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ゆる~らぶ  作者: 一 一 
序章 出会い ~中学三年生~
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凛の三 夏休みは特訓です

 注意:二話投稿です。

 凛ちゃん視点です。

「橘さん、貴女が時折見せてくださる笑顔をいつも羨ましいと思っていました。

 私は表情豊かな女性になりたいのです。笑顔の素敵な女になるために、ぜひ橘さんにご教授願いたいのですが、よろしいでしょうか?」


「……はい?」


 夏休みの中頃、学校から出された課題を終えた私は、家にいたお手伝いさんの一人である橘さんを捕まえて、深々と頭を下げました。


 テストが終わるまで寂しい思いをしてきた私ですが、相馬さんとの距離はちょっとだけ近づけた気がします。


 何故なら、私の方から声をかけることが出来るようになったからです。


 まだちょっと緊張して、毎回二言三言しか口にできませんが、ビックリするほど失礼な態度を取らなくなったのは、自分でもよくやったと思っています。


 ただ、気がかりなことが一つあります。


 私が初めてお返事できた日より以前は、ほぼ毎日足しげく通って下さっていた相馬さんですが、テスト以降少し私を避けている節があるようなのです。


 具体的には、二~三日に一度しかお話ししてくださらなくなりました。


 それに、相馬さんは心なしか私と目を合わせないようにしているようで、よく視線が泳ぐようになっていました。


 気さくに話しかけてくださる数少ない……いえ、唯一の同級生の方にそのような対応をされるのは、とても心苦しい気持ちになります。


 原因は、恐らく二つほどあると推測しています。


 一つは、相馬さんが危惧していたテスト結果です。


 テスト後、相馬さんはしばらく元気がないようでしたので、今回のテストには手応えを感じなかったのでは? と思います。


 人からアドバイスを受けたにも関わらず、成績が振るわなかった、ということがあれば、確かにその方と顔を会わせづらくなる気持ちは、何となくわかります。


 もう一つは、……私の愛想だと、思います。


 物心ついた頃から、私は感情を表に出すことが苦手でした。


 元々の人見知りしやすい性格が災いしたのか、感情表現能力が生まれつき乏しかったのか、はたまた幼少期の人間関係が更なる悪循環を呼んだのか。


 とにかく私の表情筋は長い間沈黙を守ってきました。


 不思議と家族の前でも喜怒哀楽を強く出したことがなく、一時期は両親や一歳上の兄にも多大な心配をかけていたようです。


 今では、家族はみんな、私はそういうものだとして、私のありのままを受け入れてもらっています。表情が分かりにくいだけで、情緒面は健全ですから、そこは安心してくれたようです。


 ですので、私の愛想が地よりも低い水準にあることは、疑う余地のない事実なのです。


 終業式を終え、よそよそしくなってしまった相馬さんの様子から、二学期に入ると話しかけてくれないのではないか、と私は考えました。


 それは、どうしても嫌でした。


 友達がいないからとか、恩返しがまだだとか、色々理由はありますが、私は相馬さんに疎遠にされるのだけは避けたいと思うようになっています。


 いつの間にか、相馬さんは私の中でとても大きな存在になっていました。


 どうしてそう思うのか、私自身よくわかっていないのですが、理性ではなく感情が拒否してくるので仕方ありません。


 と、いうわけで、私は夏休みの間にコミュニケーション能力を身につける特訓をしようと思い立ちました。


 かつて、今回と同じように、部屋で鏡を見ながら笑顔の練習をしてきた過去がありますが、あの時とは気合いの入り方が違います。


 いつかできる友達のためではなく、友達だと思ってくれている人のためにやるのですから。モチベーションが上がるのは当然なのです。


「えっと、凛お嬢様? お褒め頂けて光栄なんですけど、具体的にどのようなことをなさるのでしょうか?

