顔合わせ
今回子爵が登場するので、ちょっと気になって調べなおしてみたら呼びかけ時の敬称の使い方を間違ってました。ファーストネームにつけるのは領地無しの騎士爵と準男爵だけなんですね。ホーンブロワーでもみんな「サー・ホレイショ」って言ってるから勘違いしていました。
ということで、今回の子爵は「姓+『卿』」という呼びかけにして、トランドの方々は「名+『様』」と区別しました。それぞれ「Lord~」と「Sir~」の意味で使っています。トランドの場合三等爵以下は領地が無いので他国の準男爵以下に相当という理屈をです。なお、船長からダニエルさんは、船長が貴族の息子なので「ダニエルさん」としてあります。
本編前に長文の言い訳見苦しいですが、ご容赦ください。呼びかけ方だけですので内容に変化はありません。では。
とりあえず。
「説明してください!」
「したじゃない」
「いえ、何で俺があそこに行くことになってるんですか。すごく危険ですよね?」
ここは、俺の泊まっている宿の1階の食堂兼酒場の部分だ。あんなことがあった後だし、なるべく俺は隙の生まれる食事は、ストランディラ人の入ってこられない宿でとることにしていた。
マテリエさんは別の宿だが、とりあえず説明を求めるために、夕食を一緒にすることにしたのだ。
彼女は、つついていた濃い味の芋を突き刺すと、フォークを振って答えた。
「大丈夫よ。そのために登録のときに小細工したし、あたしの仲間ってことになっていたらストランディラだろうがセンペシアだろうが、表立っては手出しができないもの」
「……? どうしてそんなことに?」
「あたしは、冒険者としては巨人級、それに所属解除済みだから、自由冒険者ということね。だからどこの国もあたしとその仲間には、それなりの対応を取る必要があるのよ」
「所属解除」? 「自由冒険者」? 耳慣れない単語が出てきたので、すでに酒の入っているマテリエさんを苦労して問い詰め、俺はようやく事情を理解した。
そもそも冒険者の所属先は二種類ある。各国家の冒険者ギルドと世界的な冒険者ギルド連合だ。
前者に所属している冒険者は、国の支配下にあるといえる。だから、その国が戦争をするときに冒険者に依頼する、あるいは半強制的に傭兵として使うことが認められている。
それに対して、後者に所属する冒険者は、国家に対して中立を保つことが認められている。
巨人級以上ともなると、その活動範囲が広くなり、同時に、遠くまで行かないと見合う依頼が存在しないこともあるため、多くの冒険者が国に縛られない「自由冒険者」として活動する。転居の自由や身分の証明などが多くの国で同様に認められるからだ。
そのためには、巨人級以上に達した上で「所属解除宣言」を行い、国家のギルドからギルド連合へと所属を移す必要がある。自由冒険者への危害が認められれば、ギルド連合全体、ひいては冒険者全体を敵に回すため、各国家はその自由を保障しているのだ。
一方で、巨人級になっても国家のギルドに所属し続けることもできる。この場合は、巨人級で騎士爵、鷲獅子級で準男爵、竜級で男爵位に相当する待遇を受ける。もちろん実際に貴族と同等とまではいかないが、力のある冒険者を囲い込むために、実際にその爵位が授けられることも多いということだ。
自由冒険者はそうした利点が得られないが、少なくとも他国の要人に対するのと同じような扱いをしないと、やはりギルド連合からにらまれることになり、よろしくない。
「というわけで、あたしの仲間でいる限りは、向こうでもそんなに表立っては手出ししてこないわよー。まあ、自分の身を守れるぐらいの強さがあれば理不尽なことは起きないはずよー」
ここまで聞き出すのに、麦酒を3杯、料理の皿が2皿消費された。お世話になったおごりと言った建前、これは俺の出費になる。
大した額では無いが、それに加えて酔っ払い相手に話をするのに無駄な労力をかけてしまった。まったく割に合わない。
ともかく、俺が自分で自分の身を守れる限りにおいては大丈夫のようだ。万全の状態ならば先日のような不覚を取ることもない。一応の納得が得られたので、明日の再会を約束して今日は休むことにした。
次の朝に宿の人に聞いたら、マテリエさんはそこから深夜までさらに飲み食いしていたらしい。よくそれで太らないよな、あの人。いや、太ってるか、主に胸部が。
いい機会なのでこれまでの分を清算して、俺は宿屋を出た。
目指すは少し高級な料理屋。そこの個室で昼食を食べながら、依頼人や他の仲間と顔合わせという段取りになっていた。
事前にマテリエさんから受けた注意は2つ。
一つは、出身を隠すこと。マテリエさんの古い知り合いの息子で、ミスチケイアの首都アクレシアから出てきた新米冒険者という設定で、俺は紹介される手はずだ。
