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68話

 衝突。

 轟音。

 拮抗。


 後、崩壊。

 稼げたのは数秒か、或いはそれより短い数瞬か。


 命を削り、痛みを噛み殺し、背後から聞こえる己を呼ぶ声を無視して、それでも尚時間稼ぎを選んだというのに、その結果がこの様だ。

 余りにも滑稽で笑ってしまう。いや、或いは拮抗した時点で自分の顔は笑みを浮かべていたかもしれない。

 それどころか、今も。


 それを確認する術はないけれど。

 己の内心を吐露するのなら、たとえ数瞬であっても時間を稼げたならば、それはひとまず上々の戦果だ。

 何故なら、止めんと力の限りを尽くしたその相手は、世界を一個体のみで滅ぼせるというのに、それが十三体もいる化け物――『破滅への十三』を想定して造られた、頭がトんでいるとしか思えない兵器なのだから。


 対するこちらが用いた手段は、六段階ある魔法の四段階目。『過剰魔法』で命を削ってその強度を増してこそいたが、それでも絶級魔法に届くかどうかという出来であったことは疑いようもない。

 『破滅への十三』が、仮に絶級魔法であっても殺せないことを考えれば、『過剰魔法』の轟級魔法程度で防げるわけもない。


 嗚呼、そう思えばなるほど、確かに笑えてくる。

 仮に今自分が笑っているとしたら、その馬鹿げた行動に対しての嘲笑でもあるのかもしれない。


 己の中の力は、およそ全てを使い切った。

 魔力はない。脚もない。気力もない。

 加えて、ここから何かする方策もない。


 故に受け入れる、目前の暴力。

 無数のそれが、今度こそ命中する様を微かに細めた瞳で見据えながら。


 死ぬのかと、そう思――


 ――微睡みの中にいた。


 いや、違うかもしれない。

 気づいたら目の前が真っ暗だったから、寝てるんじゃないかと思ったに過ぎない。

 或いは、こここそが死後の世界。死した魂の行き着く果て。


 どうやら自分は、完膚なきまでに死んだらしい。

 だって目を開けているはずなのに、目の前が真っ暗だ。

 明かりはない。色もない。身体もない。

 揺蕩うような感覚と、残る意識だけが、ある。


 ポリポリとはしたなく頭を掻き、思わずたははと苦笑い。

 通説では、死した魂は自然と身体から抜け、元あるべき『何処か』に還り、そして時間をかけて形を変えてまたどこの誰とも知れない誰かに入っていくらしい。

 が、そうなのだとしたら自分はこれから途方もない時間をかけて、自己を崩壊させられるのかもしれない。


 痛みなく――いや、痛みを感じる間もなく死んだのは幸いだったが、次に待ち受けるのがこれだというのは、些か堪える。

 ともすれば、肉体の死を超える、想像を絶する激痛が伴うことは想像に難くない。

 そうでなかったとしても、痛みも伴わず自分がゆっくり死んでいくというのは、それはそれで。


 まあ、仕方ないかと強引にこの状況と、これから自分に待つ事象については納得するとして。

 続いて考えるのは、最期にお別れを言った人と、自分が仕えた皇子のこと。

 前者は、会って一日経っているかいないか程度の関係性だが、如何せん、その身体との縁が深い。心配になってしまうのは当然のことと言えよう。

 明らかに自分の死を背負って、重荷としてしまいそうな優しい価値観を持っている。気にするなと言いたいが、言う手段も無いし、言ったところで『じゃあそうするわ』とならないことが何となく分かってしまうのが、ちょっと面倒臭いところ。


 後者に関しては、もはや言わずもがな。

 果たして上手くやれるのか、心配でならない。

 口下手ならまだしも、狙って煽りに行くことがあるくらいなのだから。

 危うさもあるわけだし。


 と、こうしてみれば、驚くほどに不安要素の展覧会。

 揃って悩みの種である。

 思わず頭を抱えようとして、手も、抱える頭もないことにまた苦笑い。


 ともあれ。

 送り出してしまったものはもう仕方がない。

 どうせ、今更自分に出来ることなど一つも無いのだから。むしろあったら怖い。もう死んでるのに。


 切り替えて、この状況でも何か出来ることないかなと模索の旅に出ようとした、まさにその時だった。


「――――?」


 無い口が疑問を浮かべた。

 無論音にはなっていない。


 いや、問題はそこではなく。

 疑問を浮かべたのは、そうするに至ったのは。


 ――無いはずの腕に、触られている感触を感じたからだ。


 はて。

 不可思議ではある。


 死んでいるのだから、もう恐怖する必要も無いだろうと怖いもの知らずにもう片方の無い腕を伸ばす。

 しかし届かず。というか、やはりそもそもありはしない。


 ならば、この感触は一体何なのか。

 そう言う責め苦か。いや、それにしては触り方が優しすぎる。

 では他の何かであるのだろうが、生憎と真っ暗なこの空間で分かることなど、真っ暗であること以外にありはしない。


 いやはや、どうしたものかと頭を悩ませる。

 ひとまず、ここが死後の世界であるというところから見直さなければならない。いや、そもそも自分が勝手にそう思っただけではあるのだが。


 仮にここが、死後の世界でないのなら。

 考えられる他の可能性は、何があるだろうか。


 思考を巡らせ、その問いへの答えを導き出す。

 出てきたのは、そのおよそ十秒後。


 不意に出てきたその答えに、しかし自信は持てないまま。

 まあどうせ、答えも出ないわけだしと、気軽にそうだろうと思うことにした。


 即ち、夢の中、と。


 ――その瞬間。


 揺蕩う意識が、急激に覚醒を開始する。

 上に引っ張られるような、下に吸い込まれるような。

 相反する二つが混ざりあうような、不思議な感覚だ。

 明晰夢、つまりは『これが夢だと自覚している夢』を見る者は、もしかしたら目覚めの時こんな感覚を味わっているのだろうかと思いながら、それに身を委ねる。


 すると。


「――ぁあ」


 声が、出た。


 それに驚くように目を見開く。

 目が、開いた。


 瞬間飛び込んでくる光に、開いたばかりの瞳が焼かれて、眼球の奥が痛む感覚そのままに一度目を閉じる。

 そして、もう一度。

 今度は恐る恐るに目を開き、徐々に光に目を慣らしていき。


 遂に、視界を我がものとした。


 遅れて、感覚に気づく。

 身体の感触だ。

 つまり、ある。無いと思っていた身体が、あるのだ。


 そこから導き出される結論とは、先の暗闇は本当に夢だったということ。


「……ははは、そんなことあります?」


 掠れた声で、自嘲気味にそう言った。

 目が見えて、声が出て、身体の感覚もある。

 死んでいなかった。

 全然死んでいなかった。


 あそこが自分の死に場所だと高を括って、ちょっと格好つけたこととか。

 暗闇を前に、これからゆっくり自己が崩壊していくのかとか。

 過去の自分が恥ずかしくて仕方ない。


 紅潮こそしないまでも、若干頬が引き攣っているのが分かった。

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