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8話

「さすがにそれは至難では……」


「貴様、目の前にいる女が誰か忘れたか?」


「い、いえ滅相もございません」


 何やら士門が置いてけぼりな会話が繰り広げられ、終始カイセルトが上を行っていた。

 そういえば対皇帝に関しての会話も、皇帝が突然士門の方へと向かってくるまでは互角と言ったところだった。

 もしかしたら、カイセルトに口論で圧倒出来るだけの実力者はそういないのかもしれない。


 と、そんな他愛ない思考が脳裏を掠めたところで、どうやら話は決まったらしい。


「おい、話はついた。魔法を教えてやる。手を出せ」


「手、ですか? どうぞ」


「……俺にではない。そこの給仕にだ」


「ですが……怖がっていますが」


 チラリと視線をやるも、未だサヴァ―リはマリンに苦手意識があるようで、体が小刻みに震えている。

 こんな状態の少女と触れ合えなどとは、カイセルト・ラドグラーゼ、どうやら人の子ではないようだ。もしや皇帝の子というのも嘘偽りか。


 表情は無のまま、疑惑の視線を向ければ、煩わしそうに言う。


「今後貴様の世話をするのはそいつであろうが。今の内から慣れておくことの、一体どこに疑念がある」


「なるほど。えぇと……では、よろしくお願いします」


「は、はいぃ」


 裏返った声を返されながら、サヴァ―リは差し出した士門の手をそっと握る。

 感触は女の子のそれ。滑らか且つ柔らかい人肌だ。


 が、緊張か、それとも恐怖によるものか、握っている手が震え、心なしか手汗もかいている気がする。

 ここまで露骨に恐れられており、しかも『魔女』などと聞くからに不吉な異名を頂戴しているあたり、この体の少女、マリン・モーガンル・ラドルグホープが一体どれほどのことをしたのか、心底気になってしまうが、ともかく。


 ファンタジー世界の王道とも呼べる魔法の習得。

 それが今、始まった。


「ま、まずは魔力を感じるところからでしょうか。私が魔力を出しますので……その、感じていただけれ、ば」


 低下してしまった語彙力で何とか言葉を紡いだサヴァーリ。

 どうにも第一印象からどんどんと離れていく感が否めない。


 しかし次の瞬間。

 ふわりと。

 何かがサヴァ―リの体から溢れ、士門の頬を撫でた。

 驚いて視線をサヴァ―リに戻すと、そこには立ち昇る薄い靄のような白い何かがあった。


「…………」


 驚きに言葉を失う士門に、カイセルトが告げる。


「貴様の場合は見える、か。それが魔力だ。生きているのであれば、どんなものであれ持っている。無論貴様にもな。知覚できたのなら後は簡単だ、出せ」


「出せ、と言われましても……」


 今も視界に白い何か――魔力は映っているが、突然実践しろと言われても困り果てる他ない。

 『知っている』のと『出来る』のは別物だ。

 少なくとも、この世界で、士門にとっては。


 とはいえ、実践無くして成功もあり得ない。

 ひとまずやってみるかと、士門は意識を集中させる。

 目を閉じて、自分の中を見通すようなイメージで、体内にある魔力とやらを探ってみる。


「…………」


 が、そう簡単には行かず。

 どれだけ自分の中を意識しても、脳に返ってくるのは胸部装甲のメロン二つの存在感くらいであった。


 悪戦苦闘していると、不意に鼓膜をサヴァ―リの困ったような声が揺らした。


「本当に中級魔法で、しかも空間属性の『疑似視覚(ファルスサイト)』でよろしかったのですか? カイセルト殿下。中級魔法の中でもそれなりに難易度の高い魔法ですが」


「構わん。どうせ出来る」


 どうやらこの場での最終目標は空間属性の中級魔法『疑似視覚(ファルスサイト)』というらしい。

 それを知ったからと言ってどうと言うことはないが、何となくイメージしやすさに繋がるかもしれないと思い、その魔法名を、捨てた羞恥心とはまた別の類の恥ずかしさを感じながら頭の中で唱えつつもう一度自分の中を探索する。


 と。


「――あ」


 不意に、目の前の霧が晴れる。

 それはあくまでも比喩的なものだが、しかし士門の脳内はそれに限りなく近い感覚であった。


 分かった。というよりは思い出した――否、それすら正確ではなく、教えられたと表現するべきだろう。

 誰にと問われれば、無論士門の体の元の持ち主、マリンからだ。


 『疑似視覚』と言う魔法の効果。

 その発動の仕方。それに伴う魔力の運用方法。

 およそ『疑似視覚』を使う上で必要な知識の全てが頭に叩き込まれた。


 故に、士門は迷いなく使用する。


「――空間属性中級魔法『疑似視覚(ファルスサイト)』」


 魔法名を呟き、魔力を動かし、魔法を完成させた途端。

 視界が開ける。


「……?」


 その結果に、士門は思わず疑問符を浮かべた。

 それもそのはず。未だ士門は目を閉じ、視界を断っている状態のはず。


 不思議に思って目を開くと、今度は視界が二重にブレる。

 その事実に驚き、慌てて瞼を下ろした。


 そして、なるほど、と納得する。

 即ち『疑似視覚』という魔法は、その名の通り、疑似的な視覚を作り出す魔法なのだ。


「……できた、んですか?」


「マリン・モーガンル・ラドルグホープとはそういう存在だ。常識など通用しない。が、ことこの状況においては非常に都合が良い」


 突然の魔法発動に驚くサヴァ―リに対して、カイセルトは酷く落ち着いた様子で士門の方へと近づくと、いつの間にか持っていた黒の布で士門の閉じた瞳を覆った。

 何をするんだと言いそうになるが、しかし士門の視界は魔法によって確保されたまま。

 そこでカイセルトの目論見を察する。


 マリンの赤い瞳に恐怖を覚える『魔人族』に対しての対策として、魔法で視界を設けることで本来の視覚である赤い瞳を隠すと、そういう話だったようだ。


「これでひとまずは妥協しろ、給仕」


「は、はい! 私などのために、申し訳ございません」


「その耳は飾りで、頭の中は空か? 貴様のためと言った覚えはない。無駄な衝突を避けるためだ」


「か、重ねて申し訳ございません」


 士門には、所謂ツンデレという単語が浮かんだが、静かに秘めておくこととした。

 ともあれ、これでマリンの赤い瞳の問題は解決した。

 目下これ以上の問題は、と考えて、


(いや、目の前の給仕が一番の問題だったな)


 と思い出す。


「用は済んだ。俺は自分のことをさせてもらう。マリン、精々その給仕と上手くやれ」


「分かりました」


 そんな会話を経て、カイセルトは部屋を後にした。

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