70話 エピローグ『希亡』
ギメリアをこの状況に追いやった男こそ、カイセルトが要注意人物に指定した第二皇子、マガセル・ラドグラーゼその人なのだから。
あのカイセルトをして、城で最も出し抜きがたい曲者と言わしめた人物を前に、警戒を怠るわけにはいかない。
「それはひとまずいい。身体に不調は? あれば言ってくれたまえ」
「ございませんよ。さすがはマガセル殿下。生命属性を極めし貴方にかかればこの程度、造作もありませんか」
「よしてくれ。君が褒めるのはカイセルトだけでいい。現に弟は僕と同じ域まですぐに辿り着いた」
肩を竦めておどけてみせるマガセルに、ギメリアは警戒そのまま更なる問いを放つ。
「何故、我々を助けたのです。既に我々に価値はないはず。しかもここは城でしょう。皇帝陛下に見せしめとして殺せと命令されましたか?」
「いいや。君たち二人を蘇生させたことは、父上にも報告していない」
「は?」
蘇生。
そう、ギメリアは死の淵から救い出されたのではない。
そのさらに下、死そのものから救い出されたのだ。
考えてみれば、死んでいないはずがなかった。
『殲禍』を受け、尚死なない化け物など『破滅への十三』と、含めるのに抵抗があるが『魔女』マリン・モーガンル・ラドルグホープしかいまい。
ギメリアは、命を賭して『殲禍』から数瞬の時間を稼ぎ、そして。
――完膚なきまでに、死んだのだ。
そこから、目の前の男の手で、マガセル・ラドグラーゼが唯一習得している絶級魔法によって。
生命属性絶級魔法『死者蘇生』によって蘇生を果たし、今に至る。
エユクルも同じだろう。
そこまでは予想通りだった。
問題はそこからだ。
そのことを皇帝に伝えていないと、マガセルは言った。
その一言で、前提が崩れる。
城を『反乱軍』を指揮して崩壊させ、自身は逃亡した第五皇子カイセルト・ラドグラーゼ。そして儀式により蘇り、カイセルトと共に逃亡した『魔女』マリン・モーガンル・ラドルグホープ。
その二人の、城への損失をせめてギメリアに少しでも払わせようと。
『反乱軍』によって地に堕ちつつある王族の権威を復活させる見せしめとして、ギメリアは蘇生されたのだと考えていた。
しかし、その考えは否だった。
皇帝に、蘇生を行ったマガセルが伝えていないのなら思惑はそれではないことになる。
困惑。
故の聞き返しに、マガセルは再度言う。
「父上には君たちを蘇生したことは報告していないんだよ。幸い、『反乱軍』の襲撃の後処理でこちらまで手が回り切っていない」
「そんなことをして、一体何になると?」
「あー、それを言う前に、ギメリア、君に一つ問いたい」
「構いませんが」
「この国に必要なものは、何だと思う?」
思わずギメリアは首を傾げた。
目を細め、更なる困惑を表情に浮かべながら、同時に思考を開始する。
目的は不明。
この質問の意図は。
答えることで何が得られる。
何故皇帝に報告していない。
復活させたギメリアに、何をさせたい。
およそ無関係と思えるエユクルまでもを蘇生させた理由はなんだ。
――――分かるはずがない。
「生憎と、マガセル殿下の御考えに私が及ぶとは思えませんが……そうですね、強さですか?」
ギメリアが選んだのはありきたりな返答。
『魔人族』であるのなら当然とも言えるその返しに、しかしマガセルは酷くつまらなそうに口を開け、言う。
「既に持っているものをこれ以上必要としてどうするんだ。君には期待していたが……いや、期待されていると分かったからこその回答かな?」
「はて、私にはさっぱり」
動かしにくい身体に鞭打って、肩を竦める芝居を打つ。
蘇生したのがマガセルである以上、この身体は全然動きますよアピールは意味を為さないだろうが、それでも見せておくことで少しでも意識を削ぐ。
