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俺と狐の二鬼夜行

「のう、そこの御主。ちょいと儂に力を貸してくれんか」



時は平成、場所は九州の山奥。湿気の無い美しい森で、俺は、一匹の雌狐に出遭った。


金色の尻尾をたおやかに振り回し、前足は招き猫のように曲げている。木の上で太い枝に乗っているので、微妙に影になっている。流れるような胴体は、正しく獣。図鑑などに載っているそれより、漫画的な印象を受ける、つぶらな瞳。


紛う事なき――狐。


キツネ


フォックス


お稲荷様


人を化かす、動物。


というか――


「え……おたく、なんで喋ってんの……?」


幻聴ではなく、はっきりと、狐が喋るところを俺は見た。鈴を鳴らしたような、高音のつやのある声。それは確かに、狐が発したものだった。


「ふふん、どうやら儂が何者か気になっとるようじゃな」


そういって狐は笑った。――いや、笑うも何も、狐の笑い顔なんて知らないが。とにかく、嬉しそうな雰囲気で、狐は高らかに宣言する。


威風堂々とした立ち居振る舞いからか、金色の粒子が辺りに飛び散ったようにも見える。そんな、自信満々の宣言。



「儂は、齢一万を超える大妖怪にして、妖狐の女王――九尾の狐じゃ!」



………………。


……………………。


「ダウト」


「なんでじゃ!?」


狐は大声で唾を飛ばしてツッコむ。


俺は呆れて、呆れかえって顔を顰める。


なんというか、表情の豊かな狐だ。まったく顔は動いていないのに、感情だけはありありと伝わってくる。しかし、こともあろうに九尾を名乗るとは、恐れ多い狐だ。中国の古代王朝を一つ潰した大妖が、こんな辺鄙なところにいるはずが無い。


「全部嘘とは言わねーが、どう考えても、猫又程度の低級お化けだろ」


喋るしか能が無さそうだ。


「ぬぅ、天下の九尾様に向かってよくもそんな口を叩けたものじゃ」


尻尾を乱暴に枝に叩きつけて、狐は体勢を丸める。見るからに不機嫌そうだ。こころなしか、頬が膨らんでいるようにも見える。


「というか御主、どうしてそんなに冷静なんじゃ。普通は驚いて逃げ惑うじゃろ。まあ、逃げられても困るのじゃが」


「別に、喋る動物ぐらいなら、今までにも何度か見てきたんだよ。幸か不幸か、俺は陰陽師とやらの家系なんでな」


陰陽師といえば聞こえは良いが、実際は祈祷師みたいなものだ。やれ人形の髪が伸びるだの、やれ心霊写真だのと、気にするまでも無いようなことを気にして、我が家に押しかけてくる臆病者を、それっぽい用語で言い包め、適当な儀式をして金を巻き上げる、ぼろい商売だ。


うちはそんな詐欺みたいなことはしていない、とババアは言い張っていたが、真実だろうと虚偽だろうと、結局は同じだ。祈祷をした、という事実だけを、依頼人は欲しがっているのだから。


「んん?」


狐はずい、と身を乗り出して、俺の顔をまじまじと眺めた。それ以上前に出たら落ちるんじゃないだろうか。むしろ落ちろ。


「ほう、儂はとうにツキに見放されたと思っておったが、くく、存外、運が良い」


前足で口を隠すようにして笑い、狐は木から飛び降りた。五メートルほどの高さだが、そこは流石に動物、くるりと身を翻し、音もなく着地した。近くで見ると、実に見事な体毛だ。リンスでもされているような、潤いのある毛。なんとなく、自慢げな顔をしているのが腹立つ。


