ソレ的な何か
酒盛りは続いている。
気がつくと、師匠やパットのテーブルはもう引き上げた後だった。あそこは、その2人と書記、主計の2人だったので騒ぎたくない人が集まっていたのだろう。
一方こちらのテーブルでは、いまだにエルフとドワーフの飲み比べが続いていた。
船長はエルフに抱きつかれたままゆっくりしたペースで酒に付き合っている。さすがに船長としての威厳を保っているのかと感心したが、ふと見ると左手でマテリエさんの太ももをなでていた。
船医先生は、つぶれていた。
まあ気持ち良さそうに椅子で眠っているので、あえてそのままにしておこう。
俺のほうは、元々ほとんど飲まないし、船長はじめ大人の前なのでお付き合い程度で、あとは果実のジュースにしておいた。食べ物があるので、あまり甘くない果実にしてもらい、砂糖もなしで、さらに水で薄めたものにしてもらった。
というわけで、俺が一番しらふだろう。
船長も顔色を変えていなかったが、やはり彼女の太ももをなでていた。
「そういえば少年、ってあんたのことじゃないわよ、そこの酒樽(なんだとー:酒樽談)。あなた、自分で気づいてる?」
「え?何のことですか?」
「いや、あたしもまあ、剣振り回して戦士の真似事やっているけど、元はエルフなのよ。だから、魔法は使えないにしても魔力とかそういった気配に対してはかなり敏感なの」
「はあ」
「で、あなたちょっと異常よ」
「えっ」
「ごめん、言い方が悪かったわ。あなた、ちょっとおかしいわよ」
「大して変わってないような……」
「言い方はともかくとして、そんな風に動作一つ一つするたびに魔力が漏れているのは、どう考えても普通とは言いがたいわよ」
そうなのか?
「いや、といっても魔法士見習いになって、自分でも魔力の流れを感じることができるようになりましたけど、そんな変な流れは感じられませんよ?」
「うーん、あたしが言っているのは、魔法になる前の魔力というか……意思の力というか……存在の力というか、まあうまくいえないけどソレ的な何かよ」
「はあ」
ってか、存在の力を垂れ流してるってなにそれ怖い。そのうち存在が薄れて消えてなくなってしまうのだろうか?
「まあ、所詮ちょっと目がいいだけのあたしじゃあ詳しいことはわからないけどね。少年の先生にでも聞いてみたら?あの有名な魔法使いだったら気づいてないってことは無いと思うけどね」
船長は話には加わっていなかったが、目を向けてみると、おもむろに口を開いた。
「魔法関係のことは全てダニエルさんに任せてある。好きにしなさい」
とのことだった。
やはり左手はマテリエさんの太ももをなでなでしていた。
「まあ、普通にしているってことは、魔法の才能があるってことだと思うし、もしなんかへまやって船を放り出されることがあったら、いつでも冒険者として歓迎するよー」
「おまえ、昔の俺たちにもそんなことを言っとったよな」
「だってー、ドワーフの価値なんて、壁以外の何物でもないじゃない。少なくとも、冒険者の間ではそういうことになってるわよー」
「だーっ、もう我慢ならねえ、表にでやがれ!」
「はいはい、その短いおててであたしの剣の間合いに届けばいいわね」
ううむ、とうなって、ジャックさんは杯を一気に空け、「もっと酒じゃ」と追加で注文をしていた。
「まあ、短足ドワーフのことはともかく、あたしもいつかは南大陸とかに行ってみたいと思ってるのよ」
「南ですか」
「そう、この辺りはあらかた行った事があるし、西のほうはシンシェットの陰険エルフどもがいて、やりにくそうだから、一度南大陸に行ってみたいなあってずっと思ってたのよ。だから壁に使えるかと思って、トランドに行くっていうそこのドワーフの面倒をみたんだけど、あてが外れちゃったのよね」
「じゃあ、ジャックさん達にアリビオ号を紹介したのは、マテリエさんですか?」
「そうなるわね。そのときはあたしも護衛として一緒にアンティロスに行ったわよ。最近は行ってないからずいぶん変わっているんでしょうねえ」
船長が答える。
「アンティロスは大して変わってはないな。むしろ最近は南大陸のニスポス建設で、そちらに力が注がれている状況で、だからマテリエの言う南大陸での冒険だったらニスポスを拠点にするのもいいかもしれん」
「そうなんだ。私の知る限りでも昔の、アンティロスに行くだけで護衛が必要だった時に比べればずいぶんトランドの力も強くなってるようだから、相当良くなってるのかと思ってたよー」
「まあ、そのこと自体は間違っていないな」
「でもまあ、あたしが行くとしてもあとしばらく先かな、今抱えている仕事もあるし、特に何もなければ10年ぐらい先になるかも知れないわね」
さすがエルフの時間感覚というべきだろうか、まあ今100歳としても10年先でも110歳、人間で言えば22歳ぐらいということになるだろうか。
そのとき俺は22歳になっているはず。果たして、その頃には『運命』と決着をつけてひとかどのこの世界の住人としてやっていけているだろうか?
「もし……もし、そのときに俺の手が空いていたら、お手伝いできるかもしれません」
「……そう、じゃあ楽しみに待ってるわ。南大陸とか、できたらその東の大陸の第三魔王領とか行ってみたい場所は色々あるし」
「はい、そうなったらよろしくお願いします」
「うん、いい返事だ少年。じゃあ約束だよ」
そうして、その日のちょっとした無礼講はお開きとなったのだった。
師匠は、すでに休んでいるだろう。
俺の魔力がどうとかいう話は、出航して機会を見つけてということにしよう。
その日は、粗末ではあったがゆれていないベッドで熟睡することができた。
セベシアでの休暇は1日だけだったが、半数ずつの交代だったし荷物の上げ下ろしや出航順序待ちで、滞在は5日間ということになった。
荷物を積みなおしたときには積み方によって船の前後左右の傾きが変わるので、それによって操船時の挙動が変わってしまう。アリビオ号は主に積む荷物がだいたい決まっているので、本来はいつもと同じように積むだけでいいのだが、今回は一応大砲を積み増しているので、一応確認作業を船長の指揮の元、行っていた。
問題なかったようで、準備を終えたアリビオ号は、予定通りリッケンに向かい出航した。
今回の豆知識:
第三、ということで魔王は3人以上はいるようです。