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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第二章 13歳編 ローブを纏った航海士
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敵地への出港

ちょっと物語が加速中なので、予定外だけどもう一話出します。

 とても肥満体だった。

 なにがって?

 いや、船が。


 なるほど、これなら10日かかるというのもわかる。いかにも船足が遅く、その代わりに積載量が多そうな船体をしていた。

 見た感じ船倉を除いて甲板が5枚といったところだろうか、と後部側面のガラス窓の並び具合から判断する。客船としての使用を重視しているのか、上下3列のガラス窓が船尾からメインマストの手前まで並んでいた。

 俺は、船乗りとしてこの鈍重そうな船を操る船員に同情しかけた。

 おっと、危ない。俺は船が初めてということになっていたのだ。

 なんかドキドキわくわくとしながら、一方で不安そうにしている魔法使い見習いの少年を演じ切らなければいけない。


 俺は演技に苦労しながら、舷側に大きく開いた入り口のドアへ、仮設の階段を上っていった。こんなところにも客船としての気遣いが見える。

 普通の商船や軍艦では、自力で舷側まで縄梯子で上がれない人などほとんど乗せない。臨時の乗客や師匠のように自力で登れないものは、帆布とロープで作った椅子で上げ下ろしされるだけだ。だが、この船のような客船ではいちいちそれをやっていると日が暮れる。

 こうして乗り込みやすくする仕組みは必要なのだろう。


 船に乗ると、しっかりした礼服を着た人が俺を案内してくれた。まさか専門の接客係を雇っているとは思わなかった。

 トレリー卿が今回の乗客で最上位とのことで、彼の部屋は上甲板の船尾全面を占拠した、まさに貴賓室だった。

 本来は船長室がある部分だが、この船の場合は船長室が貴賓室の前部に位置している。すぐ甲板に出られる位置という機能は変わらないが、船尾の広い窓は貴賓室に明け渡した格好になっている。

 貴賓室は大部屋と私室件寝室、私物倉庫に加えて、護衛用の部屋も用意されていた。こちらは貴賓室の豪奢なつくりと違い、普通の船室で、内装もされていなかった。仕切りで個室に区切れるようにはなっていたが、アリビオ号などと同じくいつでも取り外せるような状態になっていて、それほどプライバシーが保てるわけではなかった。

 この護衛用の部屋は船長室と貴賓室の間にあり、船長室とはさらに船の歩哨の詰め所を介してつながっていた。何かこちら側から要望があったり、船長側から航行状況について説明をしたりする時には直接行き来できるようになっている。


 ということで、俺は背負い袋に入れた荷物を護衛用の部屋の片隅に置くと、船内の他の場所も探検に行くことにした。護衛としては必要なことであるし、なにより初めての船で好奇心旺盛な少年役を演じるにもそのほうが都合がいい。

 船内は貴賓室のある甲板から下に3段と、その下に船倉という形になっていた。船長室のすぐ下が一等船室と、最後尾に一等・貴賓室客用の会食の間となっていた。今は船尾に大きな大テーブルと椅子があるだけで、クロスや食器の用意などはされていなかった。

 その下が二等船室、ここまでは船室にガラス窓があり、食事も客用の料理人が作るが、一等以上のようにフルコースとは行かないようだった。食堂は無く各部屋にワゴンで配られるということだった。

 その下の三等船室は基本的に船員と同じ待遇。つまり、ハンモックでの就寝で個室などは無く広いスペースだった。食事も船員と同じものが配給されるようだ。とはいえ、海面下の最下層甲板なので、通常の船員が寝泊りする場所のより暗く、じめじめしている。あまりいい環境ではなかった。

 前部は船乗りのスペースとなっていた。こちらに立ち入ることは出来なかったが、通常は船尾部分にある航海士などの部屋も、客室に追いやられて前部にあるようだった。

 船倉部分は立ち入りしなかったが、上から見る限り底は深く、外から見たとおりかなりの積載量があるようだった。

 これに加えて貴賓室の上の後部甲板、舷側通路を渡って前部甲板があるが、こちらは露天で操船に関わる部分なだけに、出港したら船長の許可がないと立ち入れないそうだ。今も出港前の準備で忙しそうなので、邪魔にならないようにざっと確認したら船内に戻る。


 貴賓室に戻って、中の設備の確認や、ガラス窓が開くかどうかなど試していたら、トレリー卿が到着した。

 すでに荷物は運び込まれていたようで、トレリー卿も、同行した彼の奴隷も手ぶらだった。

 荷物と言えば、俺は荷物をほとんど置いていくつもりだ。アリビオ号の出港の時には箱ごと下ろしてもらったが、今回は1ヶ月以内にセベシアに戻ってこられるし、行きはともかく帰りは自分で荷物箱を抱えて、盗まれないようにあたりに目を光らせることになりかねない。

 幸い、ローブに着替えているので内側を冷却すれば大して汗もかかないし、着替え用のシャツと半ズボンと下着類を1着ずつ持っていけばあとは洗濯して着替えれば何とかなる。

 ということで、すっかりなじみになった宿屋の倉庫に荷物箱を預けておいて、後日帰ってきた時に引き取ることにした。

 寝室を確認に行っていたトレリー卿が戻ってきた。奴隷のほうは荷物室で荷物がそろっているか確認しているらしい。


「いやいやいや、素晴らしい。船には何度も乗っているが、外洋船は初めてだ。これは迫力があるねえ」

「ええ、そうですね。僕もこんな大きな船は初めてで、興奮しています」

「ケイン君はアクレシアの出身だよね? 知り合いの船に乗ったこととかはないのかな?」


 うっ、まずい。


「……ええ、ずっと本の虫でしたから。そういう誘いがあってもなかなか外に出ないで閉じこもっていました。良く親には怒られましたよ」

「そうかそうか、いやいやいや、なるほどなるほど」


 何とかごまかせたようだ。危なかった。それにしてもこの人は、なぜこんなに繰り返しを多用するのだろうか?


