凛の十五 堪忍袋の緒が切れました♪
凛ちゃん視点です。
タイトル通りです。
「リレーには出たいけど、何でこいつとやらなきゃいけないのかわかんねぇなぁ!?」
「うっさい、クソメガネザル! 私だってあんたと一緒の競技なんて願い下げよ!!」
「誰がクソにメガネにサルだよ、クソブス! メガネもかけてなければサルでもねぇよ! 視神経腐ってんじゃねぇか!?」
「それはあんたの方でしょうが!! 毎日鏡でその不格好なギョロ目ひんむいて自分のサル顔確認しなさいよ!! そんなに走りたきゃ、野生にかえって野山を駆け回ってればいいんじゃない? とってもお似合いよ!!」
「んだと!?」
「やるっての!?」
……テストが終わった週の放課後です。
ここ最近、三組のこの時間は飽きることのない罵詈雑言があちこちから生まれ、教室内を飛び交っていました。
教壇に立つのは担任の林先生ではなく 、クラス委員長の私と副委員長の立川さんが並んでいました。林先生はといいますと、教室の隅でパイプ椅子を持ち込み、うつらうつらと船を漕いでおられます。
私たちがしていることは、何てことはありません。約二週間後に迫った体育祭の、出場競技を決めているのです。
以前から何度も競技については話し合いの場を設けていたのですが、いつも先程の言い争いのような展開に発展してしまい、遅々として進まないのです。
他のクラス、というより三学年全体でも出場者が決まっていないのは私たちのクラスだけらしく、林先生も早く出場者の名簿を提出するように、他の先生から注意を受けたようです。
ですので、今日は体育祭の出場者を決定するまでは、部活動にも行けない状態でした。提出期限が今日中でもあるため、林先生はさっさと決めろと不機嫌そうな顔で私たちにバトンを渡されました。
しかし、放課後になってからすでに一時間。
黒板には体育祭で一年生が出場するプログラムが書かれ、定員人数とすでに決定した人の名前が書き込まれています。が、男子と女子の亀裂が原因で、一向に名前が埋まる気配が見られません。
決まっているのは、お兄様の追跡で見せた俊足を買われた私が『学級対抗リレー』と『女子50m走』。
誰も立候補しないことをいいことに、楽そうという理由だけで決められた立川さんが『玉入れ』と『大玉転がし』。
足は速くないからと、自らの長所が発揮できそうだとのことで選ばれた長谷部さんが『騎馬戦』と『応援合戦』。
他はちらほらと立候補されて、数人が決まった程度で、半数以上は決まっていません。
いまだ決めかねている皆さんは、エントリーしたい競技は決めているみたいです。けど、いがみ合うクラスメイトが同じ競技を選択することが多く、反発が強く生じたのです。
その結果が、この罵り合いです。一時間ほぼずっと、相手への悪口なのですから、逆に彼らの豊富なボキャブラリーに感心できそうです。
「……この無益な争いは、いつまで続くのでしょうか?」
「さぁな~? 下校時間まで続くんじゃね?」
肩を落として独り言のように呟いた私の言葉に、隣の立川さんはあくび混じりに無責任なことを仰りました。他人事ですかそうですか。
ここまで議論が紛糾した原因は、桂西高校の体育祭のコンセプトである『交流』にありました。
以前林先生が説明されていましたが、この体育祭は学年やクラスの生徒たちとの壁を取り除き、一緒に楽しもうというレクリエーションを兼ねています。
ですので、プログラム数が少ない代わりなのか、出場者数が三学年に連なるので、一競技に結構な生徒の方が参加されます。それも、ほぼ男女混合で。
徒競走はまだマシです。そもそも走る距離が100mと50mで男女別になっておりますから、明確な区別がついています。一度に一学年分である九人の走者が一斉に走るので、結構盛り上がるのだとか。
ですが、他の競技はほぼ男女混合で行われます。
クラス単位で参加する『綱引き』は、男子全員、女子全員、男女混合の三回ほど他クラスと競うそうです。相手はランダムだそうで、当日にクジで決められるそうですよ?
