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60話

 瞬間、速まる双剣。


 攻から防へ、立場を逆にした両者だが、ギリギリの瀬戸際で均衡は保たれていた。

 要因は二つ。

 『斬り結ぶ猛者共』が、戦闘時間の増加によって更に身体能力を強化したこと。

 そしてもう一つ。戦闘開始直後にも挙がったことだが、得物の差だ。

 取り回しのきく双剣を相手に、しかし柄の長い槍であったからこそ攻撃を受け切ることが出来ていた。


 その均衡が、今崩れる。

 一撃目で、まず槍を持つ腕を狙われる。研ぎ澄まされた集中でそれを悟るも、気づき身体へ伝達させた時には両腕が叩かれ、槍を落とされた。

 この時点で身に染みる、マリンの更なる底。覗くことすらままならない深淵の奥の奥。


 間髪入れずに二撃目へ。

 次なる狙いは容赦なく心臓に向かう。

 命の危険を感じ取り、脳からではなく反射で命令が下されて胸部を叩かれた両腕で防御する。


「――か」


 気づいた時には、側頭部に衝撃。

 エユクルが心臓への狙いを読んだことを察するや否や、視線と動作はそのままに、狙いだけを変更。

 両腕に『双翼』が当たる直前に蹴りを放ち、横からエユクルを襲ったのだ。


 何が何かも分からないまま。

 攻撃を受けたことさえ自覚できずに、エユクルは再び地面に叩きつけら――


「――んぅあ゛ぁ!」


 意地で放った拳だった。

 負けてなるものかと、その感情だけが動かした身体だった。


 踏ん張りはおよそ利いていないと言っていい。片足はほぼ地面から離れ、側頭部の一撃を前に、残る片足も膝に力が入っていない。

 故に、腕だけで振るう一振り。基礎も糞もない、我武者羅な一発。


「――――」


 士門にはそれが見えて、その全容が分かった。

 大した力の乗っていない一発であることも、その拳に込められた想いが『負けてたまるか』だということも。

 だから――


 ――『適お――


「――ちょっと黙ってろ」


 その一発を、もろに喰らった。

 頬に向けて、今のエユクルが出せる全力の一撃。振り絞って出した、渾身の拳。


 『適応』せずに受けたそれは、脳みそを揺らす。

 頭が波打って、思考が吹き飛んで、自分から何かをすることが分からなくなるような感覚。

 受動的な行動のみが取れると思えるその感覚に、入ってきたのは拳から伝わるエユクルの感情。


「ああ――ああぁ!」


 持ち直した士門の、『適応』なし、ただ力を込められるだけ込めて素人丸出しで振るった、同じく拳。


 産まれて、成長して、学校に行って、社会に出て、ここまで来て、一度たりともやらなかった喧嘩。

 それを今、士門はしていた。


 拳を振り切り倒れようとするエユクルの顔面目掛けて、御相子と言わんばかりに振るわれる士門の拳は、綺麗に決まる。

 鈍い音を立てると同時に、地面との接触までの時間をさらに加速させ、遂には激突を果たす。


 ここに、一分と言う時間制限を設けた分かり合いの場が終わりを迎えた。

 否。


「――分かってただろ」


「…………ぁ?」


 痛烈な、『魔女』の一発を喰らわせた直後だというのに、士門は地面に倒れるエユクルにそう問う。

 返事はないかと思われるも、しかし倒れたままエユクルは答えた。痛みのせいで、弱々しくはあったが。


「自分で言ってた、シモンじゃなくてマリンだろっていう話。違うって確信があっただろ」


「何……言ってんだお前。あったらこんなことしてねぇだろうが……」


「する意味ならあったんじゃないのか。少なくとも貴方には」


「…………まあ、な」


 最後の一発。

 エユクルのありったけをぶつけるようなあの一発を受けて、士門が感じた感情。

 それこそが根拠だった。


 ああ、悔しい。

 悔しくないはずがない。

 けれどそれ以上に楽しくて、そして。

 それすら超えるほどに――


 ――悲しい、と。


 そうエユクルは伝えていた。


「あいつは、結構な頻度でここに来て……毎回のようにある人の話してたんだ、名前は聞いてねぇがな」


「…………」


「んで、その時のあいつの顔……えぇと、あれだよあれ。乙女の顔? ってやつか? とにかく生き生きしててな……。なぁ、お前」


「……何だ」


 エユクルは、不意に痛む体を黙らせて上半身を起こしてカイセルトに視線を向けると、笑って言った。


「お前だろ? マリンの言ってた奴って」


「…………どうだかな」


「何となく分かんだよ。見た感じ俺の方が上だからな、年の功ってやつだ……多分」


 実を言えば、その見た目の年齢が間違っている可能性があるのだが、士門は話の流れ的に言う気にはなれないのでスルー。


 エユクルは、自信なさげな口調で告げ、そして士門に視線を戻す。


「あんなに楽しそうに話してた奴の前で、自分を偽るような女じゃねぇってことは、俺にも分かる」


「それだけか? だとすればシモン、聞くに堪えん。一分の時間は無駄に終わったな」


「厳しいことしか言わないなあんた……」


「……他にもあったかもしんねぇけど忘れたな。戦ってたら」


 その発言が嘘だということは、すぐに分かった。

 いや、それ以前、『信じ切れねぇ』という発言すら嘘だと士門は思う。


 楽しんで、悔しんで、悲しんで、エユクルは戦っていた。

 最終的に残る二つの感情を大きく上回って心境を占めていたのは、間違いなく悲しみだ。

 そして、その根幹にあったのは、先の通り、今相対しているのがマリンではなくシモンだと確信しているということ。

 きっと勝つことのできないマリンの身体を使う士門を前に、自身はきっと負けて、マリンではなくシモンだと証明されてしまうこと。


 つまる話、エユクル・ユビタライトという男は、マリン・モーガンル・ラドルグホープの完全な消失を受け入れていて、それでも内心では拒んでいたということ。

 どれだけ取り繕おうと、それだけは変わらない。

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