「儂は、今までに無いほどの危機に陥っておる」

「危機ぃ? あー猟友会がヒートアップしてるとかそういう話?」

「いや、じゃから違うっちゅーとるじゃろおが!! 九尾なの、きゅ!う!び! 銃で殺されてたまるか!!」

「うるせーよ、中火と強火の間みたいな名前しやがって。エキノコックスが感染るからしゃべるな」

「感染るかい!! こんな可愛らしい儂に寄生虫なんていません〜! なんか妖精的なマンドラゴラ的なのがいるだけです〜!」

「それ、結局人が死ぬことね?」


 まったくもって信用出来ない。チャラ男の娘さんを一生大切にします宣言よりしんようできない。


「まあとにかくじゃ。儂は見ての通り九尾なわけじゃが」

「どこからどう見てもネコ目イヌ科のアカギツネにしか見えねーよ。……さっきから言いたかったんだけどよ、お前、九尾どころか一尾じゃねーか」


喋れなければ、妖怪かどうかも怪しい。いや、妖怪だから怪しくないのか? 怪しいいから妖怪? ……よくわからん。


「じゃから、一尾なのが問題なのじゃ」


一尾なのが問題? 俺は聞きなれない問題点を、頭の中でほぐす。


……いや、駄目だ。魚屋で起こった分量詐欺しか思いつかない。おばさん辺りが鯵が一匹足りないとか騒いでいる光景しか浮かばない。

そんな風に頭を悩ませている俺を見かねたのか、狐はやれやれと言った様子でまた話し始めた。なにその呆れた感じ。むかつく。


「つまりじゃ、儂の九尾のうちの八本が、いつの間にかなくなっておったんじゃ。九尾である儂にすら気付かせぬほど、いつの間にか。じゃから、一緒に取り返してくれ」


「なくなった?」


口ぶりからして、どちらかというと盗られた、とでも言いたそうだが、しかし、そんなことが可能なのか? 


九尾は確かにこの世のどこかに存在している。それは否定しない。だが、九尾は全ての妖怪の頂点だ。そんな化物の中の化物から、尻尾を奪う。それは、中国とインド、そして日本の陰陽師全てを超える、歴史上誰一人として成功させたことの無い――神業だ。更に、正面からぶつかり合ったならともかく、気付かれずに盗むなんて、もう夢物語の域だ。


そして、そんないるかもわからない化物から、尻尾を奪い返せと言う。答えは、考えるまでも無い。


「お前な、冗談にしたってもう少しましなもん考えろよ。本物の九尾に殺されても知らねえぞ? 今すぐ土下座してこい」

「じゃから儂が本物じゃと言っておろうが!」

「あーわかったわかった、謝ってあげるから、お母さんも一緒に謝ってあげるから。だから、な? 意地張るのはよそうぜ。きっと九ちゃんも許してくれるって」

「お母さん!? しかも九ちゃんってなんじゃ! ちょっと可愛いじゃろうが!」


長い犬歯を光らせながら、狐は騒ぐ。見れば見るほど、九尾だとは思えない。威厳も年の功も、まったく見受けることが出来ない。


「あきらめろコンちゃん。お前は九尾にはなれないよ。精々島根県あたりのゆるキャラになるぐらいさ」

「なんで島根なんじゃ! ちょう地味じゃろうが! せめて北海道にせんか!」

「北海道はだめだ。まんべくんがいるから」

「なんでそんな道民しか知らんようなキャラを知っておるんじゃ!?」


いや、お前がゆるキャラとか知ってることのほうが驚きだ。このなんちゃって女子高生妖怪め。――因みに、まんべくんは長万部出身だからまんべくん。噂によるとツイッターとかやってるらしい。ほたてなう、みたいな。


「ふん、まあええわい。どっちにしろ、儂に遭ってしまった時点で、御主は巻き込まれておる」

「ああ? そりゃどういう――」


詰め寄ろうとしたその時――じゃり、と後ろから音がした。


次いで、どすん、という鈍い音。間違いない、後ろになにかがいる。それも、とんでもなく大きな何かが。大気の揺らぎとも呼べる、包み込むような威圧感が、背中を撫で上げる。


狐が、見上げる。俺の背中のなにかを――見上げる。


そして、笑う。幾星霜の時を感じさせる、凄惨な笑みで。



「さあ、振り向け、覚悟を決めろ。これが御主の、最初の仕事じゃ」



――風切音。――地の底から響くような咆哮。そして、聞いたことも無いような爆発音。俺の後方から、十メートルはあろうかという大木が、高速で吹っ飛んできた。大木は、他の樹木をなぎ倒し、砂埃を立てる。


「ん――な! なにィィいいいいいいいいいいい!!」


慌てて振り向くと、丸太のような棍棒が俺の頭を目掛けて振り下ろされるのが見えた。


「ぐっ!」


考えるよりも先に、俺の身体は大きく横に飛び跳ねていた。一瞬遅れて、棍棒が地面にクレーターを作り出す。飛び散った土が、炸裂弾のように木々にぶつかり、葉っぱが無数に落ちてくる。視界が緑に覆われ、鬼の姿が一層際立つ。

