神様のいうとおり
(4/27改稿) 神様が異世界の方の管轄であるとわかるように、あといくつか転移の理由を追記。大筋では設定に変更はありません。
その言葉が浸透するのにすこし時間がかかった。
「異世界転移……」
おうむ返しにしたその言葉に、神様はうなずいて説明を始めた。
「そう、意識と記憶と、そして肉体をそのままに、こちらの世界に転移してもらうのです」
「そんなことが出来るんですか?」
「難しいですが可能です。その前にそうすることの必要性からご説明しなくては信用なりませんよね」
男か女か、若いか年寄りかわからない、目の前のその不思議な存在は続ける。
「まず、私はあなたの知っている世界の神ではありません。あなたが生まれ変わった先の世界を管轄しています。そして、私ではあなたを元いた世界に戻すことができないのです」
「なぜですか?」
「魂の総量、という話を先ほどしましたが、現在我が世界はあなたの世界、あるいは魂の交換可能な他の世界よりも魂の総量が少ないのです。魂を受け入れる分にはかまいませんが、送り出すことは許されません」
誰に許されないというのだろうか?神様世界も上下関係とかあって、逆らえない上司がいるのだろうか? みんな平等な理想郷というのは、神様レベルで否定されているのかもしれない。
「そこであなたの魂は我が世界内でなんとかするしかないのですが、先ほども言ったようにこれ以上の転生は同様の結果になりかねない。かといって、あなたを転生の輪から外して、私やその眷属と同等の存在にするには、積まれた徳が足りません」
輪廻転生して、功徳を積んで神になるとは、まるで仏教的な考え方だったが、一方でこの神の服装はキリスト教の神を想像させる。ちょっとちぐはぐな感じを受けてしまう。
「そこで最後の手段としては、異世界転移として、あなたを元の世界からこちらの世界に呼び出したことにしてしまうこと。ここまでなら私の力だけで可能になるのです」
つまり、他の世界の神の力を借りず、自力で処理したい、とそういうことだろう。ただ……
「あの、最後の手段と言うほど『異世界転移』って難しいんでしょうか?」
前世というか地球の自分は、結構そういうファンタジーものを含め、小説を読むのが好きだった。推理小説やハードSFやら何やらと、他人より多くのジャンルを乱読していたという自覚はあるが、思い返してみても古今東西異世界転移ものというのは非常に多い。
同様に多い、というか最近になって隆盛してきた異世界転「生」ものに比べても、語りつくされありふれた題材ということがいえよう。
フィクションというのがまったくの作者のオリジナルであることは少なく、言い伝えや伝説を基にしていることが多いのは周知の事実だ。例えば神隠しというのが良く知られているが、実際に人がいなくなるという事件は昔からいたるところで起こっている。
転生も、魂の不滅も存在するならば、異世界転移も神隠しとして知られている事件の、少なくとも一部の原因では無いのだろうか? いや、大半は失踪から野垂れ死にだろうが。
「はい、魂を管理する存在、神としても難しいことです。普通ならめったなことでは、それこそその人を転移しなければ世界が滅んでしまうような非常事態でもない限りは使いません。必要とする力も大きく、人の時間で二千年に一度しかできないほどの力を必要とします」
「なるほど」
つまり通常なら大魔王が現れて勇者を召喚、といったことにしか使われない最後の手段というわけだ。
現象として考えてみれば理解できる。転生ならば、普通に両親から子供が生まれているだけで、そこに不自然なことは何も無い。それに対して、転移というのは成長した状態の人間が、親も先祖も無しにどこからとも無く現れるわけで、見るからに不自然なことが起こっている。明らかに無理があるのは転移のほうだ。
「でもそんなに貴重な力を俺なんかのために使ってもらって大丈夫ですか? 世界を救ったりできるとは思えませんよ?」
「かといって、私の勝手で世界に満ちている魂を消滅させたり生成したりするのは許されません。私としては苦肉の策なのですが、これが適当だと判断しました。転移という事になりますし、赤ん坊のまま放り出されても困るでしょうから、私の世界に来る前のあなたの肉体と記憶を再現して、こうして説明しているわけです。ご理解いただいて受けてもらえるでしょうか?」
「……はい、むしろこちらとしてもお願いします」
選択の余地は無かった。もう一度生きられるならば問題ない。確かに地球の家族は悲しむだろうし、もう会えないとなると俺も悲しいが、すでに死亡したという事実がある以上しょうがない。
それに、32回も生を受けたのに、合計してもまだ他人の一生分すら生きていない。
今度はちゃんと生きてやろうと決意した。
「では、そのようにさせていただきます」
まて、このままでいいのか?
せっかく全知全能(に近い)の神様が目の前にいて直接会話できているのだ。ここで情報収集をやっておかないと行った先で詰む可能性がある。
「あ……その前に、いくつか質問いいですか?」
「はい、もっともお伝えできないこともありますが……」
「まず……」
考えろ、何が必要かを。
何を最優先する?
