67話 エピローグ『逃忘』
憤りを、直に声に乗せて叫ぶ。
「お前の、計画通りだったっていうのか!?」
「何がだ」
「『反乱軍』が今日攻め込んできたのは! ヤラ様が死んだのは! マームさんが死んだのは!」
「はっ、死んだ弱者に敬称とは、これまた笑える甘さだな、ハトバシモン」
「って、め……!」
「勘違いするな。貴様が死を悲しんでいるらしいヤラとマームとやらは、俺の計画では別に死のうが死ぬまいがどうでも良かった。俺の計画はあくまでも、『反乱軍』の侵攻に乗じて『胎造せし二』に入り、その先を進むことに他ならん」
カイセルトの言葉に揺らぎはなく。
死を悲しむことを常識としてきた士門とは、酷く合わない価値観で以て否定されていく。
正論を述べているはずだというのに、目の前の男を攻め切ることのできない悔しさに歯噛みして、士門は更に続ける。
「じゃあギメリアさんはどうなんだよ! あの人はお前の付き人だろうが! そんな人まで死なせることが計画だっていうのか!?」
「奴はあの門に来た時点で既に死の間際だった。『過剰魔法』二発、それが奴が破った禁忌の数だ。仮にギメリアを見捨てなかったとして、どうせここでは生きられまい」
「お前……! お前っ! 人の心はねぇのかよ!」
「……ははは、ははははははははははははははははははははははっ! 笑わせるなシモン。あの混乱の中で、誰より殺したお前に心の有無を問われる謂われはない」
「な、え? 俺が、殺し……た?」
「忘れているのなら思い出せ。人を殺す感触を。身体で、魔法で、持ち得る全てで殺した感触を」
そのカイセルトの言葉通りにフラッシュバックするのは、殺戮だった。
手刀で頭部を薙ぎ、蹴りで胴体を吹き飛ばし、魔法で穿ち、抉り、潰し。
『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』し『適応』した果て。
機械のように命を刈り取る、その風景。
催す吐き気に、士門は耐えられなかった。
馬乗りになる形で押さえていたカイセルトから身体を横に退かし、砂に向かって嘔吐する。
「おっぇ……うおうぇぇ……!」
端正なマリンの顔立ちを歪めて士門は吐き続ける。
その間も永遠とループする殺した人間の顔、行動、最期。
恐怖を浮かべていた。何もできなくなっていた。何もさせてもらえなかった。
ただ、ただ簡単に、死んでいった。
人であるが故の苦しみに悶える士門を尻目に、カイセルトは立ち上がり、付いた砂を落としながら告げた。
「戯言はここまでだ。貴様の最初の質問に答えるのなら、マリンの心臓を持つ俺への最適解を導き出した結果、『適応』で思考が誘導されたというところだろうな。下らんことだ」
「…………どこへ、行く」
そのまま歩みを進めんとするカイセルトに、後ろから士門は息も絶え絶えで声をかける。
まだ話は終わっていないと、そう言わんばかりに。
「…………」
カイセルトは煩わし気に首を後ろに回し、士門を見据える。
口元を拭い、涙を流すその醜悪な容姿に目を細め、
「何を聞いていた。俺の目的地はこの先だ。ついて来い」
先程と違い、強制力のないその一言を受けながら、当然のように士門は動かない。
確かに、士門は大勢を殺した。それは覆しようのない事実だ。
しかし、その原因を作ったのは誰だ。結果として、ヤラを殺し、マームを殺し、エユクルを殺し、ギメリアを殺したのは誰だ。
あの男だ。
それもまた、覆りようのない事実に他ならない。
そんな男に、何故士門がついていかなければならない。
カイセルトは不可能だと言っていたが、知ったことではない。士門は『胎造せし二』から抜け出すのだ。
そう考える士門を読み切ったのか、カイセルトは士門がそう言うよりも先に言葉を紡いだ。
「俺を置いていくか。構わんが、貴様。当のギメリアとエユクルの言葉を忘れてはいまいな?」
――『その体とあいつらのことは頼むぜ』。
――『カイセルト様を頼みます』。
「っ! お前……ほんとに、許せねぇ……!」
死した二人の言葉すら利用して、自らの要求を押し通さんとするその男への憤怒が、もはや全身から溢れ出し、空間を軋ませる。
傍若無人、傲岸不遜、天上天下唯我独尊。
自己を中心とする全ての言葉が当て嵌まるその男に、もはや粒ほどの慈悲もない。
今ここで、殺してやろうかと、そう考えて、
「――っくそが!」
『適応』できぬ今の士門を、その言葉が支配した。
身体を動かすことが出来ない。今すぐにでも殺してやりたい、最期の言葉すらまるで自分のもののように振りかざす男に、手を下せない。
それが心底腹立たしくて仕方ない。
「理解したようだな愚図が。貴様にもとより拒否権はない」
「……何が、目的だ」
「……話を聞いていなかったのかと何度問えばいい……いや、そうではないか。『胎造せし二』の先へ進んだ、その後のことか?」
煽る様に問うカイセルトに、士門は睨み据える瞳で以て肯定とする。
それを見てカイセルトは、鼻を鳴らして言う。
「知れたこと」
「…………」
「この身は死なず。『異質なる鉱石』を喰らった『魔女』の不死性ともなれば、人類には殺せぬ領域だ。故に、厄災を用いる」
「……まさか」
「ああ、そのまさかだ。俺はこの地に潜む、他ならぬ世界を滅ぼす厄災に、『破滅への十三』による死を選ぶ。奴らであれば、俺を殺すことが出来る」
そう言って大仰に両手を広げ、くるりと百八十度回転。
士門に向き直り、あの時と同様、芝居がかった演技で――
――告げる。
「貴様には悉く突きつけよう。心して聞け。
――ようこそハトバシモンよ。我らが世界アレーナが誇る最も残酷な地へ」
「俺は、お前を許さない」
この世界に来て初日に聞いた、あのセリフの焼き直しのようでいて。
微かに違うその言葉を前に、士門は憎悪を燃やす瞳を細めて応じる。
あの時とは、何もかもが違う。
関係性も、知識も、力の差も、場所も。
「この俺、カイセルト・ラドグラーゼの死を、その赤い瞳で刮目しろ。それでようやく、俺の目的は達せられる」
ただ残酷に。
あの言葉通り、五大国の中で最も残酷な国で以て育まれた関係性は、当然のように歪であった。
故にこそ始めよう。
憎悪と、嫌悪と、異常と、狂愛と。
ありとあらゆる負を詰め込んだ旅路を。
――『死』を探す旅路を。