急速に高鳴る鼓動の音を聞きながら、俺は息を呑んだ。

一本の角。

巻き毛の頭髪。

彫刻のような頑強な筋肉。

三メートルは悠に超える体長。

焦点のない、血走った鋭く紅い瞳。

そして、絵本でよく見る――虎縞の腰布。


「鬼……か」


伝承や物語なんかでよくみる鬼、そのままの姿でそいつは森の中で佇んでいた。動作がゆっくりとしているのは、いつでも殺せるという自信からか。威風堂々とした立ち姿に、思わず足が震える。重く巨大な石の塊があるような、凄まじいプレッシャーだ。


「ふむ、牛頭鬼――じゃな。地獄の獄卒にして、殺害中毒の筋肉馬鹿じゃ。なんでも、出遭った生き物はことごとく殺すらしいぞ」

「――っ、暢気に説明してんじゃねーよコノヤロー! なに? あんな化物と闘えってか? 死ぬわ! ミンチになって美味しく頂かれるわ!」

「御主こそ、暢気にくっちゃべっとる場合か?」


狐が前足で指差した方向を見ると、鬼が二発目を放とうと振りかぶっているところだった。明らかに筋肉が隆起しており、下半身はミサイルの発射台のように感じる。

リーチと攻撃範囲が人間とは段違いなのをいいことに、防御もコントロールも考えずに思い切り振れる。なんとも厄介だ。


「くそっ!」


横薙ぎに、力任せに振われた棍棒は、しゃがんだ俺の背中をぎりぎり掠めていき、草刈りでもするよう、にあたりの木々を一掃した。工事現場の鉄球を振り回したって、これほどの破壊は見ることができないだろう。刀で切られたように、切断面の上下は動いていない。喰らえば、人間などミンチどころか消し飛ぶだろう。


振り切られた腕を戻すようにして、返しの一撃が目の前を掠める。踏み込んできたのか、間合いがさらに伸びている。風圧で前髪が泳ぎ、空気が焦げる臭いが鼻を突く。木で威力と速度が遮断される分、地の利は俺にある。けれど、基本的な能力が、人間と鬼では違いすぎる。


懐に飛び込めば、何発か殴ることは出来そうだが、あの強靭な筋肉の鎧は銃弾でも貫けない。拳のほうがおしゃかになってしまう。


「くっくっく、どうしたどうした、呪符は使わんのか、九字は唱えんのか」


狐はいつの間にか木の上に昇っており、文字通り高みの見物を決め込んでいた。


「うわ、なにこいつ超殴りたいんですけど! 俺は山にきのこ採りに来てたんだよ! 札なんて持ってきてるわけねえだろうが! そもそも、俺の流儀じゃねえんだよ!」


呪文なんて唱えている暇は無い、攻撃できる道具も無い、あるものといったら、郵便物ぐらいのものだ。手紙でどう攻撃しろと。

懐を探っている間に、また棍棒が振るわれる。

振ってから再度担ぎ上げることはなく、鬼は手首を返して何度でも振り回す。子供の喧嘩のようだが、型にはまっている分、随分始末が悪い。


リズムがついたのか、どんどん連打が速くなる。捕まるのも時間の問題だ。

俺は一度大きくバックステップし、距離をとる。速くなったとは言え大振りなので、離れてしまえばそれほど恐怖は無い。とはいえ、相手も機械のように留まってはくれない。気を抜けば、直ぐに距離を詰められてあの世いきだ。

