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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第四章 15~16歳編 魔法書は吊り寝台の中で揺れる
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醜悪な真実

 船長以下、敵船員を縛り上げるのは動けるものに任せて、俺はまず治療に専念した。こうしてみると、杖を置いてきたのは間違いだったかもしれない。だが、幸いな事に俺が杖をとりに帰って戻るまでに、治療可能な船員が命を失うようなことにはならなかった。治療可能な船員は……

 残念ながら、これまで長く共に旅をしてきた船員が2人命を失っていた。1人はベテランの船員で、ニスポス以来の古株だった。もう白髪交じりの年の癖に、ウラッカ号を改装した時には目をきらきらさせて新しい帆について仲間とあーだこーだ話していたのを覚えている。根っからの船乗りだった。

 もう一人は、あの時勇気を出して皆に食事を配っていいか聞きに来た調理員だった。彼はタロッテで乗り込んできていた。取り立てて美味、というわけじゃないのは材料からして当然だが、それなりに皆が満足する食事を作り続けていた。

 大事な仲間を2人失った。

 これは俺の責任だ。

 もちろん、海にいる限りには死と無縁ではいられない。そんなことはわかっているが、それでも俺の決断が原因で2人を死なせることになった。あるいはあの時逃げていれば……


 だが、俺にはさしあたってやることが山積みだった。こういう気持ちを忘れてはいけないと思う。慣れてもいけないと思う。ただ、それはそれとして切り離してやらなければならないことがある。落ち込むのは船長室で一人の時にしよう。

 船長はあのとおりの様子で反抗的な態度を崩さなかったので、セリオが少しは話せそうな男を見つけてきた。3人いる士官のうち2番目の男だ。

 男は船の中でも船長や他の士官とそりが合わなくて、早々と裏切ることにしたようだ。


「その代わり……」

「ああ、命は助けてやる」


 状況や国によって違いはあるが、海賊は首領が死刑、士官もたいていの場合は死刑だ。一般の船員に関しては罪状によって違うのだが、たいていは苦役ということになる。

 その意味で、この男は命が危ないのだが、情報を聞き出すのと引き換えに後で逃がしてやるという約束で、セリオが話をまとめていた。

 男によると、この船はミニュジア東岸の小さな漁村を拠点にする海賊船マルテ・リーガ。船員は大体110名ほどとの事。主にガニエ島の紛争を避けて移動する商船を獲物にしていたらしい。


「それで、あの外輪はどうやって動かしていた?」

「ああ、あれは……」

「船長!」


 そこで、下を見に行っていたガフが血相を変えてやってきた。


「どうした? 抵抗にでもあったか?」

「いや……それは、流れ込んだ水でやられてましたから問題ないだす……それより船長、たくさん人が死んでるだす」

「それは……水で溺れ死んだということか?」

「いえ……とにかく来てくだせえ」


 俺は、男をセリオに任せて、ガフと共に船内に下りる。

 上にいたときには感じなかったが、ミニュジア特有の香辛料のにおいがかすかに感じられた。

 ガフが俺を連れて行ったのはさらに1段下りた最下層だった。

 この層はすでに海面下にある。薄暗く、じめじめとした雰囲気のそこには格子がはめられ、牢になっている区画があった。そして、その中では、10人ほどの人間が横たわり、あるいは座り込んでいた。

 すでに鍵は壊されていたので、俺はその中に入る。一人ひとりの容態を確かめてみる。

 一応横たわって死んでいるように見えたものも、息はしている。

 ただ、誰一人として騒ぐはおろか動こうとしない。じっと目を閉じたままだった。


「船長」


 後をセリオが追ってきた。例の話を聞いている士官も伴っている。


「ここにいるのは奴隷だそうです……それで、この奴隷に魔法を使わせていた、と」


 言われて気づいた俺は、そういう視点で再び奴隷を見る。

 全く魔力のかけらも感じられない。


「すると、ほぼ限界まで使わされていたようだな」

「ええ、そのようです。元は20人ほどいたそうですが、力尽きて死んだものを海に捨てていたそうです」

「……ひどい話だ」


 古式では無い今の魔法は、使おうと思えば使える人の数はそれなりにいる。だが、便利な一方使いすぎは命に関わる。限界まで使うと、ここにいる奴隷のように、肉体的には何の問題もないのに死んだようになる。回復しなければそのまま命を落とす。

 魔法使いになる第一歩は、魔力の使いすぎを戒めるための座学に当てられるのが普通だ。こればかりは個人差があるし、実際にやって命を危険にさらすわけにはいかないので、魔力が尽きかけている前兆を学び、種々の魔法にどれぐらいの魔力が必要かを学び、決して危険域に達しないように教え込まれるのだ。

