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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第二章 13歳編 ローブを纏った航海士
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小細工の結果

 このままでは間に合わない。

 そう思えるタイミングだが、俺は船尾の手すりから下に向かって大声で叫んだ。


「ロープは大丈夫ですか?」

「ああ、まだ余裕だぜ」


 帰ってきたのはジャックさんの声。

 一応長めに用意していたはずなので、このタイミングなら問題ないはずだ。

 ようやく桟橋に到着した一同は、アリビオ号……ではなく、そこに残されていた小船に飛び乗った。


「お願いしまーす」


 再び俺は下に向かって叫ぶ。

 士官室で待機していたジャックさんはじめ力自慢の船員たち。

 彼らが、開け放った船尾窓から垂らしたロープを引き、船の丈夫な梁に結びつける。


 全員が乗り込んだ小船の舳先に結び付けられたロープがピンと張って、小船がアリビオ号に引っ張られて動き出す。

 これで周囲の船に対して貴重なアドバンテージが得られた。

 確かに小船が砲撃にさらされる可能性は残っているが、普通の大砲はあんな海面すれすれに撃てるように設置されてはいない。

 大砲の弾は重いので、放物線を描いて飛んでいく。そのため、大砲はだいたい水平より上向きに砲身を傾けて砲撃する。

 たしかに喫水線下を狙うことで浸水を誘うという手段も無くもないだろうが、それよりは直接的の砲列甲板やマストなどを狙ったほうが有効だし命中率も高い。

 そんなわけで、砲撃は無いだろうと予想して、俺は小船での脱出という策を実行に移したのだ。


「続いて水、お願いします」


 命令が伝達され、舷側から樽の水が捨てられる。

 船の速さというのは、積んでいる重量にも左右される。水ならば俺がいればいつでも出せるのだから、備蓄分は捨てて軽荷にすることで、さらに速さを稼げるというわけだ。

 周囲の船がようやく帆を張り、動き出した。

 とはいえ、10隻を越える船が動き出すのだ。ぐずぐずしていると至近距離から砲撃で沈められてしまう。そして、船の大砲は数km先にも到達する長砲が中心だ。そちらも考えると、まだアリビオ号は安全とは言いがたい。


 しかしここで、俺の最後の仕掛けが発動した。

 船同士がぶつかる音、桟橋に乗り上げてしまう音、そして混乱する各船の乗員の怒号。

 どの船も、というわけではなかったが、少なくともアリビオ号周辺に居ためぼしい軍艦は大体被害にあっていた。


 何をしたのか?

