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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第二章 13歳編 ローブを纏った航海士
33/110

変わるもの、変わらないもの

 リッケンを出航して、一週間が過ぎた。

 ブンジー海峡を抜けて、何とか逆風を間切って(風上に対して斜めにジグザグに進んで)ようやく風向きが良くなってきた。航海士としてはようやく一息がつけるといったところだ。

 魔法士としても、操帆作業が減るということはけが人が減るということで、俺は一気に暇になっていた。

 そろそろ、情報魔法の研究を進めようか、などと思っていたところ、非番のはずのマルコに声をかけられた。


「ケインさん、借りていた本で質問があるんですけど、今大丈夫ですか?」

「えーと……」


 俺は甲板の状況を見て、帆の具合を確認する。問題ないようだし、何かあればカルロスが対処するか。


「よし、この場で答えられる範囲ならいいよ」

「ありがとうございます。と、ここのですね……」


 マルコ・マルシェンは、あの海戦の後アリビオ号に乗り込んできた航海士見習いだ。

 実際には俺より年上、ついこの間15歳になったのだが、乗船経験が無かったため、俺の後輩ということになる。

 正直、同じ見習いということで敬語を使われる必要は無いのだが、俺は航海士見習いと同時に魔法士補でもあるので、彼としては目上に感じているらしい。

 元々役人を目指していたそうで、頭はいいが体力や自信に欠けるところがあり、一人前になるのは苦労しそうだ。


 質問は俺に答えられる範囲だった。貸した本というのは航海術の本で、かなり読み込んだから一通りの内容は頭に残っていた。


「ところで、ケインさん、聞きましたか?」

「何を?」

「いや、アリビオ号が航路を変えるっていう噂です」

「そっ……て、どこでそんな話を?」

「主計士のクーペさんです。たまたまお互いの家が近くで商売をしていたんで、昔から知り合いなんですよ」


 そうか、今俺は航海士見習いとしてマルコと同室で生活してはいない。魔法士としての身分が優先されて、士官室に個室をもらってそこで起居していた。

 そのため、マルコが破産した商家の出であるということは知っていたが、あまり詳しくは知らなかった。

 主計士が言っていたことなら事実だろう。彼はアリビオ号の乗員の食料などの管理以外にも、交易の実際も業務にしている。


「というと、やはりニスポスが原因かな?」

「ええ、そのようです。遠くリッケンと交易するのが割に合わなくなっているようで……」


 リッケンでの交易は、セベシアに集まる熱帯の作物や鉱物、北大陸の奥からやってくる文物ぶんぶつなどを下ろし、南大陸の豊富な農作物をアンティロスに向けて積み込むというものだ。

 ところが、アンティロスのほど近くに建設中のニスポスとの交易が盛んになるにつれて、アンティロスでの農作物の需要がそちらで賄われてしまう。

 リッケンで下ろす分については問題ないものの、アンティロスへの航海で利益が出せないとなれば、たしかに航路を見直す必要があるかもしれない。


「だがそうなると、どういう航路にするんだろうなあ。さすがにセベシアとアンティロス、ニスポスを行ったり来たりというのはもったいないだろうから……」


 セベシアやニスポスとアンティロスを往復するのなど、それほど日数はかからない。アリビオ号は大型だが、細身の船体であることもあって、純粋な貨物船として設計されたずんぐりした船には積載量の点でかなわない。そうした船でも問題なく行き来できるような航路に、アリビオ号のような高速船を使うのはいい考えとはいえない。


「そこは教えてもらえませんでしたけど、タロッテとかでしょうか?」

「うーん、あそこはなあ……」


 タロッテは、北のラクア大陸と西のミナス大陸との間の狭くなっている部分、タロッテ地峡に位置する大貿易都市だ。北の旧ダカス帝国諸国、西のミニュジア、そしてマーリエ海沿岸諸国との交易仲介で発展している。

 もともと独立した都市国家であったのだが、ダカス帝国に占領されて属領に加えられた。だが北方では並ぶものが無い大勢力であった帝国でも、ミニュジア、ストランディラ、果ては東のノヴァーザルからも商人がやってくるタロッテに過度の干渉をすると、帝国対全世界という対立構造を生んでしまうため、自治都市としてある程度の独立を認めざるを得なかった。

 また、仮にここを領地として貴族に下賜するにしても、あまりに利益が大きいため帝国を脅かす勢力になりかねなかった。そんなわけで、タロッテは帝国直轄の自治都市として、その利益だけを帝国にもたらす存在となっていた。

