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ゆる~らぶ  作者: 一 一 
一章 部活動 ~高校一年生・一学期~
31/92

凛の十三 想えば想うほど……


 凛ちゃん視点です。


 カリカリ、と私の手元でシャープペンシルが音をたて、真っ白なノートへ黒い文字を書き連ねていきます。私の回りにはそれ以外の音はなく、静かな時間が流れていきます。


「……はぁ」


 切りのいいところまで進めたところで、私の口から重いため息が吐き出されました。最近、癖になってきている気がします。


 確か、ため息を吐くと幸せが逃げると言われているんでしたよね? 正にその通りです。先人の言葉は偉大ですね……。


 私が大きく気分を落としているのは、正直に申し上げますとお兄様が原因です。桂西高校に入学してからもうすぐ二ヶ月になりますが、その間ずっと、私は肩身の狭い思いを強いられていました。


 特に、演劇部への入部を果たしたあとでしょうか? お兄様からの干渉が、明らかに増えてきているのです。


 朝は車通学のまま、クラスの前までお兄様がべったりと寄り添い、放課後になれば当たり前のように廊下でお兄様が待っていらっしゃいます。


 そこからもまるで護送のように部室まで歩き、部活終わりでさえ迎えの車まで連行される徹底ぶりです。


 ただそれだけならば、まだ諦めもつきます。いえ、私の精神力を削るには十分な威力があるのですが、この程度であれば我慢もできます。


 お兄様はただ私についてくるだけでなく、私に近寄る男性を(ことごと)く威嚇し、私を(かば)おうとするのです。


 まるでどこかの要人にでもなったように、男性の視線を遮り、私の視線をお兄様以外に向けないようにしてくるのです。


 相当剣呑な空気を出しているのか、私たちの横を通りすぎる男性の皆さんは、例外なく驚いたような表情をされていらっしゃいました


 ただ通りすぎるだけの男子生徒や教師の方々に不快な思いをさせてしまい、申し訳なく思います。そして、無駄に敵意を振り撒くお兄様が血を分けた兄だと思いますと、恥ずかしいやら情けないやら、とにかく憂鬱になるのです。


 また、お兄様の行動は部活動でも同じでした。


 演劇部にいる男性はお兄様を除くと、ターヤ先輩、キョウジ先輩、そして相馬さんの三名です。


 部活動の間、私はお兄様を介してしかまともな会話ができなくなっていました。


 私が望んだわけでも、お兄様に頼んだわけでもないのですが、男子部員が近づくとお兄様が壁となり、すぐ近くにいるはずの彼らと伝言ゲームのような会話をさせられていました。


 はっきり申し上げますと、お兄様の行動は時間の無駄ですし意味のない行為だと思います。私とて三年間は共学の中学校に通っていたのですから、ここまで過剰反応されるほどの箱入り娘ではありません。


 一応、かなり遠回しにお兄様へその(むね)を伝えたのですが、全く伝わりませんでした。むしろ余計にお兄様を焚き付けてしまったようで、翌日からお兄様の反応が過剰となりました。


 その一件により、私からの進言は逆効果となる可能性が高いと思い、お兄様が満足なされるまで口を出さないことにしました。


 しかし、お兄様の過保護な付きまといは日を追うごとに過敏となっていく気がしてならず、比例して私の心労はたまっていく一方です。


 唯一お兄様の目を気にしなくていいのは、学校で授業を受けている時間だけとなっています。昼休みにも私の元へと現れますから、本当に気が滅入ってしまいます。


 そうしたストレスが表に出たために、ため息が増えたのでしょう。よくお話をする長谷部さんや立川さんにもご指摘を受けましたし、私も自覚するほどですから、相当参ってしまっているのでしょう。


「…………はぁ」


 特に、相馬さんとお話しできないのが、私の最大のしこりとなっていました。


 不純ですが、私が演劇部の入部を決めた一番の理由は、相馬さんが所属していたからです。あわよくば、相馬さんとの仲を深め、誰(はばか)ることなく接することができる関係を築けたら、と思っていました。


 しかし、私の思惑はお兄様の存在で一気に瓦解(がかい)しました。


 私の下手な行動が相馬さんへのご迷惑になると頭をよぎり、話しかけるどころか近寄ることすらできなくなっていました。


 本当に恐れているのは、このままの状態が続き、相馬さんが私へ悪感情を抱いてしまうことでした。


 私の意思ではないとはいえ、あれだけ敵意のある対応をされれば、どれ程温厚な方とはいえ不快に思われるのは当然です。


 相馬さんも、いずれ私を、その、嫌いになることがあるかもしれません。


 もしも、相馬さんの口からはっきりと決別の言葉を告げられたとき、私の心は耐えられるのでしょうか?


