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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第一章 12歳編 右手に杖を、左手に羅針盤を
29/110

決着

これで海戦は決着、次話でアンティロスに寄港し、一章完結となります。

今後もお付き合いお願いします。

 そうして次々にやってくる5・6人ほどを倒しただろうか?

 気がついてみると、俺の目の前の渡し板からは海賊の列が途絶えた。

 左隣に渡された板にはジャックさんが乗り出していて、カットラスの一振りで相手ごと海に突き落としていた。

 相手も打ち合おうとしているのだが、そのまま吹き飛ばされてしまっている。

 そちらも列が途切れたと思ったら、さらに向こうに新たな板が渡されるのが見えた。


 俺がそちらに向かおうとすると、銃声が聞こえた。

 危ない。

 踏み出そうとした俺の目の前を、音を立てて弾丸が通過する。

 俺はかがんで船縁に身を隠した。

 と、それに気づいた海賊が渡し板を走って飛び込んできた。

 とっさにカットラスで斬りつける。

 手ごたえがあって、足を傷つけられ、立つことが出来ずにいる海賊に魔法で止めを刺す。


 そうしているうちに、3つ目の渡し板が渡され、海賊がどんどん乗り込んできた。

 アリビオ号の水夫もカットラスで応戦している。

 だが、海賊は2人、5人、10人と乗り込んでくる。

 見るとジャックさんのほうも銃撃を受けて隠れており、身動きが取れていない。

 そうしているうちにさらに海賊が乗り込んできて、アリビオ号の甲板はたちまち乱戦状態になっていた。


 ジャックさんが叫ぶ。


「ケイン、行けるか?」


 行けるとは、どっちだろう?

 俺は指を指して2方面のどちらかを聞いてみた。

 それにたいしてジャックさんが返した方向は、敵船方向だった。


「本気ですか?」

「後ろに行っても乱戦で俺たちじゃ味方もやっちまう。向こうなら周りは敵だけだ」

「銃はどうするんです?」

「なに、マスケットなんぞ弾込めしとる暇はない。それに火がつかねえとどうしようもねえから、一発水かけてやれや」

「……わかりました。やってみます」


 そうして俺は、杖無しでだが、本式の詠唱を始める。込める魔力は今の俺に出来る最大。

「開門……水よ、その力を我が前にもたらせ」


 そして合図してジャックさんとともに飛び出す。

「操作……広がりたる水を現せ」


 俺達は不安定に揺れる渡り板の上を、勢いをつけて敵船に踏み出す。

 敵の銃弾がすぐそばをかすめる。

 だが、

「実行」


 俺の魔法が海賊船の甲板前部に発動する。

 頭上に現れた、あわせれば大きな水樽4つ分ぐらいにはなるだろうか、その大量の水が海賊船の甲板に撒き散らされる。

 突然のことで、ある者は武器を取り落とし、ある者は水に流されて転がり、中には舷側から海面に落ちていったものもいた。

 俺とジャックさんがまだ水の残る甲板に降り立ったとき、そこで立ち向かってくるものは居なかった。

 こんなに効くとは思わなかった。


 甲板の後部に居たものが、それを見てカットラスを構えて走ってくる。

 だがそのとき、まったく予期しない方向から銃声が聞こえた。


 アリビオ号から見てさらに海賊船の向こう側、海しかないはずのそこに、すでに見慣れた船体があった。

 セベリーノ号だ。

 しまった、いつの間に。

 セベリーノ号は海賊船の後ろを回って、海賊船の左舷、アリビオ号が接している反対側に船首から突っ込んできた。

 バウスプリットを伝って、船員や士官が海賊船に乗り込んでくる。増援ということか。

 俺は、もう一度さっきうまくいった水魔法を詠唱し始める。

 と、そのとき肩に手が置かれる。

 詠唱を中断して、見るとジャックさんが、俺の肩をポンポンと叩いて言った。


「もういい」

「もういいって、あきらめたんですか!?」


 俺は声を荒げて答えた。


「いや、そうじゃない。もう俺達は助かってるってことだ」

「は?」


 よく見ると、乗り込んできたセベリーノ号の乗組員のカットラスや銃口は、こちらではなく海賊船の乗員側に向いている。


「こっちが撃ち込んだドタバタで、艦長側が反乱を抑えちまったようだぜ、ほら」


 そう言って、ジャックさんが指差したのは、セベリーノ号のマストの上、そこにはトランド軍の船である証としての錨と剣のモチーフのトランド国旗が朝焼けの空にたなびいていた。

