凛の八 迷いに迷って……
凛ちゃん視点です。
こっち視点は新キャラの名前がよく出てきますね? 社交性の違いでしょうか?
あれから放課後になると色々な活動を拝見させていただきました。基本的に女子の方に誘われて、たまに男子の方にも誘われつつ、私の興味に惹かれた部活動を回りました。
運動部では野球部やサッカー部などのマネージャーにと頼まれ、バスケット部やテニス部、ラクロス部などは選手として誘われました。あとは、経験もある空手部にも熱烈な歓迎を受けましたね。
文化部でも、吹奏楽部や美術部を始め、茶道部、華道部などの部活動にも入部を勧められ、非常に多くのお声をいただきました。
主にクラスの方に誘われたのですけど、時には先輩方にもお誘いいただきました。ほとんどが男子の方ばかりでしたけどね。
「う~ん、どうしましょう?」
しかし、私は四月の下旬になっても部活を決められないでいました。
楽しそうな部活動はたくさん見られたのですけれど、お誘いの声が多すぎて余計に目移りしてしまうのです。
あれもこれも楽しそうですし、と悩んでいる間に新しい部活動を見学して、これも楽しそうですね! という流れで候補が絞れませんでした。
気がつきますと、あと一週間ほどにまで入部期限が迫っていました。そろそろ一つに決めねばなりません。
「運動部も体を動かすことは楽しいですし、文化部も新しいことに挑戦できますから魅力的ですし……。どうしましょう?」
今日も放課後になり、私はうんうん唸りながら机の上に置かれた入部届を見つめていました。必要項目は書き終わり、残りは部活動の名前を記入するだけで提出できます。
「あれ? 柏木さん? 難しい顔してどしたの?」
「あ、長谷部さん」
しばらく悩んでいますと、クラスメイトの長谷部さんに話しかけられました。
彼女は本名を長谷部恵理さんと仰る方で、肩にかかるくらいのセミロングの栗毛が特徴的な、とても可愛らしい女の子です。
いつでも元気溌剌としていて、私と違って太陽のような明るさを持ち、天真爛漫という言葉がとてもよく似合う女性です。社交性が高く、私も見習いたいと思っております。
入学式のデモに不参加であったこともあり、クラスの男子の皆さんともすぐに打ち解けておられました。他のクラスにもご友人をたくさん作られており、よく廊下から名前を呼ばれている姿も見かけました。
「もしかして、まだ入学式のこと気にしてる? 別に柏木さんが気に病むことないよ? 出会い頭の事故みたいなもんだ、って思っといた方がいいって!」
「あ、はい。心配してくださってありがとうございます」
ちなみに、未だクラスの雰囲気はピリピリとしたままです。流石に時間が経るごとに緊張感は緩和されているようですが、必要事項の連絡以外では会話がない状況が続いていました。
皆さん意地になっているのか、つーんとした態度を変えてくれません。周囲の方々へ当たるようなことがないのが救いといえます。
林先生に指名されてクラス委員長に収まり、私自身このままではいけないと、何かしらの手段を講じてきましたが、妙案は浮かびません。
そもそも私もコミュニケーションの勉強を進めている途中です。一人で抱えるには大きすぎる問題に、途方にくれてしまいそうです。
それはそうと。私の直近の悩みはそちらではありません。
「そちらも悩みの種ではあるのですが、今はこちらの方が大事ですね」
「? あぁ、部活? 柏木さん、あんなに勧誘受けてたのに、まだ決まってなかったんだ?」
「そうなんです。どの部活動も面白そうで、決められないんです」
「はぁ~、そんなこともあるんだね~。私は最初から決めてたから、迷うことなんてなかったわ」
「え? そうなんですか?」
そういえば、長谷部さんの部活動って何でしょう?
「ちなみに、長谷部さんはどちらの部活動に参加されてるんですか?」
「お? 興味ある? んじゃ、見学してみる?」
というわけで、長谷部さんにつれられて、何度目かわからない部活動見学に参ることになりました。
「長谷部さんの印象ですと、運動部ですか?」
「惜しい! まあ、グレーゾーンってとこかな」
「はぁ……?」
「ま、見てればわかるって!」
長谷部さんの案内で廊下を歩く最中、何気なく部活動についてお伺いしたのですが、詳しくは教えてくださいませんでした。
文化部ですけど、体力を使う部活動、ということでしょうか?
