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ゆる~らぶ  作者: 一 一 
序章 出会い ~中学三年生~
12/92

凛の五 私の進路は……


注意、二話投稿です。


凛ちゃん視点です。


ちなみに、勘違い要素は薄いです。


「お父様、お母様。率直に申し上げます。私は、聖マリアンナ女学院には行きません」


 家族に私の思いをぶつけたのは、ある日の夕食後、家族が談笑を楽しんでいた時でした。


 相馬さんに進路の悩みを打ち明けてから数日後、私は珍しく家族がそろうこの日に、自分の思いの(たけ)をぶつけることにしました。


 お父様とお母様はお仕事で多忙でいらっしゃいますので、実は夕食をご一緒する機会は少ないんです。


 普段はというと、お兄様と二人で食事をしています。使用人の皆さんは私たちとは時間をずらして食事をされているらしく、食卓をご一緒することはありません。


「……凛? いきなりどうしたんだい? 父さんたちも困ってるぞ?」


 私の発言で固まった空気を溶かしたのは、私の向かい側の席にいた(あきら)お兄様でした。


 家族の皆は私に視線を向けて驚いて固まっていましたが、よく見ると使用人の皆さんも私を凝視したままでした。


 ちょっと話が唐突にすぎたのかもしれません。気がつかないうちに、気持ちが急いていたのでしょう。


「……ごめんなさい。いきなり話すようなことではありませんでした。しかし、私が聖マリアンナ女学院へ進学する気がないのも確かです」


 突然の発表に混乱を与えたことに謝罪を入れつつも、きっちりと私自身の意見は主張します。


 すると、お兄様の隣の席にいらっしゃったお父様(ちなみに、柏木光太郎(こうたろう)というお名前です)は口をつけていた紅茶を置き、眉間にシワを寄せて目を細めました。


「凛、聖マリアンナ女学院に行かない、とはどういうことだ?」


 いつものお父様の優しげな声とは違い、低く威圧するような声が、私を非難するように責めたてます。


 ……やはり、私が聖マリアンナ女学院以外の高校へ行くことを、快く思っていらっしゃらないのでしょう。


「凛に合わせた成績で他の女子校となると、家から遠くなって寮暮らしになるだろう? そうなると、凛と会える時間が減ってしまうではないか!」


「なっ! ……凛、考え直そう! 無理にこの家を離れる必要はないよ? 凛だって寂しいだろう? 僕だって寂しい! だから行かないで、お願いだから!」


 ……お父様の中で私が女子校へ行くことは前提条件なのでしょうか? もしかして、すでに私が女子校に行くことを了承していると考えていらっしゃったのでしょうか? だとすれば、今日この日に誤解が解けてよかったと思うべきでしょう。


 それに、一人暮らしでも寂しいとは思わないので、私としては寮生活になっても構わないですよ?


「あの、お父様、お兄様、私が言いたいことはそういうことではなく、女子校じゃない共学の高校へ進学したい、ということです。

 ちなみに、私は家を離れて学生寮に入るのに抵抗はありませんから、家を出ることになっても構いませんし……」


 少し呆れたような言い方になってしまったのは仕方ないと思います。が、お父様たちがそのような細かいところを気にする余裕はなかったようです。


「共学だと? 何をバカなことを言っているんだ凛! お前をそこらの馬鹿な男どもの目に触れさせるなど、あってはならんことだ! いいから、お前は私の言う通り、女子校に通いなさい!」


「そうだよ、凛! 家を離れても構わないなんて言わないで! 何なら、一生僕が面倒を見てあげるから、どこにも行かないでよ! ね? その方がいいよ!」


 驚きから怒りの表情を作ったお父様は、いつになく厳しい表情で私を睨み付けました。


 お兄様はしばらく黙っていて欲しいです。論点がずれてますので。


「しかし、お父様! 私はっ……」


「黙れ! 私はお前のことを思って言っているんだ! 私の言う通りにしていれば、何も問題はない! それに、いくら凛の頼みとはいえ、共学の高校へなど、もっての他だ! 凛に悪い虫がついてはたまらんからな!」


 お父様は顔を真っ赤にして怒鳴り付けてきました。


 お父様の勢いに押され、私も、騒がしかったお兄様も、一時は口を閉じざるを得ませんでした。


 大声に少しだけ萎縮した私は、しかし、反抗の根を絶たれたわけではありませんでした。常に動かない私の表情から、次第に感情の色が抜け落ちていくのが自分でもわかりました。


「お父様は、私のことをどのように考えていらっしゃるのですか?」


「どのように、だと?」


 いまだ肩をいからせ、激情が収まっていないお父様の内心を、そっくりそのまま鏡で写したような気持ちを胸に、お父様を見据えました。


「私のことを思って、と仰っていながら、私がなぜ共学へ行こうとしているのか、考えたこともないのですか? 分からなかったとしても、なせそのように考えた私の話を聞こうともしてくださらないのですか?