他の団体競技である『玉入れ』と『大玉転がし』、あとは『応援合戦』も男女混合のメンバーとなります。『大玉転がし』などは一度に複数人が大玉を押すのですが、男女混合の組でも可能とのことでした。
そして、体育祭の花形競技である『学級対抗リレー』も、男子と女子が交互にバトンを渡していくので、男女間の相互コミュニケーションがより重要になってきます。異性との交流が増えるので、他のクラスではとても人気の競技だそうですよ?
まあ、私たちのクラスは、メンバー選出の段階でお互いを毛嫌う修羅場の様相を呈していますけどね。最初の罵声も、『学級対抗リレー』に出場を希望していた男子と女子の方々でしたし。
と、いうわけで、ただでさえ男女間の仲が悪い現状で、競技のほとんどが男女入り乱れたものだとなると、一年三組の生徒のほとんどは積極的な参加を諦めているようでした。
私たちのようにさっさと決まったのは、長期に渡るクラスの軋轢に面倒臭さを感じたごく少数だけでした。
あとは皆さんが納得するかどうかで、体育祭の出場者は決まるはずです。が、それがとても難航しており、一時間を無駄に過ごしていました。
「私、早く部活動に行きたいのですけど……」
「この様子じゃ、無理そうだな~」
口喧嘩が絶えないクラスを見回し、私は内にくすぶる苛立ちを抑えていましたが、立川さんは無責任で頼りになりません。
長谷部さんも私と同じ感情なのか、しきりに指を机に打ち付けています。唯一状況を無理矢理打破できそうな林先生も、この騒ぎの中熟睡されていますから、当てにできそうもありません。
もう相馬さんたちは部活動に向かわれているでしょうし、練習はとっくに始まっているはずです。最近の私のストレス発散が部活動だけしかないので、それを妨げている彼らにイライラしてしまうのは仕方がありません。
ずっと大声を張り上げているクラスメイトの方々を眺めつつ、私はいつか皆さんで解決策を見いだしてくださると信じ、待つことにしました。
体育祭を機会に皆さんの溝を解消できれば、と最初に提案したのは私です。一度口にしたことですから、責任をもって対応すべきですしね。
…………あれから、また一時間が経過しました。
「テメェが別の競技に出れば済む話だろうが! さっさと降りろよ!」
「それはこっちの台詞なの! あんたは玉拾いでもしてなさいよ! どうせ部活でも同じようなことやってんでしょ!?」
皆さんの口論は静まるどころか、さらに激化していきました。
時刻は午後五時に差し掛かろうとしており、完全下校時間まであと一時間半ほどでしょうか。このままでは、本当に口論だけで放課後が潰れてしまう勢いです。
この一時間で、すでに出場競技が決まっている数人のクラスメイトの方が、部活動への遅刻を通知するため教室を出ていかれて以降、お手洗いくらいしか外に出ることができません。
長谷部さんも一度演劇部へと向かってもらい、最悪の場合部活動に参加できないことも伝えてもらいました。
余談ですが、お兄様も部活動に参加しておられないらしく、ずっと一年三組の前で私を待っているそうです。
そこまで私の監視が大事なのかと、またため息を吐いてしまいました。
「ふわぁ~、あ~、ねむ……」
「立川さん、彼らを宥める気はありますか?」
「微塵もねぇ」
もう何度目になるかわからないあくびを漏らす立川さんへ、まだ言い争いを続けるクラスメイトの方々を指し示しましたが、ばっさりと断られてしまいました。
相変わらず、林先生は役に立ちそうもありませんし、私がどうにかするしかないのかもしれません。
「あの~、皆さん、少し落ち着かれては如何ですか?」
「はぁ!? 人の揚げ足取りに熱心な性格ブスに文句言われる筋合いねぇよ! ああ! お前は顔面ブスでもあったっけなぁ! 悪い悪い間違えたよ内外揃った両面ブス女!!」
