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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第二章 13歳編 ローブを纏った航海士
42/110

湖畔にて

 館は、港から見て、庁舎のさらに左奥の貴族街にあった。

 この町では貴族街が見当たらず、やはり海外領だからか。などと思っていたが、何のことはない。手前の森に阻まれて見えなかっただけだった。

 熱帯であるので、雨も多く、なかなか建設は大変だったろうなと思うが、そこには確かに貴族風の館が並んでいた。

 まあ、庭の木にバナナがなっていたり、他にも熱帯の植物が並んでいたりするのが、いささかイメージを壊していたが。

 町の喧騒は森に阻まれてここまで届いてこない。まさに特権階級のための静かな区画ということのようだ。


 貴族街の脇には大きな湖があった。周囲はいくらか熱帯の木が切り開かれて、外周が散歩できるように簡単に整備されているようだった。

 トレリー卿の館に入ると、すでに荷物は別に運ばれてきており、その開梱作業が行われていた。

 普通は貴族ともなると執事などが同行して、そうした些事を任せるのが普通なのだが、トレリー卿は奴隷一人連れただけでこの地にやってきていた。

 何かの事情があるのかと思っていたら、執事以下の使用人は現地採用で代々受け継いでいるらしい。館の主だけが任期ごとに入れ替わる仕組みになっているそうだ。

 今は全員揃っていないようで数が少なかったが、彼らと協力し、トレリー卿の指示のもと荷物の梱包を解いていく。


 今は、長かったその作業もようやく終わり、夕方になっている。

 トレリー卿はもう休むと言って、夕食もとらずに寝室に向かった。

 館はしっかりしたつくりだったし、もう来客もないはずだ。使用人たちも一部は今日から泊り込みだし、奴隷もついているから、と俺たち3人は夕食がてら外に出ることを許された。


 カイラさんは、前に本人が言っていたようにマローナで用事があるようで別行動となった。

 しかし、この人は一週間以上付き合っている今でも良くわからない。

 確かに斥候スカウトとしては有能なのだろう。船上での動き方や身のこなしを見る限りでは、熟練の船乗りと斬り合いになったとしても、地上でのときと同じように圧倒するはずだ。

 ところが、一方でひどく抜けているところもある。

 船を下りるときも、彼女が手ぶらで降りようとしていたので指摘したら、


「うん、確かに荷物を忘れていた」


 と冷静に返して、船に取りに戻って行った。

 前にも、これは船内でのことなのだが、同室に俺が居るのにも関わらず、いきなり服を脱いで着替えを始めたことがあった。

 冒険者とはいえ、そこまで男女の垣根が無いはずはないだろう。

 俺が顔を赤くしながら指摘すると、


「おお、そうだな」


 と、このときも冷静に返していたのを覚えている。

 さらに今日、荷物の開梱の手伝いをしていたときも、紐を切るのにいきなり短刀を持ち出していた。しかも、開梱用にと渡されていたナイフを腰に差したままの状態で。

 短刀とはいえ刃渡り40cmはあるので、開梱用途に使うようなものでは無い。

 これも指摘したが、やはり、


「ああ、すっかり忘れていた」


 と、返事は冷静だった。

 身体能力や、おそらく戦闘力もかなりのものだと思うが、あまりにうっかり過ぎる。指摘しても冷静に返してあわてるようなことがない、そのとぼけ具合もあわせて、どうにもつかみどころがない印象だった。

 とりあえず俺としては、脳内で彼女を「うっかり忍者」のフォルダに分類することにした。もちろんフォルダ内には1ファイルしか存在しない。恐らく今後もそのままだろう。


 さて、そんなわけで俺はマテリエさんと行動ということになったが、夕食の前に誘われてくだんの湖の外周道路へ出かけた。あたりにはこの時間だし人影が無かった。

 何をする気だろう? さすがに今まで彼女に付き合ってきて、俺との間に男女の関係を作る気が無いのはわかっているが、このように人気の無いところに連れて行かれては、そっちかなという気もする。

 ただ、初めてが屋外というのは俺にとってもハードルが高い。

 それでもまあ、相手がマテリエさんであればいいかな、とか考えている俺もいる。


 正直に言おう、俺の本命の女性、ずっと付き合いたいなと思っているのはパットだ。

 いつ、そのように考えるようになったのかは自分でもわからない。最初はちょっといいな、というレベルだったのが、付き合いが長くなるに連れて、なんとなく思っていることや考えていることが理解できるようになり、その事がそれだけでうれしい。