上着を脱ぎ捨て、靴を捨て去る。熱くなっている頭を冷やし、もう一度後方へ跳ぶ。


「おい、狐」


視線は動かさず、声を飛ばす。


「なんじゃ」


「もうテメーが九尾だろうとそうじゃなかろうと――関係ねえ」 拳を鳴らし、地面に叩きつける。 「こいつぶっ倒したら、お前を絶対泣かす!」


何が面白かったのか、狐はにやりと笑い、鼻で鬼を指した。

鬼は地面を揺らしながら走ってくる。

俺は敢えて目を切り、土に埋め込んだ手に神経を集中させる。


――集中しろ

――精神を研ぎ澄ませ

――できなきゃ、死ぬぞ


一気に頭が重くなり、細胞がはじける。久しぶりの感覚に、意識が飛びそうになる。踏ん張り、開いていた掌を、思い切り握りしめる――



「――掌握する!」



叫ぶと同時、鉄骨が落下したような金属音が葉を揺らす。


棍棒は寸分の狂いもなく、俺の頭部に炸裂した。余りの威力に、棍棒は形を保てず折れ曲がる。


ぱらぱらと、破片が地面に落ちていき、俺は倒れこんだ。狐が大声を上げて、息を止めるのが聞こえる。自分で巻き込んだくせに、心配だけはしてくれたようだ。


まあ、もはや心配はいらないが。


「ご、げえあ……」


腹を空かせた金魚のように口を開けた鬼が、膝を付く。巨体はゆっくりと前のめりに倒れこむ。


そして――


「ご、ふ、がああああああああああああ!!」


どん、と、花火のような音が鳴り響き、鬼は紙くずのように吹き飛んだ。


腹は空洞になり、口からは涎と血を撒き散らせて、既に絶命した鬼は森を荒らしていく。木を押し倒しながら、見えなくなるほどまで飛んでいってようやく、鬼は静かな眠りに付いた。まるで、森という草原に、大きな獣道が出来たかのようだ。


俺は吐き気をこらえながら身体を起こし、傍にあった木に寄りかかる。


「おぇぇ……あ、あんの野郎、でかい音立てやがって。鼓膜が破れるかと思ったぞ、くそったれ」


棍棒の衝撃音で、頭を揺らされてしまった。視界が曲がっているようにも思える。歪んだ視界のなか、荒れた道を狐が走ってくるのが見える。


「お、御主、一体なにをしたんじゃ……!」


せわしなく俺と遠くの鬼を交互に見て、狐は目をぱちくりとさせた。


俺は軽くえずいて、息を吐く。そして、狐の目を見て言う。


「――だるいから説明したくない」


「このっ!」


「げふっ」


尻尾で殴られた。すげえ痛い。くそ、この狐野郎。後で絶対殴る。


「はぁ、まあいい。説明してやるよ。……俺は、陰陽師だが、生憎由緒正しいお家柄ってわけじゃない。平安時代より前に、朝廷に楯突いて歴史から消えた、分家にも劣る本家だ」


溜め息をつき、頭を振る。まだくらくらする。


「当時の陰陽師は、揃って仏の力を使って闘っていた。どちらかというと、仏教の戦闘部隊みたいなもんだ。仏に祈り、力を借りた。だけど、俺の先祖は違った。陰陽五行を守り、自然を味方にしていた。自然と契約し、自然を掌握した」


それ故に、多くの陰陽師に煙たがられ、最終的には消されることになったわけだ。世知辛いとは思うが、同情しようとも思えない。


天皇に直談判しようとした馬鹿先祖だ。消えたほうが歴史にとって有益だっただろう。


「それが、今俺が使った技の正体だ。なんのこともねー、ただ単に、土を操って攻撃を防ぎ、風を集約させて台風のように放った。それだけのこった。靴を脱いだのは、肌が出てる方がやりやすいから」


「……信じがたい話じゃな」


「まあ、ここ何百年は使用者がいなかったからな。時代は戦闘より祈祷が主流になったし、いつまでも陰陽師として落ちぶれてるわけにもいかねーから、お馴染みの呪文とお札を使うお坊さんになったってわけだ」


因みに俺は、壊滅的に呪術の才能が無かったから、仕方なく現代日本では意味の無い戦闘技術を身につけた。おかげで今日は助かったが。


「ふむぅ」


狐は難しい顔をしてなにやら考え込んでいたが、俺は気にせずに立ち上がり、服に付いた砂を払った。脱いだ服と靴も拾わなければならない。というか、何故俺はいつのまにか完璧に巻きこまれているんだ。なんか秘術の説明までしちまったし。まあ隠そうが明らかにしようが、真似できるものじゃないが。しかし、いい加減潮時だろう。いや、引き時か。


「んじゃ、俺はもう帰るぜ。用事も済んでるし、長居する必要はねーからな」


狐に背を向けて、俺は歩き出す。突発的に筋肉を使ったせいで、筋が痛んでいる。早いとこ、下山したい。


「む、そうか。確かにそろそろ日も暮れるしの」


狐がなにやら言っているが、無視して歩いていく。道なりに歩いていって、街まで三時間といったところか。


日帰りの予定だったが、ビジネスホテルにでも泊まることにしよう。疲れてしまって新幹線に乗りたくない。ゆっくり休みたい。

いや、けど帰るのが遅れたら、ババアにどやされる可能性もある。そうしたら余計疲れることに。玲に頼み込んで、適当に言い訳してもらうべきか?

