終の一 再会
約一ヶ月ちょっとぶりです。
三人称です。
四月。
桂西高等学校は、校庭の桜が満開となったこの日、卒業生と入れ替わりで新入生を迎えることとなった。
天気は快晴。風がやや強いためか、桜の花びらが宙を舞い、入学式の花道を彩っている。日差しは穏やかで、気を抜けば睡魔に襲われそうになるほど心地よい空気が漂い、新一年生の緊張をほぐすことに一役買っている。
新入生の集合時間十分前、ほとんどの生徒が集結している中、慌てた様子で校門を駆け抜ける男子生徒がいた。
「はぁ、はぁ、はぁ、っ、ま、まにあった……」
体力の限界か、両膝に手をつき大きく呼吸を繰り返す少年。ずれた眼鏡の位置を直しつつ、荒くなった息を整えていく。
「入学式に、遅刻とか、できないし、ね……」
途切れ途切れに独り言を呟きつつ、おもむろに顔を上げた少年、相馬蓮は新たに通う学校の校舎を仰ぎ見る。
「今日から、僕も西高生、か。まだ実感が湧かないや」
かつての自分の成績では、とてもではないが入学できなかった学校。何度も夢なのではなかろうかと思った。実際、睡眠中の夢の中で、入試の採点結果が間違いであったと告げられたことが幾度もあった。
遅刻しかけた理由は寝坊だ。蓮は入学式の前日にもそのような悪夢を見ており、ついさっきまでうなされていた。自身のあまりのメンタルの弱さに、起床と同時に蓮は思わず苦笑いしていた。
「でも、他の人たちはどこにいるんだろ?」
準備もそこそこに急いで家を出て、何とか遅刻だけは免れた蓮だが、他の生徒がどこにいるのかわからない。
ふらふら歩いていると、『クラス表掲示』と書かれた案内用の立て看板を見つけ、ほっとしながら蓮は指示に従う。
パネルに張り出されたクラス分けの用紙の周囲には、もうあまり人はいない。
生徒はまばらで、ほとんどが誰かを探している様子。しきりに腕時計と校門のある方向とに視線を往復させている。蓮のように遅刻しかけているらしい、各々の知り合いを待っているようだった。
新入生に指示しているらしい教師の姿も数人程度。どうやら、先に大多数の生徒はホームルーム教室の方へと移動してしまった後のようだ。
出遅れた雰囲気を察し、蓮は小走りにパネルへと近づき、掲示されたプリントの中から自分の名前を探す。
「一組……、ない。二組は……、なさそう」
一人一人の名前を確認しながら、蓮は自分の名前を探す。弱い視力の関係もあり、目を細めながらじっくりと眺めており、文字を追う速度は遅い。
「相馬さんでしたら、四組のところに名前がありましたよ?」
「え? 本当?」
言われたように、三組を飛ばして四組の名前を確認すると、確かに相馬蓮の名前が記されていた。
「あ、本当だ」
「見つかりましたか?」
「はい、ありがとうございます」
そこで、はた、と気づく蓮。
さっきから、自分は誰と会話をしていたのだろうか?
