凛の三十二 初めての共演です
凛ちゃん視点です。
私を含めた演劇部の皆さんの悩みが解決しないまま、時間はあっという間に過ぎて行きました。
私は相変わらず、椎名晴香さんの性格を掴みきれませんでした。私と真逆の性質だとはわかっていても、実践できるかどうかは別です。何度練習で演じても、私の素の部分が出てしまって、ミィコ部長に怒られてしまいます。
いくら演技とはいえ、他の方を罵ったり顎で使ったり、挙句手を上げたりなんて、抵抗しかありません。演技に遠慮すればすぐにミィコ部長から叱責が飛び、何度もやり直すことになりましたし。
また、私以外にも、皆さん役になりきれずに苦労していらっしゃいました。
椎名晴香さんの悪友である叶喜子を演じておられるミト先輩は、台詞の合間に入る高笑いとか、足音を響かせる独特の歩き方とか、高慢さを表現する所作が苦手なご様子でした。
しかも、ただ偉そうで嫌味っぽい面だけでなく、観客の皆さんに親しみを持ってもらえるような、愛嬌も出さなければなりません。相反する性質を演技に同居させるのに、とても苦慮されているようでした。
男性主人公、という立ち位置に据えられたお兄様は、そもそもコメディというジャンルが気に入らないようで、改善する気もなさそうでした。
山田和平さんは『不思議探求部』の新入部員であり、役柄的に後輩になります。が、お兄様の台詞はすべてが機械じみた冷たい印象しか感じられず、コメディを台無しにしているのです。ミィコ部長やターヤ先輩からの叱責が一番多いのが、お兄様でした。
そんな山田さんの幼馴染である初好実さんを演じるトウコ先輩は、どうしても弱々しい女性として振る舞うことができず、随分と落ち込んでおられました。
台詞があるシーンでは、何とか意識して初好さんに寄せていますが、それ以外のシーンでふと男性のような仕草が出てしまっていました。真面目なトウコ先輩は注意される度に気分を沈ませておられ、見ていて気の毒になってきます。
椎名さん以外にいる、もう一人のトラブルメイカーである音木心さんを演じるハーリーさんは、まだ私たちの中ではコツを掴みつつあるようです。
最初は男性役ということが壁となり、難しい顔をすることが多かったハーリーさん。ですが、様々な役を演じてきただけはあり、少年を成長させたような音木さんを表現できるようになっておられました。
そして、教師である小芝小百合さんと岩倉猛さんを演じるトーラ先輩とキョウジ先輩は、お兄様に次ぐ量のダメ出しをもらっていました。
自由奔放なトーラ先輩と、基本的に悪役しかしてこなかったキョウジ先輩には、真面目で常識的で大人な人物を演じるのはとても難しいようでした。お二人共、休憩時間も台本を開いて顔をしかめられています。
こうして、私を含め、ほとんどの部員が役に振り回されて、一週間が過ぎました。こんなにあっという間に感じた一週間は、他にありませんでした。
あ、ちなみに、相馬さんは昨日まで台本を読むだけの参加でした。足を動かせないので、仕方ないことではありますが、ちょっぴり寂しく思っていました。
しかし、相馬さんの怪我が快方に向かっていれば、練習といえどようやく私たちと演劇をすることができるのです。
相馬さんは入部してからずっと、体力作りだけに専念していらしたので、私たちは相馬さんがどのような演技をされるのか、とても興味を持っていました。
とはいえ、期待していての興味ではありません。皆さんおしなべて、大会に出してもいい演技力があるのかどうかを心配されていました。
相馬さんは、その、あまり運動も得意ではなさそうでしたし、演劇はかなりハードですから体力面も心配です。また怪我をしてしまうのではないか、という懸念は消えませんでした。
私も相馬さんの身を心配しないではありませんでしたが、どちらかと言いますと相馬さんと一緒に何かをできるという事実の方が嬉しく、楽しみな気持ちの方が勝っています。
とはいえ、相馬さんへの気持ちと同時に抱いた、あの方への気持ちとの折り合いはつけられていません。が、少なくとも今はまだ、私が抱いた大切な想いを諦めるつもりはなくなっています。
というのも、お二方への想いで葛藤していた一週間で、私はミト先輩に大きく出遅れてしまっていたからです。好きだという感情に悩んでる暇などない、と気づかされたことも、開き直りの境地に至った大きな要因でした。
宣戦布告を受けてからずっと、ミト先輩の相馬さんへのアプローチは積極的になる一方でした。少しでも時間があれば話をし、さりげなくボディタッチをする様子は、不覚にも参考になるほど自然でした。
そんなお二人のご様子を、お兄様に極力悟られないよう無表情の奥で苦々しく思っていたのですが、幸いにも相馬さんはミト先輩への好意に気づいていないようでした。
裏を返せば、いくら参考としてもミト先輩のようなアプローチでは相馬さんに気づいてもらえない、ということでもありましたので、私も考えさせられたのですけど。
何はともあれ、問題の棚上げをした私は、ようやく相馬さんと接する勇気を取り戻しました。昨日のウジウジ凛とはおさらばなのです!
