蓮の二十七 僕にできる、たった一つの方法
蓮くん視点です。
結構短めです。
僕は壁際から柏木さんの様子を見たまま、固まってしまった。
ドッ、ドッ、ドッ、と心臓の音がやけにうるさく感じられる。
柄の悪い連中の内、二人は僕のいる場所から近い位置にいる。少しでも音を出せば、気づかれるかもしれない。そう思うと、呼吸すら躊躇ってしまい、僕は自分の口を押さえたまま、その光景に見入っていた。
柏木さん以外の人は、全部で五人。部室裏の奥で待ち構えていたらしい二人と、柏木さんと一緒に荷物を運んでいた一人、そして僕に背中を見せている二人だ。
あいつらの視線は全員柏木さんに向いていて、僕に気づいた様子はない。とりあえず、胸を撫で下ろす。
でも、あいつらは一体、柏木さんをこんなところに誘い出して、何をするつもりなんだ?
そう疑問に思った僕だったが、あいつらの自己紹介を聞いて、察してしまった。
「俺は本郷。隣のこいつが遠藤で、凛ちゃんを誘い出したのが井垣。んで、そっちにいるのが野間と土井。全員、桂東高校の生徒で、ここの体育祭を見に来たんだよ」
……ほんごう、本郷!?
僕は聞き覚えのある名前に一瞬考え込み、すぐにある人物に思い至った。
それは、キョウジ先輩と下校していた時に聞きだした、不良漫画みたいな話に出てきた名前だった。
確か、キョウジ先輩と同級生で、いつも取り巻きを侍らせては、弱いものいじめを繰り返す、いかにもな悪い人って言う話だった。
それだけならまだマシで、本郷はよく女の子を拉致したりして、酷いことをすることでも有名だったみたい。詳しくは教えてくれなかったけど、キョウジ先輩いわく『最低な強姦魔』らしいから、ろくなやつじゃないのは確かだ。
よりにもよって、そんなやつに柏木さんが目をつけられてたなんて! 急いで助けを呼ばないと、大変なことになっちゃうよ!
僕は柏木さんと本郷たちが話をしている最中にその場を離れ、一気に駆け出した!
地面に右足が当たる度に激痛が走るけど、そんなことを気にしている場合じゃない。今は一刻も早く、柏木さんを助けることだけを考えなきゃ!
(でも、どうやって!?)
勢いで走り出したのはいいけど、肝心の救出方法が僕には浮かばなかった。
身近な人に頼るんだったら、キョウジ先輩に真っ先に相談してるけど、すでに演劇部のみんなは学校を出て帰ってしまったはずだ。先輩たちのお見舞いから一時間くらいは経過してるし、まだ校舎内に残ってるなんて考えられない。
先生に頼る、っていうのもある意味博打だ。何せ、ここから職員室までの距離が遠い。加えて、僕は元々足が遅くて、怪我までしている。もしかしたら、僕がモタモタしている間に、柏木さんが連れ去られるかもしれない。
かといって、生徒に頼ろうにも、すでにほとんどの人が下校してしまっている。運よく誰か捕まえられても、相手は東高のガチ不良だ。みんな怖がって、助けてくれる可能性はかなり低いだろう。
少しだけ希望があるとすれば、柏木さんが昔に空手を習ってたってことだ。さすがに五人を倒してしまうほどの腕前か、何て知らないけど、あっさりやられてしまうことはない、と思いたい。
少なくとも、柏木さんだって抵抗はするはずだ。どれほど長続きするかはわからないけど、多少は時間を稼いでくれる。それまでに何か、僕が打開策を見つけないと!