 夕暮れに下ろされたそれを、このタイミングで揚げるということは、つまりそういうことだ。


「じゃあ……勝ちましたね」

「ああ、俺たちの勝ちだ」

「よかった……」


 そして、俺は安堵と疲れから、体の痛みも麻痺したように、そのままジャックさんにもたれかかって、気を失った。




 まぶしくて気がつくと、高くなった日が顔を照らしていた。

 背中に感じるのは固い感触、布は1枚敷かれているようだが、甲板にそのまま寝かされているらしい。

 力は……入る。

 俺は右手をついて起き上がった。

 あたりを見回してみる。同じように横たえられた船員たちがいる。ここはアリビオ号の上甲板、船首に近いあたりだった。

 甲板では、壊れた色々な残骸を運ぶもの、帆を縫っているもの、索具をつないでいるものなど、皆忙しく働いていた。

 木片や残骸、準備に使った帆布など、大まかなものは隅にまとめられているが、甲板上はまだすこし散らかっていた。

 俺は、と確かめてみると、左腕と左足の怪我は手当てされ、きれいな包帯で巻かれていた。


「おう、起きたか」


 そう言って、声をかけて近づいてくるのはカルロスだった。


「うん、そっちは?怪我したって聞いたけど」

「ああ、最初の一発で大砲が転げ落ちたのに足をつぶされて、木の破片とかも飛んできて血がだらだら流れてたしさ。いやあ、パットに治してもらわなかったら今頃大変だぜ」

「そうか、それはそれとして、パットは?」

「しっかり働いてるよ。こっちから行こう。ほら、立てないなら手を貸すぞ?」

「大丈夫……だと思う」


 俺はとりあえず無事な右半身に力を入れて立ち上がった。

 恐る恐る力を入れてみると、左足も別に骨折をしているわけでは無いし、傷口は傷むが歩けそうだった。


 立ち上がってわかったのだが、海賊船もセベリーノ号も、まだそのままつながった状態だった。船間の行き来が必要だからそうしているのだろう。帆はすべてたたまれていたし、ここはまだ沖だから座礁などの恐れも無い。

 2船とも、戦闘の後始末ということで色々人が動いているのが見える。


 痛みを我慢してゆっくり歩いていくと、後部上甲板から、ケダマスライムを一匹抱えたパットが下りてくるところだった。

 こちらを見つけたパットが走ってくる。


「ケイン、歩いて大丈夫?」

「うん、大丈夫だと思う」

「ごめんなさい……本当は、治してあげたかった……」

「重傷者が優先だ。大丈夫、わかってるよ」

「……うん」


 師匠とパット合わせても、全員に治癒魔法をかけることなど無理だ。だから、命に関わる重傷者にしか治癒魔法はかけない。

 俺は、怪我はひどかったがこうして歩けているし、後回しにされても文句は言えなかった。


「師匠とかは大丈夫?」

「ええ……船長とリックさんも無事」


 パットはそれだけ言った。それだけでわかった。ついてきていたカルロスも何も言わなかった。

 実際には、それ以外で亡くなっている人が何人もいるのだろう。装舵手が2人ともやられたというのも耳にしたし、砲撃を受けたときに大砲を操作していた何人かも、俺が起き上がった後に姿が見えなかった。

 こちらの受けた被害は、決して少なくない。

 俺は、話題を変える必要があると思って、ちょうど心残りだったことを口にする。


「そういえばパット、ありがとう。あの時怒ってくれてうれしかった」

「え?……あ、ああ、うん……どういたしまして」

「なんか、パットのほうに迷惑がかかっちゃって……俺のために」

「迷惑なことなんてない。初めて船で言いたいことが言えた……いつも師匠に隠れてた私が、初めて本心を出せた。だから……あれは全部私の言いたいこと」


 うんうん、……って「全部」?


「……あっ」「……えっ?」


 本人も同時に気づいたようだった。「全部」っていうのは最後の言葉も含むということで……


「……えっと、その、あの……」


 しどろもどろになるパット。

 と、そこに、船長室から見慣れぬ軍服の人と、船長、師匠が出てきて、その話はそこまでになった。

 船長が俺たちを見つけると、近づいてきて俺と、近くにいたカルロスの肩に手を置いた。

 船長は、俺をその軍服の人に向き合わせる。


「デルリオ艦長、この2人です」


 してみると、この人があのセベリーノ号の艦長か。


「おお、聞いているよ。カルロス君にケイン君だね。今回は君たちの活躍で俺も俺の船も助かった。お礼を言わせてもらう。ありがとう」

「光栄です、こちらこそ助けていただいてありがとうございます」


 代表してカルロスが答えた。


「ケイン君というのはどちらかな?」

「はい、私です」

「そうか、リーデ号の、ああ海賊船のことだ、あの甲板での活躍は遠目でしか見えなかったがすばらしいものだった。さすがにダニエル様の弟子だな。もし良かったら、海軍で魔法士として身を立ててみる気は無いか?」


