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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第一章 12歳編 右手に杖を、左手に羅針盤を
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首都アンティロス(2)

 アンティロスへ上陸した次の日。

 今までの分の給料で、俺の所持金は銀貨10枚以上あった。

 銀貨5枚程度あれば普通の杖は買えるということだったので、適当なものを探して何とか銀貨4枚と銅貨50枚で、予備の杖を購入した後、適当に町をぶらぶらと歩いていた。

 師匠はやはり貴族で魔法士として重要人物でもあるので、ガルシア家や王宮やらいろいろ用事があるようで、今日は単独行動だ。

 ちなみに、パットは足元がふらふらするのが治まらないとのことで、家で休んでいる。後日図書館に行ったり本を買いに出たりする予定はあるそうなので、町に不慣れな俺は同行させてもらう約束をしていた。

 デートの約束、というわけではなかったが、お世話になるので食事でもおごろうかと考えている。好感度フラグは地道な一歩が大事なのである。


 それはさておき、街中でジャックさんと会った。

 船上ではお互い忙しく、あまり接点がなかったが、なんといっても無人島で俺を見つけて船に連れて行ってくれた恩人でもある。

 この機会にちゃんとお礼を言っておこう。


「ジャックさん、その節はお世話になりました。今日は買い物ですか?」

「おお、おお、いいってことよ。お前さんがしっかりやっていることは見てて知ってるぜ。船に連れてった俺としても鼻が高いってもんだ」


 陽気なのは普段からだろうが、この臭い、やはり上陸してからかなり酒をきこしめしている様子だ。


「そうだ、俺の家が近くにあるんだが、昼飯でも食いにこないか?俺の家って言うか今じゃほとんど弟の家だけどな。弟のロバートの奴にも紹介してえしな」


 俺はありがたくその申し出を受けた。


 ジャックさんの家は、商店街のはずれにあった。

 ドワイト鍛冶店

 そう書かれた、ハンマーと剣が交差した意匠の看板が釣り下がったここが、ジャック・ドワイト、ロバート・ドワイト兄弟の家ということになるようだ。


「鍛冶屋さんですか」

「おお、まあ、ドワーフの王道っちゅうやつだな。おい、ロバート、起きてるか?」

「兄貴ぃ、大声出さなくても聞こえてるから、ほら、何事かって周りの店から人が飛び出てきてるぜ」


 そう言って出てきたのは白い、厚手のエプロンをしたドワーフだった。背格好も見た目もジャックさんとほとんど同じだったが、髪は短くしており、肌の色は薄いことで見分けがつく。


「おお、悪い悪い……そうだ、こいつが昨日言ってたケインって小僧だ。で、こっちが俺の弟のロバートだ。見てのとおり一人で鍛冶屋をやっている」

「よろしくな、ケイン。まあ、これでも兄貴はドワーフにあるまじきことにベテランの船乗りだからいざというときはこき使ってやんな」

「へっ、ケインにこき使われるようになるのはまだかなり先のことだぜ。それよりお前こそ、いい加減船が怖いとかなんとかしたほうがいいぜ、トランド国民としてはな」

「無茶言うなよ兄貴。ドワーフが船に乗れないのは先祖代々そうなんだからいまさらどうしようもねえよ。兄貴が変なだけじゃないか」

「まったく、港に店を出しゃあ引く手あまただってのに、こんな離れたところで商売始めやがって、本当にどうしようもねえなあ」

「仕方ねえだろ、洪水とか怖いじゃないか」


 といった感じで、陽気で話好きなドワーフが二人寄ったら、一向に話が終わらないので、俺は少し興味のあったことを聞いてみた。


「あの、カットラスとかはいくらぐらいになるんでしょうか?」


 返事は、ジャックさんのほうから返ってきた。


「へ?お前さんは魔法士だろ?刀振り回すなんて俺たちに任せときゃいいじゃねえか」

「いや、仮に魔法士だということで集中的に狙われたらどうするんですか?」

「うーん、そうだな。そういうこともあるか……いや、うちの船の魔法士っていやあ爺さんか女の子だったから、そういう発想はなかったな。お前さんだったらこれから体もできてくるだろうから、そういうことも無駄にはならねえのかな……だが、杖はどうする?」


 そう言ってジャックさんは俺がさっき買ったばっかりの杖を指差す。


「そんなごてごてした杖を持って、刀を振り回すっていうのは難しいんじゃねえか?」

「俺もそう思うよ。海の上で両手がふさがるってのはよくねえんじゃねえか?」


 ロバートさんもつづく。

 俺は、そういうことなら、ともうひとつのことを聞いてみた。


「じゃあ、たとえば杖を金属で補強して剣を受けても身を守れるようにするというのはどうでしょう?」

「うーん、そっちはそっちで難しいな」


 ロバートさんはこちらにも否定的だった。


「いやな、俺も詳しくはねえんだが、鉄は魔力の通りが悪いらしくてな。どうしてもってことになるならミスリルとか使えばなんとかなるかも知れねえが、あれは要は見た目がきれいな銀みてえなもんだから、そんなに硬くはならねえぞ」


