剣と刀と砲と
難しかった。
なかなか進みませんでした。
ヒュッ……カン、ガシャ、ビュッ、ガチャン、ドスッ
えーと。
今日は、戦闘訓練だそうだ。
今のは、俺が相方である見習い仲間リックに打ちかかって、あっさり返されて跳ね飛ばされた音だった。
いやあ、細身だから侮っていた面はあったにせよ、やはり海の男はそれなりに鍛えているようで、12歳の子供では太刀打ち(文字通りだな)できないようだ。
甲板はタールがしみこませてあって、何度もこかされた俺の服は色々汚れてしまっている。一応、アドバイスしてもらったので一番ボロい服で俺は戦闘訓練に望んでいた。
「一休みするかい?」
リックが手を出してくれたので、俺は借り物のカットラスを拾って立ち上がる。
普段は縄や木箱、樽、大砲などで結構障害物の多い甲板は、今は片付けられてあちこちでカットラスを振る音や打ち合わせる音が聞こえる。
「……もう少し……いいですか?」
俺は息を整えながらリックに答える。
「まあ、あまり無理するなよ。仮に戦闘になったとしても、魔法士が刀で斬り合いをする暇なんて無いんだから」
「ええ、でも僕は航海士でもあるし……」
それに、将来のことを考えてもある程度戦いで動けたほうが良いに違いない。冒険者としてやっていくかもしれないことを考えると、後衛だからこそ狙われるという事態はありうるだろう。
「よし、じゃあもう一回やって休憩にしよう」
「よろしくお願いします」
そう言ってリックと間合いを取ってカットラスを構える。
カットラス。
地球においてはよく東洋の刀と西洋の剣は違うのだといわれている。前者は対象を斬るもので、後者は対象に叩きつけるもので、むしろ鈍器に近いのだと。
これは、西洋の戦いにおいて全身金属鎧が主流になって、斬ることなどできなくなったことが理由だといわれている。
どこかの十五代目が持っている斬○剣とかで無ければむしろ刀のほうが折れるのだと。
必然、ロングソードのように突いてダメージを与える剣や、グレートソードのように大きく振り回して相手や相手の武器をなぎ払ったりする剣が主流になり、実際こちらの世界でも陸上ではそうした武器が使われる。
だが、地球でもこちらでも、一貫して斬る武器が使われる舞台があった。海上である。
船同士の戦いで全身金属鎧とか落水一発アウトだし、そんなものを積載量に制限のある船にたくさん積み込むことなどできない。
また、実はこうした木造帆船の帆やマストは単独で自立しているわけではなくて、甲板から多くの索具、ロープなどで固定され、推進力を木造の船体に分散して伝えている。
そんなロープにダメージを与え、また帆を切り裂くことができるような、重量があり、頑丈で、ある程度切れ味のあるカットラスという刀は、要はナイフをそのまま大型化したものだ。
全長は70cmぐらいで比較的短く、狭い船でも振り回しやすい。刀身は平たくて幅が広く、厚みもそこそこあって刃の部分が研がれているが、よく打ち付けるのでけっこうでこぼこしている。
重量は見た目どおり重く、重心が真ん中よりも先端側にあるので素振りをするだけで疲れる。
俺が持っているのは船の装備品で、模擬戦用に刃がなまったものだ。
俺に限らず、カットラスは船の装備品で必要なときに貸し出される。自分専用のものを持っているのは船長をはじめ数人で、そうしたものはやはり刀身もぴかぴかで装飾もきれいだ。
ちょっと俺も自分のカットラスとかが欲しくなったが、そもそも俺は魔法士だった。
さすがに杖の代わりにカットラスというのもどうかと思うし、杖で打ち合うとかは壊れてしまう。
あ、でも杖の補強ぐらいはしておいてもいいかもしれない。
そんなことを思っているうちに、斬りあいの稽古は終了し、次は大砲の練習となった。
大砲は、アリビオ号の場合長いものが片側に4門ずつあった。
さしずめキャノン砲といったところだろうか、重量のある丸い砲弾を、長い砲身を生かして1km以上先に打ち出すものだ。
全長は2.5mほど、船に搭載されるものとしてもそれほど大きいわけでは無いそうだが、それでもかなりの大きさで、1門あたりで10人以上が配置される。
大砲というと大質量の砲弾を発射するのでその反動を抑えるのにそれぐらいの人手が要るらしい。
人手が必要というのは砲車に乗せられていて、発射と同時に後ろに移動するのを抑えるためなのだが、砲車は絶対に必要だ。
大砲を舷側から突き出して撃つため、先込め式の大砲は砲車がないと移動させることすら難しい。また、砲車で移動するようにしておかないと発射の衝撃が船にダメージを与える。
