シュウケツ
トレリー卿は、やっと床から立ち上がって、ソファに座りなおそうとしかけたが、飛び散った血がついているのを見て顔をしかめてやめた。
窓の外を確認し、追加の襲撃が無いのを確認してから廊下に戻ってみると、まだ息があったはずの者も含めて全員自決していた。
念のためカイラさんが下階も見に行ったが、使用人は全滅しており、賊は一人も残っていなかった。
こうなってみると、死体以外は敵の正体について知るすべは無く、それすらもこの周到さから考えると望みは薄い。
戻ってみると、トレリー卿はソファに腰掛けていた。その下に何やら見覚えのある布が敷かれているのが見える。飾り棚の花瓶の下に敷いてあったはずの敷物が無くなっていたからそれだろう。
「いやいやいや、なかなか、向こうさんもしっかりしていると言うべきか……」
報告を聞いたトレリー卿がそのように返す。
彼は徐々に落ち着きを取り戻しているようで、いつもの調子に戻りつつあるようだ。
「ともかく、事ここに至っては私が虎の尾を踏んだのは間違いないようだから、一度情報を整理して共有しようと思う。ケイン君、いいね?」
いいね、というのはもちろん俺の素性のことだろう。元々告げようか迷っていたこともあって、俺はあっさり承諾した。それに、カイラさんの兄がどうなっているかということと、恐らくアリビオ号が無関係では無い気がしたのだ。
「よしよし、まず言っておくけど、話が終わるまでは何を聞いてもおとなしくしていること。2人ともわかったね?」
「はい」「承知しました」
2人、といったが実質的にはカイラさんに向けてだろう。彼女もなんとなく俺の立ち位置に気づいているかもしれない。
「よろしい。まず最初に、ここにいるケイン君はアリビオ号の乗組員で、事情によって一時的に船から離れている状態だ。彼は……」
「なにっ、そうだったのか。全く気づかなかった……」
気づかれていなかったようだ。
「ということは、もしかして兄上の仇……」
すぐさま短刀を抜こうとするカイラさんを、トレリー卿が押しとどめる。
「手出しは許さない。おとなしくすると約束しただろう」
カイラさんはしぶしぶ抜きかけた短刀を鞘に戻す。
「……よろしい。いやいやいや、そもそもカイラ君の兄さんが死んでいると決め付けてはいけないよ。それに、もしそうなら、伯爵があの時そう言っているはずだよ」
「では……」
「大丈夫、君のお兄さんは生きているだろう。それも恐らく現在も伯爵の下で、何か公に出来ないことをやっている可能性が高いと、私は思っているけどね」
「すいません、カイラさんのお兄さんの件で一つ。俺はリーデ号を捕まえたときに魔法士を一人も見ていないんです」
「なんだって?」
「もしかしたら砲撃で海に落ちたのかもしれませんが、戦闘中もその後も魔法士が一人もいなかったことは確認されています」
「そうなると……ううん……」
頭の中で情報を整理しているのだろう。トレリー卿はしばらく黙り込んだ。
カイラさんも黙っていたが、彼女の場合は考えているのかどうかわからない。さっきの反応からしてもあまり考えるのが得意ではなさそうだった。
しばらくして、トレリー卿が口を開いた。
「これは推測だがね、お兄さん……サイラスさんだったか、彼の動きを考えてみたんだ。彼は確かにリーデ号に乗っていた。その事はカイラ君に伝わっている。だが、リーデ号が拿捕されるより前に、何らかの事情で船を下りていた。その後、リーデ号拿捕の件を耳にした彼は、伯爵と連絡を取った。伯爵は彼に、表に知られると問題があるような何らかの任務につけた。こういうことなんじゃないかな?」
「ついでに補足すると、カイラさんの滞在期間について気にしていたということは、それはこの町で起こっているのではないですか?」
