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ゆる~らぶ  作者: 一 一 
二章 大会 ~高校一年生・一学期~夏休み~
91/92

早苗の一 キレイな男の子


 ミト先輩視点です。


 うちは、自分でいうのもなんだけど、小さいころから(さか)しい子どもだった。


 物心つく前から色んなものを観察し、学んで、情報を知識として蓄えていったそうだ。


 絵本の読み聞かせとか、他人の会話で言葉を覚えたのも早かったらしい。


 中でも、一番の『観察対象』だったのが、『人間』だ。


 両親、近所の大人、すれ違う大人、うちより年上の子ども、うちと同じくらいの子ども、うちより小さかった子ども。


 目に付く人を誰彼構わず『観察対象』とし、じっと、その人を見ることが常だった。


 きっかけはわからない。


 子どものころとはいえ、うちのことだから、その時々で表情を変える人間の不安定さや不完全さに面白みを感じ、好奇心を刺激されたのだろう。


 そんなことを幼いころから繰り返していたせいか。


 うちはいつの間にか、『人間』の『裏』というか、隠している本質というか、そういうものが直感的にわかるようになっていた。


「おとうさん? どうしてきょうはおどおどしてるの?」


「はっ!? さ、早苗、一体何を?」


 ゴルフを趣味に持つ父親が、衝動買いで高級クラブセットを購入した日にうちが問いかけると、父親はすごく焦って動揺した。


 そのせいで衝動買いがばれ、母親にとても怒られていたのは印象深い。


「おかあさん? きょうはいつもよりたのしそうだね?」


「へっ!? い、いやだわこの子ったら!!」


 保育園に若くて格好いい男の先生がいて、ひそかに好意を寄せていたらしい母親が、うちの迎えに来た時に聞いてみた。


 その場は父親もおらず、母親はうちがませてきただけ、ということで誤魔化(ごまか)していた。


「おじさん? あまりわるいことしたら、けいさつのひとにつかまっちゃうよ?」


「なっ、なにをいいだすんだ、お嬢ちゃん!!」


 公園で話しかけてきたおじさんに教えてあげると、目を丸くしてうちを怒鳴りつけた。周囲の大人たちの視線が集まったため、おじさんはさっさと逃げてしまった。


 数日後、女児誘拐と監禁、児童ポルノ禁止条例違反で、そのおじさんの顔が全国のニュースに()った。


「おばさん? すきなひとはひとりじゃなきゃだめだよ?」


「はぁ? いきなり何言ってんのよ、このガキ!?」


 母親と出かけた時、すれ違ったおばさんに声をかけたら、凄い顔をして怒られた。母親はひたすら平謝りしていたが、うちには不思議で仕方なかった。


 数週間後、五股が発覚した痴情(ちじょう)のもつれにより、おばさんは遺体となって発見された。年齢は30代前半。今思えば、おばさんはひどかったかもしれない。


 などなど、うちはことあるごとに他人の隠し事を瞬時に看破(かんぱ)していき、関わった人は大なり小なり不幸な目に()っていった。


 そのすべてが当人たちの自業自得なんだけど、うちが大勢の前で暴露することがきっかけになったのは間違いない。


 まだ小学生にもならない子どものいうことであり、一度や二度なら偶然で済んだだろう。


 でも、うちが何度も同じことを起こすと、両親は次第にうちのことを不気味がるようになった。


 不安が強くなった両親に、キツネ()きとか悪魔憑き扱いされて、お寺や教会につれていかれたこともある。


 連れていかれた先のお坊さんや神父さんも、中身が煩悩(ぼんのう)と私欲にまみれていたから指摘してあげると、門前払いをくらった。


 次に心の病を疑ったらしい両親に、小児科や精神科の病院にも連れていかれた。


 でも、看護師さんとの不倫にのめりこむ小児科医や、陰で患者さんの身の上話をネタにしてホステスに(みつ)ぎまくる精神科医に、()てもらうことは何もなかった。


 色々手段を講じようとしたみたいだけど、両親は最終的にうちを諦めたらしい。


 それからというもの、うちは両親の理解の及ばない、妖怪みたいな扱いしかされなくなった。


 本来は子ども好きの普通な両親だったけど、うちのせいで子どもに強い苦手意識を持つようになっていた。


 何より、うちを見る目が(おび)えで染まり、うちを心の底から恐怖するようになった。


 うちに関わった人の中で、一番目に見えた被害が少なかったのは両親だったけど、一生消えない心の傷を負わせてしまっていたようだった。


 加害者であったうちはというと、たった一言で感情が変わっていく『人間』のことが、全然理解できなかった。


 だって、うちにとって、人間の『裏』の部分は『裏』じゃなかったから。


 些細(ささい)な行動や仕草に現れる程度の、常に『表』に出ている感情の延長線上でしかなかったから。


 それを尋ねただけで、どうしてここまでうちを怖がっているのか?


 みんなも見えていることを聞いてみただけで、どうしてここまで動揺しているのか?


