ人の2人が居たので、伏せておいた。
これは後で船長だけに話すことにしよう。
「そうか、しかしケイン、お前はつくづく妙なことに巻き込まれるたちだな。無人島に放り出されていた件といい、去年の航海の件といい、今回といい……まあ、それら全てを乗り切ってこの船を取り戻してくれたことは感謝するが、もうすこし平穏に生きられないものかな?」
「ええ、俺もそうしたいですが、なぜかそうはなってくれないんですよね」
事件が勝手にやってくるのは、いわば主人公体質とでも言ったものだろうか? なんか殺人事件が起きすぎて、よくよく数えてみるとクラスに生徒が残っていないことになってしまう学園推理シリーズの主役のようだ。
だが、たしかにこんなことが続けば長生きは出来そうにない。これもまた……と考えそうになるが、去年のことと今年のことはつながっている。1つの事件がまだ続いていると考えるほうが精神衛生上良さそうだ。
「よろしい。とにかくサイラスはいまさらストランディラに帰っても命が無いことは本人もわかっているな? まあ、こちらとしては重要な証人でもあるので、このまま船で拘束してアンティロスに同行してもらう。後のことを保証は出来ないが、状況次第で命ぐらいは何とかできるかもしれん。あ、いや、何とかするように努力する」
一瞬カイラさんが「命うんぬん」のところで腰に手をやったのを見て、船長は取り繕う。
確かに敵国人だが、カイラさんは船長にとって助けに来てくれた恩人でもある。間近で戦闘を見ていることもあって、怒らせるのは得策では無いと考えたのだろう。
実際に、証言させて殺したのでは、口封じだと言われるだろうから、そんなに心配することは無いと思うが、何年か牢屋に入ることにはなるかもしれない。
カイラさんといえば、思い出した疑問が1つ。
「そうだ、カイラさん。サイラスさんと毛や耳の色が違いますけど、それはそういうものなんですか?」
「ああ、私の場合は斥候の仕事上、隠れることが多いので、目立たないように黒く染めているのだ。ほら」
そう言って、カイラさんは耳を折り、付け根の部分を見せてくれる。
たしかに、生え際の部分は白い毛が生えてきていた。
今回の豆知識:
水平線の向こう、という話題がありますが、砂浜に立って見える水平線は4~5kmだそうです。
船の場合は高いところに上って見張り、なおかつ相手の船のマストも高いため20~30kmぐらい離れないと水平線に隠れることは出来ないと思います。まあ、大体のイメージとしてそんな感じで作っています。




