市民プール
次の日は日曜日で、一馬と空と俺の三人で近所の市民プールに遊びに行った。
田舎の市民プールは休日でもがら空きで、子供用と大人用の四角いプールがふたつでんとあるだけだ。
車で五分の所に波のプールやウォータースライダー完備のレジャー施設があって、大抵の人はそっちに行く。
でも俺と一馬はチャリで二十分のこの何もない市民プールが気に入っていた。
しかし真面目に泳ぐでもなく、大人用の大きいプールの真ん中へんの深いところに行って、持って来た浮き輪でぷかぷか浮かびながら喋っているだけだ。
喋りながらバタ足で少し泳いだり、水を掛け合ったり、日差しで頭が熱くなったら潜ったり。気ままに水を楽しむ。空は雲一つない青だ。
「へー空って合唱部行くんだ」
俺と空の話を聞いた一馬が感心したように言う。家からプールまでの短い時間でもう一馬と空は呼び捨てで呼び合うようになっていた。
「うちの合唱部厳しいけど、毎年コンクールでいい線行くし、良いよ」
通称サボり部こと美術部に入っている俺は厳しい事の何が良いのか分からないのだが、空は頷いている。
「どうせやるんなら思いっきりやりたいし、……今から入ってコンクールの選抜出れるかわかんないけど」
「練習厳しいから部員そんなに居ないよ。基本コンクールは全員出れたはず。大丈夫だって」
一馬は笑う。
「お前、陸上の方はどうなの。短距離だっけ」
手元で水をちゃぱちゃぱと遊ばせながら一馬に話を振った。水の反射で視界が眩しい。一馬はむぅっと口を尖らせた。
「陸上部はなー顧問がやる気ないから、他の部員もやる気ないし。俺一人で走ってる。でもタイムちょっと縮んだ-」
一馬はそこまで言うとバタ足でぐるりと小さく輪を描いて戻って来た。
「でも大会は無理かな。大会目指すような部でもないし。俺は俺なりにタイムを極めるよ。美術部は?」
おまけのように話を振られて笑った。
「うちは万年サボり部だからなー。顧問顔出さないし。隣が合唱部だからヒマはしないけど」
「合唱部と美術部って隣なの?」
空が話に入って来た。
「んー準備室挟んで隣。めちゃめちゃ練習の音聞こえるから、たぶん空が入ったら空の声も聞こえる」
「えーそれはないだろ」
一馬が笑ってこちらに水を掛けてくる。対抗して掛け返すと何故か空も掛けてきてしばらく三人で水の掛けあいっこをして遊んだ。
*
「空くん、良く笑うようになったね」
夜、いつものように居間で晩酌をしていた母さんが、風呂から上がってきた俺にいきなりそう言った。
俺は俺と順番で風呂に入りに行った空の方を見ながら、空が来たばかりの頃を思い出した。あの頃の空も確かに笑っていた。でも、青白い顔で精一杯という風に笑っていたあの顔は、母さんの目には笑顔と映らなかったのかも知れない。
「明るくなったよね」
空が来てからまだ数日しか経っていない。見た目は明るくなっても、本当の心までは分からない。
「まだこれからだねぇ」
俺の考えを読んだように母さんが言った。その表情は先を憂うようだった。
「ま、あんたが仲良くなってくれて良かったわ。お母さんじゃ無理だからね、友達になるのは」
ぱっと愁眉を開いて日本酒を一口含む。母さんの性格のこのさっぱりしたところが俺は気に入っている。
「大丈夫だよクラスも一緒だし。アイス食べていい?」
冷凍庫を開けながら言うと母さんの声が言った。
「あ、スイカ切ってあるから空くんがお風呂出たら一緒に食べな。さって、お母さんは寝るかな」
お猪口や酒瓶を持って立ち上がる。台所にそれをしまって、最後手に持っていたつまみのスルメの残りを、横のソファでビール片手に野球中継を見ていた親父の前に置いた。
親父は片手を上げてそれを受け取るとちらりと気遣うような視線をこちらにやった。話は聞いていたらしい。
俺はなんとなく頷いて冷蔵庫からスイカを出すと、二皿に分けられていたそれからラップを除けた。風呂場の方からは空がドライヤーをかける音がしている。もうすぐ来るだろう。