 うちはまだ、異常すぎる洞察力が特別なものだなんて知らなかったから、ただただ、不思議だった。


 だから、小学生になっても、うちは人の『裏』を『表』に(さら)け出していった。


 まだうちは、自分が特別なことをしている自覚がなく、『人間』を傷つけていた。


 だから、両親たちと同じような目を、学校の中でも向けられるようになったのは、自然な流れだったんだろう。


 普通は孤立すればいじめられるんだろうけど、うちの場合はまさに『触らぬ神に(たた)りなし』といった状態で、誰も関わろうとしなかった。


 いつも遠巻きにされて、ひそひそと陰口をたたかれ、敬遠される。


 事ここに至って、ようやくうちは自分の行動が普通ではないことを悟った。


 でも、気づくのが遅すぎた。


『心を読まれる不気味な子ども』として有名になりすぎたうちは、どこにいても孤独だった。


 さらに、うちは孤独が苦ではなかったことも、余計に事態を悪化させていった。


 誰かと話をしなくても、たくさん『観察対象(にんげん)』がいるこの世界に、飽きることがなかったからだ。


 街中ですれ違う人、テレビの中の人、ラジオやコマーシャルなんかの声だけの人。


 うちは色んな『人間』の情報を蓄積させ続け、九割以上の正確さで人の『裏』を理解することが出来るようになっていた。


 代償に、うちの周りにはどんどん人がいなくなっていって、孤立はひどくなる一方だった。


 そんな生活が数年続いた時。


 うちは一人の女の子と出会った。


「やっほーいっ!!」


「あ、こら! 授業中に騒がないで!」


 小学校三年生のころ。


 クラス替えで同じクラスになった、『渡辺真愛(まな)』という子。


 その子はとても自由奔放で、授業中でもお構いなしに走り回り、じっとしていることがない。


 うちや他の子と比べても落ち着きがなく、勉強なんかはほとんどできていないようだ。


 いつでもどこでも気ままに騒いで暴れ、担任やクラスの子たちもほとほと困っているようだった。


 でも、うちはその子を見るのが好きだった。


 全然、『裏』がなかったから。


 老若男女問わずある、『人間』が隠したがるような後ろ暗い部分が、これっぽっちも見当たらなかったから。


 あの子を見るのは、とても安心した。


 そう思ってしまうほどには、うちは人間の『裏』を見すぎてしまっていた。


 そして、自分でいうのもなんだけど、うちは頭がよかったのだろう。


 うちの社会適応能力はすでに絶望的で、当時のままのうちがどう頑張っても『人間』に馴染めないだろうことを、理解していた。


 感情の種類を理解できても、感情の本質を理解できないうちじゃ、『人間』と打ち解けることが無理だとも、理解していた。


 相互理解を諦め、一方的な情報収集で満足してしまっていたうちには、『人間』になれないことも、理解していた。


 会話を放棄し、感情を知らず、『人間』になれないうちが、それでも『人間』の中に紛れ込めていたのは、『人間』を観察し続けていたからだった。


 客観的な視点で『人間』を観察し、うちへの反応や他人同士のやり取りを知っていく内に、うちがずっと悪いことをしていたんだ、という自覚が芽生えた。


 うちによく向けられる感情である、怒り、悲しみ、憎しみ、恐怖が、『人間』を不快にさせるものだということもわかった。


 そうした感情を誘発させる原因が、うちの言葉だったのだということも、わかってしまった。


 だからだろうか。うちはもう、誰とも話をするようなこともなく、言葉を忘れたように日々を過ごしていた。


 誰もうちに話しかける『人間』はいなかったから、自然とそうなったのもあるけれど、改善しようともしなかったのはうちの意志だ。


