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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第四章 15~16歳編 魔法書は吊り寝台の中で揺れる
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船長の日常

 このところ、それなりに充実した交易生活が続いている。

 大当たりはしていないが、損をしていることもなく、俺の資金は増えており、船のみんなにもそれなりに臨時のボーナスを出せるぐらいにもなっていた。


 セリオは相変わらず港に着いた時にはさっさと姿を消す。やるべきことは全部済ませてからなので問題無いといえば無いのだが、よく金が保つものだ。


「そりゃあ金で女を買っているわけじゃないですからね」

「それでも贈り物とかいろいろかかるだろう?」


 俺なんかパット一人でも結構使ってしまうのだ。別に彼女とも長い付き合いだし、そんな贅沢をしたり、おみやげを要求されたりということは無いものの、タロッテの町に出ると自然とそういう品に目が行って散財してしまうことがあった。


「あんまりしてないですね。自慢じゃないが容姿と長身が役に立っているってことでしょうか。船長も、金持ちだし見た目はいいんですが……」


 わかっている、背が足りないんだろう。負けた気になるのであえて口にはしなかった。


「そういうのが好みっていうご婦人もいらっしゃいますよ。何なら紹介……」

「やめてくれ」


 俺としては彼がいつか刺されないか心配だ。


 そういうのとは無縁なのがガフだった。

 彼は非番の時はいつものんびりしている。港に着いてもちょっと町に買い物にでる他は船に戻って本を読んでいたりするし、航海中も舷側から釣り糸を垂らしたりしている。

 一度聞いてみたことがある。


「他の土地の仲間を探すっている話はどうなっているの?」

「ああ……それはだすな。正直に言っちまうと村を出る言い訳だっただよ。村ん中にいてもあれやこれや仕事が回ってくるし、結婚しろ、子供作れってうるせえだから……」

「じゃああんまり探す気は無いんだ……」

「……そういうわけでもねえだすが。おいらたちは長生きだから、別に急がんでもええかと思っとるんだすよ。おいらもあと50年もすりゃあ衰えてくるから、それまでにはなんとかしてえと考えてますだ」


 年齢を聞いてみたら今年で122歳だそうだ。エルフほど寿命は長くないが人間で言うとせいぜい30歳といったところだろう。そのへんがこの気の長さに影響しているのかもしれない。その割には船の仕事をしているときはキビキビと働いているのがかえって不思議な気がする。


「でも……船長には感謝していますだ」

「何が?」

「おいらを、こんな短けえ手足で出来ねえ仕事も多いおいらを航海士にしてくれようって誘ってくださって……ここんとこ船で働いていてもそろそろ限界かと思っていやしたが、船長のお陰で救われただすよ」

「やめてよ、救うとかそんなんじゃなくて、単に俺はガフの腕が必要だったんだ」

「へえ、ありがとうございますだ。だけど、もしおいらのことを考えて船から降ろそうって考えていらっしゃったら、それはやめてくだせえ。さっきも言っただすが、調査なんていつでも出来るだすから、あと10年や20年はどうってことないだすよ」

「……そうか、ありがとう」


 杞憂だったようだ。地球でも希少な生物がどんどん絶滅していっていることはよく知っていた。一方で、対処が早かったので絶滅から救われている生物があることも。

 だからフリクルについても、この愛すべき小さな友人とその仲間についても俺はできるだけ力になってやりたいと思っていた。

 だけど、確かに今はガフとセリオがいるお陰でこの船がうまく回っていることは事実だし、それで俺が助かっていることも確かだ。

 ここは彼には甘えさせてもらおう。


 俺の方はどうだったか?