 俺は、チラッと師匠のほうを見た。師匠がうなずいた意味を、俺は誤解しなかった。


「いえ、私はまだ未熟者で、師匠の元で修行する身です。まだ12歳で、未来のことはあやふやにしか考えていませんので、このまま師匠に教えを受けたいと思います。せっかくのお誘いですが、今回は辞退させていただきます」

「そうか……いや、そうだな。まあ、いずれ海軍入りする気になったら、私が力になるから、いつでも言ってくれ」

「はい、ありがとうございます」


 異世界出身ということで、ここで一度入ったら抜けられない海軍になど入るわけにはいかない。艦長の思惑がどうあれ、俺には将来も海軍入りの予定は無かった。


「では、カルロス君」

「はい」

「今回は、君も大活躍だったそうだな。重傷にもかかわらず、治癒魔法をもらってすぐに立ち上がり、海賊が乗り込んできたときにはカットラスを持って応戦していたと聞く。トランド海軍は君のような勇気ある不屈の士官を必要としている。いまなら俺の船で航海士にしてやれるし、すぐに海尉昇進試験も受けさせてやろう。どうだ?うちの船に来る気は無いか?」


 カルロスは、海軍入りが夢だと言っていた。この状況は彼にとって願ったり叶ったりということになる。彼は一も二もなく受け入れ……


「いえ、私も辞退させていただきます」


 この返事は、皆にも意外だったらしく、師匠の隣に控えていた船長も驚いた顔をしていた。もちろん、俺も驚いていた。


「カルロス!」

「いや、いいんだ、ケイン」

「理由を聞いてもいいだろうか?」

「……はい、今回のことでこちらの船もかなり被害を受けて、人手が足りず、見捨てては置けません。それに、私も自分の未熟を感じています。お誘いはありがたいですが、今はまだ……ケインと同じように、将来のこと、とさせていただきたいと考えています」

「ふむ……そうか、いや、残念だがしょうがない。わかった。……ともかく今回はご苦労さん。今後もトランドのために職務をがんばってくれたまえ」

「「はい」」


 そして、艦長は船伝いに自艦、セベリーノ号へ戻っていった。


「いいのか?」

「何が?」

「せっかくの機会だったんじゃないのか?」

「うん……あれから考えたんだ。コールマンさんが殺されたのはたしかに裏切り者が悪いけど、トランドを裏切る気にさせるような艦にしたのはあの艦長なんだ。いろいろ海軍のひどいうわさは聞いていたけど、それは事実なんだってわかった。正直このままじゃこの国の海軍はひどいままだから、中に入って改善するものいいかとも思ったんだけど……今はだめだ、まだ俺はあいつらを許すことができない。まあ、そんな気持ち」

「……そうか」


 彼にとっても葛藤はあったのだろう。俺は、それ以上かける言葉が無かった。


「それはそうと、ケイン、パットと話の途中じゃなかったのか?」

「あっ」


 すっかり忘れていた。

 話を向けられたパットは、俺の前に出てくると、見上げるようにして俺に目を合わせてきた。元々同じぐらいだった身長も、この数ヶ月で俺のほうがすこし高くなっている。


「えっと、パット?」


 何をする気だろう。ひょっとして……告白、それともいきなりキスとか……

 すると、


「……はい」


 彼女が差し出してきたのは降りてくるときから抱えていたケダマスライムだった。


「これは……え?」

「前に撫でたそうにしてたから……今回のご褒美、なでなでしてよし、許す」


 まあ、こんなものか。

 これ以上蒸し返すなっていうことかもしれない。

 俺は、ありがたく受け取ったケダマスライムをナデナデモフモフして、堪能した。普段から海水で洗った後に真水で洗い流しているせいか、毛並みはふわふわでとても気持ちよかった。

 そんな風に毛玉を愛でる俺を、カルロスはあきれた様子で、パットはなんだか優しい目をして、見守っていた。


 こうして、アリビオ号の危機はなんとか解決したのだった。

今回の豆知識:


なお、ケダマスライムの籠は、後部上甲板にあります。

今回はまだ甲板上がそれほど片付いていないのと、船べりが破壊されていてケダマが転げ落ちる可能性があるため、まだ任務前だったわけで、そのため、毛並みはきれいなままでした。

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