婚約破棄婚約破棄って、そんなに言うなら、いっそのこと結婚してしまいましょう!!
「馬鹿に馬鹿と言うのは本質的に意味がないことですので、私はあなたに馬鹿だなんて言いませんよ」
私は、元婚約者であるクリスをじっと見つめる。
舞踏会の途中、突然私は婚約者から婚約破棄を告げられた。
「何を言いたいんだい?」
「さっき言った通りですよ。馬鹿に馬鹿と言うのは本質的に意味がないことですので、私はあなたに馬鹿だなんて言いません。わかりましたか?」
クリスは困ったように笑う。
「ハハ、急に婚約を破棄されて混乱しているのかな?ただ、僕は君が僕の召使いであるリネをいじめていると聞いて、婚約を破棄したのだ。君のような人間とは、申し訳ないが婚約できない」
そう言い終わると、気を取り直すためか、蝶ネクタイをキュッと締め直した。
いじめなんて、していないのですが。
「ほら、わざわざリネを呼んできたんだ。良い機会だし、リネからも彼女にやられたことを言ってくれ」
舞踏会の会場が一気にどよめく。
貴族たちが口々に「まさか、そんなことをしていたのですか?」などと何も意味の籠もっていない言葉を吐く。
すると、会場の端の方にいたクリスの召使いであるリネがてくてくとこちらにやってきて、わざわざ私の隣に立った。
そして、私の手を掴んで持ち上げると「私、この女に「ブス」とか裏で言われたり、無理やりゴキブリを食べさせられたりしたんです!!」と高らかに宣言した。
・・・。
お前、誰だよ?
今初めて見たよ。
「ウソでしょ?」
私は、あまりの杜撰さにがっかりした。
「だから、僕は君との婚約を破棄する」
「やっぱり、クリス様は私の思った通りの人ですわね、」
有象無象のどよめきが一瞬消える。
「ど、どういう意味なのかい?」
「だから、思った通りの人だったので、そう言ったんです。それで、婚約を破棄するんですか?」
私は、やれやれ、といった感じでクリスに話しかけた。
「そうだ。リネはこれからも僕の召使いとして働いてもらうからな。君がいたら、安心して働くことができない」
まあ、彼女と浮気でもしてたんだろう。それで、どうにか私に理由をつけて婚約破棄しようと思っていたんだろう。
「クリス様は実に、正直な方ですのね。私、改めて惚れ直してしまいましたわ!ぜひ、私と婚約いたしましょう!!」
クリスは、また困ったように笑ってから、「だから、君とは婚約破棄だ。君のような人とは結婚できない」と言った。
私の隣にいた召使いのリネとやらも、今はクリスの隣に移動している。そして、彼の腕に自分の腕を巻いて、ベタベタとくっついている。
「リネさん、でしたっけ?私たち、どこかでお会いしましたか?」
私は狙いを変えて、リネとやらの目をじっと見下ろす。
「あんた、許さないわよ!!私は、あんたのせいで、人間としての尊厳を踏みにじられたのだわ!!」
「まあ、馬鹿に馬鹿と言っても意味が無いのと同じように、嘘つきに嘘つきというのも、何も意味がありませんからね。嘘つきに嘘つきと言ったところで、嘘つきは治りません。むしろ、悪化するだけですから。それに、リネさんが、とっても自分に正直な方なんですね!!」
私はそういって、耳障りの悪い甲高い声を出す。
「皆さん!!」
周りの貴族たちの注目が私に集まる。
「まあ、こういうときは色々考えてみましょう。まず、クリス様とリネ様の言っていることがすべて本当で、私がリネ様をいじめていた、としましょう」
私は、目をぴっと横に引っ張り、薄目で二人のことを見つめる。
「問題を解決するためには、何事も手順というのが大事ですから。それならば、解決すべき問題は一つ。私に、リネさんのいじめをやめさせること」
私がそういうと、すかさずクリスが「だから、こうやって婚約破棄を申し込んだのではないか!!」と言った。
「そうですね。でも、他にもやり方があったと考えないのですか?こうやって、わざわざ舞踏会で全員の注目を集めるとなると、リネ様がいじめられていたという事実が流布されてしまうことになります。果たしてそれは、リネ様にとって良いことなのでしょうか?」
相変わらず、クリスは何もわかっていなさそうだった。リネとやらも同様だ。
「元々、リネ様はクリス様の召使いでしかございません。貴族の方々の中にも、彼女のことを知っている人は少なかったでしょう。そうすると、リネ様は今後、どういう目で見られるでしょうか?宮殿内で、もしかすると、「成り上がるために、私を蹴落とした卑怯者」だなんて、言われてしまうかもしれません。それに、私が逆上して、ここでお二人を殺すなんてことも、ありえるかもしれませんよ」
するとリネが「あんたは、黙ってなさい!!」とクリスの腕にしがみつきながら言った。
「まあ、落ち着いてくださいよ。二つ目ですね。リネ様がクリス様にウソをついていて、私を本当に蹴落とそうとしている可能性です」
私は腕を広げて、くるりと回る。
「そうすると、おそらくこのような作戦をけしかけたのはリネ様なのでしょう。舞踏会の途中で、こうやってわざわざ注目を集めて私を貶める。まあ、これも先程と同じですね。あまり、おすすめできる方法ではございません。おそらく、うまくいったとしても、リネ様の立場が危うくなる、そして、結局私の立場はあまり関係ない、なんてことになると思います。そもそも、リネ様はご自分の立場を鑑みたほうがいいということですね」
クリスは、よくわからない、という感じで、苦笑していたが、リネは私の方をギロっと睨みつけてきている。
だから、私はあんたのことなんて知らなかったよ。
