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プラネットホーム  作者: 風薙流音♪


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1/1

プラネットホーム

原案:井中蛙

脚本協力:風葉一


そのたった一言が、物語を創り出す種となる。

 土星へと向かう最終便の出発はもう間近に迫っていた。

 観光客や異星勤めとして出張してきていたサラリーマンたちは一週間前からの便で思い思いの惑星へと帰っていった。太陽系の九つの惑星を互いに繋ぐ惑星間高速移動船(プラネットライナー)を愛して止まない熱烈なファンたちでさえも、もう二度と訪れることの出来ない駅舎やホームの映像データを存分に蓄えてから、三日前の木星行きに乗ってこの惑星を去っている。未だ名残惜しそうに、ホームで出発までの短い別れの時を過ごしているのは、この惑星で長年暮らしてきた者たちだけである。彼らにとってはこの惑星こそが唯一無二の故郷なのだ。


 しかし、わずか三人の管理人を残して、この惑星から人は去る。

「本当に、終わりなんだな。」

 短い髪の男は、頭上に浮かぶ巨大な衛星=カロンに向けてシャボン玉を飛ばしながら呟いた。男の生まれた惑星よりもここでは重力が弱い。シャボン玉はよく飛ぶ。あっという間に半透明のドームに触れて跳ね返る。男は柔らかく笑んだ。自慢の混合液から生まれるシャボン玉は簡単に割れるようなタマではない。

「ええ。みんな散り散りになって、新しい惑星で暮らしていくのですね。」

 答えたのはベンチに腰掛けた状態の男とさほど変わらない背丈の、少女。男の作るシャボン玉を見て微笑む。ひらひらとしたスカート姿に、肩までの髪を綺麗に二つ分けて三つ編みにまとめていて、その澄んだ瞳はどこか寂しさを湛えている。

「あぁ。しかしあっけないもんだな。太陽系統治機構のお言葉一つで、一つの惑星が文字通り消えちまうんだから。」

 男は目の前の広大な畑に視線を移した。そこに生い茂る緑が男に深い感慨を抱かせて止まない。太陽系惑星として最後に発見されたこの星にも畑の食物は根を張り、人間からしてみれば広大限りないその星の地平線の先には、新たな森が独自の生態系を作り出していた。人々の暮らしも、一昔前は村と呼んでいたような集落が、すでに人口10万人を超える都市が形成され、いよいよこれからのさらなる発展が望まれていた。


 ――だが、

「しょうがないですよ。太陽系惑星の称号を欲している小惑星が次から次へと名乗りを上げていました。クワオアーにセドナ、エリス。カロンさえも虎視眈々と太陽系惑星の称号を狙っていたのです。どの星も主張はひとつ、『冥王星と我々の星との間に大きな違いはない。ゆえに我々の星にも太陽系惑星の称号を与え、一惑星としての権利を与えよ』です。でも、太陽系統治機構としては新たな加盟惑星を一つでも認めたらもはや歯止めなく次から次へと太陽系惑星を増やすことになる、と新たな加盟を認めるわけにはいかなかった。」

 少女は外見に似合わず、大人びた口調で淡々とこの惑星の穏やかな終末を語る。

「だからって、この惑星が称号を捨てた上で、完全に閉鎖までする必要はないだろう。他の惑星への説得の意味だなんて、今までの長い年月をこの惑星で過ごしてきた俺たちは何なんだ。」

 男の声は、静かな怒りと、しかしどうすることも出来ないという諦めとが滲んだものだ。文字通りの世界を相手取って戦う力は男にはない。自責の念だろうか、男はシャボン玉セットを傍らに置きうなだれる。シャボン玉を見上げていた少女は視線を男に移す。両親と共に、生まれてすぐにこの惑星にやってきた元気な赤ん坊。惑星と共に成長した彼もいつの間にか二十五歳。たくましく、無精ひげまで生やすようになった。二十五にもなって親しくしている女の子が未だにいないというのが、長年に渡り彼を見守ってきた少女の心配の種だったりするのだが、その想いを彼は知る由もない。その彼を、少女は穏やかな表情で見つめ言葉を紡ぐ。

