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66話

 突然の問い。

 しかも、突拍子もない。


 答えられるはずもなく言い淀む士門に、カイセルトは腕を刺し込んだまま続ける。


「話を戻す。『魔女』の力は貴様も知っている通り『適応』だ。正確には、『魔女』たるマリン・モーガンル・ラドルグホープにとっての最適解を選び取ることこそが『適応』だ」


「…………」


「だが、当のマリン・モーガンル・ラドルグホープが死したなら。一体何を以て、『魔女』を選別するのか。誰にとっての最適解を選ぶのか。

 簡単だ。『魔女』の力があるもの」


「何を、言って……」


「迂遠な言い回しは、俺も好かん。つまりだ」


 そう区切ると、カイセルトはおもむろに、己の胸部を残る片腕で引き裂いた。

 露出する肉と骨。

 しかし構わずカイセルトは自傷を続け、遂には肺すら破り捨てる。


 そうして、見えたものに、士門は絶句する他なかった。


「これが、答えだ」


 あったのは、心臓。

 本来のカイセルトの心臓と思わしきそれに、まるで寄り添うように、抱くように、護るように。

 隣にある、もう一つの心臓。


「『魔女』の……心臓」


「はっ、さすがに見せれば分かるか。本当の『魔女』はその生を終えた。しかし、心臓だけは別の場所で生きていた。臓物にすら宿る『適応』が、心臓を他の人間の体内でさえ生き永らえさせた」


 カイセルトは、士門から腕を抜き放つ。

 流れ出る血は、しかしカイセルトの話を聞いたためか、すぐに塞ぎ止められる。


 抜き放った腕に付着した血を砂に払って、徐々に塞がりつつある胸の傷の奥、二つの心臓のうち、見るからにおかしな位置にある『魔女』の心臓を指さして、


「奴らには、『死なずの心臓』などと呼ばれていたがな。どうでもいい話だ。一つ、昔話をしてやろう。


 男がいた。

 男は優秀で、だがそれだけだった。人を知らず、他を知らず、底を知らない、傍若無人の屑だった。

 しかし、その男を国は讃えた。

 当然男は増長する。傲慢になる。

 そのまま登り詰め、どこかで限界を迎え朽ちる――そうだったなら、どんなに良かったか。


 そんな時、男はある女と出会う。

 周囲の者どもが異常だなんだと宣うその女に興味が湧いたから会いに行った。それだけだった。

 今思えば、男は初めての嫉妬という感情を抑えきれていなかっただけかもしれんがな。


 ともあれ両者は出会った。出会ってしまった。

 そこからは貴様も想像が付くだろう。

 男は、女に魅入られた。よりにもよって、あの『魔女』に。

 それが十五年前のこと。

 それに気づかず……いや、気づいていなかったのは女の異常性だったな。

 五年経ち、尚気づかぬ愚鈍な男に、突如それは訪れる。


 男はいつものように女と出会い、そして。

 笑えるほどに、何が何かも分からぬまま、心臓を渡された。

 満足したように女は死んだ。


 ――『死なずの心臓』を得た男は、『稀代の神童』カイセルト・ラドグラーゼ、この俺は、『魔女』に魅入られ、『死』を喪った」


「何だ……それ」


 呑み込めない。

 その膨大な情報を、惨憺たる過去を、理解できない。

 もしそれが本当であるのなら。

 目の前の男は、第五皇子カイセルト・ラドグラーゼは、半ば強引に、『魔女』マリン・モーガンル・ラドルグホープに魅入られたという理由だけで、死という概念を、望んでもいないのに乗り越えさせられたということになる。


「故に俺は、十年をかけてすべきことを定めた。そのためには膨大な手間が必要だったが、幸いどうにかするだけの力はあった。

 まず、ある魔法を完成させた。異世界に住む人間の魂をこちらへ呼び、縛り付ける魔法だ。原型が既にあったのでな、苦労はあったが完成はした。

 次に、『反乱軍』の纏め上げだ。点在こそしていたが力を合わせるという発想の無かった塵どもに道を与え、協力者と言う立場で操るのは実に簡単だった」


「……は?」


「ここまででおよそ八年。その間に俺自身の名誉も最低限落とした。今後のことを考えれば、既に第五皇子が限界だったが、残念なことに警戒を緩める輩はいなかったな」


「待てよ」


「後は『反乱軍』の動きを調整し、気取られぬよう『小人族』共に『殲禍』を作らせる。そしてハイレナス・ラドグラーゼへ『魔女』を蘇生する儀式と称して騙し、貴様をこの世界に降ろす前に、一度『反乱軍』を動かし陽動させる。

 その更に後のことは、貴様も知っての通りだ。貴様の知らぬところで、『反乱軍』への指示は行っていたがな」


「っ! 待てっつってんだよ、カイセルト!」


「バラムとの決闘は実に予定通りだった。貴様が矮小な覚悟を決め、『適応』を使い、更には『殲禍』の射線を通す倒壊を引き起こしたのだから。バラムと絶級魔法で撃ち合い消耗させたことも想定内だ」


「――カイセルト・ラドグラーゼぇっ!」


 思わず肩を掴み、砂漠の砂に押し倒す。

 怒りで染まったその顔で、すらすらと己の悪行を暴露する男を見れば、なんの悪びれも無しにこちらを見やるだけ。

 それもまた、士門の神経を酷く苛立てた。

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