もちろん生きる事だ。
整理してみよう。生まれ変わりではないということは、幼少時に保護を受けた状態で、ゆっくり育っていけるわけではないということだ。下手をすると19歳無職・無能力で職歴なしの状態で、何のつてもない異世界に放り出されることになる。
当然、常識やその他いろいろの知識、生きていくための技能、あるいは言葉……
「そう、言葉、言葉は当然通じませんよね。それはどうすればいいでしょうか?」
「それはあらかじめ解決しておきます。体は元のあなたのままで行ってもらわなければいけませんが、頭の中身は結構簡単にいじることができますから」
ナチュラル洗脳宣言キター、じゃなくて、それならば他に一般常識とかも教えてもらえるのか、そのことを聞いてみた。
「そちらは、現地でなんとかしてください。言葉が通じれば何とかなるはずです」
つまり、最低限必要なことしか助けてくれないということか。
「ただし……そうですね、あなたの場合は平穏無事に生きられるとは思いませんから、魔法の才能などはあったほうがいいかも知れませんね。こちらも肉体には関係がありませんし、元々の世界では存在しない能力ですので、比較的簡単に後付できます」
おお、ファンタジーの定番、魔法の才能だ……じゃなくて、いま何か聞き捨てならないことを言われたような……
「平穏無事に生きられないってどういうことですか?」
「私にもわかりません」
おいおい。
「と言うより、確証が持てないのですが、あなたの魂が持つ『運命』のことです」
「それは31回も失敗しているという……」
「そうです。それが神である私の与えた運命ではないことは断言できます。仮に他の神、あなたの世界の神が与えたものであっても、私にわからないはずはありません。ただ、そうは言っても、実際に何か死にやすいという傾向があることは疑いようがありません。ですから……」
そこで神様はこちらに目を合わせた。いや、どんな目かは認識できないが、たしかにその動作だけはわかった。相変わらず不思議な存在だ。俺はその目に魅入られたように釘付けになった。
「私の考えとしては、世界に生きる何らかの存在が関与している可能性が高いと思います」
「生きている……存在」
「そうです。転生した魂を見分ける能力と、31回失敗せずに殺せるだけの能力を持ち、広い世界のどこにでも数ヶ月のうちに現れ、王族の護衛もかいくぐって暗殺する能力を持った存在。それが個人なのか集団なのかはわかりませんが、あなたはそういう存在に狙われていました」
「それは、魔族とか魔王とかそういうものでしょうか?」
「わかりませんが、可能性は高いと思います」
「そうですか……」
「ただ、今回は転生ではないので状況が違います。確かに同じ魂なのですが通常の転生時のつながり方とは違うので、察知される恐れは低いと思います。だからこそこのような手段をとったわけですが……ただ、そういう存在がいて、いずれあなたを狙ってくる可能性は排除しないほうがいいと思います」
「それは……そうですね」
さて困った。
そういう存在が自分の敵となる可能性を考えないといけない。そして、もしその存在の狙いが、やはり俺自身の魂だったら、またここに来て神様とご対面ということになりかねない。そうしたら今度こそ神様にも手詰まりだろう。
俺は生きるため、そして今後も輪廻転生して存在し続けるために、敵から逃げ延びるか、敵の攻撃をはねのけるか、あるいは敵を滅ぼすかしないといけない。
正直俺は、今の今まで、通常では珍しいような知識を持ったまま異世界に行けるのだから、適当にNAISEIかなんかして、適当にハーレムでも作って、面白おかしく生きて大往生できればいいかと考えていた。うん、最近流行の転生ものも結構読んでるんだよ。
でも、そう簡単ではなさそうだ。
よし、決めた。
第一目標は、できるだけ力をつけて新しい世界で生き延びる。
第二目標は、あわよくば身に着けた力でその『運命』となった存在を排除する。
そうしなければ一生どころか来世以降も危うい。
「よし、大丈夫、覚悟は決まりました。異世界転移いつでも行けます」
「はい。ではそのように」
神様がいつの間にか手に持っていた杖を頭上にかかげると、俺は存在がほどけていくような感覚を覚え、思わず体に力が入った。そんな俺に神の言葉の続きが聞こえる。
「そう、最後にひとつだけ、この世界は寿命や教育の問題で、あなたの元いた世界よりも若くして働き始めるのが普通です。19歳であれば普通は経験を積んだ一線級ですので、あなたにとってはいささか出遅れということになります。したがって、12歳まで年齢を戻して転移させます。肉体を別の物に変えるわけではなく、肉体の成長を戻すだけですので、せめてこれぐらいはさせていただきます」
「なにから何までありがとうございます」
そうして俺が出したのは果たして口から出た声だったのか心の声だったのか、もう体の感覚が無くなっていた俺はふとそのようなことを考えたが、お礼は神様には伝わったようだ。
「いえ、それでも転生するよりは12年も寿命が短いのです。私としても残念ですが、赤ん坊のままでは生き延びられませんので……ですから、生き急げとは言いませんが、時間は有効にお使いください。幸福な一生を送り、良い形でまたお会いできるよう願っています」
最後の瞬間、神様からホッとしたような雰囲気が伝わってきた。きっと彼、あるいは彼女にとっても俺のことは悩みの種だったらしい。
そして俺は、光に包まれるようにして意識を失った。