 先程からお父様の仰っていることは、私のためなどではなく、すべてお父様のご都合を考えての発言であり、私の意思など全く反映されていないと、お気づきですか?」


 私の声は、抑揚の少ないいつものものよりも余計に淡白で、冷たい声音になっていました。


 自分でもこのような声が出るとは思っていませんでしたが、お父様もお兄様もひどく驚いた様子でした。


「改めて申し上げることではありませんが私はお父様の娘ですが、お人形ではありません。

 それを踏まえて、もう一度お(たず)ね致します。お父様の考えていらっしゃった『私』とは、どのような人物を指すのですか?」


 私はあまり怒りの感情を表に出すことはありませんが、私の人格を無視するようなお父様の言葉には憤懣(ふんまん)やる方ない思いを抱きました。


 相馬さんであれば、私の話をすべて飲み込んでくれた上で、私のことを慮って悩んでくれたのでしょう。私が進路について相談をした、先日のように。


「凛」


 傍目から見ても狼狽していたお父様の代わりに口を開いたのは、ずっと私の隣の席で状況を見守っていたお母様(ちなみに、柏木彩花(さやか)というお名前です)でした。


「では、貴女は何故、聖マリアンナ女学院へ行くことを拒んでいるの? まあ、正確には、女子校へ行きたくない、と言いたいみたいだけど……、どうやら、小学校の時に何かあったのね?」


 ……原因まで推察するとは、さすがお母様です。私が女子校に対する忌避を覚えるきっかけは、小学生だったころにしかありませんから、当然と言えば当然ですが。


「はい。現在の桂中学の入学時には申し上げませんでしたが、私は小学生のときに嫌がらせを長期間受けていました。

 それ故に、私は女子校へ通うことにとても強い抵抗感を持っています。共学の桂中学校に三年間通った今でも、強く残るほどには。

 確かに、最近男子の方々からのアプローチは増えましたが、そちらの方がよほど対処できる問題です」


「何だとぉ? 凛、そのクソガキどもの名前を言いなさい! 女だろうが男だろうが、後で私が直々に痛めつけて、生意気な口をきかなくさせてや」


「あなた? 少し黙っていて下さらない?」


「……はい」


 私の最後の台詞に過剰反応したお父様でしたが、即座にお母様にたしなめられていました。私とは違い、穏やかな笑顔で優しい声音にも関わらず、背後には修羅か羅刹に近しい気配を纏っていました。


 いつまで経ってもお母様に頭が上がらないのは変わっておられないようです。とは言え、私もこのような恐ろしいオーラを放つお母様に逆らいたいとは思えませんが。


「凛? 僕にはそいつらの名前、教えてくれるよね? 大丈夫、凛には迷惑かけずに、僕がキレイに掃除してあげるからさ。特に男を重点的に」


「晃? 話を聞く気がないなら、自室へ戻っていなさい」


「しかし、母さん! このままじゃ、凛の貞操が!」


「そうね、晃は凛と仲が良いものね。さぞ心配でしょう。

 でも、私としては兄妹としてちょっと仲良くなりすぎても困るから、しばらく離れて生活させてみるのも悪くないかもしれないわね?」


「すみませんでした」


「よろしい」


 お兄様も、少しは抵抗をなされたようですが、お母様にはやはり敵わなかったようです。


 分かりきったことではありましたが、我が家の男性陣は女性陣に押されっぱなしですね。少し、情けないと思ってしまいます。使用人の皆さんも、なんとも言えない表情で、お父様たちのやり取りを眺めていました。