「失礼します!!」
長谷部さんの背中を追いながら部活動を想像していたところ、ある扉の前で立ち止まった長谷部さんはとても大きな声で挨拶をされました。
近くにいた私は、大きな声と雰囲気が変わった長谷部さんの迫力に、ビクッと肩を震わせてしまいました。
「おっ、ハーリーちゃんお疲れ~。……って、後ろの美人ちゃんは誰よ?」
「お疲れさまです、ミィコ部長。彼女は見学希望のクラスメイトで、柏木凛さんです」
「見学? これまた珍しいね? あの子よりも部活を決めるのが遅い子がいたんだ?」
「私もビックリしましたけど、やりたいことが多くて決められなかったそうですよ? ……ここは気合いを入れて、柏木さんに入りたいと思わせられたら、そのまま入部もあり得ますよ?」
「ほうほう? なるほどねぇ」
後半は長谷部さんが小声になってしまわれたので、部長だという方になんと仰っていたのかはわかりません。が、突然ニヤニヤと私に視線を向ける部長さんの目は、獲物を狙う猛禽類のそれにしか見えませんでした。
「やあやあ、歓迎するよ、柏木さん! アダ名はカリンちゃんね? あたしは演劇部部長の片桐美琴、アダ名はミィコだよ! よろしくね、カリンちゃん!」
「へ? あ、よ、よろしくお願い致します、片桐部長」
い、いきなりアダ名をつけられました! 今までそのような呼ばれ方をされたことがなかったものですから、嬉しいやら恥ずかしいやらで、ビックリしてしまいました。
片桐先輩は黒いショートカットがよくお似合いになられている、快活な女性でした。同じ明るい女性でも長谷部さんとは異なり、とても頼りになりそうなお姉さん、という感じがします。
少し仕草や口調が男性のようでしたが、ボーイッシュというのでしょうか? 決してそれらは粗野ではなく、女性らしさを失っていません。むしろ、片桐先輩の魅力を押し上げているようにも思えます。
そして、遅ればせながら気づきましたが、長谷部さんの所属する部活動とは、演劇部だったのですね。そういえば、まだ見学をしたことがない部活動でした。
「あらら、堅いなぁカリンちゃんは。ま、見た目からして真面目そうだし、いきなりフランクになれっていうのも無理かな?」
「ですね。かし……っと、カリンさんの敬語は癖になってるそうですし、直すのは無理だと思いますよ?」
私は普通に挨拶をしたつもりだったのですが、片桐部長には苦笑されてしまいました。長谷部さんも、肩を竦めてフォロー? してくださいます。
「あ、ちなみにアダ名はうちの部活の伝統らしくてさ。部員だけじゃなくて、見学者とかにも親しみを込めて部長がアダ名をつけるんだ。私は長谷部恵理の最初と最後をとって、『ハーリー』らしいよ?」
「あたしの『ミィコ』ってのも、卒業した先輩がつけてくれたアダ名なんだ。可愛いでしょ?」
「はい。長谷部さんも片桐先輩も、とてもよくお似合いです」
「ははは、ありがと! でも、できればカリンちゃんにもアダ名で呼んでほしいかな。入部希望者の中にはそれを嫌がる子もいるけど、一応決まりみたいなもんだしさ」
「承知しました、ミィコ部長」
「おっ、順応性はあるみたいだね。感心感心。うちの部に欲しい人材だ!」
からからとした笑顔のミィコ部長は、それから私たちを室内に招いてくださいました。
中は普通の教室と同じか、それより少し広いくらいの部屋でした。壁の一面だけ鏡張りとなっており、周囲を見渡す私の顔が映っています。
部員の皆さんの荷物は、一塊に隅に積まれていましたが、現在室内にいるのは私たち三人だけのようです。
「あの、他の皆さんはどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「ん? あぁ、今ウォームアップのランニングに出掛けてるよ。軽く校舎の周りを二周するだけだから、直に帰ってくるんじゃない? 一人を除いて、だけど」
