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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第一章 12歳編 右手に杖を、左手に羅針盤を
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首都アンティロス(3)

 ミデアスさんとの一件があってから2日後、俺は約束どおりパットと外出することになった。

 師匠は、家に帰るまでには落ち着いたようで、普段と変わりない様子に見えたが、顔を合わせたマリアさんの表情が一瞬曇ったのがわかった。やはり、長年連れ添った夫婦というのは他のものにはわからなくても通じ合うものがあるのだろうか。


 ともかく、パンとスープ、卵の焼いたものとバターやチーズでの食事をいただいた後、俺はパットに連れられて商業地区の先、貴族街に近いあたりにある図書館に向かった。

 建物はしっかりしていたが、間口はそれほど大きくないので蔵書は少ないのかと思ったが、中に入ってみると奥行きがかなりあって間違いだとわかった。

 当たり前だがこの世界、印刷などはなく書籍は全て手で写したもの……と思ったら、こちらも間違いで普通に印刷されたものがあった。

 さすがに銅貨で買えるほどでは無いそうだ。

 地球と日用品で物価を比較したところ、大体銅貨1枚が100円程度と考えて良さそうだった。ちなみに銅貨100枚で銀貨、銀貨100枚で金貨に相当する。銅貨より下には鉄貨というのもあったが、重い割に価値がないので金貨並みに見かけることはない。基本は纏め買いやら値切り、おまけなどで銅貨単位に調整して買い物をするのがこちらでの主流のようだった。

 そんなわけで数千円程度では買えないというのは、いくら印刷があっても貴重品であることに違いはない。


「……ここは、商人や航海士、魔法士や役人の見習いがほとんど」


 パットはここまで、船に居たときよりやや饒舌に説明をしてくれている。

 ふと思いついて学校などはないのか聞いてみた。


「……北、大陸ではある。トランドでは下級貴族や商人の子供が集団で家庭教師をつけるぐらい」

「じゃあ軍は?」

「……他の国と違って、陸軍がないから……トランドだと、まず適当な艦に放り込む」


 一般人は水夫として、読み書き算術ができる商人や貴族の子弟は主計・書記などの専門職か航海士として、船で仕事を覚えるのだそうだ。

 さすがに海に出たことの無い者のほうが少数といわれているお国柄だけはある。全てが船中心に回っているといったところだろうか。


 パットは魔法の理論や論文を中心に、俺はどちらかというと海図や地誌、航海術の方を先に何とかしたいと考えて、入館料を払ったら場所を教えてもらって別行動をとることにした。

 いままで、船で師匠やリックなどに「記憶を思い出すきっかけになるから」と、いろいろ質問してきたが、やはりこの世界の情報はできるだけ欲しい。

 また、魔法は師匠という優秀な指導者についていけば何とかなると思うが、航海術に関しては他の見習いと一緒で、毎日行われる天測術の実習以外は仕事の中で自ら学んでいくしかない。

 そんなわけで、航海術に関してはある程度しっかりしないと、せっかく拾ってくれた船に迷惑をかけてしまうことになる。最悪、見込みがないとして航海士見習いからはずされてしまうこともありうる。まあそうなったらそうなったで魔法士としてやっていくだけだが、せっかくの学びの機会を生かさないのは、中身の精神が19歳の俺としては考えられない。


 目的の本を物色し、数冊手にとって文字を追っていると、パットが声をかけてきた。


「これ……あなたに参考になる」


 と、手渡されたのは、ある魔法士が自分の修行を記した自伝的入門書らしい。俺はありがたく礼を言って受け取り、それから再び本の虫となった。


 再びパットが声をかけてきたのは昼もちょっとすぎたころだった。

 本に夢中になっていて、昼食のことなどすっかり俺の頭からは消えていたのだ。

 とりあえず今日はこんなところで、本を書架に戻し、俺たちは図書館を出た。

 貸し出しは可能だが、基本的には船乗りにはだめとのことだった。長期間帰らないこともあるし、水濡れの危険もある。何より海の底に沈んでしまうことだってあるのだから当然だろう。


 案内のお礼ということで、それほど高いものではなかったが、2人分の昼食は俺持ちとした。

 パンを焼いて切れ目をいれ、焼いて塩で味をつけた肉と野菜をはさんだものと、水にレモンを絞って少し砂糖を入れた飲み物を、広場の屋台で買い求め、腰掛けられる縁石を探して食べる。

 空腹が満たされたところで、今度は本屋の場所を案内してもらう。

 商業街のはずれ、北西側にある小さな店構え、エルノーというソフト帽をかぶった小柄な中年の男が一人でやっている魔法関係の専門書店だ。

 店内は真新しいもの、色あせた古いもの、豪華な装丁のもの、表紙が取れてしまっているものなど雑多に積み上げられており、いわゆる新品だけではなく中古書の売り買いもする書商という体裁だった。