 その子とは正反対で、うちは置物のように静かで、感情も一切表出していなかった。


 周囲の子たちから『人形』と呼ばれるくらいには、何もしていなかった子どもだったと思う。


 そんなうちとは正反対な、とても行動的で天真爛漫なその子を、うちにはとても(まぶ)しく見えた。


 うちとは違う方向性で周囲と馴染めてはいなかったけれど、うちにはないものを持っているその子が(うらや)ましく思えた。


「うっほほ~い!!」


「ああっ! こら! 隣の子の筆箱を倒しちゃダメでしょ!!」


 それからというもの、うちの『観察対象』の中心はその子になっていった。


 見ていてほっとするのが半分、その子の活発さを理解し、少しでも模倣できないかと考えたのが半分だ。


 孤独は嫌いではなかったけれど、『人間』が孤独のまま生きていくことができないことは理解していた。


 だから、少しでも社会に紛れ込むような努力をするようになった。


 ……今になって思えば、もっといい見本があったと思うけれど。


 学年が変わり、クラスが別になり、観察する機会が減っても、見かける(たび)にうちはその子の姿を追っていた。


『え~っとね~、うちは好きだよ~? 君のこと~』


 後は、テレビドラマをよく見るようになった。


 最初は役者そのものの『裏』を知るために見続けていたけど、その時からは役そのものに注目して、『人間』に『擬態』するすべを模索していた。


 よく見ていたのが、『愛川純』という女優さんが出演するドラマだった。


 うちが生まれる前から人気が高い人だったらしく、社会生活を送るための教材としては適任だと思ったからだ。


 それに、個人的にもこの人には興味があった。


 うちにとっては珍しく、『裏』がわからない人だったからだ。


 直接会えば違うのかもしれないけど、テレビ越しの『愛川純』は、『裏』が変わる。


 多分、演じている配役のキャラクターによって、自分の内面をがらっと作り変えていたからだろう。


 役柄が関係ない『愛川純』の『裏』が、うちにはさっぱりわからなかった。


 だから、『渡辺真愛』とは違う好奇心で『観察対象』になっていた。


 ドラマ自体のストーリーも面白いものが多く、中でも語尾が必ず間延びしている独特なキャラクターを演じていた『愛川純』が好きだった。


 色んな『裏』を使い分ける『愛川純』が、うちの知る限り唯一、『裏』をまっさらにした役だったから。


 計算のように見えて、実は何も考えていない。ふわふわとした雰囲気は周りを和ませ、敵なんか知らないまま生きてきた、『渡辺真愛』とは違う純粋さ。


 それがうちの心に強く残り、無性にあこがれたのを覚えている。


「うちは~、こわくないよ~?」


 小学校の高学年は、両親から与えられていた個室で、一人、鏡の前で『愛川純』の真似をしていた。


 残念ながら役名までは覚えていなかったが、うちにとっての『愛川純』は間延びしたあの人しかいなかったから、それでいい。


 うちは『人間』の名前を記号としか思えなかったから、そもそも覚えることが難しい。


 それでも、うちは特別な『観察対象』だった『人間』の名前を二人も覚えることが出来た。


 うちにとっては、大きな進歩だと言えた。


「うちは~、人間だよ~?」


 バカみたいに見える真剣なことを、毎日のように繰り返した。


 見た目も『愛川純』に近づけるため、髪を伸ばしてみた。


『愛川純』はストレートだったけど、うちはくせ毛だったので自然とパーマがかかったようになってしまった。


 ドラマの中の『愛川純』は運動神経もよかったから、体を動かすようにもなった。


 体が成長していく内に、『愛川純』以上に胸が育ってしまったのは予想できなかった。


 がちがちに固まってしまった表情筋を、手のひらでごしごしマッサージしてみた。