今回は練習、しかもアリビオ号は軍艦では無いので実際に弾を込めて発射まではしなかったが、それでも火薬や砲弾を実際に弾薬庫から運び出す手順の確認などが行われた。
発射の指揮は、全体と前部片側2門ずつを航海士のコールマンさんが、後部の片側2門ずつをリックがとる。
カルロスもやりたそうにしていたが、とりあえずは前部にいてコールマンさんの手伝いということになっていた。
俺の配置は師匠やパットとともに後部の一段高い位置にある甲板、艦長も当然そこで全体の指揮を取っている。
「海戦になった場合の魔法士の仕事は、自船の防御ということになる」
「というと、大砲の弾を防ぐということでしょうか?」
「そんなことができるわけなかろう。あれほどの重さのものをはじき返せる魔法なんぞ不可能じゃ。そうではなくて、敵の魔法攻撃対策じゃ。こちらを魔力で満たして魔法攻撃を防ぐこと。あとは余裕があれば治癒魔法で負傷者を復帰させることじゃな」
「ではこちらからも火を出して相手を攻撃していいのですか?」
「やめておけ、嫌がらせ程度にしかならん。相手に魔法士がいたら何にもならんし、船というのは魔法で燃やし尽くすには大きすぎるし風で転覆させるには重過ぎる」
なるほど、聞いてみたところトランドほどでは無いが船で魔法士を雇っているところは多いらしい。
「結局、海戦の主力は大砲というわけじゃな。だから魔法士は船と大砲とそれを動かせる人を守ることが何よりの役割ということじゃ」
そのとき、どこからかドン、ドンという音が遠くから聞こえてきた。
師匠は船長のほうを振り返る。
船長はうなずくと、傍らの船員に望遠鏡を持ってマストに上がるように指示した。
近くで戦闘が起こっている。
そういうことだ。
ふと見た傍らのパットの顔が青ざめているのが気になった。
「大丈夫?」
「……ええ、何とか……、ええ、大丈夫」
そう言って、パットはこちらを見て、何かつづけて言おうとして、だがやめた。
見ると杖を両手で強く握り締めている様子がわかった。
俺は一瞬迷った。
たぶん彼女は戦闘が嫌いなのだ、怖いのかもしれない。
だから師匠に言って彼女を下へ連れて行くこともできる。
いやまて、だが彼女は航海魔法士だ。
海に出ていて争いを避けられないことだって今後あるだろう。
いずれ独り立ちするのに怖がってばかりではいられないだろう。
それに、どこにいようが大砲で撃たれれば船内で安全な場所なんてない。
打算といわれればそういう部分もあるだろうが、ここは彼女には魔法士としてしっかり職務を果たしてもらえることが最善だ。
だがどうする?俺は地球での前世と合わせてもそんなに人生経験があるとはいえない。
そんなに含蓄のある言葉を思いつくほどじゃあない。
それに加えて、俺は現在12歳の新米で、先輩風を吹かせた言葉を言っても鼻で笑われるだけになりかねない。
「パット」
「……うん?」
「うまくいえないけど……パットはすごいと思う、いや前から思ってる」
「……」
「魔法だって僕なんかよりすごくうまいし、こんな男ばっかりの、男でも音をあげるような船の生活で、しっかり自分のやるべきことをやってると思う」
「……うん」
「だから、戦いになったらそりゃあ怖いけど、それは俺だってみんなだってそうだと思うけど、それでも……それでもしっかりとかっこよくすごい魔法士でいてよ。お願いだよ、先輩」
パットは今俺から言われた言葉を咀嚼するように、目を閉じ、何か考えていたようだが、目を開き、こちらと目をあわせてこう言った。
「そうだね、私もしっかりしなきゃいつまで経っても見習いから抜け出せないわね」
「うん」
「ありがとう……もう、大丈夫」
「……良かった」
なんとかなった……ようだ。
「……ケインは……ケインみたいに接してくれる人はいままでいなかった」
まあ、周りはおっさんとじじいしか居なかっただろうしな。
「たぶん、対等に話してもらったのは久しぶり。だから……私たち、友達でいいよね?」
「あ……うん、パットと僕は友達だよ」
「ありがとう。じゃあ、お互いにがんばりましょう」
「うん、がんばろう」
「それと、さっきはちょっと格好良かったよ、後輩くん」
「え?」
ひょっとしてフラグ立った?
あせって言葉が返せなくなっている俺をにやにやしながら眺めているパット。
いや、これはからかわれた方か……ちぇっ
そうこうしているうちに、動きがあったらしい。
海賊に商船が襲われているらしい。商船の船籍はトランド。
武装商船にして私掠船免状持ちのアリビオ号にとっては見過ごす選択肢は無い。
助けに向かうことが、船長から宣言された。
今回の豆知識:
主力は大砲。