 ずっとこういう関係を彼女と続けていきたいと、今ではそう思っている。


 だとしても、俺も男でそろそろ14になる。性欲を感じることも多くなった。ただ、普段が船の生活なので極力それを押さえるようには努力している。

 カルロスみたいに、気軽に娼館に通えばいいのかもしれないが、そちらも最初に格好つけた手前なかなか行きにくい。それに、アンティロスでは師匠の家に滞在しており、セベシアではトランド人の泊まる宿が限られる。また、リッケンでも師匠と行動を共にすることが多くそのようなチャンスは無い。

 そんなわけで、若干もてあましていた性欲をどうしようと考えている時にこの状況である。

 ちょっと期待してしまう。


 ここまで妄想しておいてなんだが、俺の桃色の期待は裏切られた。こんなふうに、


「ねえケイン、あなた……子爵に正体ばれてるわよね?」

「えっ?」


 マテリエさんの、普段とは違う鋭い目つきが俺を射る。いつもはやわらかい印象の彼女がまったく別人のように錯覚した。


「どうして……あ、隠していたわけじゃないんです。ただ伝えるタイミングがつかめなくて……」

「そう、でどういう状況になっているか説明してくれる?」


 俺は、船内でトレリー卿に正体を見破られたこと、そしてそのとき彼が話した内容、それから俺自身が推測したことなどについて、マテリエさんに説明した。

 話を全て聞いた彼女は、ややあってからこう口にした。


「なるほど、ケインに偽名を使わなかったのはあたしの失敗だったね。セベシアのあたしのところでも、あの海戦はアリビオ号が勝ったという程度しか広まっていなかったから、ちょっと油断していたわ」

「そうなんですか?」


 じゃあ、あのセベシアで襲ってきた3人組は何なのだろう? 確かにあれは1年ぐらい前のことだから、ひょっとしたらリーデ号の乗組員で、捕虜交換か何かで釈放されたのだろうか? いや、それにしては俺のことを大したこと無いとか言っていたし……

 自慢じゃないが俺はあの戦闘では活躍したと思う。だからこそ、トレリー卿にも正体が知られるという事態になったわけだが、その現場にいた人間が俺の力を見くびるような発言をするのだろうか?

 気にはなったが、今優先すべきはその事では無い。


「ケインの方針は間違っていないと思う。子爵はケインを無事で帰すつもりのようね。あたしにも彼が本当は何を考えているのかはわからないし、ケインが推測したうちのどれかだろうと思う。そうであればアリビオ号の件についても、協力は出来ないにせよ黙認はしてくれそうね」

「はい、そう思います。だからマテリエさんは手はずどおりに聞き込みをお願いします。トランダイア伯爵の方は、明日になったら俺からトレリー卿に、アリビオ号の詳しい話も聞いてもらうようお願いしますから」

「わかったわ」

「それと、参考までになんですが、どうしてトレリー卿に知られているってわかったんですか?」


 マテリエさんは、それまでの鋭い調子からいつもの彼女に戻って、このように言った。


「なんとなく、ね。さっきの庁舎での話の流れからそうじゃないかと思って。それに、あたし船の貴賓室から子爵にずっとついて歩いたけど、彼が船員と話をしたことなんて無かったから、変だと思ったのよ」

「ああ、なるほど」


 やはり彼女も歴戦の冒険者というわけだ。前には失礼にも「どうやって100年以上も無事で生きてこられたのかわからない」などという感想を抱いたが、それは間違いだったようだ。

 「さすが100年以上も生きているだけあって鋭い」と訂正しよう。もちろん女性に年の話は禁物なので、口に出すのは自重したが。


 その後、マテリエさんと食事をして館に戻ったが、すでにカイラさんも戻ってきていた。何やら眉をひそめて深刻な顔をしていたようだが、「全財産をセベシアに忘れてきていて食事できなかった」とかだったらどうしようかと思い、結局聞かなかった。

 仮にそうだったとしても、明日になれば館で朝食が出るし、今だって夕食をとらなかった子爵の分の食材などが残っているはずだ。

 「うっかり」を除けば有能なはずの彼女が、自分で何とかできないはずは無い。


 あてがわれた部屋はやはり貴族の館らしくしっかりしていた。

 恐らく俺たちが帰ったあとは客室として使われるのだろう。調度品もそれなりのものが揃えられているようだ。

 俺はきちんと整えられた広いベッドに横になった。揺れない寝床は久しぶりだ。

 病み上がりで一週間寝込んだ上に、アリビオ号とゆれ方の違う船での10日間の生活で疲れていたのか、俺はすぐに眠りに入ることができた。

今回の豆知識:


娼婦を買うとか飲酒するとかいうと、14歳で早いよという印象もあるかと思います。

が、イギリスの帆船小説などを読むと、士官候補生は大人として扱われ、たとえ12歳だろうが飲酒などしていたということが書かれています。ケインの所属を海軍にしなかったのは、話の都合上のことなのですが、一応商船でもそれに準じていいだろうという判断でこうなっています。

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