 私にできることがありましたら、いくらでもご協力はいたしますが……」


 おっと、橘さんがきょとーんとしてしまっています。


 少々言葉足らずだったようですね。


 私の悪い癖です。


「私は愛想を振り撒くということがどうしてもできません。それが、今後の人間関係でとても不利になることは間違いないのです。

 なので、必要最低限の表情は作れるようになりたいのです。そのために、橘さんには私のお手本と同時に、私の表情を審査していただきたいのです。

 どうかお願いします」


 私は再び深くお辞儀をし、橘さんに助力を請いました。


 本当は相馬さんとの仲を円滑にするため、なのですが、それは伏せておいた方がいいと判断しました。


 橘さんはうちのお手伝いさんであり、雇用主は私の父です。


 父は私に甘過ぎるというか、親バカというか、世間一般からは逸脱した愛情を向けてきます。そのことに、最近気づきました。


 そんな父に、お友達とはいえ私に男性の影があると嗅ぎ付けたならば、相馬さんの身が保証できません。


 よって、対外的に問題のない理由をならべてみました。それに、嘘は言っていませんしね。


 ちなみに、私の兄も私を猫可愛がりする一人です。シスコンは、治した方がいいと思ってるんですが、面と向かって言えたことはありません。


「はぁ、そういうことでしたら、ご協力いたします」


 小首を傾げられましたが、橘さんを巻き込むことには成功したようです。


「では、早速なのですが笑顔を作る時のコツを教えてください。私一人でやっても、引きつった不自然な笑みになってしまうので」


「コツ、ですか。何分、意識して表情を作ったことがありませんので、なんとも言いがたいのですが……」


 橘さん、それは私に対する嫌味か皮肉ですか?


「例えば、笑顔であれば、一番見せたい誰かを想像してみればいかがでしょうか?」


 一番、笑顔を見せたい人……。


(私にとっては相馬さん、ですよね……)


 私は、相馬さんに普通に話しかけ、笑顔でいる自分を想像しました。


 机を挟んで、向かい合うように椅子に座り、他愛のない話をして、笑いあう。


 そんな、友達同士なら当たり前な光景を夢想します。


 相馬さんが微笑んで、私も微笑みを返す。


 たったそれだけを頭に思い描くだけで、胸の奥がほっこりしてきました。


「!!!」


 すると、頬が自然と緩んでいくのがわかります。


 相馬さんと笑いあえる関係になれたら、とても素敵なことだろうと思います。


 なるほど、橘さんが仰ったアドバイスは的確です。こんなに簡単に、私の表情筋が反応してくれるとは思いませんでした。


 しかし、何故橘さんはそこまで驚いていらっしゃるのでしょうか? 私の表情が変化してから固まってしまって、微動だにしないんですけど?


「…………凛お嬢様」


「何でしょうか?」


「その笑い方は、ダメです」


「え?」


「いいですか? 今からその笑い方は、全面的に禁止させて頂きます。私が処世術としての表情の動かし方を勉強しますので、特訓はまた後日にしてもよろしいですか?」


「え? あ、あの、橘さん?」


「それでは、これで失礼させていただきます。まだ仕事が残っておりますので」


「あ……」


 …………行ってしまわれました。


 どうやら、先ほどの表情では及第点にも届かないほど酷い顔だったようです。


 それか、ほとんど分からないくらい些細な変化しかなかったのかもしれません。


 だから、ダメ、なのでしょう……。


 何だか、とてもへこみました。


 私の前途は、思っていたよりも多難なようです。


~~・~~・~~・~~・~~


 そして、私は夏休みの終わりまで、橘さんから表情やコミュニケーションのレッスンを受け、何とか最終日に合格を頂けることになりました。


 ふふふ、私はやればできる子なのです。


 待っていてください、相馬さん。


 もう無表情や口下手とは卒業しました。


 これからは、もっといろんなお話をしましょう。


 私は、あなたのことが、もっと知りたいのです。


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