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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第一章 12歳編 右手に杖を、左手に羅針盤を
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航海魔法士の価値

ちょっと気分の悪い怪我の表現があるかもしれません。

ご注意ください。

「よし、水を出してみよ」


 師匠に指示され、俺は真新しい杖を空の水樽へと向ける。


「開門……水よ、その力を我が前にもたらせ」


 第一のフェイズ、魔力を練り、水魔術を使用すると宣言。

 十分な力を引き出したことを確認して第二フェイズへ。


「操作……清浄なる水を現せ」


 きれいな水、真水、できればボル○ィックぐらいおいしいやつ。


「実行」


 そうして現れた水は樽からちょっとあふれて甲板を濡らした。


「ふむ、まずは及第点といったところかのう。魔力は過不足無く練れておる。あふれておるのは……」

「はい、勢いを出しすぎました」

「そうじゃな。まだ新しい杖がなじんでおらんということもあるじゃろう。じゃが、もちろんこれぐらい完璧にできんと航海魔法士として十分とはいえん。まだまだ修練が必要じゃな」

「はい」


「ではパトリシア、やってみなさい」

「はい」

 まったく同じ呪文でパットが出した水は一滴もこぼれずに隣の樽を満たした。

 最近、ようやく自分以外の魔力の流れというものが見えるようになってきたが、それをもってしても力の制御が自分とは段違いに高精度であるのが見て取れる。

 魔法は一朝一夕にしてならず、ということだろう。


 アリビオ号は現在、リッケンから穀物や塩漬け肉、干し肉などの食料を大量に積んで折り返している。

 次の目的地は本拠地であるトランド海洋国の首都アンティロスだ。

 南のキュール大陸東端のほぼ真北、マーリエ海全体で見ても南大陸よりの、南北に細長いドラ島の南岸に、アンティロスは位置している。

 そのため、行きは西南西にマーリエ海を突っ切っていったその航路とははずれ、むしろ東南東へとキュール大陸沿いに船は進んでいる。

 前半は向かい風であったため、折からの熱帯の気候もあってじりじりと忍耐を強いられる航海であったが、ちょうど風が追い風に切り替わったところで、船はスピードを上げ、皆も緊張からつかの間の開放感を味わっていた。


 えてしてそういうときに悲劇は起きるものである。


「ああああああーっ」


 大きな叫び声にそちらを見ると、どすっという鈍い音がして甲板に人が落ちてきた。

 現在帆の調整でメイントガンセイル、つまり真ん中の一番大きなマストの、3枚張った帆の一番上、甲板から30m以上のところで作業をしていたベテラン船員が風にあおられ転落したのだ。

 すぐさま周りから甲板にいるものが駆け寄る。

 俺も師匠、パットとともに現場に向かう。


 状態はよくない。

 幸い足から落ちていて頭は打たなかったものの30mからの転落だ。

 ひざからは折れた骨が飛び出て、大量に出血、甲板に血だまりが広がっていく。手も付いたようで腕も折れているのがわかった。

 俺も周りの船員も青ざめ、パットはいったん近寄って来たものの目をそらして離れていった。

 師匠はさすがだった。

 すぐさま治癒魔法を詠唱開始。


「開門……マウリス・アーダの精神よ、その正しき姿を我が前にもたらせ

 次門……マウリス・アーダの肉体よ、その偽りの姿を我にゆだねよ

 操作……肉体よ、そのあるべき姿へ、疾く返りたまえ

 実行」


 効果は劇的だった。

 みるみるうちに、骨折箇所が戻り、血だまりが引いていき、そのベテラン船員、マウリス・アーダの体を癒していった。


 すごい。

 俺は初めて見る治癒魔法の威力と、それを成した師匠の技量に衝撃をうけた。

 前に師匠が説明していたように、精神に記録されたあるべき健康な体の情報を読み取り、それに合わせて物質的な体を改変する、同時に2つの魔法を制御して肉体を治癒させる高度な魔法。

 正直、命が助かったとしても歩けるようにならないのではないか、そんな大怪我を師匠は完璧に治してみせたのだ。

 もうひとつ、師匠はマウリスのフルネームを詠唱に組み込んで、彼の精神を特定して情報を読み取り、治癒魔法を使った。

 もしこれに手間取っていたらひょっとしていたら彼は出血のショックで亡くなっていた後だったかもしれない。

 さすが師匠、常に船員のフルネームを把握して治癒魔法が即座に発動できるように準備しているのだ……って、あれ?

