再びタロッテ
「おい、今度は本当に早いじゃねえか、魔法使いだとは知らなかったぜ?」
上陸するなり声をかけられた。いつもの食料を卸してくれるおっちゃんだった。
ミナス大陸東岸を出たウラッカ号は、報告と拿捕船の状況を聞くためにソバートンに短く立ち寄った後、タロッテに引き返していた。
今回はタロッテの滞在も短期間になる予定だ。積み荷の半分と補給品を積み込んで、できれば次の日には出港したいと考えていた。
「まあ、実際に魔法使いでもあるんですが……今回はアンティロスまで行ってないんですよ。ちょっと事情があってこの付近にちょっと寄って戻ってきたんですよ」
「おお、そうかい。本当に1ヶ月でアンティロスを往復したのかと驚いちまったぜ」
全開の出航から1ヶ月か……もし、本当にこの期間でアンティロスを往復したのだとすると、上陸を3日程度に抑えても2週間でアンティロスに到着しなければいけない。
そんなのはアリビオ号だってよほど風向きに恵まれないと無理だ。
「それはさすがに……まあまだ縮めることは出来そうですがね。それはそうと、いつもどおり補給をお願いします」
「あいよ。いつもと同じ量でいいのかい?」
「今回はここを出てから補給していませんから、いつもどおりの量でお願いします」
「了解。今日中でいいか?」
「そうですね。それで問題無いです」
これからトレリー卿のところで積み荷の補充をお願いするつもりだが、その積み込みが今日中に完了するとは思えない。俺は、おっちゃんと簡単に値段の打ち合わせをして、港を後にした。
「なるほどね。いやいやいや、まあ無事でなにより」
「あんな物が出てくるとは、油断がなりませんね。この辺りの海は……」
事務所には運良くトレリー卿が在席していた。俺は早い寄港について、ひと通りの説明をすることになった。
正直、軍事的な側面について敵国人であるトレリー卿に包み隠さずに話していいものかためらいはあったが、まあ相手は海賊だったので問題にはならないだろうと、全部話した。
「聞く限りは軍で使用できそうな段階では無いんだろう?」
「そう思います。もっと機構に凝って……」
後で考えてみると俺はちょっと浮かれていたのかもしれない。海賊を首尾よく退治でき、拿捕した船もかなりの値段で売れた。
だから、口に出すまでそれが失言だと気付かなかった。
「ん?」
「……そう、例えば蒸気機関を動力に使うなどすれば可能かもしれませんが、魔法士の能力では荷が勝ち過ぎます」
しまった。俺はつい地球の感覚で当たり前のように蒸気機関のことについて話してしまった。
俺は出された紅茶に口をつけた。落ち着かなくては……
さほど暑いわけでもない室内で、汗が噴き出してくる。俺は、上着を脱いで脇に置いた。
「そうか、そうだよね……蒸気機関というのは私も話でしか聞かないが、船に積める程の大きさとは思えないんだがね」
「実用性はともかく、船は元々重いものを載せるためのものですから……」
なんとかごまかせただろうか? すでに蒸気機関がある以上は、誰かが考えるだろうと思うし、そんなに変には思われなかっただろうか?