 ……そのことを想像しただけでも、呼吸が乱れるほどの胸の痛みが生じます。


 幸いにも、長谷部さんのお話によると、相馬さんは私の事情をある程度理解してくださっているようです。今は私を気遣い、不用意な接触を避けているだけだ、と教えてくださりました。


 少し気が軽くなりましたが、このままの状態ではいけないとは重々承知しています。何としてもお兄様の呪縛から抜け出し、自由な生活を獲得しなければなりません。


 ……そろそろ本気で策を考えないと、私の精神がもちそうにありませんし、ね。


「……ふぅ」


 それから自分の机でテスト対策を続け、区切りがつくと心労とは別の疲労からくるため息が漏れ出ました。


 そういえば、今ごろ相馬さんは先輩たちとテスト勉強をなさっているのでしたね。本当は私も参加したかったのですが、仕方ありません。


 お兄様が代わりに断りの返事を勝手にしてしまいましたが、私は別に一人でも大勢でも、勉強の効率は変わりません。


 それを知れたのは、受験勉強で相馬さんの勉強を見ていたときでした。


 相馬さんはお世辞にも勉強ができる方とは言えません。授業内容を覚えるのが苦手なのか、基礎の基礎と言われる部分まで私に尋ねてきたほどでした。


 数分置きに尋ねてこられ、私もその度に勉強が止まりましたが、あまり進捗(しんちょく)スピードに変化はありませんでした。私は切り替えが早い方なのでしょう。


 ですから、相馬さんが参加されるという勉強会を避ける理由は、私にはないのです。


 むしろ相馬さんのお側にいたかったので、喜んで参加したかったのですけどね……。はぁ……。


 それに、私が相馬さんと会えないだけが懸念(けねん)ではありません。


 もしかしたら、ですけど、他の女性部員が相馬さんのよさに気づき、好意を寄せる可能性があるのです。


 口惜しくも、私は相馬さんとの接点がほとんど取れず、友人関係としても出遅れた思いが強くあります。人間関係も希薄になりつつあるのは、私の気のせいではないでしょう。


 一転、演劇部に入部された相馬さんは女性との接点がとても増えました。


 ミィコ部長から始まり、ミト先輩にトーラ先輩、トウコ先輩にハーリーさんも。部活動の中だけでも五名もの女性と接点があるわけです。


 特に先輩方は相馬さんをすごく気にかけていらっしゃいましたから、相馬さんへの感情に異性としての愛情を向ける可能性は大いにあります。


 加えて、相馬さんのクラスにも当然女子生徒はいらっしゃいますから、私の知らないところで友人関係を築いていらっしゃるのかもしれません。


 そうした新しい繋がりから、相馬さんと他の誰かが、友人関係を越えたより親密な関係に発展される可能性を考えてしまいますと、気が気ではありません。


 相馬さんの隣に、私以外の女性がいて、私のいないところで相馬さんが笑っているのは、とても、嫌なんです。


 これが醜い感情であることはわかっています。言葉にすれば、嫉妬や独占欲、といったものだということも頭では理解しているつもりです。


 それでも、私は相馬さんという、かけがえのない人の存在を知ってしまいました。


 男性に恋をすることを、人を愛することを知ってしまいました。


 気づいてしまった以上、私の中に芽生えた醜さを、なかったことにはできないのです。


 演劇部の練習では、ミィコ部長は好んで恋愛物のストーリーをよく選定され、私たちの演技の教材とします。ミィコ部長によれば、私はヒロイン向けの演者だとのことで、いわゆるお姫様役を伸ばしたいと仰られていました。