もう一つは、航海の知識があることを隠すこと。今となってはどの国の船も魔法士を乗せているのだが、やはり「航海魔法士」というとトランドの印象が強いらしい。だから、出来れば船酔いの演技でもしなさい、と彼女からは忠告された。
現地へ着いてみると、すぐに個室に通された。俺は、さすがにいつもの船乗り風の服では一発でばれるので、わざわざ着慣れない魔法士らしいローブを買い、それを着ていた。
暑さのほうは冷却魔法でどうにかなるとはいえ、すねにまとわりつくローブの感触は、着慣れないので気持ち悪かった。
個室には、マテリエさんの他に2人が座っており、さらに1人が部屋の隅で立っていた。
「これでそろったようだね。いやいやいや、素晴らしい」
ニヤニヤしながら口に出した30代ぐらいの男が依頼主だろう。濃い茶色のカールした髪を伸ばし、丸めがねをかけた優男。立ち上がった姿は13歳の俺と比べてもさほど長身ではなくやせていた。口調や表情と裏腹に、目だけは油断のならない光を放っていた。
「一番最後だったようで、申し訳ありません。ケイン・サハラです。魔法使いとして修行中の身ですが、今回は精一杯がんばりますのでよろしくお願いします」
「いやいやいや、素晴らしい。こちらこそお願いしますよケイン君」
そういうのが口癖なのか「素晴らしい」「最高だ」と繰り返しながら、彼は一同を俺に紹介する。
男の名はエヴァルド・トレリーさん。ストランディラ国土のかなりの割合を占める湖、マース湖の湖畔にある、ソバイトーという都市国家の子爵。ソバイトーは、マース湖から流れ出すカリタヤ川のほとりでもあって、貿易や船舶の通行料で成り立っているそうだ。
もう一人の椅子に座っていた女性は、カイラ・ニテリオスさん。熊級の冒険者で盗賊……じゃなくて、
「斥候だ。私は盗みを働いたことはない」
とのことだった。耳は黒い毛に覆われて大きかったし、同じく黒い尻尾も出していたので、獣人族だとわかる。猫獣人族だそうだ。ちなみに髪も同じく黒い。
彼女は、ソバイトーからここまでトレリー卿を護衛してきたそうで、マテリエさんや俺とは別口で雇われている。だが、
「マテリエ君の級が一番高いから、そちらに従ってもらうことになるが、いいね?」
「問題ない」
と、登録としてはマテリエさんの仲間の一員となるようだ。
もう一人、部屋の隅で立たされていた男については、名前は告げられず、注意だけがエヴァルドさんから告げられた。
「彼は、私の奴隷だ。基本的には私の世話しかさせず、他人に手を貸すことも禁じている。君たちも彼に仕事を頼むことは禁止するし名前も教えない。いいね?」
そこまで言って、トレリー卿がうなずくと、男は退出していった。奴隷は会食には不要ということだろう。正直、俺は地球でのことを覚えているし、トランドでも奴隷はめったに見なかったので気にはなったが、まあ郷に入れば郷に従えということにして、別に何かを表明することはしなかった。
会食は和やかに進んでいった。
さすがに貴族の食べるもの、どれもおいしかった。このあたりのものだけではなく、川を通ってマース湖畔から運ばれてきた食材など、珍しいものもあったが、トレリー卿やカイラさんにとっては地元の食材であって珍しいものではなく。主に俺が驚きを表明した。マテリエさんは……あの人はまあ大雑把なのでそういうのを期待してもだめだ。
予定としては、2日後の、ストランディラ船の出港日の朝にマローナに向けて出港することになった。現地までは10日前後、とのことだった。もう少し早くつくのではないかと思ったが、俺は船のことは何も知らないことになっていたことを思い出し、黙っていた。
トレリー卿は現地のソバイトー代表として赴任することになっているそうだ。
「むしろ河川派の全権代表ということなんだけどね。いやいやいや、素晴らしい」
と、トレリー卿。
耳慣れない言葉が出てきたので聞いてみる。
すると、ストランディラが一枚岩では無いという事実がわかった。
大別すると、マース湖周辺の湖畔派、カリタヤ川流域の河川派、そしてそれらとはトルボ山脈をはさんで南、マーリエ海に面する海岸派という、三派に分かれるらしい。
それぞれの産業構造がまったく違うため、連合内部では意見の対立がたびたびあるらしい。いや、むしろ都市国家連合なるものが内部対立無しで一つにまとまることのほうが変だろう。
そんな話をしながら、俺達は昼食を終えて解散となった。
外に出ると、どこにいたのかさっきの奴隷の男がトレリー卿の脇を固める。
ずっと外で待っていたのかな?
当たり前なのだが、奴隷は大変だ、と俺は思った。
今回の豆知識:
当面出る予定はありませんが、魔族級の冒険者は強制的に「所属解除」状態になります。
ここまで来ると戦略兵器レベルですし、彼らが必要とされるのは世界全体の危機だからです。
その意味で、魔族級冒険者は「勇者」と言い換えてもいいかもしれません。