 効果は抜群だったけど、抜群すぎて普段からニコニコ顔になってしまったのは加減を間違えたと思っている。


 失敗や想定外に見舞われながらも、うちは『愛川純』を見本に、『人間』社会に紛れるための『擬態』を学んでいった。


「おはよ~」


 そうした努力もあり、うちは中学生になるころには、孤独からは抜け出すことが出来るようになっていた。


 小学校からの同級生とは疎遠なままだったけど、中学からの知り合いとは事務的な交流ができるまでに改善されたのだ。


 おかげで、中学校時代は特に問題もなく過ごすことが出来た。


 転機は、高校生になってから。


「たっのもぉ~!!」


 学力だけだったら煌院(こういん)学園にも入れた、と中学校の担任に言われていたが、特に興味がなかったうちは地元の公立高校に進学した。


 そして、偶然にも『渡辺真愛』と同じクラスになり、また自然と姿を目で追うようになっていた時。


 部活必修だった桂西高校で、『渡辺真愛』が選んだ部活は、演劇部だった。


「ん? 何? 君も入部希望者?」


「え~と~、まあ~、そんなところですかね~?」


『渡辺真愛』が部室に入っていくのを確認し、続けて部室に顔を(のぞ)かせたら、先輩に目ざとく見つけられてしまった。


 それから、『擬態』の練習が演劇に通じていた部分があり、基礎はできてるからとあれよあれよという間に入部が決まり、うちも演劇部の正規部員にさせられてしまった。


 もしかしたら、やる気だけで入部できた『渡辺真愛』という『観察対象』がいなかったら、無視してたかもしれない。


 でも、結果的に演劇部はうちにとって都合がよかった。


 配役という架空の人物ではあるものの、数多くの『擬態』の教材に触れ、実践しても変に思われることがない。


 何より、無理やりにでも『人間』と接する機会があるのは、後々にいい経験となる。


 そうした理由で、興味のなかった部活が、社会勉強の意味合いが強くなり、メリットと思うことができた。


「はっ! はっ! はっ!」


「あれ~? キョウジ君~、もうダウン~?」


「っ! うっせぇ、ミト!!」


 とはいえ、『人間』に馴染めないうちが、集団の中で浮くのは必然だ。演劇部でも同じで、人間関係でこじれることもあった。最初が、キョウジ君だ。


 ただ、嫌われるのに慣れていたのもあったけど、部活で出会ったキョウジ君の嫌悪が、両親や同級生の恐怖とは違う気がしたから、放置してもいいと思った。


 キョウジ君自体、攻撃的な気性が『表』も『裏』も変わらない『人間』だったから、うちからすれば実はそこまで嫌いじゃない。


 目の(かたき)にされてるのは理解してるから、深くかかわろうとは思わないけど。


「ミト。あんまキョウジを(あお)ってやらないでくれないかい?」


「う~ん、気をつけてるんだけどね~? 相性が悪いんじゃないかな~?」


「あ~、……そういわれれば、そんな気もするね」


 キョウジ君とセットでよく(から)まれるのは、トウコちゃんだ。


 この子の『裏』はとっても真面目な優等生で、『表』がうちの『愛川純』の模倣のように作ったものだとすぐにわかった。


 自分本来の『表』の気質を『裏』に回している、とても珍しいタイプだ。とはいえ、キョウジ君と似ていい子には変わりないから、トウコちゃんも嫌いじゃない。


 影響の大本は、キョウジ君なんだろう。キョウジ君の近くにいるために、強気でいることが求められたんじゃないかな? 愛されてるな~。


「う~ん、演技は上手いんだけど、なんかこう、先輩も言ってたように、なんか足りない気がする……」


「失礼ですね~、ミィコ部長~? どうせなら~、そう思う根拠も教えてくださいよ~?」


「む~、それがわかれば苦労しないんだけどなぁ~……」


