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6話

 気を抜けば、斬られかねない。

 直感が身を走る。

 故にこそ、士門は糞皇子の言葉通り、無表情で黙りこくった。

 何を言ってもボロを出すことになると、本能が告げていた。


「…………」


「…………」


「…………問おう、ラドルグホープ」


 皇帝が言葉を紡いだのは、それからおよそ数秒が経過した後のことだった。


「この国に来てからの記憶はあるか」


「……ありません」


「この国に来る前の記憶はあるか」


「……ありません」


 完全に士門、というよりはマリンへ向けられた質問に黙秘を決め込むわけにはいかないと思い、必要最低限の言葉で記憶がないという設定を突き通す。

 しかし、この国――つまりラドルグ帝国に来てからと、来る前とは一体どういうことなのか。

 また飛び出した新出のマリン関連の情報に士門は頭を悩ませる。


 と、そこまでして、不意にある考えが浮かぶ。

 脳内で素早く吟味し、好奇心も相まって、聞いた。


「あの……この国の希望、というのは、一体?」


「なんだ、カイセルト。それすら教えていないというのか」


「その情報を伝える前に」


「そうか。まあいい。ならば教えてやる、ラドルグホープ」


 その仕草は、カイセルトと同じように芝居がかっていて。

 どこか空虚に見えて。


 それが、士門には酷く恐ろしく見えた。


「貴様はこの世界唯一の『魔女』。誰より、我が治めるラドルグ帝国に慣れる者。記憶を失ったのならば、今一度歓迎しよう。

 ――ようこそ、この世界において最も残酷な場所へ」


 ◇


 どこか嫌な空気を漂わせていた玉座の間は、その皇帝の一言によって終幕を迎え。

 そこからはとんとん拍子で話が進む。


 まず士門はこのままこの城で今後の生活を過ごすこととなった。

 果たして儀式が成功したのか、否か。

 それが判明するまでは、少なくとも身の安全を保障するとのこと。


 その上で、士門を監視する給仕を一人配置するらしく、追って連絡があるようだった。


 そして、カイセルトに関してだが士門と一蓮托生となる。

 儀式が成功していれば生かし、失敗していれば即処刑。


 上二つはともかく三つ目の決定に、カイセルトが一切難色を示さなかったのが不気味だった。

 不気味と言えば、玉座の間に集まっていた他の面子。どう考えても幹部やら大臣やらもいたと思うのだが、そう言った手合いが驚くほど口出ししなかったことは、士門としては不気味だった。

 それだけ皇帝の采配に信頼があると言う事なのか。それにしたってあれは行き過ぎている気はする。

 でなければ、皇帝以外の人間がいる必要性は皆無である。

 流石に数合わせで、みたいなことはないと信じたい。せめて国家としてしっかりしていなければ、身の安全が保障されているとはいえ今後が不安になる。


 と、そんな諸々が決まり、一堂に会していた他の面子より一足先に玉座の間から退出し、儀式が行われていたマリンの私室に戻り、扉を閉めたところで。


「……はぁ」


 思わず漏れたのはため息だった。

 それもそのはず。

 元々は一社会人でしかなかった士門が、目覚めたら突然女性の体になっており、ここは異世界で、しかもラドルグ帝国の希望と言われるほどの重要ポジションについていたのだ。


 文字に起こせば尚のこと、疲れないはずがない。

 中心に設置された台座に腰を下ろし、もう一度ため息をついた。


「はー、疲れたぁ」


「貧弱だな。あの程度で疲労がたまるようではこの先城で寝食などままならんぞ」


「はいはい、そうですね。地球では庶民やっていたもので」


「聞けば納得の立ち居振る舞いだったな」


 本当に一言多い皇子だな、と思いつつ。

 士門はとりあえず玉座の間で決定された内容を聞き、疑問に思ったことを口にする。

 台座に胡坐をかき、下半身をローブから出し頬杖をついた状態で。ちなみに羞恥心は再度墓地へ送られた。


「どうするんですか。このことバレたら多分二人そろって死刑ですよ」


 そう、玉座の間で決められた内容で一番の問題。

 それこそが、前提条件である『儀式の成功』が、カイセルトと皇帝側とで異なること。

 皇帝からしてみれば失敗であるはずのこの結果は、しかしてカイセルト的には成功も成功だ。

 つまり、儀式の結果が皇帝にバレたとしたら、それは失敗以外に捉えられないと言うことだ。

 連動してカイセルトは処刑されるし、あの時は濁すように言っていたが、恐らく士門も同じだろう。


 であるからして、士門としては、体の中身が士門であると言うことは決して悟らせてはならないのだが、どう考えても限界がある。

 時間の問題としか思えないのだ。


 その辺りどうお考えかと、そう問えばカイセルトはどうと言うことはないと言いたげに、


「多分ではなく、確実にだ。……当然考えはある。が、貴様には伝えない」


「何故ですかね」


「最悪具体的な解決策があると貴様が知れば、演技に綻びが生まれる。皇帝に処刑される前に貴様を殺して俺が高飛びするとでも思っておけ」


「想像以上に容赦なかった……」


 ともあれ、カイセルトの言うことはごもっとも。

 間違いなく解決策の内容を伝えられれば、士門の意識は緩むだろう。そこを突かれて露見するのは避けなくてはいけないし、そもそもそれを使わないのならこれ以上良いことはない。


「分かりましたよ。頑張ります」


「それでいい。さて……貴様のその顔、質問の続きがしたいとでも言いたげだが、それよりすべきことが転がっているぞ」


「すべきこと? なんです?」


 皇帝に呼び出される前に行っていた質問の続きがしたかった士門だったが、その考えは読まれ呆れたようにカイセルトは優先順位の高さを告げた。


「監視役の給仕だ」


「あー、一人つくっていうあれですか」


「そうだ。何処の給仕かによって対応を変えねばならない、面倒なことこの上ないな」


「何処の給仕か?」


「この城には第五、つまりこの俺を除く第一から第十皇子までの、それぞれの給仕が八人ずつ存在する。そして皇帝に仕える給仕が十人だ。警戒すべきは第四より上の給仕と皇帝の給仕か」


「……ちなみにカイセルト様の給仕の数は」


「実に庶民らしい、どうでもいい着眼点だ。褒美に嘲笑をやる。はっ」


 心の底からの嘲笑いを受けて、士門もそれ以上の質問、もとい茶々を入れることはしなかった。

 それを確認したカイセルトは、もう一度鼻をならし、説明を続ける。


「先に挙げた奴らのうち、皇子側の給仕は総じて仕える皇子から何かしらの命令を貰っている。何を命令したかは皇子次第だろうが、ともあれ碌な命令はない。

 そして皇帝の給仕だが、まず間違いなく揺さぶりをかけてくる。乗るな」


「皇帝の方雑だな……けど分かりました。とりあえずボロは出さないようにします」


「その上で遠回しに告げられる上からの要求を拒否しろ。どんなものであれ、仕える者からの命令だ。いかなる手を使ってでも遂行しようとするはずだ」


「……頑、張ります」


「玉座の間への道程で俺が言ったことを忘れなければ最低限、綻びは出ない。貴様の先の態度を見れば黙することは不可能かもしれんが、油断だけはするな」


「肝に銘じます……そういえば、なんで第六以降の皇子への警戒はしなくていいんです?」


「第六より下の奴らに、この件に首を突っ込めるだけの力はない。第七が或いは手を出すかもしれないが、たかが知れているからな」


「分かりました」


 とりあえず、直近の問題への最低限の対策は出来たと言ったところか。


 必須の情報を脳内メモに打ち込んでいると、扉がノックされた。

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