蓮の一 会話は無視から始まった
ぱっと思いついたので書きました。
暇潰しにどうぞ。
「おはよう」
始まりは、そんな他愛のない言葉だった。
かなり引っ込み思案な性格の僕が、なけなしの勇気を絞って話しかけた相手からの返事はない。
目の前の彼女は、とても綺麗な女の子だった。
手元にある文庫本に視線を落とす目はこちらを映さず、長いまつげがわずかに揺れる。窓から吹き込んだ風が黒のロングヘアーに絡まり、先端がフワリと浮かんで遊ぶ。
芸術品のように整った容貌は、僕の呼びかけに一切の反応を示さない。本の内容に没し、自分の内面世界に意識を向けているだろう彼女。
一枚の絵のように完成された姿を前にして気後れし、僕は思わず逃げだしそうになる。
水を差すな、といった視線をクラス中の同級生からも感じた。
でも、すでに行動に移してしまったのだ。後戻りはできないし、しない。
「い、いい天気だね。昨日は雨が降っててジメジメしてたけど、今日は過ごしやすそうかな?」
馴れ馴れしく、図々しく、僕は彼女の机の縁に腕枕をつくって、無理やり彼女の視界へ映り込む。
それでも、彼女は無反応だった。心が折れそう……。
ちなみに、僕の容姿は、お世辞にもいいとは言えない。
漫画のような丸くて目元を隠すメガネと、色素の薄い茶色でボサボサな髪が特徴。
勉強はできないくせに、見た目だけで決められたアダ名は博士。
典型的なイケてない男子であり、友達も何故かオタク系が集まるため、普通の友人は少ない。
かろうじて虐められていない、といった地位にいる僕が、学校一の高嶺の花にちょっかいをかける。
傍から見れば無謀もいいところだろう。鏡を見て出直せと、他人事だったのなら僕だってそう言う。
だけど、僕は彼女が気になって仕方なかった。
「あ、そうそう。昨日の『笑ってマンザイ』見た? 僕は『登リュウ』ってお笑いコンビが好きで、その人たちのネタ中、ずっと笑いっぱなしだったんだよね~」
同じクラスになってから、一ヶ月くらい。
彼女はいつも一人だった。
誰も近寄らない。近づこうともしない。彼女が歩み寄っても、周りのクラスメイトはどこか遠慮して接するだけ。
いつしか、彼女は一人で本を読むことが多くなった。
その背中を見て。
寂しそうだと、思った。
「そういえば、柏木さんは、テレビとか見るの? 僕はバラエティ番組ばっかりだから、そういうのしか見ないんだけどね」
だから、僕は思いきって声をかけたんだ。
下心がないかと聞かれれば、もちろんある。健全な男の子だし、かわいい女の子と仲良くなりたいって欲求は人並みにある。
でも、それ以上に、彼女を放って置けなかった。
僕なんかに心配されても、迷惑なだけかも知れないけど。
もっと、楽しそうに笑ってほしかった。
「あ、僕のこと知ってる? 相馬蓮っていうんだ」
だから、僕は無愛想な顔で本ばっかり読んでる女の子に、話しかけたんだ。
「あと一年で卒業だけどさ、これからよろしくね。柏木凛さん」
どこか僕と名前が似ている彼女、柏木凛さんと関われたのは中学三年の初夏。
少し暑くて、風の強い日だった。