 やっぱりあるのか、ミスリル。


「俺も一度貴族のぼっちゃんが剣に装飾するんだっていってかけらほどのミスリルを触ったことがあるが、それだけでも銀貨何十枚って代物で、金額的にもお勧めできねえな」

「そうですか」


 残念ながら、杖の補強のほうも難しいようだ。

 いったん話題が途切れたことで、ちょうど昼時であったのでジャックさん達の家で昼食をいただくことになった。

 1階は手前が店、奥が作業場となっており、2階が住居になっている。俺はそちらにお邪魔することになった。

 さすがに肉ばかりというわけではなく、普通にパンなどもあったが、やはり酒は付いてきた。

 俺は、子供であるということで遠慮して水にしてもらったが、二人が飲んでいるのは結構強い酒のようだった。

 だが、さすがドワーフ。昼間から強い酒でもなんともないぜ、といった感じで顔色も変えずにおかわりしている。

 ふと、ジャックさんがこちらに話を向けてきた。


「そういや、ケインはダニエルさんのところにお世話になってるんだって?」

「ええ、パットも一緒だったのにびっくりしましたけど」

「そうか、ダニエルさんには子供が居ねえ、いや居ねえわけじゃなかったんだが、生まれてすぐ死んじまってな。あの嬢ちゃんを孫娘みてえにかわいがってるって……いや、口が滑っちまった。忘れてくれ」

「……ええ」


 そんなことがあったのか。

 確かにあの家には息子さんや娘さんの姿はなかったが、そういう事情だったらしい。

 俺はそのことは心にしまって、発言には注意しようと思った。


 ジャックさん、ロバートさんにお礼を言って、再び単独で町に出た。

 とはいえ、後日魔法や航海術の本を買うかもしれないと考えるとあまり無駄遣いはできない。替えの衣服やその他航海中に必要な小物は出航が近づいてからでいいので、何か買うわけでもなく、色々な店を見て回っているだけだった。

 商業地区の真ん中には大きな噴水のある広場があった。

 円形で、かなり広くなっているので、円周上に位置している商店のほかに広場には露店が立ち並んでいた。

 そんな広場のはずれの一角で、なにやら魔法を使っているような魔力の流れを感じ、俺はちょっと考えたものの、こんなに人が居るところでやっていることだから危険はないだろうと考えて見に行ってみた。


 そこでは、黒い僧服に身を包んだ若い男が、並んでいる粗末な格好をした人たちに治癒魔法をかけているようだった。

 見ていると、体調が悪そうで苦しそうにしているものや、足や腰が悪いようで動きにくそうにしている老人、あるいはこけたのかひざから血を流している子供などを順番に治しているようだった。

 中には小銭を渡しているものもいたが、すまなそうにお礼だけ言って離れるものもいたので教会の奉仕活動といったところだろうか。

 しばらくそうやって様子を眺めていると、不意に後ろから声をかけられた。


「魔法の修行はうまくいっているかい?」


 声をかけてきたのは、やはり黒い僧服をした、柔和な表情の老人だった。知らない人だ。

 どうして?と思ったものの、自分が杖を持って歩いていることをすぐに思い出した。年格好から言っても明らかに魔法使い見習いと宣伝しているようなものだ。


「はい。いい師匠に恵まれていますから」

「そうかそうか、それは良かった。見たところ船乗りの服装にも見えるが、ひょっとして航海魔法士見習いさんかな?」

「はい、ガルシアさんのところのアリビオ号の魔法士見習いです」

「アリビオ号……というと君の先生はひょっとしてダニエル様かな?」


 その人はちょっと驚いた感じで聞いてきたので、俺はうなずいた。


「そうか、あ、これは失礼、名乗っていなかったな。私は王立教会に所属をしているアルトゥル・ミデアスと言います。実はダニエル様とは古い知り合いでね」

「僕はケイン・サハラといいます。アリビオ号で魔法士見習いをやっています」

「そうですか。彼も後継の指導に余念がないようですね」


 そのときだった。

 今話題に上っていた当の師匠が向こうからやってくるのが見えた。

 腰が悪いというのに、なにやら難しい顔をしてこちらに急いで近寄ってくる。


「ケイン、そいつから離れろ」

「え?」

「いいからこっちに来い」


 師匠は俺の手を強引にとって引き寄せ、ミデアスさんと対峙した。


「アル、わしの弟子に何を吹きこんどった?」

「ダニエル、私は何も、ただ魔法士見習いの少年が教会の奉仕活動を興味深そうに眺めていたので、声をかけて他愛ない話をしていただけです」

「ふん、教会なんぞくそくらえじゃ。わしの弟子に余計なちょっかいはやめてもらおう」

「そんなそんな、ダニエルの弟子に何かしようなんて思いませんよ」


 俺は、師匠の剣幕に驚いていた。ミデアスさんは困惑した感じで、師匠の怒りを納めようとしているようだった。


「大体お前は、あのときの間違いをいまだに認めようとせんではないか」


 その言葉がミデアスさんの何に触ったのか、俺には良くわからなかったが、彼は初めて強い調子で師匠に向けて言葉を放った。


「いいえ、あれは間違いなどではありません。神を疑うことは、天啓を疑うことは、私にとってはありえない。あの子は確かに……」

「だまれだまれ! 天啓などと言って、お前の言うことに喜んでおったわしが滑稽じゃわい。大方また愚にもつかないことを言って、皆をだまくらかしておるのじゃろうて」

「ダニエル、言っていいことと言ってはいけないことがあるのですよ。神の教えが……」


 そこまで言って、ミデアスさんは周囲の状況に気がついた。

 なにせ、師匠は貴族であるし、航海魔法士として知られた有名人だ。一方のミデアスさんだって、年齢やたたずまいからしてかなり教会でも高位の聖職者なのだろう。

 そういう2人が広場の衆目を集める場所で、語気を荒げて言い争う姿が目立たぬはずはない。

 ミデアスさんは「失礼」と言い残して、現在も奉仕活動中の若い男のところへ向かった。


「帰るぞ」


 俺は師匠がここまで感情を乱す姿を見たことがなかったので、半ばあっけに取られながら、そのまま師匠について家まで帰る。

 こうして、首都での2日目は、なんだか複雑な気持ちになった一日だった。

今回の豆知識:


(普通の)ドワーフは船が怖い。

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