心持ち放課後を待ち遠しく思いながら一日を過ごし、ようやく部活の時間になりました。
「さて、今日も部活動を頑張りましょうね、長谷部さん」
「そうね〜。そろそろ音木の癖も掴めてきたし、何とか演技の形にしないとね」
部室に向かう廊下で、私たちは談笑しながら意気込みを見せました。私も長谷部さんを見習って、早く椎名さんを理解するように努めないとですね。
「失礼します」
「失礼しますっ!」
「あ、お疲れ〜」
いつものように、部室の入り口で最敬礼をしてから私と長谷部さんが入室すると、ミィコ部長が出迎えてくれました。どうやらお一人のご様子で、他に人影は見られません。
「それじゃあ、私たちはランニングに行ってきます」
「いってらっしゃい。あ、レンマ君は先にターヤと走ってるよ」
え? 相馬さんはもう復帰なさっておられるのですか!?
こうしてはいられません! ミト先輩に先を越される前に、少しでも相馬さんとお近づきにならなければ!
「行ってきます!」
「ちょ! カリン! 待ってって!」
ミィコ部長の言葉にいてもたってもいられなくなった私は、準備もそこそこに飛び出しました。背後に長谷部さんの引き止める声が聞こえましたが、振り切って駆け出します。
相馬さんの足の速さからして、私の速度ならそう時間もかけずに追いつけるはずです。
ずっと尻込みしていた分、謝罪も感謝もお伝えしたい。
その一心で、私はまだ見えぬ相馬さんの背中を追いました。
(……あら?)
しかし、不思議なことに、一人ランニングコースを走っていた私ですが、いつまで経っても相馬さんの背中が見えてこないのです。
すでに一周を走り切ってもまだ、相馬さんのお姿は見えません。ついでに、ご一緒に走っているらしいターヤ先輩の姿も見えません。
今日のホームルームは早めに終わりましたから、授業が終わった時間に、そこまで差があったわけではないはずです。相馬さんのクラスが先に終わっていても、こんなに距離が離れているとは考えづらいのですが。
加えて、相馬さんに追いつくつもりでしたから、私のペースもいつもより早くなっております。だというのに、お二人の背中さえ見えないというのは、首を傾げざるをえません。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
結局、校舎の周りを二周するまでずっと、相馬さんたちを見つけることはできませんでした。
「……失礼します」
腑に落ちない思いを抱きながら、私は部室へと戻ってきました。今度は出迎えの声もありません。
『あ! え! い! う! え! お! あ! お!』
何故なら、すでに部室にいた三名は、発声練習をされていらっしゃいましたから。
(あ……)
そこに、私が探していた相馬さんのお姿もありました。ミィコ部長とターヤ先輩に挟まれて声を出す彼の手には松葉杖の姿はなく、思わずホッと安堵のため息をこぼしてしまいます。
すぐにでもお話ししたい衝動に駆られましたが、部室内の荷物を見る限り、すでに全員が一度部室へと訪れているようでした。
つまり、下手に相馬さんと接触した姿を、お兄様に見られる可能性があります。恐らくは未だランニング中でしょうが、いつ帰ってくるのかわからないお兄様を無視して行動するのは、少々リスクがあります。
ここは絶好の機会ではありますが、機を窺う方がよさそうです。私は相馬さんを気にしながら、筋トレへと移りました。
「さ! 今日も大会の練習を頑張ろうね!」
その後すぐに帰ってきたハーリーさんと、二年生の先輩方の目もあって行動には移せないまま、演劇の練習となってしまいました。
ミィコ部長の号令に頷き、私たちは台本片手に散っていきます。最初は個人練習を少し行ってから、演劇練習に移るのが定例になっています。
何せ、私たち全員、役作りに四苦八苦していますからね。この頃は個人練習の時間も作っていただけるようになったんですよ。
「はい! じゃあ演劇の練習をやろうか!」
三十分ほど各自で練習していましたが、ミィコ部長の呼びかけで集合しました。
「せっかくレンマ君が松葉杖から解放されたところだし、道家鈴男が出てくるシーンからやってみようか」
そうして、最初に始まったのは相馬さん演じる『道家鈴男』さんが慌てて部室に入ってくる、というシーンです。
『不思議探求部』のメンバー全員が集合している中で、一人遅れてしまって急いだけれど、メンバー全員に怒られて萎縮する、という場面になります。
字面だけ見ればちょっと可哀想なシーンですけど、これを『イジメ』ではなく『イジリ』のように見せるのが、ターヤ先輩が私たち演者に求めた演技でした。