むしろどうあがいても絶望な感じになりそうだが、ホテルの誘惑も凄まじい。あー、どうすっかな。


「儂はビジネスホテルより、大浴場つきの旅館を希望するがの」


「……」


「やっぱり九州といえば温泉じゃ。足湯もいいのう。美肌効果は見逃せん」


立ち止まり、振り向く。


「……お前、なんでいんの?」


「………………ん?」


「オラァ!」


「ぎゃふん!」


いい感じに叩き易い位置にある脳天に、思い切りチョップする。


「な、なにするんじゃ!」


「なんか、え? 何言ってるのこの人? ……みたいな首の傾げ方がとてもイラっときた」


「なんじゃ御主、儂を置いていくつもりじゃったのか!?」


「いや、だって化物とか正直闘うとかだるい。俺は出来ればソファと一体化して、究極のダラクゼーションを開発したい」


「新しい妖怪にでもなりそうな駄目人間っぷりじゃな……」


なるとしたら、暇虫入道、みたいな名前になるんだろうか。今の日本の現状を鑑みるに、その妖怪はすでに存在してそうだが。


俺が現代日本の現状に憂っていると、狐は一鳴きして、尻尾を振る。


「まあしかし、どっちにしろ、御主は儂に遭ってしもうた。そして、儂を助けてしもうた」


狐の言葉に、俺は背筋が寒くなるのを感じた。意味を理解し、目じりが震える。どうやら、俺は甘かったらしい。


流石は一万歳の老獪だ、完璧にはめられてしまった。


「これから、弱体化した九尾を討とうとする妖怪が、山ほどくるじゃろう。そやつらは、儂を助けた御主を、敵と認識したはずじゃ。ついでに言えば、儂は御主が何と言おうと、御主に付きまとう」


それは、つまり。


俺が、妖怪に命を狙われるということに、他ならない。


「この、狐野郎……っ!」


歯軋りし、口端を苦く吊り上げて、俺は恨みがましく狐を睨む。


だが、狐は楽しそうに、傍若無人に笑みを浮かべた。愉快そうに、嬉しそうに――笑うだけ。



「くっくっく、知らんかったのか? 妖怪は――人に迷惑をかけることが仕事じゃぞ?」





――そんなこんなで、”一人と一匹の尻尾を取り返す物語。はじまり、はじまり。”













今回のエピローグ




「ところで狐」


山を下りながら、隣の狐に声を掛ける。


「なんじゃい」


相変わらずの、口調に似合わぬ高い声で、狐は返す。


「お前さん、完全に妖術は使えなくなってんのか? 喋れるところを見ると、完全にただの狐に戻っちまったってわけでも無さそうだが」


「ふむ、そういえば試したこともなかったの」


得心いった様子で、狐は鼻を鳴らす。


「出来れば人間の姿で居てくれ。狐引き連れてチェックインとか、動物愛護団体も苦笑いだろ」


「姿を消すことも出来んしのう……。そんじゃ、いっちょやってみるとしよう」


「葉っぱを頭に乗せるべきか?」


どっちかというと狸っぽいが。


「阿呆。九尾の狐様はそんな儀式など不要じゃ。見ておれ」


自尊心を傷つけられたのか、狐はあっちいけと追い払うように前足を振り、足を止めた。そして、渋い顔で唸りだす。


「む、むむむむむぅぅ~~…………変化っ!」


狐が叫んだ途端、全身が金色の光に包み込まれ、シルエットが見る見る変化していく。俺は目を見開き、変化を見守る。

猿の進化を早送りで見るように、四足歩行から二足歩行へと、頭の位置が徐々に上がっていく。

身体から体毛が失われていき、代わりにワンピースのような服が出来上がる。

丸っこい手は、白くほっそりとした人間の手になり、足にはサンダルまで履かれていた。


赤ん坊のようだったそれは、どんどん成長し、だんだん人間に近づき――


そして、光が消えた時、そこには見事に変身した――


「………………」


「おおっ、成功じゃっ。どこからどうみても人間にしか見えん」


――金髪の可愛らしい幼女が、いた。


・ 






「チェェェェンジッ!!」


「なんでじゃァァァああああああああああ!?」


「狐よりむしろ危ねえだろうがァァあああああああ!!」








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