 演劇部の活動でよく衝突したのが、二学期以降に部長となったミィコ先輩。


 当初から演技指導をしていた先輩たちに言われていた、『足りない部分』をうちに感じていたようで、よく話し合うことが多かった。


 そんなミィコ部長の『裏』は、かなり刹那主義の愉快犯だ。深く物事を考えず、勢いや思いつきだけで行動し、今まで大きな失敗がなく、反省も少ない。


『表』のしっかり者なイメージは完全な演技で、先輩たちを真似してるだけ。部活以外では、人によって自分の見せ方を変えているらしく、器用な人だとは思う。


「技術力は満点だね。体力もあるし、意欲も高い」


「……ありがとうございます~」


「でも、足りないと言われるものがある。それは、自分で気づいた方がいいのかもね」


 いつもミィコ部長の援護射撃を行ってきたのが、ターヤ先輩。部長がああなったのは、いつもこの人がフォローしてきたからだと思う。うちが一番苦手な人だ。


 何せ、この人は『表』と『裏』がぐちゃぐちゃに混ざり合ってて、本質が全くわからない。女優の『愛川純』とは違う、うちが『裏』を見抜けないレアケースの中でも異質なあり方だ。


 ターヤ先輩はそんな状態を意識的に行っている。それくらい、頭がいいのはよくわかった。


 うちがこの人を苦手なのは、打算で本質を()じ曲げたあり方が、うちに似ていると思ったから。


 うちは空っぽな『裏』を取り(つくろ)うために『表』と『裏』を作り、この人は元々の『裏』を『表』と混ぜたという違いはあるけど、自分の『裏』を理解して改変させたという意味では一緒だ。


 似たことをしたからこそ、本能がこの人を受け入れられない。まるで自分の違う姿を鏡で見せられているようで、気持ちが悪い。同族嫌悪と呼ぶに相応しい相手だ。


 そんなメンバーと一年を過ごし、うちも学年が上がって後輩ができた。


 演劇部のメンバーも増え、卒業した先輩に変わって、また部室が騒がしくなった。


「中学二年生くらいから演劇をやってました! 長谷部(はせべ)恵理(えり)です! よろしくお願いします!」


「元気だね~。あだ名は~、ハーリーちゃんだっけ~? よろしくね~」


「はいっ、ミト先輩!」


 最初の新入部員が、ハーリーちゃん。トウコちゃんの『裏』に似た真面目な子で、演劇がとても好きなことが伝わってくる。


 でも、この子の『裏』はちょっと変。ものすごく無気力で怠惰な部分と、『表』に現れた気質の源だろうポジティブな部分とが、ちょうど半分半分で同居していた。


 この子も、めったに見ないケースだといえる。


 ターヤ先輩のように『裏』を操作したんじゃなく、外的要因で『裏』が変質した、って感じ? 多分、過去に自分の価値観ががらっと変わるような『何か』に出会って、影響された結果、かな?


 それでもなお、生来の『裏』が残っているんだから、『人間』の『裏』の根深さがわかる。


 もしかしたら、ちょっとしたきっかけがあれば、この子の『裏』も無気力に反転するかもしれない。それはそれで、少し興味深い。


「改めまして、柏木晃こと、オウジです」


「よろしく~」


「ミトさん、でしたね。よろしくお願いします」


 変わっていると言えば、新しく転入して来たらしいオウジ君もそうだ。まあ、ハーリーちゃんみたいに純粋な面白さはなく、ただただ気持ち悪いだけだけど。


 何せ、オウジ君の『裏』は、カリンちゃんですべて埋め尽くされていたんだ。


 自分の存在意義や、心の()り所を余すことなくカリンちゃんに依存していて、濃密でどす黒くて吐き気がするような『裏』だった。


 こんな狂った人格形成に至った経緯は面白そうだけど、ここまで欲望に忠実な『人間』らしさと、(いびつ)な価値観が混在しているとなると、うちはまったく関わりあいたいとは思えない。