台本はあくまでコメディですから、シリアスのような空気を出してはいけません。諍いの場面でも、どのようにして笑いに変えられるかが問題となります。
「それじゃ、みんな。準備はいい?」
演者ではない三年生の先輩二人に見つめられながら、私たちは頷きます。
ミィコ部長たちの場所を観客席として、私たちは舞台を想定してバラバラに立っています。
観客席から向かって右端近くにいるのは、私とミト先輩です。『不思議探求部』の部室にあるホワイトボードの前で、椎名さんと叶さんは小学校侵入計画を説明している、という状況です。
それを各々好きな場所で聞くのが、部員役の皆さんです。興味津々な音木さんことハーリーさんは私たちのすぐ近くに、心情的に否定的な山田さんことお兄様と、初好さんことトウコ先輩は中央やや左側にいます。
そして、左端が部室の入り口がある扉側、ということですので、道家さんこと相馬さんは舞台の左端から入場してくることになります。
「椎名晴香が侵入計画を話し終わったところからね。よーい、スタート!」
配置が終わると、ミィコ部長はどこからか取り出したプラスチック製のメガホン片手に、早速開始の合図を出されました。
「『……ってわけで、私たち『不思議探求部』は今夜、田辺小学校にある学校七不思議の正体を暴きにいくわよ!』」
「『おーっ!!』」
「『音木くんは積極的で大変よろしいですわ。で? 後ろの一年二人は、どうして嫌そうな顔をしているのかしら?』」
「『当たり前でしょうが。部室に来てみればすでに始まってた不法侵入計画に、有無を言わさぬ強制参加ですよ? 嫌に決まってるじゃないですか』」
「『そ、そぅですよぉ……』」
スタートの合図で始まる、騒がしい放課後の部室。私がホワイトボードを叩く演技で皆さんに振り向き、ハーリーさんが楽しそうな顔で右手を上へピンと伸ばします。
小道具の扇子で口元を隠し、ミト先輩はハーリーさんに満足そうに頷いた後、後方にいたお兄様とトウコ先輩へ視線を移して目を細めます。
ミト先輩の鋭い視線を受けたお兄様は、またもや無表情に近い顔で台詞を口にされていました。コメディとは思えないほど冷たい表情に、私たちは内心でため息をつきます。
いつもならカットがかかるところですが、相馬さんに演じさせるためか、演技は続行します。体をできるだけ縮めさせたトウコ先輩が、か細く聞こえる声量でお兄様に同調します。
「『お、遅れてゴメ……っ、あわわわっ!?』」
ミト先輩とお兄様が少しの間睨み合いになり、相馬さんの登場シーンとなりました。
が、相馬さんの台詞が途中で途切れ、直後床に倒れたような音が響きました。
「か、カットカット!」
慌てて演技を止めたミィコ部長に、私たちもそちらへ目を向けます。
「レ、レンマさん!?」
全員の視線が集まったそこには、相馬さんが顔面から思いっきり転倒した姿がありました。よく見ますと、右足の上履きも脱げてしまっていて、片足が裸足です。
私は思わず声をあげましたが、その間にもミィコ部長やミト先輩らが相馬さんに駆け寄り、声をかけておられました。
「ちょっとレンマ君、大丈夫?」
「緊張しすぎたのかな〜? 危ないよ〜?」
「す、すびばぜん……」
どうやら先ほどの転倒で鼻を強打したらしく、起き上がった相馬さんは鼻を押さえながらお二人に返答されていました。
「うわ、鼻血まで出てるじゃん! しょうがないなぁ〜」
相馬さんの顔を覗き込んだミィコ部長の一言で、一旦練習は中断となりました。
ミィコ部長に連れられた相馬さんは、ティッシュを鼻に詰められています。よくよく見ますと、額も真っ赤になっていました。それだけ勢いよく、顔から倒れてしまったということでしょう。
私たちはというと、そんな相馬さんの姿をいつまでも見ていることはできませんでした。すぐにメガホンを引き継いだターヤ先輩の指示の下、別のシーンの練習に移ったのです。
結局、私と相馬さんとの初共演は、相馬さんの転倒で終了してしまいました。その後はミィコ部長の判断で、相馬さんだけ個人練習になったためです。
確かに相馬さんの演技力や体力の心配はしていましたが、まさか登場早々に退場されるとは思ってみませんでした。
部活終了後、皆さんに謝罪する相馬さんを見る目は、誰もが呆れに近いものでした。私は内心で心配していましたが、お兄様の手前感情を出すのは控えました。
それにしても、この時点で私たちの演劇は克服すべき問題が多いような気がします。
私たち、本当に演劇大会に間に合うのでしょうか?
少し、……いえ、かなり、心配になってきました。
蓮くん、君ってやつは……。
初共演とか言いつつ、一緒に演じた時間は数秒くらいだったのではないでしょうか? 部長のドクターストップによるものですけど、先が思いやられますね。