実際、まだ肝心の蒸気機関の信頼性もまだまだの状態なので、それが船に搭載されて推進力に使われるようになるにはかなりの年数がかかると思う。こちらの世界では魔法という別の要素があるのでかえって科学技術の発展が遅い。
俺の不用意な一言でそれが早まってしまったら良くないように思う。
「なるほど、君は船の技術に関しては最先端を行っているね。いやいやいや、素晴らしい。ところで……儲かったんだろう?」
「え……まあ……」
いい具合にトレリー卿も話題を切り替えてくれた。
「どうする? 君のことだ、船に使うんだろう? 今の船を改造するか……」
「そうですね……それもひとつの案です。でも……」
「やはり新造を考えているのかね?」
「そうですね。今回の件でわかったことなんですが、あの船では自分の身を守ることも難しい。小さすぎて大砲も十分には積めませんからね」
船の大きさは重要だ。あまり大きければ操船に苦労する事にもなり、人手も必要だが、その分多くの荷物を積むことができ、武装も充実させられる。ウラッカ号ではたとえ積み荷を犠牲にしてもせいぜい片舷4門程度、それも大きな大砲は難しい。海賊と張り合うのに十分とは言えない。
であれば、新しい船を1から造る、またはより大きな中古船を買うというのが選択になるが、俺には色々試したいことがあるので次はぜひとも新造でやりたかった。
「そうか……そうだね。今のままでは苦しいか……」
「幸い、今回の収入と、来年のレースで上位の賞金が貰えれば、なんとかなる計算なんですが……」
「ほうほう……」
「取ったわけでもない賞金を当てにするのもどうかと思うんですが、あとは……地道に商売を頑張るぐらいですかね」
船を新造したはいいが、そこで積み荷に回す資金が尽きては何も出来ない。ある程度の余裕を持っておく必要がある。
だが、次にトレリー卿が言ったことは、全く予想外だった。
「なんだったら私がなんとかしようか?」
「えっ?」
それは資金を融資してくれるということだろうか? まだそんなに商売上の付き合いが長くない俺にそんなことをしてくれる理由がわからない。まさか純粋な好意というわけではないだろう。何か彼にも考えがあるはずだ。
「ちょっと本国とも疎遠になっているから、本格的にこっちで地盤を築こうと思ってね。造船所を一つ買収したんだ。そこでなら格安で受けてあげられるし、まあ私とケイン君の仲だから分割払いでもいいよ」
「へえ、すごいですね」
そこまでやっているのか……なるほど、その造船所の実績にもしたいのかな。
「その代わりと言ってはなんだけど……」
「何か?」
「いくつか技術を独占させてもらえないかな?」
「はあ……」
なるほど、そういうことか……
さっきからの話の流れで予想できたかもしれない。俺が変わった新技術を船に盛り込もうとしているということは知られている。その技術を独占できれば、タロッテでも最先端の造船所ということになるのだろう。
「もちろん、秘密にしたいものはあるだろうが……例えばあの三角帆なんかすでに真似されているだろう?」
「うーん……」
それは知っている。確かにうちの船の真似をしたような船がいくつかタロッテ南港にも見かけられた。別に特許をとっているわけではないから問題無いとも思うが、なんか悔しい気もした。
「ま、こっちもまだ操業を開始したところだから急がないよ。よく考えておいてくれ」
「……はい……わかりました」
どうしようかな?
俺としてはアンティロスで作るつもりだった。それならばたとえ真似されてもトランドが造船技術で先行することになるので、いくらか恩返しにはなるだろうと考えていた。
その技術をタロッテで先に使われることになるのはよろしくない。
だが一方で、トレリー卿の口利きで安く作れるというのは捨てがたい。なにせ家なら何十軒も建つかもしれない高額の買い物だ。1%でも安くなるのなら相当な額が節約できることになる。
急がない、と言われたが、なかなか簡単に答えが出るものではなさそうだった。
「そいつは面白いなあ」
俺はさらに、町の地下に鎮座している元大魔王とちょっとした話をしていた。具体的には、魔法の使い方で思いついたことがあったので意見を求めたのだ。
「ええ、使い道は多いと思います」
「確かに……費用も抑えられるね」
これならば、ステンレスを探す必要も“鉄の木”を探す必要も無い。普通の木材で同じことが出来る様になる。
ふざけた性格とふざけた格好をしていても、やはり元大魔王。彼からもらったいくつかのアドバイスを元に、なんとか俺で魔法を組み上げる事が出来そうだ。
ウラッカ号は、アンティロス向けの積み荷を補充して、2日後に出航できた。帰りの船旅は順調だったが、俺には考えることがいろいろあったのでちょうど良かった。
いや、どんな状態だろうと航海が順調なのはいいことだ。
今回の豆知識:
本文中ではぼやかしていますが、海賊船の売却額は金貨300枚程度にはなっています。ざっと現代の価値で3億円ぐらいでしょうか。軍隊の拿捕賞金は艦長が4分の1とかとてつもない額を取ってしまいますが、商船や海賊船の分前の分配はそこまで極端ではないようです。ただ、ウラッカ号は人が少ないのでそれなりの額を手に入れていると思ってください。