本当に状況が不明だ。説明のない状態でカイセルトの計画に付き合わされているような感覚に、微かに怖気が沸く。
カイセルトの場合は、成功するだろうという確信があった。
それなりの年月を『稀代の神童』と共に歩んだが故の信頼があった。
だが、目の前の男は未知。
本性とも呼ぶべきものを見たのはこれが初めて。まさか皇帝に仇名すだけの人物だとは思わなんだ。
「まあいい。僕のこの問いへの父上の答えは、希望だった」
「マリン様、ですか」
「その通り。マリン・モーガンル・ラドルグホープ、ラドルグ帝国の希望と名を与えられた彼女は、確かにそれだけの力を持っていただろう」
「…………」
「だが、違うんだよ。この国に、ラドルグ帝国に必要なのは『希望』じゃない。『魔女』じゃないんだ」
熱を入れ込み、マガセルが語りを開始する。
その瞳には、確かな狂気が混ざっていた。
ギメリアがカイセルトに向ける狂信に、似ているようでまるで違う異常。
それに当てられたのか、震えそうになる声を抑えて、ギメリアは問う。
「では、なんだと?」
間髪入れぬ、一言の答えだった。
「――『救い』だ」
「救い、ですか」
「ああ、そうだ。この国は残酷が過ぎる。他の国を見てみろ、何処にこれほどの悪辣がある。何処にこれほどの殺戮がある。何処にこれほどの弱肉がある。果たしてここを、国と言えるのか? 否だ、否だよギメリア。ただ弱きを喰らい、強きを尊ぶ獣の群れに過ぎない。ああ、許せない。僕らは人だ、獣じゃない。人類の敵たる魔獣に似た人でない何かに成ることは許されないんだ。害として身勝手に殺されていくだけの何かには」
膨張する狂気を前に、ギメリアは言葉を失った。
これほどの、狂人だったかと。
『魔人族』にとって、弱肉強食は必然であった。
本能に刻まれた、生まれながらの思想と言っていい。
逆らう者はおよそおらず、誰もが強くあろうと力をつける。
しかし目の前の男は、第二皇子という圧倒的強者の位置に付きながら、その本能に抗いを見せている。それも、強烈に。
何故そこまでの強者になって――いや、だからこそか。
強弱の円錐を登り、昇り、上り。
上が数えるほどにしかいなくなったからこそ、これほどまでに狂えたのだ。
「だから、僕は考えた。弟と違って僕は天才じゃない、あくまで秀才どまりだ。カイセルトが構想から実行に移すまで十年のところを、練るだけで三十年かけた。変更もあった」
「何を……」
「だが、かけた甲斐はあった。ここに、駒は揃ったのだから」
「…………」
「僕はこの国を『救う』! 弱肉強食の思想を壊す!」
「……………………」
「さあ、ギメリア。君にはそれを手伝ってもらう。そのために、蘇生させたんだ」
「…………………………気圧されました、ね。幾ら皇子とはいえ、怪我人にすることじゃないでしょう、マガセル殿下」
沈黙を続けたギメリアが、そんな言葉と同時に口から漏らしたのは一筋の血だった。
見れば、いつの間にか接近していたサヴァ―リによって、腹部にナイフを突き立てられている。
『魔人族』の攻撃が、為った。
即ち。
徐々に虚ろに変貌するギメリアの瞳。
支配属性魔法は、ここに発動する。
「皇帝は力を削がれた。『稀代の神童』と『魔女』は姿を消した。『反乱軍』は僕の手に堕ちた。民は揺れている、果たして今の王族に力はあるのかと。ここしかないんだ、今以上の機会は絶対にない」
「……は、い」
「誓おう。絶対にこの国を『救う』と。今、この時を以て、最も残酷と呼ばれた国は変革を為す」
「……は、い」
「このマガセル・ラドグラーゼの革命を直視せよ、同胞諸君」
人形のように肯定するギメリアを尻目に、マガセルは一人嗤った。
それは、国を壊す笑みだった。
「――手始めに、ラドルグ帝国を崩壊させよう」
今ここに始めよう。
狂望だけが内包された、異形の旅路を。
――『希望』を求める旅路を。