 当初の狙い通り、船上では魔法の勉強を中心にしていた。船で一番プライバシーが保たれた船長室で、ひたすら本を読んだり、それを試したりしていた。

 今、船尾の大テーブルのある部屋では、実験のための木片がそこら中に転がっていた。

 それぞれの木片にはびっしりと魔術文字が刻まれていた。

 これは前にアンタルトカリケに聞いてわかったことだが、魔術文字を使う魔法はレイン・リーンがまとめた近代の魔法以前からある技術なのだそうだ。

 その意味で、近代魔法を底にして作られている航海魔法には自信のある俺でも、その習得にはかなり時間を要したし、今でも完全に理解しているわけではない。

 前にパットが使っていた圧縮魔法は、その中でも使いやすい部分だけ抽出して体系化したもので、実際に俺が思い描いていることをするのには一層の研究が必要だった。

 今俺が考えているのは主に船の戦力の増強につながるもの。プランを立て、設計図を造り、さらに俺は3種類の魔法を研究していた。

 今はその1つめだ。


 俺が持っているのは木の板の表面に細長い木片を4つ、ちょうど正方形になるように並べて貼り付けたものだった。魔術文字は木片の方に刻まれている。その内容は以下のとおりだ。


“時と広がりを統べる●※★※△×○□の名において、

 あまねくすべての精霊の助けを借りて、

 我はここに一つの扉を開かん

 輝きと祝福を持ってその力を示せ”


 字がおかしくなっているのは、誤植でも何でもなく、読み方がわかっていない部分だ。それでもこれがないと魔法が発動しないということで、文字としては形のまま刻まれることになっている。

 “時と広がりを統べる”、つまり時空を支配するということだから、恐らく神の名前とでもいったものなのだろう。そう考えると、今では失われているが昔は神の名前も知られていたのかもしれない。

 ともかく、俺は文字に間違いが無いことを確認して、魔力を込める。

 木片が薄く緑色に輝き、四角い枠に囲まれた部分が金属の表面、ちょうどアルミニウムのように銀色に鈍く変わる。

 俺は枠に触らないように注意しながら木の板ごと持ち上げる。手元にあった錫製のマグカップを枠の中の部分に落とす。

 板を持った手には、カップの落ちた衝撃が加わることはなく、カップはそのまま板の下から床に落ち、転がっていく。

 成功だ。

 俺がやりたかったことの1つは、あのタロッテの地下で見た転移魔法だった。

 ただ、そこにアレンジが加わっている。あの転移門は、転移する両側に門が無いとだめだった。俺はそれを片側だけで発動させることに成功した。

 板一枚程度の短い距離だし、持続時間も大したことはないが、ともかく俺のやりたいことには合致する。というか、俺以外は必要じゃないだろうな。

 そんな風にちょっと自嘲的に笑って、マグカップを拾う。錫製だったので、落ちたところが衝撃で曲がってしまっているが、まあすぐ手で曲げられるので問題ないだろう。

 あと2つだな。まあ、最後の1つはできれば、っていう程度だから出来なくてもいいが、2つ目のはなるべく早く実現したい。

 俺はとりあえず実験で使った失敗作の魔術文字が刻まれた木片を片付けはじめた。

 片付いたら一度またセリオたちを食事に招待しようか……

 そんなことを考えていたら、突如上が騒がしくなり、しばらくして扉を叩く音が聞こえた。


「何か?」

「船長、不審な船が見えました」


 伝令の船員だった。


「よし、わかったすぐに出る」


 俺は、上着を取り、部屋をちらっと見る。

 残念だが、これが完成しないことにはウラッカ号の力では逃げの一手しか無い。

 まあ、小さい船ならそれが当たり前なんだけど……

 俺は、航路と風向きを思い出しながら扉を開け、ゆっくりと甲板に向かって歩いて行く。

 非常事態こそ船長があたふたしていてはいけない。アリビオ号のガルシア船長に挨拶に行った時に言われたことを思い出していた。


今回の豆知識:


船乗りは魚は食べない、的な話がホーンブロワーなどに出てきますが、これはイギリス海軍の一部の発想らしく、普通に魚釣りをして食べているらしい資料があります。私も塩気の強い硬くなった塩漬け肉よりは美味しいと思います。

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