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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第一章 12歳編 右手に杖を、左手に羅針盤を
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師弟

「師匠、ちょっとよろしいでしょうか?」

「うむ、少し待て」


 マテリエさんに言われたことが気になっていたが、師匠の元を訪ねることができたのは出航後2日経ってのことだった。

 風向きは安定していたが、このセベシア・リッケン間を直線的に突っ切る航路には危険が多く、特に前半、ストランディラ共同領マローナという島を越えるまでは特に警戒が必要なのだ。

 そんなわけで、見習いとしてある程度仕事を任せられると判断された俺も当直に立つことになり、今までより忙しくなっていた。


「よし、入れ」

「はい、お邪魔します」


 師匠の部屋は右舷最後尾、ちょうど艦首側から士官室の共用スペースを見ると左奥に当たる。

 船においては大まかに地位が高い者ほど後ろの位置を占めることになる。艦長室は最後尾で士官室の上階にあたる広いスペースを、そして艦長や航海士が船の指揮を取るところも後甲板ということになっている。

 士官室最後尾ということは、師匠がこの船で艦長に次ぐ重要な役割を占めているということに他ならず、向かいの左舷最後尾は一等航海士のコールマンさんの部屋となっている。


 師匠の部屋は、これも他の──といっても見たことがあるのはリックとパットの個室だけだったが──士官個室と比べても広く、吊り寝台と簡単な机、椅子と私物入れとしての上蓋つきの木箱がいくつか並んでいた。


「ちょっと待っておれ」


 そう言って師匠は、俺を木箱に座らせると、水魔法で出した水をなべに入れて、陽魔法で熱し、木製のマグにお茶を入れてくれた。

 まさか、船内でお茶を飲める機会があるなどとは思わなかったが、それを個室で準備してしまえるのもこの船では師匠だけだろう。

 ちなみにお茶は半発酵の、地球で言うところのウーロン茶に近いものだった。

 お茶を口に含み、一息ついたところで師匠が切り出してきた。


「たぶん、用件はわかっておる。お前の魔力のことだろう?おおかたあのエルフに何か言われたのじゃろう」

「はい、おわかりでしたか」

「もちろんじゃ。あやつ自身は魔法士ではないようじゃが、エルフは神狐の眷属、その目は精霊の目とも言える。あやつがお前のことに気づかんわけがないと思っておった。それに、それ以降お前が何かしらいつもと違う様子じゃったからな。まあ、何かあったのだとわかったのじゃよ」


 師匠にはお見通しだったようだ。


「おぬしには、自分の状態に心当たりがあるな?」

「はい」

「それは、記憶が戻って、おぬしが自分自身何であるか、今ここでわしに話せるということでよいのじゃな」

「……はい」


 ここまで来たらしょうがないだろう。誰にも自分の秘密を打ち明けずにやっていく方法もあるだろうが、それで『運命』の手を逃れることができるかわからない。俺はパットに対して関わることを選択した。この世界で生きるものとして他者と関わることを選択したのだ。ならば、信頼できる誰かに正直に打ち明けることもいずれ避けられないことだろう。師匠なら適任だ。

 そして、俺は自分が異世界、地球で事故死し、神様と名乗る存在によってこちらに転移させられたこと。その世界には魔法がなく、船の知識は過去のものとして物語などで知ったこと、本来は19歳だが12歳の体になっていることなど、師匠に説明した。

 正直に、とはいえ、『運命』や31回の転生失敗については黙っておいた。もうじき引退して平和に暮らそうとしている師匠を、『運命』との戦いに巻き込むわけにはいかない、とそう思ったからだ。

 また、死後も魂は生まれ変わるということも、こちらの宗教観は良く知らないが、それが事実として知らされるというのも問題のような気がしたので、そういう意味でも転生のくだりは避けておいた方が良いという判断だった。

 一通り話を聞き終えたが、師匠は黙ったままだった。

 俺はマグの中の茶を飲み干したが、話のうちにすっかり冷めていた。


「なるほどなあ……それならば色々つじつまが合う」


 やっと師匠は口を開いた。


「最初はな、お前が魔族か何かかと思っておった」

「魔族?」

「そうじゃ、あれほどの力を垂れ流している存在は魔族ぐらいのもんじゃからな。正直、船長のところではじめてあったときには、わしは怯えておったのじゃよ」


 腰痛で顔をしかめているようにしか見えなかったが、それでごまかしていたのかもしれない。


「それに、そのときに光を出して見せたじゃろ。呪文も無しに」

「あれが何か?」

「うむ、……と、そうじゃなこの鍋でよかろう」


 と師匠は空になった鍋に、さっきと同じく呪文無しで水を出した。

 さっきと同じように、水が鍋に半分ほど出現した。何が違うのだろう?