 多少は頭が回るおかげか、『裏』を隠す『表』の顔はそこそこ頑丈で優秀みたい。


 己の異常性を極力隠しているようだけど、カリンちゃんが関わるとすぐにぼろが出ているから、そこは甘いと言わざるを得ない。


「見学時にカリンとあだ名をつけられていました、柏木凛です。演劇は全くの未経験ですので、ご指導ご鞭撻(べんたつ)のほど、よろしくお願い致します」


「固いね~。もっと肩の力を抜いてもいいんだよ~?」


「はい。お気遣いありがとうございます」


 また、気持ち悪いのは兄妹そろって同じだった。初めて会った時から、うちはカリンちゃんが生理的に受け付けないところがあった。


 だって、カリンちゃんの『裏』は生まれたての赤ちゃんがそのまま成長したかのように、濁りが全くなかったから。


 一切の不純物を含まない、無色透明で、いっそ純粋すぎるほど無垢(むく)だった。このあり方は、オウジ君とは真逆だ。


 オウジ君はカリンちゃんにすべてを捧げていて、カリンちゃんは外的要因すべてから独立している。


 そうでないと、これほどまでに潔癖すぎる『裏』が作れるはずがない。言うなれば、『人間』らしくない歪さがあった。


 ただ、不純物がなさ過ぎる『裏』が気持ち悪いと思ったのもあるけど、うちが一番気に入らないのが、うちの一番の『観察対象』を見る時だけ、カリンちゃんの『裏』が大きく変化するからなのかもしれない。


「え~と、何だかよくわからないまま入部した、相馬蓮と言います。よろしくお願いします」


 それが『相馬蓮』君。あだ名は、レンマ君。うちがすっと名前を覚えることができた、三人目の『人間』で、特別な『観察対象』。


 この子の『裏』は、一言でいえば『キレイ』だった。カリンちゃんのような(かたく)なな透明感とは違う、『愛川純』に見たようなうちにとっての理想形が、レンマ君にはあったんだ。


 たとえるなら、ホワイトボード? 真っ白なそこにはいくらでも書き込めるけど、簡単にすべてを削除することが出来る。


 八方美人な『人間』に多い『裏』の特徴だけど、レンマ君はそれを突き抜けていた。


 簡単に染まるのに、簡単に元に戻れる。結果的に大勢に嫌われても、特定の誰かにすぐに合わせて好かれることが出来る。


『人間』になれないうちが、『人間』社会に紛れる手段として求める、まるでお手本のような『裏』だった。


「うちは斎藤(さいとう)早苗(さなえ)~。あだ名はミトっていうんだよ~。んとね~、スリーサイズはね~……」


「ちょっ!? 何言い出してんのミトちゃん!?」


「ストップ! ミト先輩ストーップ!!」


 思えば、一目ぼれ、という感覚に近かったのかもしれない。


 すぐにレンマ君に()かれたうちは、仲良くなりたいと思って自己紹介したけど、途中で止められてしまった。


 おかしいな? 秘密の共有が、『人間』の関係をより親密にする手段、だよね? それがより、その他の『人間』に知られてはまずい(らしい)ことであれば、余計に仲は深まる、はず?


 でも、ミィコ部長はともかく、レンマ君にも止められちゃったから、何か間違えたのかな? よくわからない。


「いっちに~、いっちに~、がんばって~」


「はあっ! へあっ! ふああぁぁ!!」


 それからというもの、会う機会が部活しかないから、レンマ君に積極的に構っていった。


 ランニングや筋トレの補助とか、暇さえあればレンマ君の近くにいるようにした。『キレイ』な『裏』を近くで見たかったし、ここまで『人間』に興味を持てた自分にも、興味があったから。


