07. 余談
このお話は、とても短いエピローグ的な位置づけですが、完全に余談でもあります。
――皇都。
皇帝の執務室では、暖炉の火が静かに揺れていた。灰がかすかに舞い、絹のカーテンがその熱を受けてわずかに膨らむ。金の装飾。磨き上げられた机。北の火とは違う、甘く重い香が漂っている。
そこには、冬を越えるための切実さがない。
ただ、贅沢と権威のための暖かさだけがあった。
皇帝は、届いた書類を一枚、指先で軽く弾いた。
「……ふむ」
机の前に控えた側近が、咳払いを一つしてから慎重に口を開く。
「ベルナデット辺境伯の婚姻、成立したとの報です」
「成立したか。あいつめ、どうせ離縁前提だろう?」
皇帝は気軽に言って笑った。悪意のある笑いではない。面白い玩具の顛末を聞く子供のような笑いだった。
だが、側近の顔は晴れない。
「……いいえ、陛下。想定と異なる点が幾つか」
「異なる?」
皇帝が目を細める。
側近は一瞬だけ視線を伏せ、言葉を選ぶように続けた。
「辺境伯は、まさに婚姻の成立を宣言しております。そして、相手の“令嬢”についてですが」
「言え」
短い一言だった。
側近は、いっそ諦めたように告げる。
「……令嬢ではなく、令息だった模様です」
沈黙が落ちた。
「……は?」
暖炉の火が小さく鳴る。
次の瞬間、皇帝が声を上げて笑った。
「ハハハッ……なるほど。そんなこともあるのか。ローグレイ家め」
側近は苦い顔をしたが、皇帝は心底楽しそうだった。
「……面白い」
書類を机へ置き、椅子へ深く身を預ける。
その仕草には、事態を収める為政者の重さより、予想外の展開を歓迎する観客の軽さがあった。
「斜め上の結末だ。だが、悪くない。いや、むしろ――いい」
側近が恐る恐る口を開く。
「陛下。ローグレイ家への処遇は……」
「保証はする。苦労料も出しておけ」
皇帝は軽く指を鳴らした。
「贔屓の家臣を泣かせるのは趣味じゃない」
その言い方に、側近はかえって深く息を吐いた。
泣かせるのが趣味ではないだけで、振り回すことには躊躇がない。そういう主君だと知っているからだ。
「そして――」
皇帝は窓の外へ目をやった。
皇都の冬空は、北よりもいくらか柔らかい。けれど、その向こうに広がる寒さの地を思い浮かべるように、口元だけで笑う。
「今度は、直接顔を見に行くか」
その笑みは明るい。
明るいのに、厄介だ。
「逃げるなよ、天狼」
皇都の暖炉は静かに燃えている。
北の火とは違う、甘く、重く、そして人を試す火だ。
北の風は、今日も乾いている。
けれどその乾いた風の中で、一度灯った火は、もう簡単には消えそうになかった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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