「と、こんな程度じゃ。これが、わしが呪文無しに出せる限界の量ということになる。わしは、水と陽を得意としておってすでに40年以上魔法を修行しておる。そのわしでさえ、この程度じゃ」


 とそこでいったん言葉を切った。


「じゃが、お前はすでにこれより多く出せるじゃろう?」


 事実だ。

 船の業務として水樽を満たすときは呪文を使って量を調整して、はるかに多くの水を出すが、今後のことも考えて呪文無しでなんとかならないかと試していたときでも、この鍋一杯分以上は出せたはずだ。

 無人島でやっていたみたいに、「水よ」と指定して出したときには樽半分程度の水が出現し、舷側に落ちていった。


「無意識に力が漏れているというのも、それだけ漏れておっては並の魔法使いだと生命が危険なほどの量じゃ。じゃから少なくとも普通の人間では無いのじゃろうと思っておった」

「……」

「じゃがな、ここ何ヶ月か一緒に生活しとって、リックやカルロス……それにパットもそうじゃが、そういう若者たちとなんら変わりがないと思うようになった。ただの年相応の子供にしか見えんかった。少なくとも魔族が腹に一物抱えて潜りこんできたというのは考えすぎにしか思えんようになったのじゃ」

「師匠……」

「おお、じゃから、今聞いたことは、まあにわかには信じがたい話じゃが、疑問に思っていたことの説明にはなっておる。大丈夫、わしは信じる」

「……ありがとうございます」


 とりあえず師匠には受け入れてもらえたようで、ドキドキしながら聞いていた俺はホッとした。


「うむ、ならば師匠たるわしから、いくつか助言を与えんといかんな」

「はい、お願いします」

「ならばまず、異世界から転移してきたということは隠すように」

「はい」

「そうした存在は、はっきりそうだと確認されたわけでは無いが、言い伝えの中に登場することがある。じゃから、まるで荒唐無稽というわけでは無い」


 それは初耳だった。


「一番有名なのが200年ほど前のダカス帝国の崩壊の引き金を引いたといわれておる2人の魔法使いがそうじゃ。2人とも強大な魔力と見たことも無い魔法を使っていたと書物には記されておる。ああ、そのうちの1人、大魔法使いレイン・リーンが今のわしらが使っておる物理魔法の体系を作り出したということも有名じゃ」


 その人は、名前からして日本人ではなさそうだが、今の魔法の基礎を作ったというのがただ事では無い。やはり地球的な科学の発想から、そうしたことが可能になったのだろうか?たしかにエネルギーや気体・液体・固体、はたまた時間・空間などいちいち発想が科学的だといえるかもしれない。


「師匠、その人はもう?」

「当然じゃ、……いや、当然レイン・リーンは人としてその生涯を終えた。長生きだったとは聞いておるが、すでに没しておる」


 と、師匠はちょっとひっかかる言い方をした。が、疑問は次の言葉で解消された。


「彼はそうじゃったのだが、もう1人の魔法使いは人から魔族となり、そして今も生きておる」


 なんと、ならば会うこともできるのだろうか?ただ、魔族となっているというのは気になる。話が通じるのだろうか?凶暴になったりしていないだろうか?いや、そもそも魔族とはどんな存在なのか?


「そこが問題で、異世界から来たということは魔族にもなりうるということ。実際がどうであれ、少なくとも皆はそう思うじゃろう。だが、異世界から来たというのならば、実際に会いに行ってみれば相談に乗ってもらえることもあるじゃろうて」

「会いに行くっ……て、危険は無いのですか?」

「かの御仁はむやみに人を襲ったりはせんそうじゃ。何度かアンティロスを訪れたこともある。もちろん市民には極秘でじゃが国賓扱いだったそうじゃ」

「その、魔族の人はどこに?」

「うむ、南のキュール大陸の東に半分ほどの大きさの大陸があるじゃろう。そこを治めておる。いわゆる第三魔王領、そこの主で第三魔王こと魔王ユーク、それがレイン・リーンの相方でもう一人の異世界人といわれておる」

「……第三魔王、そして第三魔王領……ですか」

「そう、第三魔王領、魔王自身の命名ではオーストラリア、となっておったかのう」


 それは、久しく聞いていなかった地球の地名だった。

今回の豆知識:


ちなみに、師匠に「全て」打ち明けていた場合は、すぐに話が終わる可能性があります。

なぜかはまだ秘密。

だが、もうちょっとだけ(どころじゃなく結構長く)話はつづくんじゃ。

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