 値段の表記などもなく、店主がいちいち価値を見極めて値段を決めるそうだ。


「こりゃあ、お嬢さん。お久しぶりのご来店で……おや、こちらの方は?」

「……弟弟子」


 俺も会釈をする。


「ダニエル様がお嬢さんの他にも弟子を取ったというのは初耳でしたよ。今後ともよろしくお願いしますね」

「ケイン・サハラといいます。よろしくお願いします」

「ご丁寧に、歓迎しますよケイン君。まあ、うちで本を買ってくれるのはまだ先のことかも知れませんけど、興味を引かれたのがあったら取り置きしておくから、遠慮なくいってくださいね」

「そうですね、まだ自分用の本を買えるくらい裕福ではありませんが、いずれお世話になると思います。そのときはよろしくお願いします」

「いや、さすが魔法士見習いさんだね。年のわりにしっかりしている」


 そうなの?とパットに目を向けてみたら、


「……間違いない。乗船した頃のカルロスなんかよりよっぽど大人」


 との答えが返ってきた。

 そりゃ中身はもうすぐ20歳になるのだから当然か。


 パットは、前から注文していたらしい紋様術系の魔術書を銀貨3枚で購入した。そういうのもあるのか、ちょっと驚いた俺は帰り道に聞いてみた。


「……さっきの図書館の入門書には一通り書いてある」

「そうか、また行って続きを読んでおかないとな。呪文を唱える以外に魔法が使えるとか初めて知ったよ」

「……いまはそれでもいい。とにかく先生のやり方を集中して勉強したほうがいい。ただ、ある程度勉強が進んだら自分が将来どんな魔法使いになりたいか考えて勉強したほうがいい。紋様術、形象術、薬術、治癒術、物理魔法にだって攻撃に向いたものもある」

「そういうパットは、どういう風になりたいか、聞いてもいい?」


 パットの返答はすぐには無かった。なにやら考えているようで、ただ足だけを動かして家への道を進んでいく。俺も、その後を黙って付いていく。


「……たぶん、ケインが今のまま航海士として、航海魔法士として一人前になったとしたら、そういうのかな」

「……へえ」

「……だけど、女の私では航海士は無理。父の……あのね、ケイン、私の父は船長をやっていたの」


 俺は、振り向いたパットには返答せず、目で続きを促した。


「……母は航海魔法士、先生の弟子で、一人前になってからは正魔法士として父の船で一緒に航海していた。だけど航海の最中に海賊に襲われて船ごと沈んでしまったの」

「それは……」

「まあ海では良くあること……今ではそう思って、整理している。だから復讐とかそんなことを考えているわけじゃない。ただ、船長としての父と、航海魔法士としての母の、そういった生き方をついであげたいって、そう考えているだけ」

「師匠たちにはそのことを?」

「ええ……もう何度も話したわ。先生の弟子として船に乗ることに、マリアさんは最後まで反対していたけど、結局決意が固いと知って折れてくれた」

「そうなんだ」

「……だから、私はちゃんと一人前になって船で仕事をしたい。先生たちに恩返しをしたい。それが今の私の目標」


 そう言って、言い切って、彼女は再び家路に向かって歩みを始めた。

 日はすでにかなり傾き、建物の影は伸びて海からの潮風が街中にも流れ込んで来ている。

 14歳の少女が、ここまで考えて自分の道を歩いている。

 そのことに、俺は少し自分のことが恥ずかしくなった。

 『運命』だなんだ、独り立ちがどうだということばかり考えて、自分のことだけ考えてうまく立ち回ろうとしている俺、中身は19歳。

 それに対して、両親との絆を受け継ぎ、お世話になった師匠に恩返しをしようと自分の将来を見定めているパット、14歳。

 ぜんぜん比較にならない。

 もちろん、俺が生き残る。生きて『運命』を覆すということは忘れてはならない。だけど、それだけじゃこの世界に、一人の人間として生きていることにならないんじゃないか。

 人は一人では生きていけない。

 これは、物理的経済的にもそうだけど、他人とかかわり、影響を与え、与えられることのない心なんて、死んでいるのと同じということなんじゃないか。

 そう、思い至った俺は、この気持ちを表に出したくてしょうがなくなった。

 だから。


「応援する」


 ボソッと、そう口にしていた。返事が来ることを予期していなかったのか、パットは立ち止まって俺へと振り向いた。


「え?」

「俺、前にも言ったけど、パットのことすごいと思ってる。そんなパットが、がんばっているのを応援したいんだけど、だめかな?」

「……だめなことなんてない。あなたは友達」

「何ができるわけじゃないけど、困っていたら力になるから、助けて欲しいときはそう言って欲しい。友達として、助けになりたい」

「ありがとう」


 そして、近づいてきたパットは俺の手を引いた。そのまま歩き出す。


「……友達の証」


 そう言ったパットも気恥ずかしいのか、こっちを振り向かずにそのまま俺の手を引いていく。

 俺は、パットの手を力強く握り返してそれに応える。

 ちょっと通行人の目が恥ずかしかったけど、そうして俺達は師匠の家へと、手をつないだまま戻ったのだった。

今回の豆知識:


トランドの本はほとんど輸入ですが、輸入コストが安いのでそれほど高価ではありません。

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