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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第一章 12歳編 右手に杖を、左手に羅針盤を
23/110

出航、そしてちょっとした騒動

1万PV&1400UAほど頂きました。ありがとうございます。

一章(12歳編)もクライマックスに入っていきます。

今後ともよろしくお願いします。


※前話にてリッケン到着を「8月」→「7月」、アンティロス到着見込みを「9月半ば」→「8月初め」と訂正しています。

 前回と同じく、上陸の機会は二度あった。

 二度目は師匠が船だったので、早々に滞在する安宿を探して、俺は上着を取りに行った。


 上着の出来は満足いくものだった。

 今後の成長を考えて若干大きめに仕立ててもらったが、余った生地は折り返してあるのでさらに仕立て直すこともできるそうだ。毛生地で暖かく、航海士らしいデザインと色合いで、ここだけは注文した皮製の肘あても注文どおりになっていた。


「どうでしょうか?」

「うん、とてもいい出来です。ありがとうございます」

「いえいえ、アリビオ号の航海士さんにごひいきにしていただけるならこちらとしても願ったり叶ったりですので」

「えっと、俺はまだ見習いなんですけど」

「はい、ですがうちのような古着屋では船長さんのような方のご愛顧を得ることは難しいですからね。お客さんもじきに出世なさるでしょうけどそれまでの間よろしくお願いしますよ。できれば、後から入ってくる見習いさんなんかに口を利いていただけますよう、こっちのほうもお願いしますよ」

「あ、うん、わかりました」


 さすが商売人ということだろうか、購買対象や将来のつなぎもしっかり考えている。

 俺には正直商売人は無理だな、と思い知らされる一件だった。


 そんなわけで、その日は船で食べられない食事、とくに肉類はアンティロスでも貴重なので、そうしたものを中心にたっぷり腹につめこんで、他に大した買い物もせずにすごした。


 船に戻ってみると、一瞬空気が変だった。

 あれ?なんだろう。

 対象はどうやら俺のようだが、心当たりとしては、クウェロン風の甚平のような上着を着ているぐらい。

 なんだろうか?トランド人的にはこの服装は無しなのだろうか?

 疑問に思うが、あえて詮索することもないだろう。船が出れば落ち着いて話を聞くこともできるだろうし。

 今は、積み込みの真っ最中で、皆忙しそうにしているし、俺も手伝いに行かないといけない。とりあえず私物を置きに行って作業に加わることにした。


 無事予定通りに出航し、船内も出航前のあわただしい状態から平常を取り戻していた。

 しかし、アンティロスへの航海の前半は向かい風になるので、方向転換を繰り返して真正面から風を受けないようにジグザグに進むことになる。

 これは、かなり頻繁に方向転換のためにマストに登らないといけないということなので、乗組員の負担もかなりのものとなる。

 おれ自身も大忙しで、正直魔法士としての日常の仕事はほとんど全てパットに押し付けるような格好になっていた。


 事件はそんな、出航から9日目の昼食後、俺の当直時に起こった。

 その日は天候も良く、ようやく風は追い風になって、波も穏やかだったので満腹のせいもあって、俺は歩き回りながら必死で眠気に耐えていた。

 甲板はケダマスライムによる清掃が行われた後だったのできれいになっており、清掃前にまかれていた水も乾いていた。


 下のほうで魔力の流れが起こったのがわかった。

 つづいて、水の流れる音、なにやら悲鳴や怒号のようなものが聞こえる。

 俺は、何事かと下甲板に降りた。

 艦尾のほうからは、あわてた様子で師匠や当直外だったコールマンさんなども駆けつけてきていた。

 足元が水浸しになっていた。大半の水は、すでに船底の汚水溜りに流れて行ったようだが、それでも濡れた状態ではだしでは気持ち悪かった。

 現場を見ると、パットが何人かの水夫と対峙しているようだった。水夫達は頭から水をかぶっており、誰がやったのかは明白だ。


 ここは、師匠でもいいが、水夫が関わっていることもあり、当直である俺のほうがいいだろう。

 と、そのように考えてパットに声をかける。


「パット、何を、いやどういうことか説明して」

「……」


 何も返事が無い。

 俺は切り口を変えてみることにした。


「なあ、教えてくれないか。もし、女だと思って下品なことを言われたとかだったら、俺もちゃんととりなしてやれるし、友達として……」

「……ない」

「え?」


 良く聞こえなかった。

 パットが震えて、杖を持つ手に力がこもっているのが、明り取り窓からの光でわかった。

 振り向いた彼女は、震える声のまま、やや声に力を入れて続けた。


「……私のことじゃない」


 それほど大声というわけではなかったが、固唾を呑んで皆が見守っていた中で、その声は不思議と良く通った。


「私のことじゃなくて、あなたと……先生のこと。あなたと先生がそういう、怪しい関係だって……そういう変なことを言ってたから……だから、だから私がっ、私じゃなきゃ、私が怒らなきゃ、って……」