 ちなみに、俺は状況が特殊だったのでこのあたりは省かれていた。実際、現代式の魔法だと半日連発し続けても俺の魔力は尽きない。だが、そうでもない限りは安全のためにこの課程を省くことはできない。

 だが、この海賊はそういった全ての安全策を省いて奴隷に魔法を習得させていたのだろう。人名軽視の成せる業だ。奴隷だから死んでもかまわないと思っているのだろうか? 奴隷だってただじゃない。いや、こいつらは自分で人をさらってきているのかもしれない。いかにもありそうなことに思えた。


「で、奴隷にはどんな魔法を使わせていた?」

「水を呼び出す魔法です、ちょうど船長様が使われていたようなものです」


 船長様、という卑屈な呼びかけ方に不快感を覚えながらも、俺は知りたい気持ちの方が先に立っていた。


「それでどうやって外輪を回していた?」

「へえ、樽に出させた水を上からバシャー、と」


 なんと単純な。

 外輪の上から樽で水をひたすら落として回していたらしい。

 確かにそれなら動力伝達を考える必要も無い。必要なのは樽を持ち上げて水を落とす人力と……樽に水を入れる魔力だ。外輪ごと切り離すのもたやすかっただろう。


「だがそれでは大して速くならないだろう?」

「ですが、少しは効果がありましたので……」


 その少しは、確かに馬鹿に出来ない。それで俺たちに追いついてきたのだから。


「よし、じゃあこの人たちは自然に回復を待つのがよさそうだ。だが、この場所は暗くて良くないな。上の船室で休めるところを作ってやってくれないか? ……ああ、後で余裕があったらだが」

「アイアイサー」


 余裕は出来るのだろうか?

 確かに、この大きな船を拿捕できたのは喜ばしいが、その大きな船とウラッカ号を18……いや、16人と俺たち航海士3人で動かせるだろうか? 幸い、ソバートンまではそれほど遠くない。何とかだましだましやっていくしかないか……

 この奴隷たちの快適な休息所を作るのはちょっと後回しになりそうだった。


 その日はもう夕暮れまで間が無く、後始末に次の日いっぱい使ってしまった。

 拿捕から2日後、俺達は何とか2船を動かすことができるようになって、ソバートンに向けて出航した。

 2船に船員を分けるのではどうしても無理がある。そこで、大型のマルテ・リーガ号から綱を渡してウラッカ号を引っ張ることにした。もちろん、このままではウラッカ号が海賊船に拿捕されたのと見た目に区別がつかないので、マルテ・リーガ号のマストにはウラッカ号から持ってきた予備のトランド国旗を揚げてある。

 海賊船の船長、士官は元奴隷がいた牢に閉じ込めてある。こういった場合は船員と士官を分けるのは基本だ。昇降口には威圧感を考えて、セリオに2人つけて任せてある。

 一般の船員はほとんどミニュジアの言葉しかしゃべれないので、反乱を起こさせないように若干デモンストレーションを行う必要があった。俺が大きな樽一杯に入った水を一瞬のうちに凍らせるのを見て、さすがに怯えた様子だった。


 何とか帆を調節して、のろのろと進んでいたが、次の日の夕方にはソバートンの近くまで来た。夕闇にソバートンの町の明かりや、砦のかがり火がともっているのが見える。

 だが、どこの港も夜間の入港はできない。

 ある程度近づいて、今夜一晩は洋上待機とせざるを得ないだろう。


「船長、センピウス船です」


 望遠鏡を必要としないほど遠目の効くガフが、いち早く船の接近に気づいた。

 ちょうど日が暮れるあたりで、白っぽい帆は見えるものの、船体は大きいのか小さいのかわからない。

 俺はちょっと不安になって頭上を見上げる。うん、ちゃんと2船ともトランドの国旗が揚がっている。一応センピウスは中立だし、最近は交易でかなり行き来があるから、いきなり攻撃されることはなかろう。

