魔法と魔族
「それはそうと、当直の方はまだいいのか?」
「はい、昼食後のことになりますので」
狭い船内、それもこの部屋と炊事場は離れているとはいえ同一甲板上にある。さきほどから食べ物のにおいが漂ってきていた。
「師匠、魔族とはどういった存在なのでしょう?」
「そうじゃな、魔族のことを話す前におぬしからもれておる力のことから始めんといかん。おぬしは、自分がどれぐらい連続で魔法を使えるか、いわば魔力を出せる限界というものを認識できておるか?」
「いえ、良くわかりません」
「うむ、それでよいのじゃよ。わしとて自分がどれぐらい魔法を使えるかといったことについては大体でしかわからん。そうじゃな……治癒魔法のような複雑な魔法で、治す範囲にもよるがせいぜい4~5人ぐらいならば安全、といった程度じゃ」
「では、魔法を使い続けて限界を見極めるという方法は安全では無い、と?」
「その通り。魔力へとなる前の力を魔法使い一般では魔素、あるいは魔法素、魔源などといわれることもある。これはいわゆる存在の力、あるいは意思の力というべきもので、それが尽きるということはすなわち存在できなくなるということじゃ」
なんか怖い話になってきた。
「たとえ肉体が傷つき、動けなくなっても、それこそ心の臓が止まったとしても直後なら魔法で蘇生することができる。あるいは、肉体を失ったとしても精神だけで存在を保っている死霊、精霊といった存在もいる。一方でそうした存在の力、魔素が失われたら復活させる手段はない。そもそも魔素をどれだけ持っているか直接的に測る方法も、補給する方法も存在せんのじゃ」
「それでは、マテリエさん、あのエルフの人や師匠はどうやって?」
「それは魔力へと変わる直前の中途半端な状態だから、かろうじて、といったところじゃろうか。それにしたってお前がどれほどの魔素を蓄えておるのかは知りようがない。前に、物質界と精神界の話をしたのを覚えておるか?」
「はい、航海に使う物理魔法は物質界に、治癒魔法は物質界・精神界両方に関わる魔法だということでしたよね?」
「その通り、そして魔素というのはそのどちらでもない、第三の世界に存在するといわれておる。いわば意思の世界、意思界といったところじゃろうかのう」
「つまり、その意思界というのは感知できず、干渉もできないということでしょうか?」
「そうじゃ。魔素を魔力に替えて魔法にすることはできる。逆に生きて生活しておったら自然と魔素は回復する。じゃが、強制的に魔素を奪ったり、魔素を補ったりする手段は、意思界に干渉する手段が無い限りできないことになる。これは知られている限り人間であろうと精霊であろうと、はたまた魔族や魔王であったとしても同様じゃ」
整理しよう。前世のゲームで考えると、魔法を使うためのMPのようなものが、総量不明で0になると死ぬ。そして、奪われることが無い代わりに回復手段は自然回復しかない、というものだろうか。
「そして、魔族の話に戻るが、魔族とはその魔素、意志の力が莫大で、肉体や精神を凌駕しておる存在じゃ。肉体や精神を失っても自由に再生でき、また思いのままの姿を取ることができるような存在といわれておる」
「それでは、不滅、ということになるんですか?」
「不滅とまではいかんじゃろう。意志の力が尽きてしまえば人間などと同じように命を失うことになる。だがまあ、死ににくいのはたしかじゃろうて」
とにかく、とんでもない存在だということはわかった。
「死ににくく、自由に姿を変え、そして中には人間に害するものもおる。それにより忌み嫌われておる魔族になりうる、という点で、転生者というのを隠すのは必要じゃ。そしてまた、魔素が多いというのも同様に隠すべきじゃ。これが2つ目の助言じゃな」
「師匠、それはいかなるときも、ということでしょうか?」
「むろん、自分や仲間たち、この船が危険にさらされたときなど、どうしても必要なときはその限りではない。じゃが、そうなった場合は周囲が不審に思うことになるじゃろう。慎重にせんと周囲に誰も居なくなる可能性もある。おぬしはしっかりしておるから、自分でその使いどころを判断できると、わしは信じておるよ」
「はい、気をつけます」
その後もいくつかアドバイスをもらったところで昼食配給の鐘が鳴ったので、俺は礼を言って師匠の部屋を後にした。
師匠は味方についてくれた、とそう思って間違いないだろう。
そしていくつかありがたい助言ももらった。いままでそんなこと考えもしなかったが、見る人が見ればやはり俺は異常らしく、なるべく力を隠さなくてはいけない
そして、第三魔王、そしてレイン・リーン。
神様いわく2000年に1回のはずなのに、200年ほど前に2人も転移している。
俺も入れればここ200年の間に3人となる。どうみても話が食い違っている。
世界が滅びるような危機というようなことも言っていたような気がするので、俺はイレギュラーだからともかく、後の2人はそういう事態への対応として呼ばれたということは間違いなさそうだ。
やはり、いずれ第三魔王には会いに行かざるを得まい。
ただ、『運命』とやらがその第三魔王である可能性もある。いや、むしろ高い。
31回の転生に何年かかったのかはわからないが、それぞれの転生で生後すぐ死んでいたということはさすがに100年も経っているはずはなかろう。
時系列から言っても、その第三魔王というのが暗躍していたという可能性は十分ある。
ただ、俺も今回は無力な赤ん坊では無いし、師匠いわく魔素が多いから死ににくいはずだ。もちろん力を蓄えないといけないが、十分に準備をした後対決する覚悟はしておいたほうがいいだろう。
まずは、師匠のアドバイスどおり、魔素の漏れを何とかしないとな。
そして、俺はあいかわらず忙しい航海の日常へ戻る。まずは量だけはたっぷりある昼食を求めて、船の前のほうにある一角、今では同室はカルロスだけとなった士官次室へと向かうのだった。
今回の豆知識:
ケイン君はドラクエ派なので、MPはマジックポイントではありません。