「時には、大きな犠牲を避けるために誰かがそっと我が身を退くことも必要ですよ。私たちが身を引かなければ、新加盟を目指す星たちはこぞって力を行使してきたでしょう。そうなればいくら最果てとはいえ、太陽系の秩序は著しく歪んでしまっていたでしょう。私たちの総意は太陽系に争いを生みたくなかった――」


 男はじっと少女の話に耳を傾けている。

「――たとえ、故郷(ホーム)を永遠に失うことになっても。」


 静かに言い切って、少女は諭すように男の肩に手を添える。

「私たちの惑星は、今日でその歴史を閉じます。遺されるのは星の名と、私たちが築いた束の間の歴史だけ。」

 男は少女の声に顔をあげ、問う。幼い少年のように素直に、少女に甘えるようにして。

「それじゃあ、何も残らないのと変わらない。俺たちの人生は無駄だった。親父も、母さんも、この星のために命を賭けたのに、無駄になった……!」

 男はその瞳を熱くして少女に己のうちの激情をこぼす。もう戻らない両親の笑顔。惑星の礎となった誇り高い二人の両親のためにも、男はこの惑星をもっと住みよい、太陽系で最高の惑星にすると誓ったのに。

 ――その誓いも、もはや果たせない。


「それでも、私たちはまだ笑えますよ。」

 男は、少女の表情に目を見張る。

 少し距離のある発着ホームには土星行きの船が走りこみ、一陣の風が流れた。漂っていたシャボン玉が、揺れて、はじける。

 少女の二つの三つ編みもまた、風に揺れる。くすぐったそうに少女は踊る髪を撫でつけ、

 ――笑っている。

 心の底からの、紛れもない笑顔で、少女は笑ってみせる。

「……な、な、なんで笑えるんだ。何もかも終わった。俺の誓いは永遠に果たせない。ここ、惑星中心基地(プラネットホーム)も今日で完全閉鎖だ。もう俺たちが再び帰ってこれるホームはどこにもなくなっちまう。あの最後の土星行きの船に、この星が惑星である最後の日、今日までこの星に残っていた皆が乗り込めば、もうこの惑星は正真正銘おしまいなのに、なんで君が笑えるんだ、プルート!」

 プルート、と。

 穏やかに終末を迎える惑星の名で、冥王星(プルート)(プルート)の名で呼ばれて、少女は微笑みを深くする。大したことじゃないよと、男を安心させるかのように。


 太陽系惑星というその称号にはいくつかの副次的特典が与えられていた。

 一、太陽系統治機構の最高意思決定会議に代表を一名参加させることが出来ること。

 一、惑星間高速移動船(プラネットライナー)の乗り入れ口である「惑星中心基地=プラネットホーム」の建設が許されること。

 そして、

 一、惑星の守護者として『惑星の意志』に人の身を与えることを許されること。


 惑星の名を冠し、人の身にその惑星の意志をのせた,人ならざる存在、『惑星の意志』。人々の訪れと共に目覚め、人々と共に暮らし、共に笑い、共に汗をかき、共に泣き、常に人を見守る母なる存在。太陽系に九つしかない惑星、それぞれに一人しか存在しない『惑星の守護者』。男は少女をその名で呼んだ。

「いつまでも俺をガキ扱いするなよ……。もう知っているんだ。惑星でなくなったこの星の意思である君がどうなるのか。プルート、君はあの船が出た後にその身を失う。もう二度と話すことも笑うこともできなくなる。君は世界のために身を引いたのに、世界は君から惑星の称号だけでなく、その身体さえも奪うんだぞ!」