 そして、そうこうしているうちに残りの2人も乗船し、船は予定通りの時刻に出港となった。



 マローナへ出航してから2日目になる。

 確かに船はでっぷりと太った形をしていたが、ちょうどこの季節は風が良いようで、かなり順調に航路を進んでいるようだった。

 いつものアリビオ号の航路より北よりではあったが、セベシアから西に向かうことには変わりが無い。変わるとすると、いつもは目を凝らして敵船がいないかどうか警戒しているのに比べ、ストランディラ船籍のこの船での航海は安全そのものだということだ。

 制海権を持っているというのは重要なことだ。


 今はちょうど夕食の時間。

 トレリー卿は中甲板船尾の会食の間で、船長や一等の乗客と食事を楽しんでいるはずだ。

 船内の護衛任務は、昼は2人で、夜は1人ずつ交替でということになっている。トレリー卿は、昼食と夕食は会食の間でとるので、その間の護衛は不要だ。一般には護衛や同行者がいても、彼らは二等や三等に回されるのが普通で、護衛用の部屋が脇にあるのは貴賓室だけなのだ。

 船には衛士も乗っているため、そもそもあまり護衛の必要は感じられなかった。

 二等客室相当の食事を護衛室で取りながら、俺は同室の2人に聞いてみた。


「何で護衛が三人も必要だったんでしょうかね?」

「貴族様の考えることはわからないねえ。マローナで何かあるってことかな?」

「そうですよね。俺たち現地滞在は一週間でしたっけ?」

「そう、一週間後の船で帰ることになるんだけど、その直前までが仕事らしいから、買い物とかはしている暇はないわねー」

「ふん、のんきなことだ」


 カイラさんが短く口を挟む。俺はちょっとこの人が苦手だ。

 無口なのはパットと変わらないのだが、パットのほうは男だけの船内で自然とああなっていたのだろうと思う。それに対してこの人は、敵意までとは行かないのだが、気を許した感じの言葉は無く、いつもぴりぴりしているような感じだ。たまに口を出すと大体このような水をさす言葉が出てくる。


「そういうあんたはどうなの? 現地に残るようだけど……」

「私は、向こうで別にやることがある。帰るのはそれからだ」

「大して変わらないじゃない。現地で職探しをするわけじゃないんだったら観光みたいなものよね?」

「観光だと? そんなものじゃない。それに、向こうは海岸派の要ともいえる場所だ。私やトレリー卿のような北のものにとっては安全な場所とはいえない」

「ふーん、もしかしてそれかもね。護衛の意味」


 他愛のない会話だったからそこで終わったが、どうもマローナについてからが護衛の本番のようだ。あまり大事おおごとにならなければいいが……と俺は心配するのだった。


 夕食が終わって、色々の片付けをしていた奴隷を下に下がらせて、貴賓室の大部屋に俺とエヴァルドさんが取り残された。時間帯としてはここから夜になるので、あとは休むだけ。護衛は俺一人になっていた。

 いい機会だからさっきのことを聞いてみよう。


「トレリー卿、お話いいですか?」

「ああ、いいよ。なんだい?」

「やはり護衛の本番はマローナということでいいんでしょうか?」

「うん、そうだね。あそこは海岸派にとってはずせない重要港だから、本来河川派や湖畔派が入り込む余地はないんだよ。だから私みたいなのは煙たがられるはずだよ」

「そうですか。いやあ、この船であんまりやることが無いんで、むしろ雇ってもらって大丈夫かなって心配でした」

「ははは、いやいやいや、そんなことは無いよ。報酬だってちゃんとギルドに先払いにして預けてあるからね。ちゃんと支払われるはずだよ」

「正直なところ不要だから依頼はやっぱり無しって言わないかビクビクしていましたよ。いや、船が出た今だから言えますけどね」

「ふふふ、正直なことだね。ま、お返しとしては何だけど、船が出た今だから言えることはこっちにもあるんだよ」

「何ですか?」

「ま、いろいろがんばっていたみたいだけど、まだまだ甘いよ、アリビオ号の『魔人』ことケイン・サハラ君」

今回の豆知識:


ケインの乗った客船ですが、甲板の数的には二層甲板の戦列艦と同じです。ナポレオン戦争時に一番多かった主力艦ですね。ただ、こちらの場合は速力よりも客の快適性や積荷の量を重視しているため、船型がより太くなっており、鈍重という設定です。

船尾の窓ガラスもあり、戦闘には向かないでしょうね。

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