 前にパットを紹介してくれたときに彼女のフルネーム忘れてたよね?師匠。

 それって、パットが大怪我してもすぐに治癒魔法がかけられないってこと?


 ……

 いやいや、きっと師匠は危険な作業を行うような船員の名前を優先して覚えているのだ。そうだ、そうに違いない。

 だって師匠、年だから記憶力にも限りがあるし、全員は無理だから、より危険な作業をするものを優先しているだけなのだ。

 そうだ、そういうことにしておこう。

 さすが師匠だ、自分の限界を見極めた上で最も船に貢献できるよう、深い考えがあってのことなのだ。


 そう思った俺は、そういえば俺も最近は高いところで作業とかするよなあと思い出して、後で師匠に聞いてみた。

「師匠、僕のフルネーム覚えてますか?」

「え、ええと、ケイン・サガワだっけ?」


 台無しだった。


 いざということがあるので、それからしばらく会うたびに師匠に対して、

「おはようございます、師匠。あなたの弟子ケイン・サハラです」

 とか挨拶していたら、さすがに嫌だったのか、なんとか覚えてくれた。

 これで、俺も安心して高所作業ができるようになった。


 マウリスの一件があってから2日後、空模様が怪しくなってきて、あれよあれよという間に嵐がやってきた。

 帆船の場合嵐は帆を縮め、できれば艦首を波の方向に向けるなどして転覆を防ぎながらじっと耐えることになる。

 雨、風に加えて揺れもひどいため、念のためランプや調理場の火もなるべく控えることになる。


 航海魔法士が曲がりなりにも3人乗船しているアリビオ号の場合には光の魔法でランプの代わりをし、火ではなく熱だけを出して調理をすることができる。

 実際に光の魔法はランプの代わりに使用され、「普段からこっちにしてくれよ」なんて船員のみんなから言われたりもした。

 ランプより明るいし、熱を発しないから暑い船内ではむしろありがたいようだ。

 もちろん、何時間かごとにかけなおす光の魔法を普段から使えという要求には笑顔で「だが断る」といった感じで完全拒否ではあったが。


 調理場に関しては、なべが船の揺れで転がる可能性というのもあったので、熱の魔法が使われることは無かった。

 したがって、嵐でぎしぎしと不気味なきしみ音を立て、ゆれる船内で、船員たちは虫のわいたビスケットと、硬くて臭うチーズを、こればかりは皆の楽しみであるラム酒の水割りで流し込んでいた。


 そうして、3日が経ち、風が幾分収まってようやく調理場に火が入れられて久しぶりに温かい夕食が食べられそうだというその夕方に事件は起こった。


 嵐のうちに絡まったロープをはずそうとフォアトップヤード(前のマストの下から二番目の帆を張る帆けた)に上っていた、今度はマウリスとは別のベテラン船員が、突風にあおられ海に落ちた。

 ボートで救助を出そうにも、まだ波が荒れており、それはかなわなかった。

 船員で泳げないものも珍しくなかったし、もとより荒れた水面で着衣状態では浮かぶことも難しい。

 海面に叩きつけられた衝撃で気を失っていた可能性もあるし、彼のことはあきらめるしかなかった。


 ちなみに、師匠は当然彼のフルネームも覚えていた。


 だが、師匠をはじめとしてアリビオ号の魔法士にできることは何も無かった。


 次の日、朝の挨拶をした師匠が珍しく酒臭かったのを覚えている。

 眠れなかったのかもしれない。

今回の豆知識:


年寄りの記憶力には限界がある。

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