 恋愛というものに疎かった私は、それらの物語から色々な『恋愛』を知りました。


 会いたいときに会えなくても、相手をひたすらに想い続ける一途な愛。


 周りが見えなくなるほど燃え上がる、お互いを求めてやまない情熱的な愛。


 親友の伴侶となってしまう想い人の姿を、笑顔の仮面で祝福し心で涙を流す報われない愛。


 想い人を他者の故意で失い、死に追いやったすべての者に復讐する鬼となった狂おしい愛。


 演じた物語もあれば、台本を読んだだけの物語もありましたが、これだけでも人の『恋愛』の形が千差万別存在するということがわかりました。


 そして、私はそのどれにも共感できました。


 中学校を卒業してから高校の入学式で再会するまで、相馬さんのことをひたすらに想い(ふけ)っていました。


 時に相馬さんから甘い言葉を(ささや)かれる想像をしては、顔を真っ赤にして枕に顔を埋めたこともあります。


 高校生となり、相馬さんとまともに話ができない現状は、相馬さんが女性とお話をしている姿を見ているだけでやきもきします。


 相馬さんを想うと負の想像もどこまでも深みにはまり、彼がいない世界を思い描くというあり得ないことでさえ、幾度となく経験してしまいます。


 こうした知識と経験が、私の心に焦燥を生み、ふとした瞬間に何もかもかなぐり捨てて相馬さんの元へと駆け出したくなるのです。


 ですが、彼のことを想えば想うほど、計算高い冷静な理性が歯止めをかけてきます。


 私の一時の暴走が、相馬さんの立場や生活を著しく悪化させてしまうと、私は理解してしまっているのですから。


 本能からくる欲求とは裏腹に、決してそれを許してくれない環境(かぞく)


 私の気持ちをがんじがらめに縛り付ける現実に、私はどうすることもできません。


「『……私がもっと強かったら、あなたは私の隣にいたのかな……』」


 ネガティブな思考に囚われ、つい口から出たのはとある物語の台詞でした。


 恋人を失い、失意の底に落とされたヒロインが、自室で泣き()らした後で絞り出した、悲痛な言葉です。


 彼女はその強すぎる彼への想いから後に復讐に走り、色んな人の人生を壊していくのですが、私は、どうなのでしょうか?


 やはり、今の私には、相馬さんとの仲が悲しい結末を迎えた先にある未来の私を、想像することはできません。


 ただ、少なくとも。


 今の私がこの世からいなくなってしまうだろうことは。


 何となく、確信できました。


「失礼します。凛お嬢様、夕飯の支度が整いましたので、お迎えに上がりました」


「……ありがとうごさいます。すぐに向かいます」


 考え事をしながらもテスト勉強を続けていたところ、数度のノックの後で私の対人コミュニケーションの師匠、橘さんが入室されました。


 それだけの時間がたっていたのかと、少しはっとしながら、私はノートを閉じて食卓へ向かいました。


 私の気持ちを悟られないように、笑顔の仮面を張り付けて。




「ちょっと、聞いてよ柏木さん! レンマ君って勉強が全然できなくて、昨日は私勉強会で本当に何もできなかったんだよ!

 英単語や数式、古語何かは当たり前で、中学の内容とか平気で聞いてくるんだよ!? あり得なくない!??

 図書館だったしすぐ近くには先輩もいたから我慢したけどさぁ、二人きりだったら二十回くらいは殴ってるよ、グーで!!

 あ~!! 今思い出しても腹が立つわ!!」


 翌日、登校するなり長谷部さんは勉強会の愚痴を盛大に私へぶつけてきました。ほぼすべて相馬さんへの文句のようで、私は苦笑するしかありません。


 ………ちなみに、相馬さんに対する長谷部さんの好感度が下がったことに、少しだけ安堵してしまったことは、誰にも言えない秘密です。



 恋する乙女の妄想、にしては暗いですね、ものすごく。それが見当外れな予想でないことが、凛ちゃんにとってはこの上ない災難なのです。


 私も恋愛はただ綺麗なだけではない、と思っておりますので、とっても賢く、それでも恋愛初心者の凛ちゃんは色々と考えこんでしまうのです。


 という、作者からの謎のフォローでした。


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