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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第一章 12歳編 右手に杖を、左手に羅針盤を
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初めての海戦

「いかんな」


 師匠のつぶやきどおり、状況はあまりよくない。

 まだ海賊船と襲われている商船とは距離があるが、商船のほうは砲撃の当たり所が悪かったのか前のマストが途中で折れてぶら下がっている状態だ。

 このままではすぐに追いつかれてしまうことになるだろう。

 商船と海賊船はアリビオ号の東北側に位置している。風は北西から吹いているので、追い風となっている。

 商船は東南側に逃げようとしているようだが、海賊船のほうが大型であるし、帆もダメージがなさそうなので、商船に対しては優速である。

 ガルシア船長の指示は海賊船の左舷へとアリビオ号を向けるものだった。

 右舷砲列(といっても4門だが)に装填の指示が下る。


 海賊船には風上側から接近するということになる。

 これは、海賊船が右舷の大砲で商船を攻撃していたことから、その逆側から攻めることで海賊船の砲撃を分散させるということのようだ。

 船は前後に長いため、当然大砲は右と左に分かれて存在する。

 100門の大砲を搭載した船であっても同時に撃てるのはどちらか片側の50門だけ。

 そして、軍艦で人数に余裕があるような場合であっても、同時に左右の砲を撃ちまくるような人員がそろっていることはまれである。

 ということで、右舷の大砲を使っているときに左舷から攻撃されると手が回らなくて混乱することになる。

 船長が指示したのはそういう思惑があってのことであろう。

 なるほど、理にかなっている。


 海賊船は片側に6門ぐらい、今は撃っていないので望遠鏡の無い俺には詳しくわからなかったが、船全体の大きさとしてはこちらより前後が短く、またずんぐりしていた。

 アリビオ号は快速で鳴らしている船なので、前世の地球の船の基準でいっても細長いほうだと思う。それは、リッケンでの寄港で他の船と見比べてみてもはっきりわかった。

 そういう意味では海賊船のほうが一般的な木造帆船の形をしていることになる。

 帆は3本で、全てラテンセイル。これは、アリビオ号のような横帆の半分程度のマストに、斜めに長い斜けたを、ちょうどマストの上が真ん中になるように取り付けている。そこに三角形の帆を張るので三角形の頂点は甲板近くに下りてくることになる。


 ラテンセイルは縦帆であり、利点としてはマストに登らなくても帆の調整ができること、それによって帆を扱う人員が少なくて済むこと、それに縦帆なので風に対して切りあがって進めるということがある。

 船は構造上前後に長く、中央をキール、竜骨と呼ばれる木材が中央に尖って存在する。

 そのため、前後に比べれば横への移動は大きな抗力が発生する。

 これを利用して帆を前後に張ってななめ前からの風を受けるようにすると後ろから風を受けるのに比べればゆっくりではあるが風上側に移動することができる。

 アリビオ号のように横帆を中心としていても、前後のマストに三角形の補助帆をつけたり、それほど角度がきつくない場合は横帆を傾けたり、ミズン(後)マストにだけついているスパンカーという縦帆をつかって風上に切りあがることができる。

 スパンカーというのは、先のラテンセイルの前半分をスパッと無くしたもので、斜めの部分はロープでマストの上部から吊った構造になっている。

 最後尾の帆であって風をいっぱいに受けることができるので、推進力としても旋回のときも最も重要な役割をはたすことになる。


 そのように、アリビオ号で得た経験と、前世の大航○時代オン○インにはまってウィ○○ディアで調べた知識を組みあわせてあれこれ考察していると、海賊船側に動きがあった。


「来るか」


 船長のつぶやきのとおり、海賊船は右に旋回を始め、アリビオ号に相対することを行動で示した。

 くだんの商船はあとでも何とかなるという判断だろう。そしてアリビオ号は武装しているとはいえやはり商船であり、海賊船の獲物としては十分だ。


「ならば、隼の底力、見せてやろう」


 船長が言った「隼」というのは、アリビオ号の異名で、「南マーリエ海の隼」というらしい。

 ただ、これは船速が速いことから有名になったというものだったらしく。断じて、海戦に強いとかそういうのではない。

 皆にとって不幸なことに船長は脳筋だった。


 アリビオ号はこのまま海賊船と右舷同士ですれ違い交戦するようで、海賊船との距離は縮まっていった。

 甲板では水が撒かれ、万一のときの延焼対策がされている。距離を測りながら大砲の仰角を下に敷かれた木片を抜き取って調節し、弾丸が込められて火種が用意され、準備が完了した。

 いま、船上は誰もが息をのんで命令が飛んでくるのを待っている。


 ドン

 大砲の音だ。

 海賊船から撃ってきた。

 一瞬今にも弾がこちらに飛んでくるのでは無いかと背筋が凍った。


「二人とも心配せんでもよい。今のは距離をはかっとるだけじゃ。当てようとしとるんじゃない」


 そうだ、まだ海賊船は横というより前にいる。舷側の大砲はこちらを向いていない。


「じゃが、そろそろ準備が必要じゃな。わしは魔力で魔法を抑える。パットは状況に合わせて水魔法を、ケインは……とりあえず今回は見学じゃな」

「「はい」」


 二人の返事が重なった。


「撃て!」


 彼我の距離は500mぐらい、海戦では近距離といってよかった。

 大砲の重い発射音が木造の船体を震わせる。

 俺は、あんなに反動があるんだ、と感心して1mほど後退して10人がかりでようやく静止する大砲を見ていた。実際にはロープで半固定されているので左舷の砲とぶつかる前には後退が止まるが、それでもたいした反動だ。

