第2章 錆びた金庫と電子の亡霊
《THE WISH》
匿名投票型の民意サイト。
誰もが“怪盗ラットに何を盗ませたいか”を一票で決める。登録も資格も不要、ただの一票。
それだけで、ひとつの犯罪が、ひとつの正義へと変わる。
だが誰も知らない。
その裏側を動かしているのが、たった二人
怪盗ラットこと辰平と、天才ハッカーWISHだということを。
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記憶チップ事件の報道が終わる頃には、サイトは炎上寸前のアクセスを記録していた。
「ラットが盗むなら、もっと派手なものを!」
「腐った企業を叩き潰せ!」
「税金を食う連中から奪え!」
……そんなコメントが、電子の海に渦を巻く
その週のトップ投票―《オフショア口座の暗号鍵》。
ターゲットは、国家とも深く結びつく巨大企業〈ユナイト・リンク社〉。汚職と賄賂の温床と噂されるその金の流れを、可視化しろというのが民意だった。
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「なぁ、WISH。これ……本気でやるのか?」
辰平は、マントを脱ぎながらぼやいた。薄暗いアジトの空間に、ホログラムが浮かび上がる。白い仮面のようなシルエットが、ノイズ混じりに現れた。
『もちろん。本気じゃなかったら、投票数の意味がない』
合成された声。低く中性的なトーン。まるで男でも女でもない“電子の亡霊”が語るような声だ。
「いや、そうなんだけどさ。……今回はデカすぎる。
企業の金庫ってレベルじゃねぇ、国家の懐に触るぞ」
『ラット。あなたが怪盗を名乗るなら、怖じけるな』
「……口が悪ぃな、今日も」
辰平は苦笑して、デジタルマップを睨みつける。
標的のデータサーバーは、東京湾に浮かぶ人工島〈ミラージュ・ベイ〉。見かけは観光複合施設だが、地下には軍用級のセキュリティが張り巡らされている。
『ルートは用意した。
あなたが屋上から侵入して、あたしが——』
「“あたし”?
『……俺が、だ。忘れて』
「おいおい、今なんて?」
『気のせい』
ノイズが混じって一瞬映像が乱れた。
辰平は笑いながらも、その一瞬に妙な違和感を覚えた。
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その夜。
東京湾を照らす無数のホログラム広告の下、
黒い影が一筋、風を切る。
怪盗ラット、再び。
屋上に静かに着地。バイザー越しに情報が流れる。
〈侵入検知システム:動作中〉
〈内部温度監視:AI監査モード〉
すべて、電子の眼だ。
「WISH、今どのセンサーが生きてる?」
『音響センサーをスリープ中。熱感知は稼働してる。』
「ってことは、赤外線レーザーの海か……。
いつも通り、楽しいね」
辰平はマントの裾を払う。微細な金属糸が一瞬だけ光る。WISH特製の反射干渉マント。レーザーを検知して軌跡を“ずらす”。
『タイミング、今。』
「了解っと……!」
彼はまるで重力を裏切るように宙へ跳んだ。
レーザーの網を紙一重で抜け、サーバールームの通気孔に滑り込む。息を潜める。心臓の鼓動だけが響いた。
「……お前、よくこんな構造図見つけたな」
『古い都市開発データを漁った。
誰も使ってない道ほど、使えるものはない』
「まったく、お前の頭ん中どうなってんだ」
『褒め言葉として受け取っておく』
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サーバールーム。
青い光が無数に瞬く。
中央に鎮座する黒い金庫のような装置が、“口座の鍵”そのものだった。
「さぁ、踊ろうか」
辰平は端末を接続し、コードを走らせる。
指先が光る。
暗号がほどけ、電子の鎖が崩れていく。
だが——
『ラット、待って。トラップだ。』
「知ってる。こういうのは、最後に噛みつくんだよな」
金庫の奥で、別のウイルスが動き出す。
逆侵入検知プログラム。
ラットの存在を逆探知しようとするAIだ。
「WISH、迎撃準備!」
『プロトコルγ、起動!』
二人の声が重なった瞬間、画面が光に包まれた。
AIとAIの衝突。
数兆単位の命令が電光のように走る。
数秒後――静寂。
『……完了。口座データ、コピー済み。』
「ナイスだ、相棒」
『ま、いつも通りね』
その声に、少しだけ笑みが混ざっていた。
電子の向こうで笑う誰かの気配。
その正体を、辰平はまだ知らない。
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翌朝、ニュースサイトの見出しが世界を駆けた。
【速報】ユナイト・リンク社、オフショア資産が流出
匿名サイト《THE WISH》に投稿されたデータ、真偽を巡り物議
ラットの名は、再びネットの炎を駆け抜ける。
だが、夜の闇の奥で――
ひとつの新しい投票テーマが、静かに浮上していた。
「次に盗んでほしいのは、――〈真実〉」
1話ごとの読み応えが無いかもしれませんがご了承ください。何せ初めてなもので。というわけでポンポン進んで行きますので楽しんでください。