 俺はあの時、周囲の船の舵を、周辺の海水ごと凍りつかせたのだった。

 正直この熱帯のぬるい海水でどれだけ凍らせたままでいられるのか自信は無かったが、どうやらうまく行ったようだ。まだ氷は完全に溶けていなかったようだ。

 舵の自由が利かないというのは、船にとって大問題で、少なくとも港のような周囲が狭く多くの船がいるような場面では致命的だ。

 こうして、俺達は何とか港から脱出することが出来た。

 幸い、巡視船が近寄ってくる前にアリビオ号には十分な速度が出ており、それらを振り切って沖合いに出ることが出来た。

 周囲に船影はない。


 そろそろいいだろう、今のうちに小船の面々を何とかしよう。

 と、思って下甲板に下りると、すでにマテリエさんがロープを伝って船に乗り込んできていた。元気なことだ。


「うまくいったね」

「ええ、全員揃っていますか?」

「大丈夫よ。例のお兄さんも含めて全員助け出したわ」

「良かった」


 俺は、甲板に向かって一時停船の命令を出すと、反射板つきのランプを使って小船を照らし出す。

 闇夜で遠いので顔までは良くわからないが、いくつもの目がランプの光を反射して、こちらの様子を伺っているのがわかる。


「船を止めるぞ」


 俺は久しぶりに出す航海士モードの大声で小船に連絡する。

 同時に、ジャックさん達にロープを引っ張るように指示を出す。

 さすがに小船とはいえ人力で引っぱり寄せるのは難しい。俺も手伝ってちょっとずつロープが引かれていく。

 小船のほうでもオールを使って進んでくるようで、ちょっとロープの引きが軽くなった。

 船尾のほど近くまで引っ張って、もういいだろうと、ロープを戻すように指示する。

 後は自力で舷側まで寄せてくるしかない。

 そのころにはアリビオ号はいったん完全に止まっていた。

 トップ台に見張りを上げているが、連絡がないということは追っ手もまだ見えないのだろう。


 俺は後をジャックさんに頼むと、上甲板に上がった。

 しばらくして、小船がアリビオ号にぶつかる振動が伝わってきて、同時に縄梯子がきしむ。

 きしみ音は続き、舷側から見慣れた、そして同時に懐かしくも感じる船長の顔が現れた。

 ちなみに船から小船に乗る場合は船長が最後、小船から船へは船長が最初となるのが決まりだ。


「おお、ケイン、良くやってくれた」

「船長も良くご無事で」


 船長はやつれて見えた。肉体的拘束だけでなく船を失った心労がそうさせたのかもしれない。

 そして続いてリック、カルロスと順番に舷側から姿を現した。

 2人は俺の肩を抱き、よくやったよくやったとうれしそうにしていた。

 最後のほうでカイラさんが上ってきたが、彼女は髪と上半身が水に濡れていた。まさか海に落ちたわけでは無いから、海水で返り血を洗ったのだろう。

 そしてその次に現れたのが、セベシア以来となる猫獣人の魔法士、サイラスさんだった。


「やあ……話は妹から聞いたよ、ケイン君……すまなかった、そしてありがとう」

「話は後で聞かせてもらいますから、とりあえず休んでいてください」

「すまない」


 最後の1人が登ってきた。小船は元々アリビオ号のものでは無いので、そのまま捨て置くことにする。

 さあ、後は逃げるだけだ。

 とはいえ、もう船長がいるから、俺に出来ることはそれほどない。以後は普通の魔法士としての職務に戻ることになる。


 と、そのとき船長室からトレリー卿がやってくる。

 ここまでの間あまり役に立たないので、船長室に居てもらったのだ。


「いやいやいや、皆さんご無事で、喜ばしい限りですな」

「話は聞いています、トレリー卿。この僥倖はあなたのおかげでもあります」

「まあ、こっちも命を狙われたこともありますので、とりあえず安全なところまでご一緒させていただければ、有難いことです」

「もちろんです。では船を出しましょう」


 そして、船長は操帆を命じる。

 進路は母国トランド、首都アンティロスに……


「大変です。食料が……」


 船倉を確認に行っていた主計士が血相を変えて階段を駆け上がってくる。


「なに? 残りが少ないのか?」

「はい、後一週間分程度しかありません」

「まずいな……」


 俺も気づいた。

 このままではアリビオ号は無事にアンティロスには到着できない。

 仮にアンティロスからマローナにアリビオ号が向かうというのなら、一週間もかからないだろう。それは道中ほぼ追い風だからだ。

 ところが、逆にマローナからアンティロスに向かう場合は、常に向かい風の中を進まなくてはいけない。少なく見積もっても10日以上はかかるはずだ。

 食料の問題だけならば、食事の支給量を半分にしても一週間程度なら問題ないはずだ。航行中に魚を釣って料理するということも可能だ。


 ただ、問題はそれだけでは無い。

 向かい風を進むということは、横帆中心のアリビオ号にとっては、なるべく前からではなく斜め前から風を受けるようにして、頻繁に方向転換してジグザグに進むことになる。

 そのため航路が幅広くなり、進みも遅くなる。追っ手に高速の縦帆船、例えばスクーナー帆装の軍艦が数隻で迫ってこられるとたちまち捕捉され、逃げ切れない。


 だからといって、セベシアに戻るというのも難しい。こちらも普段のアリビオ号の航路の逆になる。つまり向かい風なのはこちらも同じだ。

 となると後は……


「よし、進路を西にとる。目的地は当初の予定通りセンピウス領ケーリック島のソバートンとする」


 船長の命令が下った。

今回の豆知識:


舵の件、着想元があります。中立港で手出しが出来ない敵船に、潜りの得意な船員を使って、舵に帆布を縛ったものをくくりつけるというのを本で(おそらく『ホーンブロワー』か『ボライソー』)読んだことがあったので、やはり外から細工するならここだろうと思いました。ちなみに元ネタのほうでは、船が出港してスピードが乗ったら帆布がばらけて舵を壊すという結末だったと覚えています。

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