 男は抑えがたい怒りから我知らず立ち上がって叫んでいた。距離を置いたホームでは、人々が大きな荷物を抱えて次々と船に乗り込んでいく。

 プルートは、依然として微笑みを浮かべたまま男を見上げた。

「大きくなりましたね、トンボ。ここに来たときはただ泣きじゃくるだけの赤ん坊だったのに、いつの間にか見上げるほど大きくなりました。」

「そ、そんなことは今はどうでもいいだろ! もう何時間もしないうちに、君は死ぬんだぞ!?」

 トンボと呼ばれた男は、自分に迫っている“終”末を楽しい“週”末とでも勘違いしているのではないかと疑いたくなるような様子のプルートに怒りを覚える。なぜ、そんなにもへらへらしていられるんだ。君が一番、多くのものを失うというのに。


「う~ん、それなんですけど。あんまり実感ないんですよね。死ぬって、トンボは言うけれど、私にとってはあなたたちが来る前に戻るだけのことですし。」

 プルートは微笑みを絶やすことなく語る。踊るようにくるくると回って、両腕を広げてみせる。彼女の背後、プラネットホームの半透明なドームの向こうに広がるのは、広大な緑。その果ての地平線にも青々とした森が見える。

「ね、素敵ですよね。この星も変わりました。今日で人はいなくなりますが、新しい生き物たちが暮らし、森が生まれ、生命(いのち)がこの星に溢れています。以前はもっと静かで、それはそれで心地よかったけれど、私は賑やかなほうが好きです。」

 トンボは言葉を失ってプルートを見つめることしかできない。

「もちろん、心配事はたくさんあります。西地区の京子ちゃんはよその惑星に行ってもしっかり勉強してくれるでしょうか。この星で一番の大工、巌窟王と呼ばれた巖さんの腰は大丈夫でしょうか。結婚したばかりなのに宇宙を渡ることになった大樹夫婦の二人は無事に新生活を送れるでしょうか。まだまだ幼い子どもたち、ケンくんにリュータくん、チヒロちゃんにユメノちゃん。仲良しな子たちが離れ離れになって、泣いてしまわないでしょうか。」


 どの名前も、トンボは知っている。この星の事はプルートの次に何でも知っている。この星の住民のために、より良い星にするために、連日連夜この星を縦横無尽に駆け回ってきたのはトンボなのだ。その想いでは、誰にも負けない。

「……せっかく幼馴染として育ったのに離れ離れになってしまうセイくんとユズちゃんの将来はどうなるのでしょうか。他にもたっくさん。心配事には、きりがありません。『惑星の意思(おねえさん)』たちには事細かにみんなのことをお願いしたのですが、やはり心配です。」

 心配事は全て、この星で生きてきた人々の行き先。この時になって初めて見せる、不安げな表情。プルートは本当に、自分のことをまるで心配していない。ただ元通りになるだけですよ、と。

「そして、一番の心配事は……、」

 少女は寂しげだった目をきっと見開いてトンボの額にその人差し指を向ける。


「そう、誰よりもこの星のために生きてきた男の子が、その星を失って生きる希望を失ってしまうのではないかかと、心配です。」

 厳しい視線で眉を立てて、プルートはトンボに迫る。

「トンボ、あなただけよ、次に暮らす惑星を決めていないのは。」

 少女の瞳は突き刺すように男の瞳を捉えて放さない。

「お、俺にはもう……何もないよ。」

 図星だった。人生を賭けると誓った夢は、もうこの宇宙のどこにもなかった。無目的に放浪して、危険な太陽系外探索船に乗ろうかとも考えていた。守らなければいけないものも何もない。いつでも守ってくれた人も、もうじき永遠にいなくなる。どうしようもなく、孤独だった。

「ちょっと、もう一回座って。」

 プルートが無表情に告げたので、トンボは無意識にベンチに腰掛けた。目の前にプルートの幼い顔がある。


「この、ヘ・タ・レ!!」


 平手だった。しかも言葉に合わせて右・左・右の三連打だった。乾いたいい音がして、トンボの頬は赤く腫れた。


「甘ったれないで、いい歳にもなって! 私は一緒に終末を迎えましょうなんて言った覚えはありません。あっさりと故郷がなくなって悲しいのでしょう? 自分の人生が否定されえたようで悔しいのでしょう? 共に生きてきたみんなと離れ離れになるのが寂しいのでしょう? それならば戦いなさい、男らしく正々堂々と。武力ではなしに実力で太陽系に訴えて見せなさい。この私プルートはあなたにそんなヘタレた生き方を教えた覚えはありません。」