「ざっけんじゃないわよ!! あんたなんか霊長類から逸脱した間抜け面じゃないの!! 人の顔立ちをバカにできるほど立派な顔面じゃないくせに調子づいてじゃないわよ!!」
懸命に皆さんへ呼び掛けようとしますが、私の声はいくつもの怒声に阻まれ、誰の耳にも届きません。こちらへ意識を向けている方もほとんどおられず、敵対する相手の方へ意識がすべて向いているようでした。
「……どうしたらいいのでしょうか」
有効な手だてなど思い付かず、私は途方にくれてしまいました。
………………あれから、また一時間が経過しました。
下校時間まで残り、三十分を切っています。それでもなお、私たちのクラスは解放されませんでした。
私が収めようとしても誰も聞く耳を持ってくれず、相手への悪口を唱え続ける姿に、私は胸の内から湧き出た熱い感情が膨れ上がっているのを感じました。
「てめぇが別の競技をやれよ!」
「あんたが別の競技にいきなさいよ!」
ヒートアップしている半数の生徒以外は、もう彼らの舌戦にも飽きたのか、机に突っ伏して無反応を貫いています。彼らに対してもまた、私は目を細めて見回しました。
「ぐーっ……、かーっ……」
「……すー、すー」
同様に、林先生は深い眠りについたままです。呑気な寝顔をさらけ出し、生徒たちの騒ぎを止めることすら放棄しています。
そして、私の隣にいる立川さんもまた、器用に立ったまま夢の世界へと旅立たれました。すでに一時間近くも寝入っているのではないでしょうか? 私も、もう当てにするのは止めました。
……ああ、結局、今日は演劇部に行けませんでしたね。
相馬さんにも会えず、演技で日頃の鬱憤を晴らすことも出来ず、口汚く唾を飛ばすだけのクラスメイトを眺めるだけの、無駄な時間を過ごしてしまいました。
その瞬間、私の中で、何かが切れる音が確かに聞こえました。
「っ! ちょっとあんたたち!! いい加減に、」
ズダンッ!!!
ちょうど長谷部さんが席から立ち上がり、クラスメイトの方々へ声を張り上げたときでした。
彼女の声にも勝る大きな音が教室中に響き、久しくなかった沈黙が降りました。
「ふがっ!?? ……ふぁ?」
「うわぁ! な、なんだ!?」
熟睡しておられた林先生や立川さん、他数人のクラスメイトの方も飛び起き、キョロキョロと辺りを見回しておられます。
「……え?」
一瞬の混乱の後、誰かの間が抜けた声に従い、皆さんの視線が一点へと集束されました。
全力で黒板を殴り付けた、私へと。
「り、凛! どうしたんだい!? いったい何が!?」
すると、教室の外からうるさい方が、慌ただしく扉を開け放ちました。
「部外者には関係ありません。教室から出ていってください」
「何を言ってるんだ、凛! 僕は君の兄だぞ!? 部外者のわけが」
「部外者には関係ありません。教室から出ていってください」
「え? ……い、いや、だから、」
「部外者には関係ありません。教室から出ていってください」
「……り、りん?」
「部外者には関係ありません。教室から出ていってください」
「……は、はい、すみませんでした…………」
乱入者の方へ一切視線を向けず、自分でも驚くほど温度を感じない声音で、私はその方が出ていかれるまで同じ言葉を繰り返しました。
多少粘ろうとしておられましたが、すぐに心が折れたようで、すごすごと扉を閉めて廊下へ戻られました。
「あ、の、……かしわぎ、さん?」
再び戻った静寂を破ったのは、戸惑いを隠せない長谷部さんでした。振り上げた拳を向ける先がわからなくなったのか、呆然と立ち尽くしたまま動きません。
「皆さん、着席を」
長谷部さんの言葉には答えず、まずは頭に血が上って、椅子から立ち上がっていたクラスメイトの方々へ目を向けました。
ですが、皆さん驚かれたまま反応が鈍く、動き出す気配は見せません。
「皆さん、」
私はおもむろに黒板にあったチョークを一本つまみ、
バキッ!!
