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63話

 『殲禍』が地面に強くめり込むことで発生した衝撃波で吹き飛ばされた家屋の一部。

 それが、エユクルを圧し潰すように落ちていて。

 『周囲探知』が間違いでなければ、エユクルは下半身を潰され、右肩に柱を突き刺され、左腕は肩辺りから欠損しており、腹部に石がめり込み出血している。


「あ、ああ……ぁ」


 極めつけに、マリンが知り、士門が知ったエユクル・ユビタライトの顔の右半分が完膚なきまでに叩き潰されていた。


 つまり。

 つまり、死。

 死んだ、死んでいる、死んでしまった、士門のせいで死んだ、士門が『適応』出来れば死ななかった、士門がいなければ死ななかった、士門がこの世界に来なければ死ななかった、士門が逃げなければ死ななかった、逃げる先がここじゃなければ死ななかった、士門さえ生まれなければ死ななかった――生きてれば死ぬから死んだ死んでれば生きれない代わりに死なない不条理故に死んだ死なないから生きた死ぬから生きたい死んでても生きたい死ななければいい死ななければ死なない生きてても死なない死が無ければ死は死ではなく死が生に生が生に死は死は死は死は死は死は死は死死死死死死死死死死――


「――は……ぁ、はあ、はあ……ひゅー、ひゅー」


 溢れ出した『死』が、士門を埋め尽くさんばかりに流れる。

 川の流れより尚速く、人の流れより尚速く、時間の流れより尚早く。

 終わってしまう。

 鳩羽士門が終わってしまう。

 終わりたくない、生きていたい。死にたくない。

 地球では死ななかった。ここでは死んでしまういや落ち着け鳩羽士門、ここには地球にないものがあるではないかそれを使えスキルを使え魔法を使え、超常を使え。


 ――『適応』しろ。

 この世界に、この場所に、この状況に――


「――適応、できなかったから……エユクルは死んだんだろ……」


「死んだか、奴は」


 ふと我に返って、思い返してようやくこの手に戻ってきた罪悪感。

 あの時士門が『適応』し、カイセルトの言う通り防御魔法を使えていれば、或いはならなかった結末がこれだ。

 およそこの事態に無関係の人物を容赦なく殺し、しかし『魔女』の身体であるが故に死ぬことはなくのうのうと生きている。


 思い詰めて、悔い改めたとして、決して足りない贖罪を、今士門は背負った。


「すみませんでした……俺が魔法を使えれば、こうはならなかった」


「ああ、大いに苦しむといい。背負った業を噛み締めて、な。この先もだ」


「はい……」


「そして――貴様にもう一つ業を背負わせてやる」


「ぇ?」


 カイセルトの意味深な発言に、思わず俯いていた顔を上げ、疑問符を述べる。


 答えはない。

 あったのは、乱暴な力だけだった。

 首根っこを掴まれ、ずりずりと引き摺られる。

 『適応』どころか、身体能力すら落ちているのか、士門に抵抗するだけの力はない。もしくは、士門が抵抗する意味を見失っているだけなのかもしれないが。


 向かった先は、ギメリアの座り込む場所。

 『胎造せし二』とラドルグ帝国を分かつ門から、およそ三百メートル離れた位置だった。


「『殲禍』は、発射から再装填、再発射までおよそ一分の時間を要する。既に四十七秒が経過した」


「え、いや、何を……?」


 カイセルトは、発言と裏腹に士門の首を掴んだまま、ギメリアの横を通り過ぎて門へ向かう。

 言葉を事実とするならば、『殲禍』による更なる蹂躙まで十三秒。そこから五秒は経過しただろうか。


「ギメリア――貴様にはここで死んでもらう」


「――は? 待て、待ておい!」


 思わぬ言葉に士門がようやく抵抗を開始する。


 今、この男はギメリアに、己が付き人に死ねと言ったのか?


