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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第二章 13歳編 ローブを纏った航海士
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トランダイア伯爵

 次の日の朝は扉のノックの音で起こされた。

 今朝から使用人が本格的に仕事を始めたらしく、扉を叩いたのは女中さんだった。

 日本では一時期メイドさんブームがあったが、そういう類の人ではなく、ちゃんと頭を布で覆って清潔にした本職さんだった。

 食事も今朝からはきちんと用意されていた。

 ここでは小麦など遠方から運んでくるしかないだろうに、やわらかいパンも出ていたのは驚いた。貴族はどこにいても普段の生活を守るものだ、という話は聞いたことがあったが、そういう点でもトレリー卿は根っからの貴族ということなのだろう。

 さすがにこの館では使用人の手前、卿と同席して食事ということにはならなかったが、俺たち護衛3人の食事も相当にしっかりしていた。


 朝食後に、昨日の話をトレリー卿にするために、彼の部屋に向かった。

 人がいなくなった隙に、マテリエさんと今後のことについて打ち合わせをしていたので、ちょっと時間が開いたが、まだ在室のはずだ。

 扉をノックしようとすると、ちょうど中からカイラさんが出てくるところだった。


「失礼」


 そう言いのこしてカイラさんは去っていったが、彼女も何かあったのだろうか?

 ともかく、俺は閉まり切る前の扉を受け継ぎ、そのまま軽くノックして返事を待ってから入室した。


 さすがに館の主の部屋ともなると、広さも内装も俺たちの泊まっている客室と違ってグレードが高かった。

 トレリー卿は一人用のソファに座って待っていた。

 俺は来客用のソファには座らず、立ったまま彼に相対した。


「おやおや、君も……ということだね。いや、ケイン君が何をお願いに来たのはわかっている」

「はい、トランダイア伯爵とお話になるときにアリビオ号のことを聞いていただきたいとお願いに参りました」

「うむ、よろしい。まあ、話の流れ次第ということになるが、期待してもらってかまわないよ。むしろそれぐらいで、トランダイア伯爵にいきなり魔法を一発、なんて事を思いとどまってもらえるならお安い御用だ」

「さすがにそんなことはしませんが……」

「うん、おそらく君のお仲間は捕虜ということになっているだろう。僕としては、できればこの仕事を終えたらおとなしくセベシアに帰ってもらいたいと思っている。ガルシア家なら払えないほどの身代金じゃないはずだから、そのうち無事に釈放ということになるはずだよ」


 ガルシア家の財務状況まで把握しているのか、と驚いたが元よりそのつもりだ、みんなが無事ならそのまま戻り、アンティロスで帰りを待とうと思っている。


「はい、それで問題はありません。よろしくお願いします」

「よろしい。いやいやいや、なかなか今日の会談はやることが多いようだね」


 今日だったのか、それは知らなかったが、俺は礼を言い、そのまま部屋を退出した。



 考えてみればわかったはずだ。

 そう、トランダイア伯爵も貴族だから、この貴族街に居を構えている。

 午後になり、「今から行くよ」と軽い調子でトレリー卿に言われ、あわてて準備して駆けつけると、目的地は三軒隣だった。

 これがまた他を圧倒するばかりの広い敷地と大きな屋敷で、ひょっとしたらこっちに定住しているのでは無いかと思えるぐらいだった。

 玄関に門番がいるのも、この貴族街では初めて見る。


 トレリー卿が名乗り、来意を告げると、程なくして中から執事らしき人が現れ、中に通された。

 もちろん、武器は持込を禁じられたので門番に預ける。いざとなったら体ごと盾になってトレリー卿を守らなければいけないが、前衛が2人もいるので俺にまで役が回ってくることは無いだろう。それに、そうなったらなったで、俺は杖無しでもそこそこ魔法が使える。

 屋敷の中は、やはりここが本宅では無いかと思えるほどで、トレリー卿の館はおろか庁舎の中よりも豪華だった。

 応接室に通され、トレリー卿が着席して俺達はその背後で立って待機する。

 しばらく待たされた後、部屋に巨漢が現れた。

 トランダイア伯爵は50がらみの大男で、腹も出っ張った肥満体だった。思わずマローナまで乗ってきた船を連想してしまったぐらいが、これでは自力で船に上がることは出来まい。