「着席を」
先程の再現のように、黒板へ小さな点を作って『お願い』をしました。私の背後で『何故か』細かいチョークの粉が飛び散っていますが、気にする必要もない些事でしょう。
「「はいっ!!」」
すると、私の声がようやく耳に届いたのでしょう。皆さん自らの怒りも忘れ、急いで席につかれました。
これでようやく、『ご相談』ができます。
「さて、皆さんようやく落ち着かれたご様子ですので、今の状況を整理いたしましょうか?」
コン。
最初と比べて少し短くなったチョークを教壇へつけ、小さな音がしました。
「まず、これは初歩の初歩ですけども、私たちは体育祭の出場競技について話し合っていました」
コン、コン。
「本来ならば一時間もしない内に決まるだろう議題でしたが、他ならぬ皆さんの感情により反対意見が多数を占め、未だにほとんどが空白のままです」
コン、コン、コン。
「ただ、私が観察する限りでは、皆さん参加しようと考えていらっしゃる競技はすでに決めており、問題としているのは気に入らないクラスメイトの方が同じ競技に参加するのが嫌だ、ということですよね?」
コンコンコンコン。
「そこから皆さんは、相手が辞退するように互いへ罵詈雑言を浴びせ、中身のない言い争いを延々続け、気がつけば下校間近の時間にまで遅れてしまいました」
コッコッコッコッコッ。
「ですが皆さん、よく考えてください。私たちは誰が何をするかで揉めてはいません。衝突の原因は、同じ競技に嫌いな方がいるから、という感情的な理由です」
コッコッコッコッコッコッコッコッコッコッ。
「そして、これまでの意見を皆さんの感情を無視して集計した場合、綺麗に参加競技の人員選定が終了するんです」
コッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッ。
「そう、もうすでに、誰がどの競技に参加するのかは決まったようなものなのです。しかし……、」
ガンっ!!!
「どうしてまだ私たちはこのクラスに居続けているのでしょうか?」
静かになった場で紡がれた私の疑問の声に、すぐに答えてくれる人はいませんでした。半数は私から顔をそらし、半数は顔を青ざめさせ、ごく少数は体が震えているように見えます。
不思議な反応しかしてくれない皆さんに、私は『何故か』さらに短くなったチョークを黒板へと走らせ、競技の下に名前を書いていきます。
それはクラスメイトの方々の名前であり、苦労して聞き出した参加希望に沿った配置でした。
「お、おい……、柏木?」
「あれだけクラスの方々が騒いでいる中我関せずと惰眠を貪り事態の収拾を私たちへと移して責任を放棄した林先生、何でしょうか?」
「あ、いえ、なんでもありません」
無言のまま名前を書くだけだった私に、途中で林先生が話しかけてこられましたが、大した用事ではなかったのか、すぐに口をつぐみました。
「え~……っと、柏木さん。俺、何かしようか?」
「副委員長でありながら文句や愚痴しか言わずいざ話し合いとなったときには私へすべて任せきりでさっさと寝てしまった薄情者の立川さん、でしたらこの提出用のプリントの空欄に名前を書いていってください」
「わかりました喜んで!」
今さらになって立川さんから助力の提案があり、先生に提出していただく体育祭の参加名簿を渡し、書き移してもらうことにいたしました。時間の短縮になるでしょう。
「えっ、と、柏木さん……?」
「はい、何ですか、長谷部さん?」
「お、怒って、る?」
「どうでしょうか」
「……そ、そう」
八割ほど作業が終わったところで、今度は長谷部さんが声をかけられました。妙に恐る恐るとした問いかけでしたが、私が正直にお答えしたところ、それきり黙ってしまわれました。
どうかされたのでしょうか?
「さて、皆さん」
ようやくクラス全員の名前が埋まったところで、私は黒板から皆さんへと振り向いて意識的に笑みを浮かべました。
「競技のメンバーはこれでよろしいでしょうか?」
「「はい! よろしいです!」」
「異論がある方は、いらっしゃいませんか?」
「「めっそうもございません!!!」」
「それはよかったです」
こうして、一年三組の体育祭の出場競技が決定されました。やはり、皆さん言葉を尽くせばわかってくださるのですね。誠心誠意、言葉による解決を模索してよかったと思います。胸にあったモヤモヤも、すっかりと消え去りましたしね。
ですが、その後しばらく、お兄様やクラスの方々が私に対してとても丁寧な口調で接してくださるようになりました。それは林先生や立川さんも同様で、普通だったのは長谷部さんだけでした。
皆さんの態度の急変に内心で首を傾げましたが、何か大きな弊害があったわけではないので、気にしないことにしました。
皆さん、一体どうされたのでしょうね?
余談ですが、覚醒した凛ちゃんは口以外全く動かないほどの無表情でした。