 レンマ君も男の子だし、喜んでくれるかな? と思って筋トレの時にわざと胸を押し付けてみた。


 最初はびっくりしてたけど、二回目以降になるとレンマ君はすぐに順応した。淡白すぎるほどの切り替えの早さに『キレイ』さを見て、うちはもっとレンマ君の『裏』を見てみたいと思うようになった。


「この問題はね~……」


「ふむふむ」


 仲良くなるための一環で、部活の小休憩の時によくレンマ君の勉強を見てあげた。


 レンマ君は勉強ができないらしい。多分、『裏』の性質が深くかかわってくるんだと思う。


 レンマ君は新しい情報を取り込むのも早いけど、消してしまうのも早い。気質的に、長く物事を覚えていたりすることが苦手なんだろう。


 うちにとって勉強は、与えられた設問に対する適切な情報処理、ってイメージだから簡単なんだけど、その場その場を重視して生きているレンマ君にとっては、過去を振り返るのは苦手みたいだった。そういう性質も、うちにはなくて、面白い。


「あんまりやり過ぎるなら~、うちらも黙ってないからね~?」


 そうやって交流を深めていく中、体育祭でレンマ君が怪我をした。『裏』を見れば犯人はすぐにわかり、うちはオウジ君に忠告をした。


 これ以上レンマ君にちょっかいをかけると、うちも黙っていない、ってね?


 ただ、内心じゃ、うちが自分のためじゃなく、他の『人間』のためにすぐに行動できたことが、すごく驚いていた。


 こんなことは初めてで、オウジ君と別れた後もすごく戸惑ったことを覚えている。


「うちがレンマ君を嫌ってるとか~、嫌がってるだなんて~、思われたくないもの~」


 その日の帰り道、ちょっとした話の流れで、うちはレンマ君との関係をそう言葉にした。


 他の『人間』は客観的な意見だったけど、レンマ君の時だけは、ちょっとだけ、熱が入っていたと、自分でも思う。


 その時に、ようやく自分でも理解した。


 もしかしたらうちは、『好意』を『興味』だと思い込みたかっただけで、本当にレンマ君のことを、『好き』になっていた、『かもしれない』、って。


「カリンちゃんが引くなら~、うちは押していくよ~?」


 そんな風に、うち自身の変化に気づいた後で、うちはあまり好きじゃなかったカリンちゃんに、自分から声をかけた。


 目的は、カリンちゃんがレンマ君を好きなのは一目瞭然だったから、ちょっとした宣戦布告かな? 


 オウジ君を筆頭に、いっぱいしがらみがあるらしいカリンちゃんが、レンマ君に積極的になれないのは知っているけど、うちが遠慮する理由にはならない。


 レンマ君への感情が『好き』なのかどうか、きちんと確証を得るためにも、うちはレンマ君へのアプローチをより積極的にしていった。


「……あー、そういうことらしいんで、スバルです。短い間かもしれませんが、よろしく?」


 ちょっとだけ、毎日に楽しみが出始めた頃、新たな『人間』が演劇部に入ってきた。ミィコ部長と、レンマ君が説得したという、本名不詳のスバル君だ。


 うちの第一印象は、カリンちゃんと似て非なる『人間』、という感じだった。


 理由は、スバル君の『裏』も、カリンちゃんとほとんど同じ、子どもの頃から時間が止まったような純粋さが見て取れたからだ。


 でも、二人が決定的に違うのは、外的要因をカリンちゃんは『遮断』、スバル君は『拒絶』して、『裏』が出来上がったこと。


 一見、結果が同じだから違いがあるようには見えないけど、二人の性質はかなり異なる。


 カリンちゃんは無意識にシャットアウトしてできた、強すぎる自我と柔軟性の欠如が原因だ。


 一方、スバル君は自分の意志で外からの干渉を拒んでできた、強すぎる自己防衛と攻撃性の裏返しが原因だ。


 言わば、カリンちゃんは『天然物』で、スバル君は『人工物』。両者の間には、良くも悪くも、隔絶した差が存在している。


 二つを比べると、『人間』の意志が加わって形成されたスバル君の『裏』の方が、多少の『人間』らしさがあるけど、その分危険でもある。それがずっと、気がかりだった。


「スバル君~? ちょっといいかな~?」


「……今度はアンタですか、ミト先輩?」


 週に一回しか部活に顔を出さず、なかなか二人きりになる機会がなかったけど、レンマ君発案の勉強会をきっかけに、うちはようやくスバル君を捕まえることが出来た。


 下校時間が近づき、図書室から出た瞬間にオウジ君に掴まった後で声をかけたからだろう。スバル君の表情は辟易(へきえき)としていて、うちを邪険にしているのが丸わかりだった。