 掴まれ、抵抗すればするだけ首が絞まっていくが知ったことではない。どうせ死なない。『魔女』なのだから、どうせ死なない。

 そんなことより目前の命だ。

 両足を失い、這って動くことしか出来ない女を置いて、あまつさえ死ねと言ってこの男は見捨てた。

 ならば後彼女を助けられるのは士門だけだ。

 死から救えるのは、士門だけだ。


 必死の抵抗。

 だがカイセルトの膂力を超えられない。

 急げ、時間はない。後、たかが数秒で失われてしまう。たった一日の関係でも、士門にとって魔法を教えてくれた師匠が、会うたび明るかったギメリアが。


「――()()水属性轟級魔法『静雨(アクアリウム)藍蓋(カーテン)』」


「っ! 離せ糞皇子!?」


 『過剰魔法』。

 ギメリア本人が絶対に使うなと言っていた禁術。

 自身の命を削って魔法の糧とする、最悪の魔力運用法。


 今になって分かる。

 視認できた、ギメリアの纏うおかしな魔力。

 あれは、『過剰魔法』を使った代償だ。

 使った拍子に魂から勢いよく漏れ出した生命のエネルギーが暴れていたのだ。

 魔力であって魔力でない。大本を同じくし、しかして全くの別物。


 何故気づかなかった。

 何故気づけなかった。

 前兆はあった。

 移動中喋らなかった。

 纏う魔力がおかしかった。

 言葉の途切れがあった。

 そして。


――『いえいえ……ただ、仲がよろしいな、と』


 自分がいなくなっても大丈夫、なんてニュアンスが含まれているように聞こえるあの言葉。

 言われた時は気づけなくて、今ようやく思い至った。

 こうなることが決まっていたのだ。

 逃亡の計画において、ギメリアをこうすることは決まっていたのだ。


 それでも、救いたい。


「ギメリアさ――」


 静謐な水のカーテンが、カイセルトの向かう先を護る様に現れる。

 太陽光を青く染めて士門たちのもとへ送り届け、視界が青みがかる。


 それを気にせずギメリアの名を呼び、膂力が微かに戻ったことでカイセルトの手から抜け出さんとしていた士門の胸元。

 豊満な乳房に、とすりと何かが突き刺さる。


 見れば、魔力を付与されたナイフ。

 投げた相手は、


「シモン様――『カイセルト様を頼みます』」


「――――」


 発動する支配属性魔法。

 『適応』できない士門は、抗えずにその命令を実行し――否。


「あ、ぁああっ!」


 尚も身体はギメリアの方へ。

 『魔人族』間では絶対とされる支配属性魔法を前に、しかして『魔女』、いや、異世界人は止まらない。


 それを見たギメリアは少し驚いて、そして目を細める。

 その意味に気づく前に。


 後ろから腕を回され、刺さったナイフを更に押し込まれる。

 深々と突き刺さっていくナイフの行く先は、心臓。


 瞬間、魔力が注ぎ込まれる。

 と同時に生まれる抗いがたい感覚。

 逆らってはいけない感触。


 故に。


「『ついて来い』」


 支配属性魔法よりさらに強い強制力を持つ何かに、士門は。


「――は、い」


 首を縦に振らざるを得なかった。


 身体から力が抜ける。

 抵抗の気力を失う。

 連れていかれる。

 エユクルを死なせて。

 ギメリアを置いて。


 どれだけ力を込めても、返ってくるのは無力感だけ。

 身体が士門の意思で動かない。


 それでも、一言だけ。言葉を紡げた。

 掠れた、小さな声で。


「ぎ、ぇり……ん」


 命を賭けて主を守る、彼女の名を。


 そうしてカイセルトに引き摺られるがままに門を潜り抜けた時。

 『胎造せし二』の、その中へ入る直前。


 ――何もできずに、『殲禍』とギメリアの魔法が衝突した衝撃を全身に受けて。


 士門は魔境に、身体の生まれ故郷に舞い戻る。

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