「あ! 私も行かなきゃ! ごめん、カリンさん! ちょっと走ってくる!」
「あ、はい。お気をつけて」
「いってらー。いつも通り、基本セットは各自でやることになってるからね~!」
「わかりました、ミィコ部長! 行ってきま~す!」
そういうと、長谷部さんはすぐに体操服に着替えて外へ飛び出していかれました。長谷部さんもランニングなどの、基本セットとやらを行うのでしょう。
「あの、ミィコ先輩はその基本セットはなさらないのですか?」
「あたし? さっきランニングが終わって帰ってきたところだから、今から続きするよ。他の連中は、多分ずぶの素人だった新人君に付きっきりになってるんじゃない? もうすぐ帰ってくるよ」
「ただいま戻りました~!」
「噂をすれば、だね」
ミィコ部長がストレッチを始め、見学していたところで、部員の方々が帰ってこられたようです。先程長谷部さんが出ていった扉から、続々と人が入室してこられました。
「あれ~? ミィコ部長~、どこからそんな美少女~、拐ってきたんですか~?」
「えぇっ!? ついに可愛い物好きが突き抜けて、人拐いにまで手を染めちゃったのっ!? ミィコ部長、見損なったよ!! いつかやると思ってたけどさ!!」
「ミィコ、自首しよう。交番はあっちだぞ?」
「お客さんの前で人聞きの悪いこと言うな!! あんたら、あたしのこと一体なんだと思ってんのさ!?」
皆さん、帰ってくるなりミィコ部長へと口々に失礼なことを仰っていました。顔色を変えたミィコ部長は怒って部員の方々を注意されましたが、反省の素振りが見えません。
「で? お客さんって、見学希望ってこと?」
「そう。カリンちゃんだよ。本名は入部してくれたら公開ってことで」
「初めまして。本日はよろしくお願い致します」
「へぇ~、しっかりした子だなぁ。俺らの世代とは大違いだ」
「余計なこと言うな、ターヤ! カリンちゃんの心証が悪くなるだろうが!!」
ターヤ、と呼ばれた先輩はミィコ部長と同学年らしく、親しみのあるやり取りをなさっておられます。ターヤ先輩は男性で、とても落ち着きのある雰囲気の方でした。
ちなみに、ミィコ部長に自首を薦めたのがターヤ先輩です。遠慮のない間柄なのでしょう。言い争いをしていますが、険悪な空気は微塵もありません。じゃれ合い、というものかもしれませんね。
「それで? みんなして遅れたのは、レンマ君の付き添いだったんでしょ? 肝心の新人君はどうしたの?」
「レンマ君なら、あそこだ」
ターヤ先輩は部屋の出入り口を指差し、レンマ君という方の所在を伝えました。
「ひゅー、ひゅー、ひゅー……」
「大丈夫かよ、レンマ? お前毎回ウォームアップで死にそうになってんじゃねぇか」
「運動苦手だったっていうし、仕方ないんじゃない? 一月もすれば慣れるよ、多分」
そうして入ってこられたのは、三人の人物でした。恐らく先輩でしょう、真ん中の人物を支えるように肩を貸し、心配そうに声をかけていらっしゃいます。
疲弊されている真ん中の方がレンマさんで、右側には男性の先輩、左側には女性の先輩がついていました。
「あー、しばらく休ませてあげな。カリンちゃん、あの子が新人のレンマ君だよ」
「……え?」
二人の先輩に介抱される姿を苦笑し、ミィコ部長はレンマさんを私に紹介されました。
が、私は驚いて目をぱちくりさせてしまいます。
息切れをなさっている彼が、初対面の方ではなかったからでした。
「相馬さん!?」
「ひゅー、ひゅっ? あ……、かし、わ、ぎ、さん……?」
二人の先輩に助けを借り、壁にもたれ掛かった新人だという男の子は。
ぐるぐる眼鏡の想い人、相馬さんだったのです。
久しぶりの再会ですが、すでに蓮くんグロッキーです。