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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第二章 13歳編 ローブを纏った航海士
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新たなる航海

 アンティロスからセベシアへの航海自体は、順調であった。

 俺の方はというと、やはり予想していた通り忙しかった。

 もちろん、勝手知ったるアリビオ号の航海であるから、そのまま日常のことをこなすだけならばそれほどたいしたことでは無い。

 実は、これまで師匠に若干遠慮していたこともあって、試していなかった航海魔法を実践してみたのだが、これが、予想外に一筋縄ではいかないのだ。

 試してみたのは、船倉を全体的に冷却するということだった。

 もちろん、直接冷やしたのではだめになるものもあるだろうから、船倉全体に水樽を分散配置して、それを冷やすことで積荷全体を熱帯の暑さから守るという案だ。冷やしたり熱したりを繰り返しても劣化しない水なら、この用途には最適だ。この思いつきはきっとうまくいく……


 と、そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

 積荷自体は確かに守られているのだと思う。だが、弊害は思わぬところに現れたのだった。

 大きな船では船倉の上は最下層甲板がある。

 アリビオ号では船倉と最下層甲板の区別がなく、かなり船底に近い位置に船の幅に合わせた狭い甲板がある。一部船匠や船医の仕事場が、すこし高い位置に広めの甲板をとって作られていると言う構造だ。

 つまり、船倉の1枚上は船員が生活する下甲板ということになる。

 ここは、砲門なども無く、いくつかの空気穴や明り取り窓が開いている程度で、基本的には船員の寝食の場だ。


 そこの床に結露が生じてしまった。

 確かに外気温が高く、それに対して冷却された船倉とは温度差がある。

 そのため、最初は下甲板の船員も床がひんやりしているので好評だった。

 しかし、湿気は船乗りが最も嫌うものだ。実際に船では船体が湿っていると病気が蔓延するし、虫もわく。持ち物や寝床が湿った感じになるのは気分が悪いし、船体の傷みにもつながる。

 そんなわけで、魔法士の仕事には船体の湿り気を取るというものもあったし、魔法士がいない船では携帯の火鉢のようなストーブを使って船体を乾かしているそうだ。

 そこに一面の結露である。

 それまで喜んでいた船員たちが、手のひらを返したかのように俺への不満を口に出し始めた。

 解決方法としてはもっと下甲板の風通しをよくするために、砲門では無いが舳先に大きめの窓を作ってやるか、さらにもう一層甲板を作って、そこで湿気を処理するか、などしか思いつかないが、どちらにしてもアリビオ号の大改造が必要だろう。


 とりあえず、今回はそれ以外の方法でお茶を濁すしかないだろう。

 なかなかうまくいかないものだ。

 「航海魔法の道は一日にして成らずじゃ」と脳内師匠からもお説教が聞こえるような気がした。

 ともかく善後策を船長に報告して、今回の試みはいったん棚上げし、結露が生じないように控えめの冷却量で様子を見るということになった。


「どうだった?」

「ああ、リック。とりあえずはいったん中断で、ちょっとだけ冷やして様子を見ることになったよ」


 当直のペアであるリックは、俺が士官室に降りていくと、中央の大テーブルで私物のワインを飲んでいた。

 リックは、もう航海士になってから1年以上となり、ベテランとまではいかないが、頼りになるアリビオ号の大黒柱である。


「まあ、試すのは悪いことじゃないさ。それに、主計士から聞いたけど、船倉の方はかえって湿気が減ったんだろう?」


 それは事実だ。

 本来、船倉は船体を隔てて海に面している。海水温のほうが低いし、船体を通してしみこんでくる海水もあるから、本来は湿気が高い場所なのだ。

 それに対して今回冷却した船倉では、海水温との温度差が少なく、もしかすると逆に海水のほうが高温かもしれない。それまでではありえないほどに湿気が少なくなっていた。このことは積荷にとって悪いはずが無い。