「ということは……まあ、まずアリビオ号のことだろうね。いやいやいや、伯爵のあわてようからいって、サイラスさんとアリビオ号の関係を、すでに私が知っていると考えたんだろうね」
「つまり」
「……まあ、そういうことだろうねえ」
カイラさんだけは推測がつかなかったらしく、俺たちに説明しろという視線を送っていたが、残念忍者さんの疑問に俺たちが答える前に、開いた扉から入ってくる者があった。
「いやー、雨に降られて大変だと思ったら、館の中も血の雨が降ってるじゃないか。ま、何があったかは推測がつくけどね」
外からずぶぬれで帰ったマテリエさんだった。
「で、どんなところまで話が進んでいるんだい?」
手短に事情を彼女に説明する。
「なるほど……そういうことか。それはあたしが聞いてきた話を先にしたほうがいいようだね。アリビオ号船長以下上層部の処刑が明日に決まったらしい」
明日か、いよいよ余裕がなくなってきた。
「……そして、処刑される中には猫獣人の魔法士もいるという話だ」
ここに来て、ようやくカイラさんにも事情が飲み込めたようだ。
つまり、彼女の兄が俺の代わりの魔法士として、アリビオ号に乗り込んでいたということだ。それもトランダイア伯爵の命令で。
そして、なぜアリビオ号が捕まったのかということにも、恐らく彼が関わっているのだろう。魔法士に可能な何らかの手段で……
俺はふと頭に浮かんだことを口にした。
「それでは、サイラスさんはこっそり縛り首を免れるという計画じゃないんでしょうか?」
「それは……ないね。たぶん元はそういう約束になっていたとは思うけど、こちらに賊を送り込んで消そうとした以上は、余計なことをしゃべられる前に本人も殺してしまおうと考えるのが自然だ。いやいやいや、それだけ伯爵は今回の企みが表に出るのを怖がっているんだろう」
確かにそうだろう。
通常の、船と船との戦いでアリビオ号を拿捕したなら正当性を主張できるだろう。縛り首に関しては問題があるだろうか、それを強弁することも不可能じゃないかもしれない。実際に盗賊や海賊が縛り首になるというのは行われているし、そういう建前を押し通せば、通ってしまう可能性がある。
だが、事前に手のものをもぐりこませた上で、何らかの策を弄して船を拿捕したとあれば、多方面からの非難を避けられないだろう。
これが発覚すれば、トランドや友好的であるミスチケイアだけではなく、海に出ている者のいる国はほとんど全てストランディラのやり口を非難することになるかもしれない。
具体的にどうやってアリビオ号を罠にはめたのかまではわからないが、この事実を知られるのは伯爵にとって致命的なことになりかねないのだ。
「つまり、襲撃に失敗した伯爵が、明日を待たずに彼らを消す可能性も出てきたってことだよ……ケイン、カイラ、すぐにでも動かないといけないよ」
「マテリエさん……」
「私としても、そういうことならトランド人であろうと協力するにやぶさかではない」
そこで、トレリー卿が口を挟んだ。
「おっと……君たち、私の護衛依頼はまだ続いているんだがね」
そうだ、忘れていた。このまま大暴れして全員救出して脱出となったとしたら、トレリー卿だけがここに取り残される。
「まあ、私のほうとしても、護衛があろうが無かろうが町の有力者に刺客を送られる状況だしね。まあ、後で戻ってくるか誰か別人に押し付けるかはともかくとして、いったんここを出たいのは私も一緒だ。というわけで……」
トレリー卿は身振りを交えながらそう続け、最後に立ち上がってこう告げた。
「我々は一蓮托生というわけだ。準備しながら案を練ろう」
俺たちに異存は無かった。
残された余裕も無かったが……
今回の豆知識:
いいわけになりますが、今回のタイトルは襲撃の「終結」と一同の「集結」という両方の意味なので入力ミスではありません。
いいタイトルが思い浮かばなかったので……