 何を……?どうしてそんなことに……

 堰を切ったように涙をぼろぼろ流しながら、パットは続けた。


「先生は、身寄りの無い私を親代わりに育ててくれた……とても優しい人……ケインも、臆病な私を勇気付けてくれた大切な友達。あなたたちが下品な噂話で……馬鹿笑いしているのを見るのは我慢が……できなかったの……」


 状況がわかってきた。つまり、先日のリッケンでまたも俺が師匠と同宿したことで、よからぬうわさが水夫の間で立っていたということだ。考えてみれば、アンティロスでも師匠の家にお世話になっていた。俺としては世話になりっぱなしで悪いなあという、当たり前の思いしかなかったのだが、そういう下衆なかんぐりというのをやろうとおもえばできなくはない。

 師匠のほうとしても、俺は一種目立つ存在であったし、年若く身寄りの無い子供であることで、自分のもので世話をしようという考えがあったのだろう。いつか「お前はわしの最後の弟子になるじゃろうな」と言っていたこともあるし、末っ子的な感じでかわいがってくれていたのだろうと思う。

 それが娯楽の少ない船上の水夫たちにどのような受け止め方をされるか、気づかなかったのはうかつだった。思えば、乗船時のあの妙な視線はそういうことだったようだ。


 だれも何も言えない状態で、ただ船が波に揺られきしむ音と、パットのすすり泣く声だけが聞こえていた。

 しばらくして、泣き止んだパットはローブの袖で涙をぬぐって、水をかけられた水夫のほうに向かい、頭を下げる。


「……ごめんなさい……水をかけてしまったことは本当に……ごめんなさい。だけど……私も自分の大事な人たちを汚されるのには我慢が出来なかった。それに……」


 落ち着いてきたらしいパットは、最後にとんでもない一言を口に出した。


「ケインとそういう関係になるのは……私のほう」


 とんだ爆弾発言だ。俺はカロネード砲の二重装填でも腹に一発食らった気分だった。



 パットは師匠によって個室へ連れて行かれ、船は再び喧騒を取り戻した。

 幸い、下甲板といえども荒天時に雨や海水が入ってくることはあるので、それなりの対策はされており、皆の私物や積荷にそれほど深刻な被害は無かった。

 せいぜいが、毎日朝にしか動かさない、船底の汚水溜りを排水するポンプを動かさないといけなくなった程度だろうか。

 俺が残りの当直時間を甲板で勤めていたら、下から師匠が現れた。


「仕事中に、すまんな」

「いえ、大丈夫です」

「まず、わしのほうから謝らねばいかんな。すまん、軽率じゃった」

「そんな、師匠には色々お世話になっています。師匠に謝っていただくようないわれはありませんよ」

「ふむ、そう言ってもらえるとありがたい。ところで、話はパットのことじゃ」

「はい」

「とりあえず船長と話をして、パットの処分はリッケンからアンティロスまでの給与を無しにするということで決着した。まあ、理由はどうあれ船内を水浸しにした罪は償わねばならんからのう」


 その程度でよかった。さすがに役職付きの女の子を鞭打ちにするということは無いようで、ひとまずは安心した。


「じゃが、パットにはアンティロスで船を下りてもらうことになるじゃろう」

「……それは、最後の発言のことですか?」

「いや、その程度では問題では無い。船内での男女のことは、好ましいとは言えんが、禁止というわけでもない。たとえば亡くなったパットの両親は、結婚後も船長と魔法士として同じ船に乗り込んでおったしな」

「では、何が?」

「理由がどうあれ、船員と揉め事を起こしたことじゃ。魔法士の船での立場は強い。だからこそ、揉め事があってギクシャクすると航海に支障がある。本当は、あと一回りほど航海したらパットに後を任せてわしは引退しようと考えておったのじゃが、そういうわけにもいなかくなったのう」

「そうですか」

「まあ、そんなわけでパットにはすこし早いが独立してもらって、どこかの船を見つけてやるつもりじゃ。なに、あやつは今でもそこいらの魔法士には負けんぐらい優秀じゃ。なんとでもなる」

「はい、俺からもお願いします」

「うむ。それと、今は落ち込んで休んでおるが、いずれ機会を見てパットと話をしてやれ。なんといってもお前のために怒ってくれたのじゃ。恋愛云々はさておき、友達として力になってやってくれ」

「はい、わかりました」


 その日は、結局パットと話をする機会は得られなかった。

 心のどこかで避けてしまう気持ちがあったのかもしれない。

 体のほうは成長した俺も、心は前世の俺と変わらずヘタレのまま変わっていないようだった。

今回の豆知識:


ちなみに、アリビオ号はスケジュール通りに寄港し、乗組員にはしっかり休暇も出ている上に待遇もいいほうなので、そういうことが起きる要素は比較的少ないと思います。

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