 海軍司令官がそれでいいのかとも思うが、逆に司令官レベルになるとそうそう船に乗る機会も無いのかもしれない。


「これはトレリー卿、よくいらっしゃいました」

「こちらこそお忙しいところ、トランダイア卿にはお時間をいただき、ありがとうございます」


 そして、まずは社交辞令の応酬が続く。この辺は昨日の公爵との面会と変わるところは無い。あの時と違うのは、伯爵が威張ってふんぞり返っていることだ。

 いや、たしかに体型からしてふんぞり返らないとソファに座れないという事情はあろうが、それだけではなく、言葉の端々からえらそうな態度が透けて見える。


「ところで聞きましたよ、とても有名な船を捕まえたそうですね」


 なるほど、社交辞令の一環として軽く流して聞いてくれるということか。これならば伯爵に気取られること無く、情報だけもらえるかもしれない。さすがトレリー卿、そのあたりのバランス感覚は優れている。


「ああ、あの海賊船、アリビオ号のことですな。いやあ、こちらとしても手を焼いておりましたからな、首尾よく捕まえられて私も一安心ですよ、はっはっは」


 アリビオ号のあたりで隣のカイラさんがビクッと反応する。そういえば彼女だけが俺の事情を知らない。だとしても反応が少々過剰に思えた。何か因縁があるのだろうか?


「海賊船……ですか。たしかあの船は国家公認の私掠船だったと思うのですが」

「何を言っておられるのかわかりませんな。確か我がストランディラでは、トランドなどという国は存在しない、あそこは海賊に不法占拠された地だ、ということではなかったですかな?」

「建前はそうですが、実際他の国、例えばミスチケイアなどとの関係を考えると……」

「ふんっ、あんな立地だけがとりえの、エルフどもの国などがなんだというのですか。歴史的経緯を見ればわが国の見解が優先されるのは当然のこと。海賊どもなど全員縛り首にしてやるのが当然というものではありませんか」


 縛り首だと? それはまずいことになった。無事ならば静観も出来るが、こうなっては行動方針の練り直しが必要だ。

 俺は、表面上は冷静を装いながら、あれこれプランを考えていく。

 最悪荒事になったとしても、無理にでも連れ出さなければアリビオ号のみんなの命が無い。


「なるほど、縛り首ですか。ああ、まあその辺はそちらの管轄ですから、こっちがとやかく言うことではありませんな。ところで……アリビオ号というと、以前あの船に拿捕された、確かリーデ号というわが国の私掠船でしたか。あちらの船の乗組員は無事に帰ってきましたか?」

「ええ、まったく癪なことですが、それでも国民の身には代えられませんからな。まあ、いったん金は払いましたが、すぐに領土ごと取り戻してやりますのでお任せください。わあっはっはっはっ……」


 このトランダイア伯爵という人物、やはり相当にトランドに恨みがあるようだ。

 これは師匠に聞いた話なのだが、現在の海軍の戦力で言うとトランドとストランディラは、ほぼ互角らしい。ただ、これはトランドが南大陸を開拓して国力を強化している以上、徐々にトランド有利になっていくだろう。だから、ストランディラが近いうちに暴発して、戦端が開かれる可能性があるとのことだった。


「……そうですか。それでは、そこに乗っていた魔法士のことについて詳しいことはわかりませんか?」

「……魔法士」

「ええ、実を申しますと、こちらの者の兄が、リーデ号に魔法士として乗っていたのですが、その後連絡を絶っていましてね。いやいやいや、伯爵なら何かご存知では無いかと……」


 と、トレリー卿はカイラさんを指す。

 なんと……

 俺も、そしてマテリエさんも動揺を隠し切ることができずに、思わずカイラさんの方を見てしまう。

 まさかそんな因縁があるとは、これを前から知っていたとすれば、トレリー卿はよほど性格が悪いのか、のんきなのか、あるいはそれ以外の何かの思惑が……

 まずい、突然のことで思考が追いつかない。この場の立ち回り次第で破滅もありうる。


「……獣人族の……魔法士」

「ええ、確か名前をサイラス……えーと、カイラ君、何だっけ?」


 発言を促されたカイラが、いつもの落ち着いた調子とは打って変わって、必死さが伝わる口調でこう継いだ。


「サイラス・ニテリオスです。リーデ号という船で仕事をすることになったという手紙を送ってきてからもう1年以上たちます。兄は、兄は無事なのでしょうか?」


 なぜだろう。

 彼女の言葉を聞いた伯爵は、俺たち以上に動揺している様子を隠せないでいた。額に玉の汗が浮かび、薄い仕立ての良いシャツの胸や腹の部分に汗が滲み出す。

 何か相応の秘密を隠しているのだろうか?

 応接室の中は、伯爵の次の言葉を待つ沈黙が支配していた。


今回の豆知識:


小麦はあまり雨が多い地域では栽培できません。

物語の舞台は赤道直下のため、代わりに米かとうもろこし、イモなどが主に食べられます。

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