「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
でも、僕の出来の悪い頭じゃ、何にも解決策は浮かばない。ひたすら人が多いところを目指してグラウンドが見える場所まで来たけど、結局妙案は浮かばないまま。
それに、無理をし過ぎたのか、右足が尋常じゃないくらい熱くて、痛い。息を整えるために膝に手をついて立っているんだけど、それだけで心臓が二つになったように脈打ち、痛みを伝えてくる。
何とか冷静になって解決策を考えようとするけど、突然起こった出来事への混乱、乱れる呼吸、悲鳴を上げ続ける足の激痛で、まともに考えすら纏まらない。
「はぁっ! っ! くそっ!」
このままじゃ、本当に柏木さんが拐われて、強姦されてしまう。
なのに、僕には、何もできないのか……っ!
「何か、なにかないか……っ!?」
宛があった訳じゃないけど、首を色んなところに動かして、柏木さんを助けられるヒントを探す。
そして、一人の人物に目がいった。
「……もしかしたら、これなら……」
僕は瞬時にシミュレートする。
僕が思い付いた作戦が、果たして柏木さんを救う手立てになるのかどうか。
考える。
普段は錆びたブリキのように鈍い脳細胞を、必死になって働かせる。
一秒経ったか、一分経ったか、とにかく時間が過ぎる。
……いける。
これなら、多分、あいつらを追っ払うことができる。
重要なのは、時間だ。
やると決めたら、すぐに動かないと。
取り返しのつかないことになる前にっ!!
「あ、あのっ!!」
僕は一時的に自分の痛みを忘れ、『その人物』へ走り寄った。突然大声で呼び止めたためか、『その人物』は不審そうに僕を見てくるけど、構うもんか。
他人から変な目で見られたり、嫌われるのは、もう慣れっこだ!
「お願いが、あるんですっ!!」
僕は『その人物』に、誠心誠意言葉を尽くした。気が焦って舌がもつれたり、メチャクチャなことを喋っちゃったかもしれないけど、とにかく『その人物』に頼み込んだ。
断られるわけにはいかなかった。
『その人物』の協力がなかったら、僕が思い付いた唯一の救出案が、実行できなくなる。
それだけは、どうしても避けなきゃならない!
「……はぁ、わかったよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
粘りに粘って交渉し続け、ようやく協力を取り付けた僕は、勢いよく頭を下げる。それから手短に要件を伝えて承諾をもらい、去り際に僕はもう一度頭を下げて、走り出した。
これで、一つの懸念はなくなった。
あとはもう一つ、やらなきゃいけないことがある!
僕は来た道を戻り、運動部の部室裏まで戻る。
その間に、僕は頭を左右に振って、色んなところに目を凝らす。
どれくらい経っただろうか……?
柏木さんはまだ無事なのか?
あいつらに酷いことをされていないだろうか?
もしかして、もう……っ!
どんどん後ろ向きになっていく考えを振り払うように、僕は首を思いっきり振り回す。
弱気になるな!
僕がしっかりしないと、助けられなくなるかもしれないんだぞ!
前を向け!
目をそらすな!
自分を信じろ!
あの子には今、僕しか助けられる人はいないんだ!
弱い自分を叱りつけながら、僕は必死に探す。
僕の考えが間違ってなかったら、あるはずなんだ。
柏木さんを助けるのに必要な、最後の欠片が!
「はぁ、はぁ、あ……、あったぁ!」
そして、ようやくそれを見つけた僕は、一目散にそれへと向かった。
急げ、急げ、急げっ!
早く、時間がない!
柏木さん、もうちょっとだけ、待ってて!
もうすぐ、助けてもらうから!
千切れそうなほど痛む右足を引きずり、僕はようやくたどり着き、手をかけた。
僕自身が行けないのは、残念だけど。
僕が行っても、足手まといにしかならないもんね。
その代わり、僕なんかよりもずっと頼りになるやつを行かせるから。
だから、頑張って!
「はぁ、はぁ、あとは、たのんだよ……っ!」
僕は必死の形相で『そいつ』に呼びかけ、
頼もしい返事をもらえたんだ。
蓮くんが助けを求めた人物は誰なのか? 一章も佳境です。