「それで? 貴女が聖マリアンナに行かない理由はそれだけ? そこまで言うのなら、貴女は他に進学したい高校でもあるの?」


 お父様たちを屈服させたお母様は、改めて私に向き直りました。


 私の話を聞いてくださるだけお父様よりは好感が持てるのですが、お母様はとても賢明な方ですから、お父様よりも余程やりにくいのは事実です。


「……私に、大切な友人が、できました。離れ離れになりたくないと、心から思えた友人が。

 私は、その方と同じ学校へ進みたいと思っています。ワガママだとは自覚していますが、それが一番の理由です」


 これが、相馬さんにも明かしていない私の本音でした。


 友人が進学する学校へ通いたい、など、自分の進路を決定する理由としては最低の部類に入ることは重々承知しています。


 精神的な理由で女子校に行きたくないのも事実ですが、私の中では些細なことになりつつあります。


 ふとした瞬間に思い浮かぶのは、特徴的な眼鏡をかけた男の子の明るい笑顔でした。


 相馬さんと同じ学校へ通いたい。相馬さんと同じ場所にいたい。相馬さんの隣にいたい。


 ずっと、一緒にいて欲しい。


 日に日に募った思いが、もう我慢できなくなるほどに溜まっていました。


 抑えようと思えば出来たかもしれませんが、この想いに偽りの気持ちで蓋を被せてしまうことなど、私にはできませんでした。


「……そう。貴女の言いたいことは分かったわ。

 光太郎さん、晃。それと、貴方たちは一旦席を外してくださる?」


 お母様の言葉に恭しく礼をし、使用人の皆さんはすぐに部屋を後にしました。


 しかし、お父様とお兄様はなかなか席を離れようとしません。


「彩花? しかし、凛の進路には充分私も考え「席を外してくださる?」……わかった」


「母さん! 共学なら、僕と同じ高校へ入るように、凛を説得し「まだいたの? さっさと出ていきなさい、晃」……わかりました」


 次第にあしらい方が冷たくなってきているのは、多分気のせいじゃないと思います。


 お父様とお兄様は、肩を落とされながら退室していきました。あれが、敗者の背中というものなのでしょう。お二人の哀愁が強く伝わってきました。


「凛、貴女なら分かっているでしょうけど、貴女の要望はとてもではないけと受け入れがたいことよ」


 お父様とお兄様が退出されてすぐ。


 お母様は厳しい口調で私の瞳を射抜きました。思わず、私の背筋は伸び、体ごとお母様を正面に据え、向き直りました。


「女子校に行きたくない、と言うだけなら私だって強く反対しないわ。光太郎さんのように女子校に拘る必要はないと、私は考えていたしね。聖マリアンナ女学院は、貴女の学力に見合っていて、通学が容易だから薦めていただけだもの。