 近づいてきた船はかなり大きかった。

 あ……

 俺が気づくと同時に、先方から誰何の声がかかった。


「船名と状況を答えよ。こちらセンピウス海軍所属、ダイアレン号」


 俺は大声で叫び返す。


「こちら、トランド船籍商船ウラッカ号、海賊船と交戦して拿捕した。前の大きな船が海賊船だ」


 しばらくあって、


「海賊はどうなった?」

「縛り上げて捕虜にしてある。出来ればソバートンでそちらに引き渡したい」

「了解、そちらに乗り込んで確かめさせてもらっていいか?」

「どうぞ」


 ダイアレン号、俺にとっては旧知の船ではあるが、その甲板上でどたどたと走り回る音が聞こえ、程なく舷側にボートが下ろされた。


「だれかー?」

「ダイアレン号」


 というと、艦長が直接乗り込んでくるのか。俺は一同を整列させて、船長を出迎える。

 前回会った時とさほど変わっていない、細面の艦長の顔が舷側から見えたと同時に、掌帆長のホイッスルが吹き鳴らされる。


「乗船許可を求める」

「どうぞ、歓迎しますジョプリン艦長」


 名前を言われて、一瞬いぶかしげな表情で俺の方を見る。前に会ったときは直接話す機会は無かった。もしかしたら覚えていないかも知れない。

 だが、彼は俺の顔を覚えていたようだ。


「君は、アリビオ号の……」

「ええ、その節はお世話になりました。今はウラッカ号船長ケイン・サハラです」

「そうか、独立したのだな。いや、あんな小さな船でこの船を拿捕した英雄がどんな顔か見に来たのだが……なるほど、海は狭いな」

「本当に……ソバートンに近寄ると必ずダイアレン号が出て来るぐらいですものね」

「いや……痛いところをつかれたな。俺もソバートン艦隊の増強を上申してはいるのだがね」

「いやあ、それだけ神出鬼没だってことでしょう? ご活躍、耳にしていますよ」


 相変わらず、ソバートンの東の守りはそれほど厚くないらしい。ダイアレン号が一隻で気を吐いている状況だ。

 お互いに挨拶を終え、俺はジョプリン艦長を伴って船長室に入った。


「いや、これはたいしたもんだ」

「ほとんど使う暇なんて無いですけどね」


 船長室の内装は、かなり豪華だった。牢に入っている船長はかなりの金満家だったのだろう。俺は手近なワインの壜を、銘柄も確認しないで開けて、ジョプリン艦長と俺の分のグラスに注いだ。


「これは高く売れるだろう。ウラッカ号の幸運と奮闘に乾杯」

「ええ、命を懸けて戦ってくれた仲間に乾杯」


 そして、俺達はグラスを空けた。

 一通り、俺は艦長に海賊船との戦闘について説明した。


「奴隷か……」

「ええ、何人かはそのまま命を落としてしまったので水葬しましたが、6人が何とか生き延びています」

「どこの出身か聞き出せたか?」

「ミニュジアの……ミナス大陸東岸でさらわれてきたそうです」

「ならば元は奴隷身分でないのだな?」

「そうです。だから俺としてはそのまま帰してやりたいと思っています」

「ううむ」


 難しい顔をするジョプリン艦長。

 今まさに戦争中の相手国なのだ。いくらさらわれていた人を帰すためといっても、ダイアレン号で近づくわけにはいかない。


「君の方では……どうかね?」

「あいにく、積荷の中には足の速いものもあるので……」

「そうか……」


 こっちも商売だ。積荷がだめになれば首をくくらなくてはならなくなるかも知れない。


「物は相談だが、その積荷、ソバートンで売るわけにはいかないか?」

「ソバートンで、ですか?」


 本以外の積荷はぜいたく品が主だが、今の商売の規模では美術工芸品を満載というわけにはいかない。香辛料、乾燥ハーブ、それに果物の砂糖漬けや珍しい干し肉・ハムなどが積荷になっていた。


「もちろん、さらわれた人のことをお願いするのだからその分の補償でもある。ソバートンの役人に言ってかなりの高値で引き取ることが出来るはずだ」

「そんなことをして大丈夫なんですか?」


 いくらなんでも、そんなことが通るようには思えなかった。


「なに、ミニュジアの海賊が、ミニュジアの人間をさらって海賊行為の片棒を担がせていたんだ。後々センピウスとしては外交のネタに出来るはずだ」

「ああ……なるほど」


 戦争中だからといって、いや戦争中だからこそ、第三国との関係が重要になるのだ。少なくとも、この件が公になればミニュジアはタロッテなどに対して負い目を生じることになる。


「香辛料やハーブはまだ大丈夫ですから、果物の砂糖漬けや高級ハムなんかですね。それらを引き取ってもらえるとこっちとしても助かります」

「よし、では決まりだ」


今回の豆知識:


前にも出ていたかもしれませんが、一応補足。船上からの誰何に対して、船名を答えるのは、船長がボートに乗っているという意味です。だから、ケインたちはああして準備して待っていることが出来たわけです。

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