「そして三つ目ですね。お二人が協力して、私を貶めようとしている可能性。どういう理由があるのかはわかりません。もしかしたら、リネ様のお腹の中にクリス様との子供が宿っているとか、それとも、私のことが気に入らない理由があるとか、」
私はちらっと二人の方を見る。
クリスは、少しずつ顔色が悪くなっていた。
リネは、さっきよりもギュッとクリスの腕に強くしがみついていた。
「そうすると、・・・結局同じですよね。それに、蹴落としたいなら、婚約破棄程度じゃあまりダメージがございません。まあ、私の淡いガラスのような恋心を利用して、私に精神的なダメージを負わせよう、という魂胆なら、これでよろしいと思いますが、なにしろ、クリス様と私は、もう5年以上の付き合いですから。互いの肛門のしわの数だって知っているくらいの関係でございます。そんなクリス様が、そんな考えを思いつくとは思いません。私の性格を知り尽くしているクリス様なら、この方法ではダメージを負わないことなんて、容易に想像できますもの」
私は、どしどしとリネの方に歩いていく。
「と、いうことはですね、・・・リネ様がクリス様を騙して、私との婚約を破棄しようとした、ということですよね」
すると、リネはクリスの腕に巻き付けていた自分の腕をほどいて「は?違うわ。あんたが、私のことをいじめたから、」と言った。
「いじめられて、仕返しをしたかったのですか?謝ってほしいなら、私いくらでも謝りますよ?」
そういって、私はリネの前に跪いた。
そして、両膝を床につけながら「いや、その靴って、私がクリス様に差し上げた靴でございますね。すいませんね。いじめている人間からもらった靴を履いているなんて、さぞ屈辱的だったでしょう」と言って、ベロを「うええ」と言いながら彼女の靴めがけて伸ばした。
「うわ、気持ち悪い!!」
私は立ち上がる。
そして、リネの目の前に立つ。
同じくらいの身長だ。
「私、貴方様と初めてお会いしたのですが、もしかすると、人違いではないでしょうか?」
「何度も言うけど、ウソつかないで!!私は、あんたにいじめられたんだから、全部覚えてるわっ。どうしてくれるのよ!!」
「ウソつかないでと言われましても、そう言われたからってウソをつかなくなるわけではございませんからね。それに、貴方様は召使いですし、裁判にでもなれば私が勝つのは確実です。貴方様の言っていることが本当の場合は、私を追放でもしないと、いじめは止まらないと思いますよ?でも、そんなことをできる権力はございませんものね。
それなら、私を殺しでもすればよかったのに。あなたは、まだ覚悟が足りませんですわ。もっと、綿密にしないと、こういうのはダメですのよ」
そして、私は彼女に抱きついた。
リネは「ヒッ」という声を上げて、固まった。
「大丈夫ですわ。私が、何でも話を聞きますから、本当のことを教えてくださいませ。貴方様は、クリス様のことがお好きなんでしょ?それで、その婚約者である私につい、ちょっかいをかけたくなってしまった、と。それで、こんなことをして辱めに合わせようとした、と。すいませんね。むしろ、こういうのは大好物ですから、」
私は、抱きついたまま、リネの顔をそっと見つめた。
彼女の顔も、クリスと同様にどんどん色を失っている。
私は、彼女の唇をつんと指先で触る。
彼女が泣きそうな顔で、こちらをプルプルと見てくる。
「でも、クリス様を騙した罪は大きいですからね」
私は、彼女に抱きついたまま大きな声で言い放った。
そして、またもや抱きついたまま「でも、お二人とも自分の欲求には正直なようで。私を蹴落とそうといろいろ画策したのでしょう。正直な方ですのね。私は、そんなリネ様のことをいじめたりしませんわ。今回は特別に、許して差し上げましょう!!」
そういって、私は彼女から離れた。
リネは、その場で崩れ落ちた。
「だ、大丈夫かい?」
クリスが座り込んでしまった彼女に近寄る。
「すいませんね。皆様の舞踏会を邪魔して。大丈夫です。私とクリスはこれからも婚約者という関係で続けていきますから。では、舞踏会を続けましょう!!」
私はそういって、二人を連れて会場の端の方に移動した。
貴族たちはざわざわとざわめきつつも、徐々に元の舞踏会へと戻っていった。
「ちょっと、婚約破棄は決まっているんだ。勝手なことを言わないでくれ」
クリスが私の肩を掴んでそんなことを言ってくる。
「あら、まだそんな御冗談を仰るのですか?」
リネの方は、完全に放心状態だった。
ポワポワと口を開け閉めしているだけだ。
そんなに、私に抱きつかれたのが嫌だったの?
まあ、いいのだ。
「では、クリス様も舞踏会を楽しみましょうね!」
私はそういって、無理やり彼を引っ張って、会場の真ん中まで連れていった。
翌日、私は秘密裏にリネを城から追放した。
するとクリスに、「なんで彼女を追放したんだ」と聞かれたので、私はニコッと笑ってから「だって、このままだとこの城では居心地が悪いでしょうから」と言った。
彼女のことが結構好きだったのか、クリスはそこから完全に人生を諦めたようだった。
何をやっても無気力で、何事にも無関心で。
なんだかんだ言って、私は自分の欲に忠実で正直だったクリスのことが好きだったのですかね〜。
まあ、仕方のないことですわ。
私との婚約破棄をする理由のなくなったクリスは、そのまま私と結婚することとなり、そして、私は歴史に残る悪女として、この国を支配したのであった。
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