 でも、貴女は仲良くなった友達と同じ学校へ行きたいと言ったわね。一応訊くけど、貴女はその子の志望校は、どこか知っている?」


「桂西高校だと、伺いました」


「話にならないわね。貴女の学力と全くつりあっていないわ。せめて、桂北高校にしなさい。多少偏差値は低いけど、あそこならまだ許容範囲だから」


 お母様の仰ることは正論です。


 もっと偏差値の高い学校へ進学できるだけの成績をもつのにも関わらず、友人と同じ学校へ進学したいがためにランクを大幅に落とすなんて、誰も許してくれないと思います。


 しかし、私にとって学校の偏差値など、最早どうでもいいことです。


「勉強など、いずれの学校に通うことになっても出来ることです。ただ設備が違うだけで、成績が確実に低下する根拠もありません。

 当然、私は勉学の手を抜くつもりはありません。現状の成績は最低でも維持します。ですから、お願いします。私のワガママを、許してください」


 私は立ち上がり、腰を直角に曲げてお母様に頭を下げました。


「…………わからないわね。何が貴女をそこまでさせるの? その友達って、凛にとってどんな……」


 しばらく無言で私を見つめていたらしいお母様が、小さく言葉を漏らしたのですが、また思案するような雰囲気で言葉を切りました。


「……凛、もしかして、その友達って、()()()なの?」


 お母様の突然の台詞に。


 私は大きく肩を揺らしました。


 何故なら、それは。


 家族にはどうしても知られたくないことでしたから。


「……どうやら、図星みたいね」


 私の頭上で、呆れたようなため息を吐くお母様。


 私は恥ずかしくて顔をあげることができません。多分、今の私の顔は耳まで真っ赤に染まっているでしょう。それくらい、頬が熱くなっていくのを感じています。


「凛、頭を上げなさい」


 先程よりも厳しい声音のお母様に、反発したい気持ちがどっと湧き出てきました。


 今の私の表情を見られたくないのもありますが、今のお母様の表情を見たくないという気持ちもあるからでした。


 物凄く怒られそうで、怖い、です。


「……凛?」


「……はい」


 躊躇していた私の背中を蹴飛ばしたのは、再び向けられたお母様の声でした。


 諦めて姿勢を正したところ、私の視線の先には……


「凛、貴女はその友達のことを、どう思っているの?」


 かつて見たことがないほど真剣な様子で、私を窺うお母様のお姿でした。


「えっ……?」


 戸惑う私に構わず、お母様は私の両肩を掴んで、詰め寄るように疑問を重ねました。


「凛は、その子のことが、好きなの? 一人の女の子として、私たち(かぞく)に反対されても、その子の傍にいたいの?」


 好き?


 私が、


 相馬さんを?


 ……すき?


「わ、わたし、は」


 お母様の言葉の意味を、真っ白になった頭で考えました。


 よくよく考えれば、おかしな話です。


 私は今まで両親に反抗したことは一度もありません。


 それは、反抗したいと思うほど強い感情を抱いたことがないからでした。


 でも、私は現在、相馬さんのことに執着し、猛反対を受けているにも関わらず、私から折れようとする気持ちは微塵もありません。


 私にとって、相馬さんとはどんな人でしょうか?


 大切な友人。


 心を許せる人。


 いつも隣にいたい人。


 そして、いつも隣にいて欲しい人。


 ……ああ。


 そうだったのですね。


 私は、相馬さんのことを。


 ちょっと頼りなくて、カッコ悪くて、変だけど。


 とても優しくて、かわいくて、愛しいあの人を。


「好き、です」


 私は、今まで気づかなかった、本当の気持ちに辿り着きました。


「私は、その男の子が、大好きです。一人の、女の子として」


 これが、恋というものなのですね。


 改めて口にすると、とても恥ずかしくて、なんとも言えない感情ですが、決して不快ではなく、むしろ心地いいもの。


 私は相馬さんにたくさんのものを頂いてばかりです。


 いつか、同じ分だけのものを返したい。


 心から、そう思えます。


「そう。やっぱり、ね」


「…………お、おかあ、さま……?」


 鈍感な私がようやくこの気持ちに名前をつけられたとき、お母様はため息をこぼし、微笑みました。


 とても優しげに。


 とても嬉しそうに。


 私が想像していた反応と違っていて、私は戸惑いを隠せません。


「どうしたの?」


「え、と、私、てっきり、怒られるのではないかと、思っていたのですけど……」


「馬鹿ね。むしろ、喜ばしいことじゃない。あんなに人を、特に男性を避けていた凛が、誰かを好きになれたなんて、親としてはとても嬉しいわ」


 左肩にあったお母様の右手が移動し、私の頭をゆっくり撫でました。


「で、でも、お父様はきっと反対されますし」


「ああ、光太郎さんは放っときなさい。私が何とかしてあげる」


「お兄様も……」


「そういえば、あの子も五月蝿かったわね。釘を刺しておくわ」


 お父様たちの扱いが酷くなっていきますが、私は気にしていられません。


「では、私は……?」


「ええ。そのお友だちのこと、追っかけてもいいわよ。ちゃんと唾つけて、いつか私の前に連れてきなさい。応援するわ」


「あ、ありがとうございますっ!」


「ただし、勉強はさぼらないようにしなさいよ? 最低でも現状維持。貴女が自分で言ったことくらいは、責任を持ちなさい。いいわね?」


「はいっ!!」


 私は思わず大きな声を上げてしまいました。


 胸の奥がじんわりと温かくなってきます。


 誰にも理解されないと思っていた想いを、お母様が後押ししてくれると言ってくださったことが嬉しくて、ちょっとだけ泣きそうです。


「……ふふ。この子にこんな顔させるなんて、相手はどんな子なのかしらね?」


 私が感極まっていたためか、呟きが小さかったからか。お母様が口にした言葉は聞き取れませんでしたが、気になりませんでした。


「本当に、ありがとうございます、お母様っ!」


 気分が高揚した私はお母様に抱きつき、深い感謝を抱擁で伝えました。


 お母様は、そんな私を受けしっかりと止めてくれました。


 それから、私はお母様に相馬さんのことを少しだけお話しし、母娘だけの時間を過ごしました。


 こうして、自室でお父様とお兄様がいじけているとは露知らず、私の進学先は彼と同じ桂西高校に決まりました。


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