 そのとき、敵船の方からこちらよりさらに低い大砲の音がした。

 そして、近くでゴウッと風を切る音が聞こえ、俺は思わず縮こまった。

 顔を上げてみると、幸いほとんどの弾はそれたようだが、一発だけ、船尾の俺たちのすぐ近くのスパンカーに大きな穴を開けていた。

 ……やべえ、ほんの数mじゃないか。

 あんなもの、何kgもあるような鉄の玉があれだけのスピードで飛んでくるのだ。

 そりゃあ師匠の言うとおり、あんなもの魔法で防ぎようがない。


「まずいな、8門でこっちより多い上に砲弾も大きいようじゃ」


 そう、師匠が説明してくれた。

 俺は青ざめた。


 こちらの砲撃は敵船にはダメージを与えていない。

 すれ違いだったので、砲撃機会は互いに一回だったが、通り過ぎた敵船はこちらに近づこうと右へ旋回の体勢を取っている。


「右旋回、右舷で敵の頭をたたく。装填急げ!」


 船長の指示が飛ぶ。

 現在、海賊船はアリビオ号の右ななめ後ろから進んでくる。

 向こうにとってもこっちにとっても風は追い風、アリビオ号は大砲を撃つために帆は風をいっぱいに受けるようにはしておらず、それほどスピードは出ていない。

 このとき、アリビオ号が取れる戦術は2つある。

 1つは、船長が言ったように、すでに再発射体勢に入っていた右舷を相手に向けて大砲を撃つというもの。ただ、これは接近されて切り込まれる恐れがある。

 もう1つは、このまま帆をいっぱいに張って、快速を生かして逃げ延びるというもの。こちらは、アリビオ号が無事でも先ほどの商船を見捨てる結果になる。

 そして、船長が取った方針は前者だった。

 皆にとって不幸なことに船長はやはり脳筋だった。


 こちらが右旋回の体勢に入ると、向こうは進路を若干左に修正し、再び右舷で向き合う形になった。

 今度は向こうの砲撃の方が一瞬早かった。

 衝撃が船体を震わせた。二発被弾。

 一発は前部のバウスプリット(船首から前に突き出ているマストのようなもの)をへし折り、張られていた三角形の帆や索具ごと垂れ下がった。

 もう一発は前部のすぐ下に当たったらしく、飛び散った木片で怪我をして血を流しているものがいるのが遠目に見て取れた。


「おお、やったぞ」


 という声に海賊船を見ると、マストが折れ、帆や索具を巻き込んで向こう側に倒れこんでいた。

 ほぼ同時に発射されたこちらの砲弾が、海賊船の真ん中のマストに命中していたのだ。


「よし、敵船が立て直す前にこのまま離脱、進路を風下に取れ。手の空いているものは負傷者の救助と折れたバウスプリットの始末に向かえ」


 船長の指示が飛ぶ。

 皆にとって幸いなことに船長はそこまで脳筋じゃなかった。


 木造帆船での大砲の撃ち合いでの負傷者は悲惨なことになる。

 大砲の弾が直撃したら即死だし、そうでなくても木製の船体に当たった場合には木片が飛び散る。

 体に刺さったら抜くことが難しい。そこからばい菌が入り化膿して最後には壊疽してしまうことも多い。

 某シルバー船長やネルソン提督など、手足を失っている船乗りのイメージは、なにも大砲の直撃が原因でそうなったわけではなく、患部の壊疽が体に回って死ぬ前に傷口ごと切断したことが原因であることが多い。


 そんなわけで、俺たち魔法士もけが人の治療のために現場へ向かった。

 やはり深刻なことになっているようで、横たえられている船員で5人、その他血を流している船員が10人ぐらいいた。

 師匠は治癒魔法を使って重傷者から治していく。

 船医はその他の軽症者を手当てする。

 さすがに全員を魔法で治癒させることはいくら師匠でも難しい。年だし(ボソッ)

 あれ?なんかパットが師匠と話していると思ったら、なんとパットが治癒魔法を唱え始めた。

 魔力の流れを見る限り多少ぎこちない感じはあったが、一歩一歩確実に手順を踏んでなんとか一人を完全に治癒させることに成功していた。


 ふう、と精魂尽き果てた様子で額の汗をぬぐうパット。


「おつかれさま。治癒魔法使えたんだね」

「……ああ、ケイン。……あのね、この間のあれから本格的に練習していたの」


 転落事故のことだろう。


「……早く、一人前になりたいね」

「そうだね、俺もいずれ、いや近いうちに治癒魔法に手が回るようにがんばるよ」


 そして、そのときは気づかなかったのだが、二人を、いや特に俺に対して敵意を持って視線を向けている者がその場に居たらしい。

 少し後でわかることだったが。


今回の豆知識:


「勇気は脳筋とヘタレの中間であって初めて徳となる」(アリストテレス)【意訳】

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