「それはそうだけどね、まああっちを立てればこっちが立たずといったところで、なかなかうまくいかないもんだね」

「独り立ちして気負う気持ちもわからなくは無いけどね、俺も一等航海士になったときには色々と空回りしたもんさ」


 と、リックはもう1つグラスを個室から持ってきて、俺にもワインを注いでくれる。

 一口飲むと、いわゆる酒精強化ワインというやつで、暑くても悪くなりにくいので船乗りに好まれているタイプだ。それなりに度数は高い。


「ダニエル様だって40年やってきたんだから、それにすぐに追いつけるわけが無いよ。まあ一つ一つ気長に積み重ねていくしかないだろうね」

「そうだね、ありがとう」


 一つ一つ……か、そういえばもう1つ試しておきたいことがあったのを忘れていた。


「リック、時間があったらでいいんだけど、1つ魔法の実験をしてみたいんだ。手伝ってくれないか?」

「おっと、火をつけて燃やすとか、風の刃で切り裂くってのは困るぞ。そういうのは頑丈な『豪腕』どのにでも頼んでくれ」

「そんなんじゃない。害は無いよ」

「じゃあ、引き受けた」


 そこで俺は、リックの隣にある個室から杖を持ち出し、呪文を唱えた。

「開門……リック・エスパの精神よ、その心の扉を開け放て

 次門……我が精神よ、その心の扉を開け放て

 操作……2つの扉は道をつなぎ、往来を開始せよ

 実行」


 傍目には魔法が失敗したかのように、何も起こらなかったように見えるが……


“リック、リック、聞こえるか”

「おお、これはすごい……俺からも声が届くのか?」

“できる。俺に話しかけるようにして、声を出さずに思うだけでいい”

“……こ、こうか?”

“大丈夫、聞こえてるよ”

“それにしてもすごいな、これは。ってもしかして俺の考えていることもわかるとか?”

“その辺は大丈夫。自分から話しかけようとした言葉だけが相手に伝わるようになっている”

“そうか、それは安心……”「っと、いったん声に戻さないか?なんか黙って見つめあっているだけにしか見えないぞ、これ」


 それはまずい。今度はリックとそういう関係だと疑われてしまう。俺は魔法を解除して、声での会話に戻した。


「初めてやったがうまくいったな」

「ああ、魔法の力はすごいものがあるな。と、これに制限とかはあるのか?」

「いくつかある。一つは距離の問題で、試してないけれどアリビオ号の全長ぐらい離れてしまうと、相手の精神を見つけられなくて魔法が成功しない。それと、相手を良く知っていないと精神を見分けられなくてこれまた失敗する。最後に、これは俺と誰かを結ぶもので、たとえば船長とリックの間で声をつなぐといったことはできない」

「なるほど、それが出来ればいざ戦いになったときにすごい武器になると思ったんだがな。魔法も万能というわけでは無いか」

「まあ、高度なものはそういうのもあるらしいけど、少なくとも今読んでいる本には書かれていなかったな。おそらく秘術の類にして国や何かが秘密にしているんだと思う」

「そうだろうなあ。そんなものが自由に使えたら海戦が、いや陸の戦いにしたって大きな利点になる。それが妥当なところだろうね」


 とまあ、このようにうまくいったので気を良くして船の何人かに試してみた。中には「気持ち悪いな、これ」と言っていたドワーフも約一人いたが、むしろ彼との連携が、海戦が起こったときには一番重要だと思うので、我慢して使い方を覚えてもらった。


 そんなこんなで、セベシアへの航海は特に嵐にも海賊にもあわずに進んでいった。

 っと、忘れていた。

 航路変更の件だが、とりあえず変更があるにせよ次回からということになった。

 今回はその下見もあって、セベシアの次にソバートン、カッサニエにも寄港することになった。

 ソバートンはマーリエから西にあるケーリック島北岸の湾にあるセンピウス領の都市で、北のガニエ島攻防の前線基地ともなっている。

 植生的には熱帯に位置するので、セベシアと農作物はかぶることになるが、鉱物の需要は高いので、セベシアから鉱石を運んでトランドやニスポスに熱帯の作物を運ぶ三角交易となる。

 もう一つのカッサニエは、リッケンへの航路の途中にあるブンジー海峡の北岸であり、先のセンピウスとガニエ島を争っているミニュジアの港だ。

 やや乾燥気候のために熱帯の作物等は売れるだろうが、元々が南対岸のネッテダとの短距離貿易の港であるために、港湾の整備があまりされていない。こちらは帰りにはミニュジアの特産品である宝石や焼き物、織物などを持って帰ることになる。


 前者は、鉱石が重く大量に運べないこと、帰りの農産物が遠い割にセベシアと大差が無いことなどが問題で、後者はそうした特産品が小国であるトランドでどれほど需要があるのかと言う問題がある。

 共に一長一短と言えた。

 と言うわけで、今回は下見を兼ねて両港に寄港することになった。多少航海日数は長くなるが、今後のためなので仕方が無い。

 うまくいけばいいが、と心配しながらも船はミスチケイアの貿易港、セベシアへ到着した。

今回の豆知識:


酒精強化ワインは、地球で言うとマディラワインとかポートワインといったものです。

どちらもポルトガル産ということになりますが、日本では入手先は少なめです。

ホーンブロワーとかボライソーでもおなじみのワインだと思います。

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