ようやく疑問に思い、背後を振り返る。
「……え?」
そこには見知った顔があった。
桜の花弁と共に踊る黒髪を、白魚のような白く細い手で押さえつけている少女。ただ、それだけの動作が彼女の存在に芸術的な美しさを与え、写真や絵画のような非現実さを醸し出している。
柔らかな笑顔を浮かべて蓮の顔を覗き込む彼女は蓮の知る人物であり、もう会うことはないだろうと考えていた人物でもあった。
「……かしわぎ、さん?」
「はい、何ですか?」
驚愕のため眼鏡の奥でまぶたを大きく広げて、二の句が継げない蓮とは対照的に、相対する少女、柏木凛はニコニコと笑顔を絶やさず、蓮の疑問符に小首を傾げながら応える。
「え? ……え? 何で、西高にいるの?」
困惑の極みにいた蓮は、自然とその疑問を口にした。
「何で? と言われましても、私も桂西高校を受験しまして、合格通知を頂いたものですから、こうして指定の制服を着用して登校してきたのですけど……」
「え、いや、ごめん。そういうことじゃなくて」
噛み合わない会話に戸惑いを隠せない蓮。一度深呼吸をして頭を整理し、台詞を考えながら、再度口を開いた。
「僕が聞きたいのは、どうして柏木さんが西高を受験したのか、ってことだよ。共学の学校を許されたみたいだから、それはよかったけど、どうして偏差値の高い北高に行かなかったの?」
当然の疑問だった。蓮にとっては進学に不安が残る西高でも、凛にとっては滑り止めで受験する高校よりもさらに容易に合格できる学校である。
よく考えなくても、凛が受験するメリットや必要性が思い浮かばない場所である。
「ん~、どうしてでしょうね?」
凛は下唇の下に人差し指を添えて考えるように小首を傾げ、口にしたのははぐらかすような台詞。声音も少し弾み、イタズラっぽい笑顔を浮かべている。
「……、柏木さん、何だか雰囲気変わった?」
少しの間見とれてしまった蓮は、特に考えもせず、思ったことを口にした。今まで落ち着いた様子であったことの多い凛が、かなり砕けた態度を見せたのを、蓮なりに感じ取ったから出てきた台詞であった。
「? 私、何か変わったのですか? 自分ではわかりませんよ?」
きょとんとした顔で返された蓮。目をぱちくりしてこちらを見つめる姿は、いつもの凛の姿であった。
「えと、ううん、やっぱりなんでもないや」
少し疑問には思ったが、蓮は言葉を濁した。そして、しどろもどろながら違う話題に転換させる。
「え……っと、じゃあ、柏木さんは何組だったの?」
「私は三組でした。相馬さんとご一緒できなくて、とても残念です」
蓮は先程飛ばしたクラス表の三組を確認していくと、確かに柏木凛の名前があった。
「あ、本当だ。でも、隣のクラスなんだね」
「いえ、数字的には隣なのですが、クラスは階が離れておりまして、少し遠いのです」
凛から説明を受けて蓮は学校案内の冊子を見せてもらうと、確かに一年生の教室は三クラス毎に階が分かれていた。一階が一から三組、二階が四から六組、三階が七から九組、という風に分割されていた。
ちなみに、一年生の教室がある棟は下駄箱から一番遠い位置にある。学校が始まってから、遅刻とかしたら間に合わないだろうな、と蓮は考えていた。
「あ、柏木さん一階だ。いいなー、僕は二階だよ。階段がある分、ちょっとしんどいよね」
「私はあんまりよくないです」
「そうなの?」
「そうなんです」
不思議な会話を繰り広げている二人。だが、第三者の介入でお喋りは中断することになった。
「君たち、そろそろ教室に向かわないと、式に間に合わないぞ」
「あ、わかりました。
では相馬さん、行きましょうか」
「そ、そうだね。行こうか」
周りにいた教師の一人が蓮と凛に声をかけた。とっさに凛が返答して蓮を促し、ようやく校舎に足を踏み入れた。
「えっと、それじゃあ、柏木さん」
「? 何ですか?」
「これから三年間、よろしくね」
「……はい」
~~・~~・~~・~~・~~
運命のイタズラか。はたまた必然が成せる巡り合わせであったのか。
本来なら途切れていたはずの縁が再び結ばれ、蓮と凛は再会を果たした。
彼らの出会いは平凡だった。ともに過ごした時間は一年にも満たないほどで、決して長くはない。卒業を契機に互いの存在を忘れてしまうほどの、淡白で面白味のない関係でしかなかった。
が、彼らの繋がりはまだ終わらない。むしろ、始まったばかりと言えた。
彼がきっかけを作り、変わった彼女は彼を追いかける。
彼らの物語は、今、スタートラインを越えたのだった。
ようやく序章が終了です。
これからの高校生編が本編になります。執筆スピードは多分上がりませんが、自分ペースでポチポチやっていこうと思います。