「別に~、オウジ君ほど長く話すつもりはないよ~? 歩きながら聞いててくれたらいいから~」


「わかりましたよ」


 廊下にはもう人気がほとんどなかったから、場所を移す必要がなかった。うちらは下駄箱目指して廊下を歩きながら、視線を合わさず会話を続ける。


「レンマ君とは~、どういう関係かな~?」


「……それを聞いて、どうするんですか?」


 スバル君に、特段声音に変化はない。『裏』の様子も、あまり変化はなかった。


 やましいことはないってことなのか、ターヤ先輩のように『裏』も操作できる人間なのか? いずれにせよ、釘は刺しておかないと、安心できない。


「だって~、レンマ君の説得で~、演劇部の助っ人になったんでしょ~? だったら~、少なくとも浅い関係じゃないよね~?」


「何が言いたいんですか?」


 もうすぐ下駄箱につくからか、スバル君の声は刺々しい。要件は早く済ませろ、ってことかな?


「レンマ君に~、余計なことはしないでよね~、ってことを言いたかっただけ~」


 うちの懸念は、スバル君の攻撃性が、レンマ君に向かうこと。


 どれほど親密な関係かはわからないけど、自由に会えて話ができる関係ではあるんだから、いつかスバル君の『裏』がレンマ君に牙を()いてもおかしくない。


 いくらレンマ君の『裏』が、『人間』からの干渉を受け流すことが上手だと言っても、直接的な暴力を受ければ、変わってしまうかもしれない。


 うちは、そんなレンマ君の『キレイ』な『裏』の変質を、嫌だと思った。


 だから、影響を与えやすい立ち位置で、かつレンマ君に危害を加える可能性が高いであろうスバル君を、牽制した。


「……なんだ、そんなことですか」


 しかし、スバル君はとても面倒くさそうに、鼻を鳴らした。


 うちは『擬態』の笑顔を浮かべたまま、スバル君の『威嚇』に見える笑顔に向き合った。


「心配しなくとも、俺と『あいつ』は水と油だが、やり合うことはありませんよ。これからも、一生、ね?」


 返ってきたのは、表面上は安心だけど、意味深な言葉。


 スバル君の笑顔も変わらず、『裏』にも微塵の揺らぎはない。


 少なくとも、嘘はついていない。


 なのに、なんでだろう?


 全然安心できないのは、どうして?


「それじゃあ、俺はこっちなんで」


「……うん~、わかった~」


 もう少し言い募ろうとしたところで、時間切れになった。


 学年ごとに違う昇降口の分かれ目に来て、スバル君は止める暇なくさっさと行ってしまった。


「……スバル君。オウジ君よりも、厄介そうだね」


『擬態』を取り払った無感動な声を残し、うちも昇降口へ向かう。


 もし、レンマ君の『裏』が傷つくようなことになれば、うちは、どうするのだろうか?


 まだカリンちゃんみたいに、レンマ君への感情を断言できない、ふわふわした自分を持て余しつつ、うちはもう一度『擬態』を『表』に張りつけた。


 うちの『観察』は、続く。




 なんか物凄いキャラになりました。妖怪の『さとり』みたいな? その上で、めちゃくちゃ無機質です。いやぁ、ドン引きです。


 そして、ミト先輩の蓮くんへの好意は、まだ保留のようですね。内心でミト先輩に気持ち悪いと思われてる凛ちゃん、ファイト!


 次も他者視点です。はい、みんな大好き、あの人です。


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