 少女の身を持つ、この星の意思の代弁者はそう言い切るとトンボの頭をやさしく胸に抱いた。齢にしていくつなのだろうか。いつ聞いてもはぐらかされてこの日まで来てしまった。彼女は遊び相手であり、しっかりした相談役であり、大切な友人であり、いつでも見守ってくれた第二の母なのだ。胸からはひどくゆっくりとした鼓動が聞こえる。心臓の鼓動ではなく、この星の鼓動が。


 生きているのだ、この星は今この瞬間も。そしてきっと、これからも。


「私は死にません。たとえあなたを叱り付ける平手も、ともに語り合う言葉も、こうして人を抱きしめるこの身さえ失ったとしても。私はこの星そのものです。はるか遠く太陽の周りを回り続けて、あなたがさらに成長して再びこの地にやってくる日を楽しみにしています。

 だから安心して飛び立って。あなたはまだ若い。いくらでも新しい生き方を選べます。大切な人が何人もこれからできるでしょう。きっとその中にはあなたと人生を共にする人もいるはずです。そしていつか、かつてのあなたの両親のように生まれたばかりの赤ん坊を連れて、この星に遊びに来て。その姿を褒め称える拍手も、喜びを歌う言葉も、再会のハグもキスもできないけれど、私は必ずここに、いつまでも変わらぬままに、この星にいるから。」

 涙が出た。凍りきった心が溶けて、零れてしまったかのように。自分は独りではなかった。どんなに遠く離れても、この広大な宇宙の中には、いつまでも変わらずに見守ってくれている存在がいたのだ。幼い少女の姿をした、けれど誰よりも強くやさしい守護者が、自分にはいるのだ。これから先もずっと。