 帝国崩壊後は真っ先に独立宣言をして、以前のような独立都市国家としての体制が今も続いている。


「あそこと交易できれば文句は無いんだろうけど……うーん」

「やっぱり、ストランディラですか?」

「そういうこと」


 マーリエ海北半分はストランディラの勢力が強い。敵国の海軍がうろうろしているところを、いくら船足が速かろうがトランドの船が行くのは難しい。


「それに、あのあたりは無風帯が発生するから肝心のアリビオ号の船足でも役に立たないことがあるしなあ」

「そうですね。それにライバルも多いですし」

「とすると、東のノヴァーザルのどこかという線かな」

「第三魔王領って手もありますよ」

「まさか」


 さすがに魔王領でまともな交易が出来るとは思えなかった。それがたとえ、元人間で、ついでに言うと地球出身らしく、人間に害意の少ないと言われている第三魔王の治める地であってもだ。


「やはり、ニスポス、アンティロス、セベシアかアクレシア、それとノヴァーザルのサルクトあたりを行き来することになるのかな?」

「そのあたりでしょうね」


 とすると、一回りでの航路としては今と大して変わらない距離に思える。だが、大陸東岸のサルクトまで出向くとなると、季節風の影響があって今より風任せの航海となる。

 仕方が無いこととはいえ、航海の日数が不安定になるのは乗組員の負担的にも船の補給の点でもいまより難しくなることが考えられた。


「まあ、考えても仕方ないさ。1日は1日で、同じ航海だ。日数分給料も出るしな」

「そうか、そうですね」


 家が破産して金銭的余裕の無いマルコにとっては、最低限の食住が補償されている船での生活はありがたいはずだ。早く一人前の航海士になって親孝行をしてやって欲しいと素直に思う。

 思わぬ長話になってしまったが、マルコは礼を行って船内に入っていった。俺も再び当直に戻った。



 当直が終わり、食事も済ませた後、自室で予定通り情報魔法の本を読んでいたが、その間もアリビオ号の航路変更のことが頭を離れなかった。

 アンティロスへの寄港頻度は、多少落ちるかもしれない。そのことも気にはなったが、やはり見知らぬ土地への航海は慣れるまで大変だろう。

 だが、そうとばかり言ってはいられない。むしろ今後の人生を考えると、アリビオ号のような定期巡航の船に乗ることは少ないかもしれない。そういう意味で俺自身としては貴重な体験が出来るといえるだろう。

 それよりも気になるのは……


「その航路だと、やっぱりストランディラとかち合うんだよなあ……」


 確かに、セベシアより西に比べれば、そこから東へ向かう船は少ない。だが、東西を海路で結んで発展してきたという面もあるストランディラにとっては、一攫千金を狙ってノヴァーザルまで足を運ぶ船も相当数いると聞いている。

 当然、向こうの儲けを奪う形になるので、小競り合いはあるだろうし、軍艦が出張ってくる可能性もある。いや、トランドを目の敵にしているストランディラ、特に沿岸地域の都市国家などは確実に海軍を送ってくるだろう。

 正直、航海は厳しいものになるように思えた。

 師匠が今回で引退するというのはむしろ喜ぶべきか。最近、やはり腰の状態は良くないようで、手すりや索具にもたれかかる姿を良く目にしていた。


「まあ、師匠もパットも安全なら、俺が何とかすればいいか……」


 パットといえば、皮肉なことに彼女が乗っているリーデ号が、まさにアリビオ号の航路変更を引き起こした原因の一つでもある。

 前にアンティロスで会った時には、「すぐに港に着くから仕事が無くて暇」と言っていたが、それでも南大陸との貿易はかなり好調なようで、ガルシア家はかなり儲けていると聞いている。

 暇、だからといってパットが太ったということではなく、むしろ太ってほしいところも一向に太る気配がなく、垂直方向も成長していない様子だった。

 以前本人が言った成長期とやらも、残り少なくなっているのでは、と思ったが、そんなことを口に出して虎の尾を踏むような真似は、アルフォンス家の平穏のためにもやめておいた。

 結局、なぜだか察知されてほっぺたをつねられたのだが、顔に出ていたのだろうか?


 と、そのように取り留めの無いことを考えていると、いつの間にか次の当直が近づいてきた。今回は眠れなかったが、まあ元々夕食をはさんだ非番だからそれほど休めるわけでもない。俺は、あまり読み進められなかった情報魔法の本を私物箱に仕舞って、椅子から立ち上がり、帆布の間仕切りを開けた。


 そして航海は続く。

今回の豆知識:


航海士見習いも年齢順ではなく、経験順で序列が決まります。

ケインはマルコよりも半年程度航海経験が多いので、年下でも先輩となります。

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