 そうしたまま、ただ時だけが流れて、トンボはゆっくりと体を離した。

「もう、大丈夫だ。泣き言は、言わないよ。やれるだけ、やってみるさ。」

 赤くなった目をぶっきらぼうに拭うとそう言って立ち上がる。目には彼本来の輝きが戻りだしている。

「そう。なら、安心ですね。」

 プルートは、その目を見て心底ほっとした笑顔でそう言った。

「送ります、搭乗口まで。」

 トンボは大きなドラムバッグ一つを肩にかけて、歩き出す。


「土星から先は、どうしますか?」

 ホームが近づいてきて、歩きながら、プルートは問うた。

「まずは地球まで行ってみるさ。いくら宇宙に進出したとはいえ、未だに世界の中心はあの惑星だ。」

「そう。それならアース姉さんに伝えておきますね。私の自慢の息子がそちらに行く、と。」

 目の前にはゲートがあり、搭乗券をチェックしている。

 トンボは立ち止まって横を見た。三つ編みの少女は笑っている。ゲートの先には、もう搭乗口までオートウォーク一本だ。ここが最後の別れになる。

「こんなできの悪い男を息子なんて呼んでいいのか? 最後の最後まで君に甘えるようなカッコ悪い男だ。」

「えぇ、最高に自慢できる息子ですよ。」

 迷いも逡巡もなく、答えは返ってきた。

 プルートは笑う。トンボも笑う。心の底から。別れではなく、旅立ちにするために。

 再会を約束するために。これ以上、心配をかけないために。


「一つだけ、教えて欲しい。」

「えぇ、何でも答えますよ。」

「プルートの歳っていくつなんだ?」

 問われて、きょとんとした表情を浮かべてから、笑い出す。

「ふふふっ。二十年以上一緒に暮らしてきたのに、最後の最後でそんなことですか。でもそれは乙女の秘密にしておきます。」

 プルートは人差し指を立てて唇に寄せてみせる。いたずらをする時の笑みで。


「ずるいな、それ。」

「ふふふっ。じゃあ代わりに、」

 そう言ってどこからかジャムを入れるのに丁度よさそうな小瓶を取り出してみせる。

「特製のシャボン液です。この星の土と森から材料を集めました。今日飛び立つ人にはみんなにプレゼントしたんです、お別れの挨拶をしたときに。」

 小瓶の中には不思議な輝きを放つトロリとした液体が入っている。プルートお手製の特製シャボン液。

「辛かったり、寂しかったりしたら、そっとその液でシャボン玉を吹いてください。そして思い出して、あなたは独りじゃない。私がずっと見守ってます。そして、同じシャボン玉を、宇宙のあちこちで吹いている家族がいるのだということを。」

 プルートはそっと小瓶をトンボに手渡して、両手でトンボの手を握り締める。


「あなたにプルートの守護を。」


 トンボは受け取った小瓶を大切そうに胸ポケットにしまった。

「大事にするさ。今まで、ありがとう。行ってきます。」

 トンボはそう言うと身を屈めてプルートの額に口づけた。

「俺は必ず帰ってくるよ、この星に。君の元に。どれだけ時間が掛かろうとも、いつか必ず。どんなに遠く離れてもここが俺のホームだから。」

 トンボはそう言うと、振り向くことなく搭乗口に向かう。


「いってらっしゃい!」


 プルートはその背に一言だけ、声をかけた。軽く手を上げてトンボが応える。ゲートの灯が落ちる。彼を乗せれば、船は旅立つだろう。広い宇宙を渡る旅へと。

 トンボの後姿を見えなくなるまで見送って、プルートはプラネットホームの外へと出た。

 この星でもっとも巨大な建造物、プラネットホーム。宇宙への玄関口にしてこの星の中心地。その巨大な半透明のドームの中には数え切れない思い出が詰まっている。プルートがこの身を得たのもあの場所の地下深い研究室だ。

 その巨大なドームから離れて、果てのない広大な草原に寝転ぶ。心地よい風が、この星全体を渡っていく。ここからなら、船が飛び立つ姿も見えるだろう。


「いってらっしゃい、私の子どもたち。」


 一瞬、莫大な光の束がプラネットホームから宇宙に向かって伸びる。すると、宙を渡る船が光の航路を行くかのようにホームから飛び出していく。その姿は一瞬にして宇宙の彼方へと消え去った。

 プルートはそっとシャボン玉を吹く。手作りの特製のシャボン玉を。

 浮かび上がったシャボン玉は、ドームに邪魔されることなく宇宙を目指して飛び上がっていく。腹の底から声を絞り出して叫ぶ。


「いってらっしゃ~い!」


 風が吹いた。プルートは微笑みを浮かべてシャボン玉をめいっぱい吹いた。旅立つ船の選別のために。再会を誓うために。

 幾百ものシャボン玉が空を埋め尽くす。いくつもの色が溶け込んだ虹色の玉が、風に乗って、もはや惑星からただの星となった冥王星の空を踊るようにして飛んでいく。そうして小瓶の中が空になるまでシャボン玉を飛ばして無邪気に遊ぶ。最後の一滴まで使ってシャボン玉を吹くと、一息ついて、シャボン玉が舞う空を見上げた。

 幾千ものシャボン玉、その一つ一つに、たった今旅立って行った人々の笑顔が浮かぶ。

 最後まで手の掛かった、彼の顔も。

「いってらっしゃい。私の愛しい息子。」

 プルートはそっと目を閉じた。

 風が吹いている。シャボン玉を地平線の向こうまで運ぶであろう、やさしくも強い風が。


 風が吹き去ったとき、そこにはただ小さなストローと空の小瓶だけが空を向いたまま残っていた。


『PLUTO』


2007.5.25

※字下げと空行の追加を行ったメモ。2026.1.11

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